昭和の風林史(昭和五七年四月二十三日掲載分)

2018年05月09日

春天井だからコウナッタ

流れが急になった。二・二六は無駄な抵抗はやめろだった。二千二百六十円あたりか。

先月は四千円割れ(17日)を仕手主力が強引に買って下げに歯止めをかけた。

相場はあのラインを、音もなく、材料もなく割った。

テレビニュースで住民が寝ている間に大土地が陥没していた―と無気味な地割れを映していたが、あんなふうである。

新ポから三千円近く棒に下げていることは、相場の流れが三山天井打ちを表明しているわけで、仕手期待感が強いから資生堂ふうにいえば『だからコウナッタ』。

去年は〝晴れた日にGMが見えた〟。今年は〝窓からローマが見える〟。スローなブギにしてくれが、テンポの早いジャズにしてくれ。窓からS安が見えた。

下げてどこまで?それは判らんが底にとどいていない。

片建て買いが三千六百枚とトップに出ている買い店の玉が半分ぐらいに減れば―というモノの見方もある。

いつまでも仕手の時代でない。なにかの広告に〝六本木心中〟とあって、ドキッとした。予感というものは当たるものである。

四月八日満月の日に24日まで崩れると書いた。お月さんと相場である。要するに潮の満ち引き、人気の盛衰である。これが日柄というもの。

とりあえず三千円割れは利食いのマーク。状況次第で二千四百円を取りに行くだろう。なにしろ三山崩れは相場の疲労。

大台割れの二千七百円あたり、下げのトレンドの抵抗がある。しかし〝六本木心中〟だと、すぐ二千円割れに直行する。春天井打ちだからコウナッタ。

富士でいえば六合目。

●編集部註
人間の記憶など、いい加減なものである。
 資生堂のCMで「夏ダカラ、コウナッタ」とくれば、矢沢永吉の「時間よ止まれ」がCMソングだとばかり思っていた。
 調べてみると確かに矢沢永吉が歌っていたが「ラハイナ」という曲だった。「時間よ止まれ」は197 8年のCMソングだ。
 1978年と言えば、芸術家の池田満寿夫が、自身が受賞した芥川賞小説『エーゲ海に捧ぐ』を映画化した年でもある。当時の映画館の入場料金は大人1300円。この作品は興行収入16億円のヒット作品になった。
 この映画の主題歌もヒ ットする。それが、ジュディ・オングの「魅せられて」である。
 このヒットに気を良くして池田が撮った第二弾が『窓からローマが見える』なのだが、この作品は大コケ。つくづく映画制作はギャンブルである。

昭和の風林史(昭和五七年四月二十二日掲載分)

2018年05月08日

三山崩れは相場の疲労だ

仕手期待の値頃観買いがこの相場を芯から悪くしていく。富士でいえば八合目だ。

小豆5・6・7・8の限月は先月17日の安値顔合わせで両足つきの格好。

強気は、先月同様月末にかけて反発を期待するが、先月の安値時と違うのは
(1)取り組みが東西合計六万七千九百枚だったものが今は六万三千八百枚と四千枚も減っていること。
(2)取引員自己玉(大阪)が買い五千六百枚・売り二千百枚だったが今は買い四千四百枚・売り二千六百枚。
(3)当先逆ザヤ八百三十円が今三百五十円。
(4)節足新値は当時黒16本。今回も黒16本だが途中で二回赤線を建てたダマシを入れ、節足転換は五千七百円抜け、大引け足なら五千八百二十円抜けと遠い。

