昭和の風林史(昭和五七年八月二日掲載分)

2018年08月23日

閑散病という病気がでる  

安い所を叩いても取れない小豆だ。

小豆相場は三分の一押しだと九千八百三十円。

人気が強くなり過ぎたため、様子を見たいと相場さまが言う。

場面は閑散。もう少し人気を弾ませて、千五百円あたりに持ち込めば、商いもできただろうに、玄人相場だけに慎重だ。

産地天候が回復して、これなら平年作は大丈夫ということならば三万円中心の上七百円、下七百円。

この圏内での需給相場になるかもしれない。

それにしても閑散病という病気になると、少々厄介である。

甲子園の野球や、旧のお盆に入れば例年相場の方も夏休みである。

先般の仕手崩れの下げを取った人は早々と夏休み態勢である。

反対にあの崩れをまともにかぶった人は終戦処理が続いていて、一年、二年は戦線復帰できない。

相場が閑になると、やはり現物の圧迫が値段の上にでる。

重たいという感じだ。

限月が三本になったけれど、六本揃うまでは健康体とは言えない。

天候が崩れてドラマチックな展開になれば話は変わるが平年作予想ということで落ち着いたら事情は違ってこよう。

七月19日安値からの二千五百円高は暴落の単なる反動に過ぎなかったということになるから、そうなればそれまた考え方を変えなければならない。

やはり、それは八月十五日頃までの作柄と、その作柄をどのように相場が受けとめてゆくかの流れを見ることになろう。

目先は地合につられて売ってもとれない。

●編集部註
 相場は閑散。先日も触れたが、この日台風10号は愛知県に上陸。死者・行方不明者合わせて95名の被害者を出す。
 甲子園はこの週末から始まる。平成30年は10 0回記念大会らしいが、この年の決勝戦は2年連続17回目の出場となる広島商業と、3年ぶり3回目の出場を決めた名将蔦監督が率いる池田高校がぶつかった。
 古豪、広商は「コツコツと点を取って守り切る」というこれまでの甲子園での戦い方で臨んだのに対し、74年に初出場した際にメンバーが11人しかいなかった事で「さわやかイレブン」と称され、有名になった池田は、金属バットの特性を生かして緻密なプレーはせずにとにかく打ちまくる、通称「やまびこ打線」で対峙。終わってみれば12―2の大差で初優勝を決める。
 池田は翌年の春のセンバツでも優勝。夏の大会に連続出場するも、準決勝で桑田と清原がいたPL学園と対戦。0―7の完封負けを喫した。

昭和の風林史(昭和五七年七月三一日掲載分)

2018年08月22日

芯が疲れる場面に入った

叩かれると斬り返す。斬り返したと思うと叩かれる。神経性の芯疲れ場面である。

小豆の取り組み面は漸増傾向。自己玉も買い傾向。

新ポ1月限がどの程度のサヤを買って生まれるかで八月上旬相場が占われる。

場面は一にも二にも産地天候次第というところだ。三、四日遅れの開花が作柄にどう響いてくるか。

強気は三万円大台割れを初割れ買うべしの姿勢。

確かに消費地在庫は増加するが、秋風吹かば現物が動きだす。

需給即ちファンダメンタルズを重視するか、テクニカルズを重んずるかで、自らポジションも今後の相場オペレーションも違ったものになる。

27,28,29,30日の相場波調は、なんというのだろうか。

強気が急にふえたから相場は、だだをこねだしたのか。あるいは、ふるい落としをかけて身軽になろうとしているのか。

そこのところの解釈が難かしい。

相場というもの皮肉なもので、強気がふえると横を向く。

ましてお天気がらみでは思惑錯綜、煎れ投げドテンに難平意地張り、時に七色のパッチ(両建)などと、もつれたら大変。

どうなんだろうね、東京の解け合い値段が取れないのは。

この相場、せいぜい高くて三万一千五百円というのが弱気の一貫した信念。

あと高ければ難平売り上がっていくという。

強気にすれば九千円台は買い一貫。

となると今の相場は玄人中の玄人ばかりが兎の毛で衝いた隙をも見逃さばこそ、情報網を駆使して神経ばかりがとがってくるから、余程均衡破れの材料出現せぬ以上は、押したり突いたり。叩かれたと見れば斬り返し、斬り返したと思えば身を転じ、しばらくは神経性の相場展開である。

