昭和の風林史(昭和五十年三月二六日掲載分)

2017年03月30日

小豆反騰せん 手亡は人海戦術

手亡の人海戦術がどのような結末を見せるであろうか。小豆相場は強気一貫で報われそうだ。

「昼中や雲にとまりて鳴く雲雀 碧梧桐」

小豆の前二本の値段が、かたまっている。

もう、この値段以下ありませんよ―という風情の相場だ。

悪い悪いと言われてきた期近小豆が20日のあの居合い抜きのような瞬間下げにも、眉ひとつ動かさなかったことは注目に値する。

先二本は完全な天災期限月。これは畠に小豆の豆を播いてからはその日その日のお天気に左右されるが、それまでは人気一本の動きである。

市場人気は、先日の瞬間安で、かなり迷ったけれど、先に行けば高いという希望は残している。

ただ、小豆の取り組みが、もうひとつ太らないのが気がかりになる。

手亡は、これだけ下げてきて、なお大取り組みを維持している。

過去の相場の常識としては(手亡)先限二千五百円下げで大取り組みは、ほぐれて然るべきだ。それが厳然としている。

ここまできてほぐれない取り組みは、これから五百円下げても解けないであろう。まるで朝鮮動乱の時の中国軍の人海戦術を見る思いがする。

手亡相場の人海戦術。

これが輸入商社系のピービーンズ攻撃に、どこまで耐えられるか。

手亡の九、十月限はピービーンズの格差虐待を予想して逆ザヤに生まれてくるだろう。従って、手亡の一万二千円台は売られる。いずれは手亡の一万一千円そこそこが地相場になろうという見方は今ではもう〝相場の常識〟である。

なのに、大衆買いはひきもきらない。値ごろ観と証拠金の手ごろさ。そして専業取引員の営業政策などがその背景にある。

まして手亡相場が自律戻し、自律反騰でもすれば、買い気はさらにつのることであろう。

相場としての妙味はないが専業大手の商売としての手亡は妙味があるのである。

そういう手亡を横に置いといて、相場の妙味がこれから出てくると思われる小豆を、やはり強気していくのが正攻法だと思う。

小豆の取り組みが十万枚を突破してからでも買うのは遅くないと見る人もあるが、そのころには、かなり相場水準が高くなっているはずだ。

●編集部註
小豆相場は、そろそろ長い保合いのトンネルを抜けようとしている。

この〝そろそろ〟が、なかなかの曲者である。

相場の節目は相場心理の節目。心揺らがぬ場面で表れないのが常だ。

【昭和五十年三月二五日小豆八月限大阪一万六八二〇円・一二〇円高/東京一万六八一〇円・一二〇円高】

昭和の風林史(昭和五十年三月二五日掲載分)

2017年03月29日

小豆買い方針 手亡に妙味ない

居合い抜きの小豆に市場は毒気を抜かれたが、これでアクが抜けた。小豆は買い方針でよい。

「菜の花や淀も桂も忘れ水 言水」

毒気を抜かれた―という感じの市況だ。

手亡相場の悪い事は知っていた。手亡売りの小豆買いという人気であった。

小豆は大丈夫という安心感を、アッケラカンにふっ飛ばした彼岸の中日の前(20日)の瞬間安は、まるで居合い抜きである。

腰に差したままの刀を抜く手も見せず閃光一瞬の間に相手を切り倒し、刀は、もとの鞘におさまっている。

天災期の波乱にもつれこむこと、こういことは、たびたび見られる。

ストップ安で寄った相場がストップ高に引けたりしたこともある。

しかし仲春三月需要期相場ではめずらしい。

つもりつもっていた小豆相場の疲労が、ドッと出たというしかない。

しかし、これで灰汁(あく)抜けした。

相場も人間の体と同じである。無理はいけない。

無理を重ねると必ずとがめが出る。

大きな病気ではなかったが〝長もちあい〟の疲労が重なっていた。

いうなら〝精神疲労〟である。それが、お隣りの手亡相場の〝ズッコケ〟で小豆に心理的な影響をもたらして崩れた。

小豆は現在、病後の体である。日柄を薬に徐々に体力を回復していくことであろう。無理は、まだ禁物である。だが、疾患は取り除かれた。

小豆相場の、これからの安いところは買い方針でよいと思う。

もう、あれ以上悪くなることはないからだ。

ものは考えようである。高い水準で天候相場に突入するよりは、低い水準で天候相場にのぞむほうが投機家にとっては、どれほどハンディが軽いか。

小豆は買い方針で一貫すれば、報われる。

問題は手亡である。手亡は戻せば売られる体質だ。値ごろ観で手亡を買うのはまったく無意味であるからだ。

安いのは、安いだけの理由があるからだ。

その手亡も、いずれ大底を打つ。問題は値段である。

手亡先限の一万一千五百円あたりは一応の目安だ。

九月限、十月限が逆ザヤで生まれようから、先限引き継ぎ線はそれ以下の値になるだろう。

●編集部註
 戦略と戦術がしっかり決まっている人は強い。

 今回の文章こそ、後にバフェトの金言となる「恐怖の時こそ欲を出せ」を地で行く世界といえる。

【昭和五十年三月二四日小豆八月限大阪一万六七〇〇円・五〇円高/東京一万六六九〇円・九〇円安】

昭和の風林史(昭和五十年三月二四日掲載分)