更にもっと大きな変化は、あの時はドッと売り込んだが今回は、むしろ買いたい人気。これは仕手期待である。

20日は東西出来高合計久々で一万五千二百枚台。

取り組み減少からみると投げに対しての利食い。ほどけている。

前三本は安値を売って辛抱している玉もあるが、先三本は買い玉オール水つかり。

期近三本あと千丁下があれば辛抱組の顔もほころぶが、そうなると三山崩しで一月以来の高値取り組み玉が、なだれ現象になる。

そのような場面は多分五月に入ってからだと思う。どうせ行く先は判っている。あわてることはない。

買い方は仕手に期待するところ大だが、仕手が踊れる場面は天災期だけである。目下需給相場の舞台では、一の力は一しか評価されない。

更に泣きどころは薄商いである。薄商いだから煽りは利くように思うが誰の見る目も流れが変わっていることを知っているから見え見えの煽りの手には、ズバっと実弾背景の売りものが浴びせられる。進むもならず退くもならぬ買い方だ。

●編集部註
 今と違い、昔は毎日どの会社がどの銘柄を何枚買って何枚売っていたかが公開されていた。昔はどの会社にもこの〝手口〟を記録し、詳細に分析し、相場展望を予測する人がいたが、今はどうだろう。
 この頃は「○○がまだ買ってるから相場は下がらない」とか「◇◇が動き出したから本格相場になる」と言った会話のやり取りは日常茶飯事であった記憶がある。大半は与太噺だが、中には本物も紛れていた。
 この頃は3月に始まったフォークランド紛争で、序盤アルゼンチンにやられた英国が反撃に出た時期と重なる。この紛争と相場を重ね、目先の下降相場が仕手の出動で反転上昇する夢を見た買い方が少なからずいたと思う。

2018年05月08日

2018年05月08日

どのような動きも転換はまだ先

昭和の風林史(昭和五七年四月二十日掲載分)

2018年05月07日

なぜか線という線皆悪い

天気がよくても買い方の心は晴れない。電光影裏春風を斬るような下げが待っている。

小豆の自己玉は売り買い、東京は接近、大阪も買い急減、売り微増という流れの中にある。

前週末は声を弾ませた読者から転作奨励金の増額が大幅になったから暴落必至と電話があったが、相場の三ツの敵の一ツ、むやみに喜ぶな―。必らず当てがはずれます。すでに相場は悪いのだから、材料に一喜一憂するところでない―と。

某商社マン、中国から帰国して、『ありますよ、モノは。それもうんとある』。市場の強気は中国に輸出余力がないようなことをいうが、そうではないようだ。三晶の積極ヘッジもうなずけるというもの。

先三本の取り組みが高値取り組みであることが、買い方の泣きどころである。

先三本のどの限月もみな買い玉、引かされている。

五限、六限にしても一月までの買い玉(四千円以下)は千二、三百丁利が乗っているが、そのような玉は、回転して五千円台の玉に化けている。

売って頑張っている四千円以下の売り玉は、じっと黙って辛抱の子。当限は、これは助からないが、五、六限は辛抱した木に花が咲くだろう。

線型は五限、六限が四千円ラインを深く割ってきだしたら、総軍崩れのなだれになる。
すでに線という線みな悪い。にもかかわらず怖がって売らない。六本木が怖い。桑名が怖い。これは影におびえているのである。

時間待ちしたトレンドは14日の安値を下回ると先限で三千三百円まで無抵抗になってしまった。これがもう少し時間待ちすると更に深くなる。

毎日心の晴れない買い方であるがこの流れ仕方ない。

●編集部註
 買えない相場は強いし売れない相場は弱い。
 欲はあるが臆病風に吹かれて手が出せない―。誰もが通る道であろう。責めるつもりもないし、責めるべきではない。ましてや、嗤うなどもってのほか。相場で他を嗤う者は、どこかで他から嗤われる咎めを受ける。
 少し使い方が間違っているかも知れないが、大相場を取る上で大切な姿勢は「和光同塵」であると筆者は思えてならない。この四字熟語は老子の一節「其ノ光ヲ和(やわら)ゲ、其ノ塵ニ同ズ」から来ている。大切なのは塵芥と同化するほどの調和性。光を消すでなく、隠すでなく、和らげるという点が重要である。
 商取マン時代、古参の老練な相場師から「相場が日常化出来たら勝てる」と言われた事がある 勝ち負けで一喜一憂せず、空気の如く接するという事だろう。これも和光同塵に通じるものがある。