●編集部註
 のぼり坂とくだり坂に加えて〝まさか!〟が相場の世界にはあるというのは有名な話。まさかは漢字で魔坂とも書ける。好事魔多し。小豆相場はここより夏バテとなる。 素人は買いを好み、玄人は売りを好む。玄人筋は余程にこの時の溶け合いの恩讐が積もり積もっていたのではないか。そう考えると、ここからの下降局面が何となく理解出来てしまう。
 これはファンダメンタルでもなく、テクニカルでもなく、ごくごく内輪な内部要因である。分析記事には書く事のできない相場心理の問題といえるのではないか。
 外は大雨、小豆相場は夏バテで、この時の買い方は陰隠滅滅としていたのではないか。何となく、今の国内外の金相場に似ている気がする。

昭和の風林史(昭和五七年七月三十日掲載分)

2018年08月21日

無人の荒野を行くが如く

乗り遅れた人は仕方ないが弱気になるのだけはよろしくない。三万二千円がある。

八月は相場が荒れるといわれる二日新ポ。

人気のほうは迷いの霧がまだ晴れない。

産地の低温障害が表面化して、人々が騒ぎだした頃には相場水準は、もうあと軽く千円上である。

人気がやっと強くなりかけた出鼻を叩かれて、申し分ない押し目を入れた。

その押しは、抜く手も見せずの斬り返し。

これが大相場初期特有のパターンである。

普通、今のように若い相場の、しかも初押しは三倍返しとみてよい。

だいたいそのあたり、せいぜい戻して三万一千五百円と考えている人達の利食いが出ようし、板崎崩れのテープカットの水準だ。

その辺で再度押すもよし、押さぬもよし。大勢に別条ないわけだ。

そのようにして三万二千円は取りにいく。ともあれ勢いがつくから待て、しばし乗り遅れた人はホームの階段駈け抜けても列車は無情に出たあとだ。

三市場取り組みは漸増傾向。商いも六限月当時より多い。

それは相場が理に叶っているからで、押すべきところは、礼儀正しく押している。

これが過ぎた五月、六月、私の人生暗かったあの頃は、六本木操作で相場に礼儀もなにもあったものでないから限月六本あったところで商いできない。

世間様は真にお見通しだから怖い。

解け合い後、腹立てて利食い金も証拠金も持って帰ったお客さんが戻ってきた。もともと相場が好きなんだから相場さえ自然にかえれば人気は集まる。

そして本番はこれからだというのだから、心にときめきをおぼえるはずだ。

四の五の小才の利いた強弱はいらない。一本どっこ、運は天にありでよい。それが必勝の信念になる。

●編集部註
 ノーベル文学賞受賞者は、スウェーデン・アカデミーで記念講演をするのが慣例となっている。 初の日本人受賞者である川端康成が行った講演の題名は「美しい日本の私」。二人目の日本人受賞者である大江健三郎はそのタイトルをもじって「あいまいな日本の私」という題名で講演を行った。 事程左様に日本は何かとあいまいである。そのあいまいさが8月に顕著に表れるような気がする。 今日は広島に原爆が落ちた日。70年以上経っても、敗戦なのか、終戦なのか。あいまいなままにまた8月がやってきた。

昭和の風林史(昭和五七年七月二九日掲載分)