2017年03月28日

小豆は彼岸底 手亡底入れ待ち

小豆は彼岸底を打った。ただ手亡が底入れするまで小豆だけ鮮烈な上昇は出来ず待ちの姿勢。

「駒鳥啼くと胸突き坂を仰ぎけり 爽青」

小豆相場の20日の朝からいきなりS安の寄りは、積み重なっていた相場の疲労が一度にドッと出た格好である。

しかし、そのあとの強烈な〝たくしあげ〟を見ていると相場は死んでいない。

おりから春の彼岸の中日。昔からよく言う彼岸底を思わせた。

左様。小豆相場は彼岸底入れた。

もとより現在の環境から判断して、この相場が、鮮烈な上昇を展開することは難しいであろうが、三月20日に付けた瞬間的な安値を割る事は出来ない。

今後に予想される相場展開は、やはり先限の七千円中心の動きであろう。

線型は先限(大阪)19日の引け値六千八百八十円までの窓を埋めて、空間窓を埋めたあと、それからの足取りが強含みに推移するか弱含みかという急所にさしかかろうとしている。

また、相場の水準を判断するひとつの現象として期近限月二本の〝その時の下げ方〟である。

先三本の下げと、前二本の下げは、同じ小豆相場でありながら、まったく違ったものを見せた。

この事は、前二本は小豆の値段として、まったく下げ余地のない裸値段である事を証明している。

先三本の下げは、人気料がハゲた。水ぶくれの値段分が消えたと見ればよい。

時間はかかるだろうが、小豆相場に関しては、その体質は贅肉を削り落とし、筋肉質になった。

積み重なっていた疲労を取りのぞけば、今までに見られなかった新鮮な相場に生まれ変わるだろう。

充分に期待出来る相場といえる。

では、手亡相場はどうか。手亡は、小豆とまったく違う動きだ。

戻すことはあっても、それは利食い戻しで、再び売られる。

相場そのものが持つ回復力というものがまだない。

いずれは、この手亡も大底を打つ事であろうが手亡相場の諸要因が、灰汁(あく)抜けしきれないあいだは、戻せば売りでよい。

その間、即ち手亡が大底を打つまで、小豆は、待ちの姿勢と見る。ひとり小豆だけズンズン行く事はない。しかし小豆相場は完全な上値指向型だ。

●編集部註
 値幅制限の地獄は、味わったものしか判らない。注文が入る分、サーキットブレーカー方式の方がまだマシであるといえる。

【昭和五十年三月二二日小豆八月限大阪一万六六五〇円・四〇円安/東京一万六七八〇円・一〇円安】

昭和の風林史(昭和五十年三月二二日掲載分)

2017年03月27日

亀裂が入った 七千円がカサに

今度は小豆がぶっ倒れる番である。大もちあいを下放れた相場。長い道のりである。

手亡の大崩れのあとは小豆の番である。ケイ線で言うところの「もちあい下放れ」である。

今年に入っての先限引き継ぎ線では平均一万七千二百円どころでもみ合う形であった。

今月に入っても、当限が頑強なのと、小豆には生産者側の市況対策(調整保管、出荷調整)で下値は浅い―という安心感があった。

たとい手亡市場がピービーンズの毒気に当てられ、血染の軍旗がボロボロになろうとも、小豆とは〝別の世界の出来事〟という意識が強かった。

まして、先に行けば減反がついてまわる年回りである―と、ひそかに期待する人気である。

だが、しょせん豆には変わりがなかったのである。

人気とはある意味で「連想ゲーム」のようなもの。移り気で、時には思いがけない方向に向かう。

売っているのはホクレンのつなぎ、そして荷を手当てした業者のヘッジが主である。

人気離散でやせ細った取り組みとはいえ、辛抱強い思惑に支えられていたわけだ。

このとき、手亡が再起不能なまでに叩きのめされた。そして小豆もジリ貧続き。量的にはまとまらなくとも、産地からは定期の二~三百円下で売り物…。

うっせきした状態が長く続くと一体どうなるか。

今回の小豆暴落も決して材料があっての崩れではない。いうなれば未練玉に〝離縁状〟を叩きつける決断がようやくついたに過ぎないのだ。

おりしも、道農務部は五十年観測として「小豆の作付け面積は伸び悩むも生産はほぼ横ばい」と発表。

これまで北農中央会あたり二万ヘクタール減と盛んに宣伝していただけに、狐につままれたような妙な気分になる。

亀裂が入った相場の末路は明らかだ。

ときには利食いの買い戻しで反発するが、戻りの力が鈍いといっては売り直され、一万七千円の〝カサ〟が叫ばれては水準を落としていく。

頼みは日柄であるが、まだまだ長い道のりである。

ミシガン・ピーの市況が崩れて大下げした手亡だが、一三㌦台(百ポンド当たり)に回復しても無反応である。これも基調にヒビが入っているからだ。相場とはそうしたものである。