昭和の風林史(昭和五七年四月十九日掲載分)

2018年05月02日

下値が深くなるだけの事

とにかくいつ暴落しても不思議でない相場で、まさに昭和52年型。五月待たずにくる。

小豆市場は各節薄商いである。取り組みも東西減少している。

自己玉は売り増・買い減。

三晶の売りがひきも切らない。対して万年主力の買い姿勢。

大衆筋は売り玉手仕舞って、心もち買い転換気味。

という事は、実弾裏付けの売りがウエイトを占め、二本の柱の買いが抵抗している格好。

これをいうなら特等席の客だけで、他の席はガラあき。成り金趣味じゃあるまい。ただ買えばよいという大根役者のロングランは節回しにも起承転結の抑揚がない。しかしそれも芸の内、あくびをかみ殺して、ひたすら待つのみ。

五千円に乗せたら売ろうと待っていた人も多い。

乗せないよ。九百円まで戻して精一杯だ。千三百円下げの三分の一戻しの七百円台。こんなところです。

納会高いよと言うけれど、受けてどうなるものでもない。

それより当限引き継ぎ足の線型は頭三ツの山をつくり、黒の千円棒を陽線に変えたとしても頭四ツの山は孫子兵法でいう勝者の戦うは積水を千尋の谷に落とすが如し。要するに水を積む姿で水は低きに流れたがる。

相場の先行きを占う方法として建玉の水つかり度合いというのがある。

七、八、九限の三本限月は買い玉持っている人のほとんどが水つかりである。

ものの五百丁あと安ければ百%の買い玉は水面下だ。

安値取り組みの四月限は売り玉の負け。五、六月限は今のところ五分と五分。

ということは、世の中が買い屋の天下から、売り屋の天下になりつつあるということ。

だから本格下げは五月、六月とみるのもうなずける。四限の支えがなくなるし、受ければ受けたで肩の荷が重くなり、昭和52年の本田忠さん型である。

●編集部註
 本田忠氏の事は何度かここでも書かせて戴いた。昭和2年生まれの伝説の相場師。風林火山が最晩年に会いに行った人物だ。 数年前に亡くなられた辛口の相場記者、米良周氏が絶賛した人物でもある。存命であれば90歳を超えておられる筈だが、今どうしておられるのかなと第一商品のIR情報を覗いてみたら、株式情報の欄にお名前があった。堂々たる筆頭株主である。
 ご興味のある方は鍋島高明氏の『侠気の相場師・マムシの本忠 吉原軍団が行く』(パンローリング)をお読み戴きたい。

昭和の風林史(昭和五七年四月十六日掲載分)