2018年08月20日

S高連発もあり得る怖さ

押しは浅く、伸びは強烈というパターンである。意外な大相場に発展していくと思う。

相場に押し目は付きもので、押すべきところで押す押し目は、すかさず買われる。

小豆相場の基調は出直り途上である。

風聞では桑名の板崎氏は今の相場を見て切歯扼腕している―と。

なにもかも無くして無一物の境に立った時、はじめて無尽蔵となる。

相場が見えて見えて、居たたまれない気持がよく判る。

筆者は、この相場は意外な高値を付けると思う。

三千円幅や五千丁高では済まないかもしれない。

二月10日の東京三万六千二百円。まずあれを取りにいく相場だ。

あの時は11月19日から週足13本。10月19日底から週足17本。五千丁高。

この19日という日が気になる。七月19日大安値日。

大阪は解け合い値段を取った。東京も取るだろう。そのあと週間足で月初あけた窓(大阪二千円~二千三百二十円)を埋めよう。

12限一代足では半値戻し。軽く押して当然。

相場には息づかいというものがある。恐らく桑名の板崎氏は、相場様が自分の横にきて坐っている。孝行のしたい頃に親はなし。相場の見える時に弾はなし。

いま、誰よりも相場が見えているのは板崎氏だろう。

トレンドは綺麗に離れて上昇帯に乗った。去年でいうと五月25日から七月2日の五千八百丁上げと同類のトレンドである。

人気が強くなりきれない事も、相場が若い事も強気要因だが、好材料はあとから貨車でくる。

若い相場の押しは利食い押しである。ましていまこの相場を叩く筋はない。要するに上げ賛成ムードだ。

利食いした人はまた買う。これを玉の回転が利くという。押しの期間は短く、伸びる時は大きくなるのも典型的大型相場の特長だ。

●編集部註
 この頃、日本の洋画封切館では『ロッキー3』がかかっていた。
 買い勝負ですべてを失い、歯噛みして悔しがっている相場師もいる反面、まだ体力が残っている買い屋の脳内にはこの映画の主題歌であったサバイバーの「アイ・オブ・ザ・タイガー」流れていたのではないか。元々ロッキーという映画の根本的テーマは〝敗者復活戦〟である。
 また80年代に活躍した荻昌弘という映画評論家は、ロッキーの第一作目がTV放映された際、上映前にこう解説している〝…これは人生の「するか」「しないか」の分かれ道で「する」を選んだ勇気ある人達の物語です…〟と。

昭和の風林史(昭和五七年七月二八日掲載分)

2018年08月17日

旗は鳴る鳴るラッパは響く

まだ本気で強くなれない人が多いから上げ足は非常に速いものになるはずだ。

産地の天気が悪い。この先も今のような天候が続くようだ。ここからの一週間十日が最大山場で、55年凶作時も七月下旬から八月中の低温が相場をS高連発で走らせた。

六本木筋も桑名もあと一週間頑張っていたら―と死んだ子の歳をかぞえる。

あの取り組みなら、期近の三万六千円総煎れ場面だ。

運は天にあり。勝敗は兵家の常にして、今あの時の弱気筋が強気に転換し、三万三千円→五千円を考える。世の中皮肉というべし。

『ひょっとしたら、今度は高値解け合いかもしれないね』―と。冗談じゃあるまいと思ったが、瓢箪から駒という事もある。

考えてみると〝大豊作〟予想を売った。そしてそれが陰の極になった。

今度は〝不作・凶作〟予想を買う番である。

人気面はまだ、ふっ切れていない。迷いの霧の中にいる人も多い。だからこの相場速いのだ。

安値取り組みで相場が若いこと。四の五の強弱考える必要はない。

相場などというものは時に、ちょっとしたヒントによるひらめきである。

概して歯切れのよい強気が聞かれないのは、まだまだ弱気が多いからだ。これは強気側にすれば結構な現象である。

久しぶりに「旗は鳴る鳴るラッパは響く」という場面が展開しそうだ。

すでに多くを書く必要もない。

相場を人体にたとえるなら目下「足」ができて、これから腰と胴体ができ、胸・肩→首→頭となる。

下げはこの逆の順をケイ線にはめて考えればよい。

●編集部註
 たらればの恨み言を言っているうちはまだ良い。詮無き事なれど、金銭的な損害を被る事はないからである。精神的な損害、運気の低下という面ではマイナスだが…。
 問題は、ここで乾坤一擲の復讐戦で買いを仕掛ける事である。損切りドテンは福の神というが、それは迅速に行わなければならない。間をおいて、ましてや、少し相場を見て、自分の思惑通りに展開しているのを確認してから動くと大概失敗するから相場は意地悪である。
 買い方の屍の下にはもう一つ地層があり、幾重もの白骨化し、怨霊と化した売り方の屍が眠っている事を忘れてはならぬ。
 人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ(シェイクスピア)。