2018年05月01日

値頃観と仕手期待感だが

閑な場面が続いている。やや売りあき気分。値頃観と仕手期待で買うが駄目だろう。

相場には三ツの敵がある。むやみに喜ぶな。悲しむな。怒るな―である。

苦しかった玉がほどけてくると、はしゃぎたくなる。それを相場様は意地悪くまた苦しめにかかる。

浮き浮きしたのも束の間で青菜に塩となる。

もう一ツは、うまくいかないと、なにかにつけて腹を立てだす。成績が悪いのは自分のせいではない。学校の先生の点の付け方が悪いのだという発想と同じ。

相場は人間修業の道。逆境不運もあれば順風幸運、あざなえる縄の如しである。

やることなすこと当たらない。考えて考えて曲がりにいく。このような時は誰でも心に焦りがくる。

焦ってはいけないと知りながら加速度をつけている。

このような時は動かざること山の如し、静かなること林の如しでなければいけないと人はいうのである。

相場は追いかけるものでない。待つものであると古人曰く。

弾もタンクも銃剣もみな失って相場だけみていると、実によく見える時がある。孝行をしたい時に親はなく、相場の見える時に弾がない。

野山を駈けずり相場を追いかけていた時は見えなかった相場が、なんと自分の横にきて坐っている。

そんなふうに思ったことはないだろうか。

小豆の当限納会は受け腰次第で強張る。しかし不需要期、輸入増大期、そして梅雨期を控えて受けてどうなる。あと悪しだ。

相場の流れは下行きであるから長い目で見ていくがよい。

本間宗久伝『正月頃より三、四月迄天井値段にて保合の相場は五、六月の内必ず下るべし』。

この相場下が深いと見る。

●編集部註
 煎じ詰めれば、値幅は別として上がるか下がるかの二択であり、買うか売るかどちらかを選ぶしかないのに、何故かくも相場で迷うのか。全ては日柄の読み違いと、欲望と、臆病から来ているのだと筆者は考える。
 相場に限らず、人の幸不幸はある日突然切り替わる事は稀であり、大概はじわじわと忍び寄る。〝むやみに喜ぶな。悲しむな。怒るな〟という金言は、臆病と上手に付き合う方法論なのかも知れない。
 漱石の草枕にこのような記述がある〝喜びの深きとき憂いいよいよ深く、楽(たのし)みの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片づけようとすれば世が立たぬ〟。

昭和の風林史(昭和五七年四月十五日掲載分)

2018年04月27日

チンタラ峠をあとにして

売り玉は利食いしたあとが大きい相場になりつつある。利食い先行だけに下が深い。

四月になると軒下で遊ぶ雀の声にも艶がでる。読者からかかってくる電話の声も五千円台の時とは、うって変わった張りを感じる。

本欄三月31日付け『追い証入れるか玉踏むか』、お燗つけよか?床敷こか?テンツルシャンの時は〝売り方失意の時は泰然〟が肝要といわざるを得なかった。

まだまだ売り方、気を緩めるところではないが、五千円台の売り玉は、四千円割れで利食いしたい考え。

相場というものは、利は伸ばせというが、その気でいると利がはげる。

さりとて利食い千人力で早々と食えば、そのあとが大きかったり。

後白河法皇も、お嘆きになったそうだ。ままならぬもの小豆の利食い時。

名のある相場巧者は、ここから三千丁の下げがあると人指し指で罫線の千五百円あたりに円を描いた。

元気のよい若い相場師は、流れ流れて落ち行く先は二万七千五百円―といった。

三万七千円を渇望している強気が多い時に二万七千円とは、天地のへだたり余りに大きい。

しかし相場とは、夢を追っている時と、夢に破れた時しかないとしたもので、それもまた相場。

本当の下げは五月から六月ですよ―と遠いところで線一本研究している人から低い声の電話があった。

あるいはそうかもしれない。五千丁上げて、まだ二千丁下げのところ。すでに半歳を過ぐ。

相場に勝てないもの三ツあり。その1が日柄。その2が政策。そして3が人気である。日柄老境にあり、人気白々と薄れ、買い方大手のみ君臨しますれば、四面物が売れないの声満つ。

先限で千三百円下げてきたのだから五分の一の二百六十円ぐらいの戻りがあってもよいが、それをやるとまた下げに弾みがつく。

●編集部註
 結論から先に書くと、4月頭にこの年の2番天井をつけた小豆相場は、戻りらしい戻りもなく一貫して下げ続け、東京市場では黄金週間明けの5月6日に3万1190円をつけてひと段落する。
 日柄的には、買い方も売り方もこの時が一番ウズウズする時である。
 4月1日の2番天井は、遡る事11営業日前の3月17日から上昇が始まっていた。4月1日から10営業日後の4月14日に3万 4270円まで下落し、翌日にマドを開けて上昇する。短期派の買い方なら、下げの日柄が終わったと見る者が出現してもおかしくはないだろう。
 しかし、そうは問屋が卸さないのだが、これらの情報を頭の中に入れて明日以降お読み戴きたい。