昭和の風林史(昭和五七年七月二七日掲載分)

2018年08月13日

今から買っても遅くない

速い相場になる。S高もくる。売った人はドテン買い十分間に合う。八月は強烈。

土用三日過ぎれば秋風吹くといわれたものだが、梅雨がまだ明けない。

こんなことは本当に珍しい。

相場の方は、急伸型の相場になっているのだが、強気の人でも、もう一回深押しがあると思うらしい。

一本足の底はないというが、V字型の鋭角底で四千丁幅をふっ飛んで行った(増山崩れのあと)こともあって、Wボトムを待っていると買い場を失する。

大阪の三万五百円~七百円。東京の三万一千円のところ。

これは解け合い値段である。相場が押すのは、その値段を取ってからで押しても軽い押し。

思うのである。八月相場は強気している人にとって会心の出来になるだろう。それは限月三本に投機が絞られる事。安値をかなり大衆が売り込んだ事。商社が上げ賛成の現実。

そして高値にシコリ玉がない。即ち安値取り組みである。これが怖い。

仕手手持ち現物の入札は買い手殺到。結構相場は相場の値で引き取られた。

月末も高いだろうが、本気で相場が走るのは八月である。

安値叩いて掴まっていく人は、高々戻して三千丁ぐらいにみていようが、政策というものがあり、次期枠絞り込みも考えなければならない。

どうだろう。三千丁戻しが五千丁高の三万三千円あたり。筆者はあると思う。それは、55年夏の電流(アンペア)が走った相場と同じタイプだから買う間も与えない速さである。

不幸にして安値を叩いた人は無念無想で踏め。そしてドテン買いが十分間に合うのだ。

●編集部註
 そう、1982年はまだ梅雨が明けてない。
 この時期の集中豪雨で、長崎県では市内にかかる重要文化財、眼鏡橋が半壊したという話は先般したかと思う。
 弱り目に祟り目とは言ったもので、この梅雨の長雨に台風が重なる。82年8月2日、台風10号は愛知県に上陸して死者・行方不明者合わせて95名の被害者を出す。
 1982年は、今のようにネットが全国津々浦々に至るまでつながっているような、注文がクリック一つで簡単に出来るような時代ではない。
 都会はいざ知らず、地方の支店だとチャートや注文伝票は手書きが当たり前、相場表はデジタルではなくアナログで、チョ
ークやマグネットによる事務員さんの人海戦術だ。
 正直、この時「相場を張ってる場合かよ」と思っていた人が少なからずいたのではないか。心理は、相場に現れるものである。

昭和の風林史(昭和五七年七月二六日掲載分)

2018年08月10日

急伸型の相場になった?

新しい相場。若い相場。押してもすぐはね返す。意外な高値を足早やに取りに行く。

昔から売り玉利食いしたら必らず現物を持て―と雑豆問屋筋ではいう。

カラになっていた庭先を埋めるためにも小豆の売れ足が急。

商社筋も強気だ。現物の値上がりを最も期待しているのが商社であるから、値を崩す行為は採らない。

ホクレンも強気である。これは当然である。

一般大衆は総売りといってもよい。大阪自己玉は取引員の買いが急増。

向こう四カ月は納会がないということがこれからの相場の性格を今までと違ったものにする。

折り目、切れ目、きっしょというものなしのズンベラ棒は、買い方にとってまさしく楽である。

まして産地が土用という肝心な時期に天候が崩れている。

一般に、一本足のV型でなく、去年10、11月のようなWボトムを想定してもう一度安値を洗いにくるという用心深さだが、今週の天気次第では意外な上伸につながるだろう。

当面三万五百円と見る人。大引け足なら半値戻し三万一千円。

いやいや、輸入の絞り込みもあるし、作柄崩れならば三万三千円必至―と。

すくなくとも二万八千円を割ることはもうないと考えるべきで、新しい相場、若い相場の押し目はつくるが、基調は非常に強い。

聞けば、お客は売りたがるそうだ。売りたい気持ちはよく判るが、今は売るところでない。しかし売りたい病気にかかった人には、なにを言っても駄目だ。

週末の引け味は素晴しかった。今週は目の覚める上昇が展開されよう。

リズムは押してもすぐにはね返す強さを見せよう。

●編集部註
 大衆はすべて間違っている―。賢しらにこの相場格言を使うべからず。 勝負は時の運であり、大衆の逆を張っているようで、自分自身がゴリゴリの大衆であったという事にあとで気付く事がある。相場の場合、大概は勝ち戦を収めた時に失敗する事が多い。負けた者に不寛容で、自分が突然敗者になるかも知れない、などとは1ミリも考えない増上慢な状態といえる。
 相手が馬鹿に見えて仕方がない。こおいう人は必ずどこかで自滅する。自分の方法論に自信を持ち過ぎて相場の急変に柔軟に対応出来なくなる。
 最近は、何でもかんでも語尾に「症候群」や「ハラスメント」をつけると病気とみなされる。
 この手の増上慢を、当節では傲慢症候群(ヒュブリス・シンドローム)と呼ぶのだそうだ。

昭和の風林史(昭和五七年七月二四日掲載分)

2018年08月09日

躊躇逡巡せず買い方針?

小豆は積極買いよしのところ。条件が揃った。意外な展開になろう。来週は爆走高。

大阪は天神祭りで暑い時期なのに変なお天気だ。

産地も土用に入って日照も気温もよろしくない。

北海道は来週から下り坂の気象サイクルに入る。

関西では昔から天神底という言葉がある。

今月は、なんだかんだと大変だった七月七日の七夕さんの前日が皆既月食。そして22日に日食があった。

本間宗久伝には「日蝕の事」日食、月食ある年是迄大小となく不作なり―と。

相場界に怨み相場なるものがあるのは御存知。

桑名も六本木も、もうちょっと頑張っていたら、格好もついただろうに―という天候崩れの場面があるはずだ。これをあとの祭りなどという。いわゆる十日の菊である。

見ていると、腹立ちまぎれがまだ続いて感情的な売りが多い。売り目標二万二千円―などというのもその部類で、感心せん。

投機資金は、相場が熱をもってくると必らず帰ってくる。小豆マニアは、やはり小豆である。しかも売ってきた人は大なり小なり儲かっている。解け合いで、儲けが少なかったというのは死んだ子の歳をかぞえるようなもの。

この世界は、済んだことは、さっぱり忘れる事。(ただし相場に関してのみ)

線型は五千円下げの二千五百円戻しが、三千円上げ三万一千円(引け足)を取りに行く姿。

女々しい弱気が多いだけに、天候崩れとともにこれこそ天候相場という爆走を展開するだろう。

要するに底ができたのである。安値から日足陽線三本で食い込み、千円棒を立て理想の出直り。

取り組みも漸増傾向は逆ウオッチで買い暗示。

相場が若いということ。これが強味だ。

躊躇逡巡することなく買いである。

●編集部註
 まだこの頃、メリマン氏によるファイナンシャルアストロロジーの見方は日本に入って来ていない、メリマン氏自身が相場とアストロロジーの関係について深く解析してみようと思い始めたのが80年代初頭、ボルカー・ショック後に急騰した金相場を目の当たりにしてからなので、黎明期だ。
 ただ日本ではそれ以前から、月齢と相場の関係について分析する人はいた。また1930年代の相場で活躍したギャン氏は「早い惑星の動きに注意しろ」とアドバイスしていたという。

昭和の風林史(昭和五七年七月二三日掲載分)

2018年08月08日

もう、売る相場ではない?