昭和の風林史(昭和五七年四月十三日掲載分)

2018年04月26日

この悪さまだ判らぬかと

小豆は四千円割れに向かっている。取り組みの細りが人気離散を物語る。肺患症状だ。

輸入大豆に人気が集中して小豆の商いは薄い。

また市場では生糸とゴムの買い方「T社」の先行きに対し早晩行き詰まりがくることを警戒した話題がもっぱら。

要するに金地金を見せ道具にして、その地金を預り証、紙切れと交換し、利息として前金で二割(いまは一割になったといわれているが)を先渡しする。

なんのことはない。自分の払ったお金の一割を戻してもらうのである。

契約期限が来た時に果たして預り証を金現物と交換してくれるだろうか。

新聞には毎日のように求人広告を出し、社員千数百人。見習期間日給一万円。初任給30万円というから経費も大変だし、東京、大阪で使用しているビルも相当な負担である。

それらを商品相場の投機で賄うことは至難である。

昔、保全経済会というのがあった。大々的な宣伝で大衆資金を集め、これを株式投資で運用したが償還の期限がくると支払い不能、取り付け騒ぎで倒産した。

T社の行く末は誰の目にも明らかであろう。

その時、生糸にしろゴムにしろ建玉のウエイトが大きいだけに、パニック状態が発生すると収拾つかない。

T社の玉を敬遠する取引員が多いことは、これは取引員の良識であろう。

さて、小豆相場のほうは崩れに入っている。悪いことに地合が緩んでも新規売り込まない。売れば掴まるかもしれないと用心している。だから商いは細々としたもので、商社のヘッジのウエイトが高まる。

●編集部註
 ここで登場する「T社」が果たして金のペーパー商法で社会問題化した豊田商事の事を指しているのかどうかは判らない。
 調べてみるとこの会社が設立したのが81年。この時は「大阪豊田商事株式会社」という名前であった。大阪という文字が取れて豊田商事になったのが翌年。社会問題化し、国民生活センターにこの企業関連のトラブル専門ダイヤルが登場したのが85年。その年の6月に創業者が刺殺される。
 風林火山は大阪で原稿を書いている。この地理的要因と、取り扱っている商品が商品だけに(もっとも詐欺なのだが)、もしこの「T社」が豊田商事なら、世間一般よりもかなり早い段階で問題点を指摘していた事になる。
 東京ゴム月足を眺めてみる。81年は一貫して下げ基調。それが翌年から上昇基調に転換。同年10月から3カ月で元の木阿弥となり、そこから8カ月で71%上昇していた。
 「T社」は、いつ迄相場をやっていたのだろう。

昭和の風林史(昭和五七年四月十二日掲載分)

2018年04月25日

流水先を争いながら安い

倍崩し二千三百円目標。三倍崩し三万五百円目標。本格安は五月だろう。納会後悪し。

小豆相場の流れは目先的に二千三百円あたりまで行くのでないか?

三月17日から四月1日までの上げ幅約千八百円。これをまず下に折れたあたりである。

四千円割れあたりで売り玉の利食いが入る。

買い方も必死に買うだろう。反面、買い方の投げも出る。売り方は利食いしたあとの下げが速かったり、大きかったりする。

今の線型は昨年八月24日の大天井、九月14日の戻り天井のミニ版である。

八月24日を二月10日とみる。九月14日を四月1日とみる。昨年夏の時は、当限が大幅逆ザヤで八月の高値を上抜いた。

今回は、当限の逆ザヤが買えないほど弱っている。

これは環境のなせるわざ。

当限千円棒を引いている人には判るが頭三ツの山をつくり、これが今黒線に転換して季節的下げに入った。去年も当限千円棒は三ツの頭をつくり三月に入るや三千五百丁を崩して三万円大台を割った。

市場では三晶の積極売りや輸入小豆の格差手直しの期待はずれ(買い方)、そして小豆以外の雑豆の、さんたんたる売れ行き不振と値崩れが話題になっている。そして、もっと怖いのは自由化問題が片づいていないことである。

さて、週間棒は話にならない悪い線を一本入れた。新値三段も売り線。

そして取り組み減少傾向だし薄商い。

だから今週はS安もあり得る。見ていると八日満月からの相場の萎(な)えかたがひどい。バイオリズムは24日まで落潮だ。

出来高が東西合計一万六千枚出来るような場面は四千円割れあたりだろうか。あるいはもっと下げに勢いがついて三千四百円あたりか。出来得ればS安せずチンタラ安がよい。悪質肺患症状というやつだ。

●編集部註
 1月の当欄でこの当時の週足を掲載した。3カ月が経過し、もう一度この頃の週足を見てみよう。売り方は、2番天井をつけて下落中と見ている。
 上記の〝悪い線〟というのは、恐らく82年に入って9本目の大陰線の事を指す。罫線玄人はこのような相場展開で出現する陰線を「五寸釘が撃ち込まれた」と表現していた事を思い出す。
 昔の商品会社には、日がな一日フロアの片隅で罫線を書き込み「この足から今後どういう展開が…」などと尋ねようものなら小一時間は熱く語りだし、この手のパンチラインを連発する気難しくて小うるさい愛しき古参社員が何人かいたものだ。

昭和の風林史(昭和五七年四月十日掲載分)

2018年04月24日

来週から下げ足を速める

買い方の防戦買いは流れに逆らっているようなものだ。相場は人為の及ぶところに非ず。

小豆相場のトレンドは綺麗な肩下がりの中にあってこれが来週から下げ足を速くする格好である。
一般に、まだ買い方の反撃を警戒して掴まらぬよう用心深いが、買い方は買い過ぎているため守りは、攻めの三倍の兵力を必要とするから、きつい追証の攻めを受けると案外モロイだろう。
特筆すべきは期近限月が重い。これをいうなれば〝死に体〟である。
当限から下げの千円棒を入れるという事は、これまでとは相場の流れが、まったく変わった証拠。
期近限月は現物の重圧と、高値買いのモタレ、そこに日柄の疲れがきているから、納会待たずに、ひょっとしたら、ひょっとの暴落がくるかもしれない。
要するに相場の基調が、まったく変化してしまったのである。それは輸入商社のヘッジ売りの姿勢を見れば判ろう。
罫線は〝天地返し〟である。昨年10月、11月のWボトム、即ち三川(さんせん)型を高値でひっくり返した三山(さんざん)型。
小豆の春天井は54年は三月。55年も三月。昨年は二月。そして今年も二月だった。
これは季節的リズムである。そして春天井は五月崩しに向かう。この五月崩しがないと夏相場が買えない。
買い方にとっては千丁も千五百丁も引かされては苦しいから防戦買いを先限に入れる。
だが結果的には買っただけ悪くなる。それはトレンドに逆らうからだ。要するに相場の大勢は下げに入っているのだから人為の及ぶところではない。
来週は本格安で四千円を割るだろう。

●編集部註
 恐らくこの頃の商品取引会社に行けば、全国どの店でもどこかのフロアにローソク足や十勝などの気温を記録した罫線用紙が張られていた筈だ。
 穀物相場を得意としている相場師は往々にして季節に敏感である。小説『赤いダイヤ』でも主人公と小豆買いの巨魁が初めて出会う場面は海であった。褌一枚で海に入り、身体で海水温を感じて北の小豆畑を思うのだ。
 巨魁は北の大地で苦労する小豆生産者のため侠気から買い本尊となったが80年代はこの小説の舞台から20年以上経ち、時代は日米経済摩擦の主戦場が自動車や農産物となった時代だ。「農協」という言葉は良くも悪くも既得権を持つ旧勢力のアイコンのように見え、自由化論者の格好の攻撃対象になり始めたのはこの頃辺りからではないか。