戻せば弱気(売り)も出てこようが、もうこの小豆売るところでない。

本間宗久伝に「秘伝・気を転ず」という一項目がある。

ともすれば惰性的な弱気になりやすいが、気持の整理をつけて感情的弱気をさっぱり捨てるべきだと思った。

戻ったら売りたい人が割りに多い。また、目立つ売り玉が出ている。この筋は『二万二千円目標』でケイ線一本という。

売りっぷりを見ていると、なんとも、あぶなそうで、掴まるのでないかと思う。

いわゆる新たなる売り仕手だ。

相場は反発した。これは仕手崩れ後に見せる自律反騰でもあるが、下げ日柄が限界を越えていることから、環境が落ち着いてくると、冷静な見方で買い方針が有利になるところ。

また、あれだけの取り組みが一瞬にほどけた。これは原点に戻って考えると玉整理完了といえる。

値頃水準も、だいたいこのあたり抵抗帯だ。

それに次期枠の絞り込みという政策面からのテコ入れも考えておきたい。

天災期は、これからが山場でもある。今年は二週間周期のリズムだから、来週から下り坂のお天気だ。

このように考えてくると、いずれ証拠金も下げることだろうし、規制も緩和方向にもっていかないと取引所も業者も困る。

もとより現物のヘッジや仕手手持ち現物の金融流れや台湾小豆の値下がりなどの軟材料もあるけれど、相場さえ活力を取り戻せば投機資金は小豆に戻ってくるだろう。

このように考えてくると腹立ち商いで相場に売り向かうのは愚の骨頂だと思う。相場の世界は済んだ事は薬にこそすれ、いつまでもくよくよしない事。

●編集部註
 相場は、勝つ事よりも勝った後の方が恐ろしく、そして難しい。相場師あるあると言えるだろう。
 往々にして、勝った後にいらん事をして、被る必要もなかった損を被る事がよくある。故に「休むも相場」なのである。
 実際、小豆相場はここから反転上昇に転じる。
 しかし、大局的には今回の相場で売り屋には恩讐が残っている。売り屋の恩讐の彼方に見える光景は下降トレンド。気を長く、臥薪嘗胆で相場に接する売り屋の強さがこれからの相場で目撃される事になる。
 「相場は運・鈍・根」という相場格言がある。運が回ってきた相場師が鈍と根を駆使して臨む相場には凄みがある。

昭和の風林史(昭和五七年七月二二日掲載分)

2018年08月07日

ほとんどの人は「気」がない

小豆相場は下値探りの段階のようだが、ほとんどの人は無感動。

急に静かになってしまった。強弱なしの人が多い。

黙して語らず。これを寂寞(せきばく)と言う。

残れる限月ただの二本。取り組みは枯れ細る。まさに国破れて山河あり。

相場は、反発もしよう。しかしまた売られる。逆張りでお茶を濁すだろう。

人間というものは、心に、ときめきを持てなくなったら、持ちも下げもならないもので、張りを失ってしまうと、高かろう、安かろう、まったく感動しないから困る。

小豆相場に取り組んできた人達は、売り方にしろ買い方にしろ心の張りを失ってしまった。

これを取り戻すには、11月限が前にまわって六本の限月が全部揃うまで時間がかかるかもしれない。

一度失ってしまった小豆市場の信頼は半年一年で取り戻すことはできないが、気持を落ち込ませていては、業界再建が遠くなるばかりである。

そのように思いなおして、純粋相場強弱一本でいこうと思うのだが、なにせ、二本の限月だけでは、思考が展開せず、これは困りました。

本当言うと、このように気の乗らない時は、相場など見えないもので、まして手出しなどすると必らずいかれる。

松下幸之助さんが20日の朝日新聞に、『じたばたせずに遊んでいるのが一番よい』というようなことを言っていた。さすが達観の境だと思った。

相場の敵は(1)に腹を立てるな。(2)に悲観絶望するな。(3)に、むやみに喜ぶな―である。今回の事件で教訓を得た人は、それが無形の財産である。

●編集部註
 まだこの頃、松下幸之助氏はご存命であった事に驚かされる。1894年生まれなので当時88歳、米寿である。鬼籍に入ったのが1989年4月なので、明治に生まれ、平成元年まで生きておられたという事になる。
 この方のような生ける伝説のような人物を、人は勝手に殺している時がある。有名なところでは、晩年のアルベルト・アインシュタインのエピソードが秀逸である。
 戦時中、物理学者として核爆弾が開発される可能性について、大統領に手紙を送った事で知られる彼は、戦後は各メディアに登場し、核兵器廃絶を訴えていた。
 それを見た小学生だったか中学生だったか、彼宛てのファンレターにはこう書かれていたとか。「ごめんなさい。教科書に載っている人が、まさかまだ生きている人であったとは思ってもいませんでした。私の頭の中で、あなたはローマの哲学者とかの隣にいました」。