●編集部注
 当時流行った「昭和枯れすゝき」が似合う展開。

 話は変わり、先日石原慎太郎が百条委員会で証言していたが、この年のこの月、彼は衆議院議員を辞めて都知事選に立候補。現職に惜敗している。

昭和の風林史(昭和五十年三月十九日掲載分)

2017年03月24日

小豆虚弱体質 軟弱場面続かん

手亡は大崩していったあと、大量の出来高を見るだろう。その間、小豆は軟弱体質である。

「かへり見る空のひかりは夕雲雀 羽公」

手亡の相場が崩れている時に、小豆だけ騰げていくということはない。

小豆と手亡とは、まったく違う豆であるが、そこには比較観があり、サヤがある。両者は違う豆であるけれど相関関係にある。

現物筋の相場巧者は『小豆と手亡のサヤは五千円~六千円が普通になろう』と将来を予測していた。

また、市場では、手亡が三千円下げたら、小豆は三分の一の千円安という見方もある。

ともかく、癌症状悪化の手亡相場が、健全なる小豆相場に〝精神的影響〟を与えているあいだは、小豆相場にも期待は出来ない。

これから先の事を考えると次のように思う。

①手亡が水準を下げる。

②手亡の玉整理が大安値で行なわれる。

③九月限は逆ザヤ発会。

④大取り組みが減少しだす。商いもいずれ閑になる。

⑤小豆は軟弱体質。

⑥手亡安で市場は荒廃するから商い低調。

⑦結局、手亡八月限(今の先限)は、その時点で一万一千五百円あたりに陥没したままになる。

それまでは小豆の相場はどうか。手亡一万一千五百円の五千円ザヤなら小豆の一万六千五百円だ。

小豆の取り組みが、少しずつでも増えていくかどうか注目される。

小豆の取り組みが十万枚を越えてくれくれば加速度をつけて人気化しだすか、四月になっても、五月が来ても取り組みが太らねば今年の相場は後半にずれ込もう。

小豆暴落の可能性はどうだろう。

現時点からの五、七百円安の値ごろ、即ち六月限一万五千九百円前後。

七月限の一万六千円そこそこから割れへ。

八月限の一万六千二百円。

そういう値段はないといえなくなった。

いまケイ線的に小豆六月限が六千四百六十円、一月六日の発会寄り付き値段を割って引けてしまうとこの相場は、安値低迷いよいよ箸にも棒にもかからない時期を迎えよう。

ものごと、なににつけサイクルがある。相場の人気の波も周波に乗っている。小豆相場は先に行って大きく展開するとしても、今月、来月中旬あたりまで軟弱体質だ。

●編集部註
 相場師の必須条件、ロジカルシンキングのお手本のような文章である。

【昭和五十年三月十八日小豆八月限一万七〇三〇円・三〇円高/東京一万七一一〇円・一〇円安】

昭和の風林史(昭和五十年三月十八日掲載分)

2017年03月23日

見切り千両!! 大取り組み崩壊

手亡相場は暴落していくだろう。両建ては愚策である。反発の可能性はない。見切るところだ。

「ゆく春や屋根のうしろのはねつるべ 万太郎」

六〇㌔建て10円刻みといういまの穀物取引所を一㌔一円刻みにしようという案が、前にまとまりそうになった十㌔一円刻みのほうがよい―という案を押しのけそうである。

この場合、一円動くと四千円替えの勘定だから、なかなか柝が入らないという立ち会いの長引く事が心配されている。

十㌔建て刻み一円の線で決まるのかと思っていたがいろいろ立場があって、この種の改革が難儀だ。

相場のほうは依然として手亡が冴えない。

ピービーンズの格差を11月限から四千円にしようということから、それなら十月限がピービーンズの捨て場になる。従って九月限、十月限の手亡はピービーンズの重圧が加わり、手亡相場は逆ザヤになる可能性さえ強い。

いま建っている七、八月限は天災期限月だが、とりもなおさずピービーンズをヘッジされ、相場としては、先に行くほど楽しみがなくなるのだ。

ピービーンズの格差虐待は、手亡の買い方が言い出したことである。

結果的には自ら墓穴を掘ったことになった。

恐らく手亡相場は先限一万一千円台に崩れていくだろう。

いまの膨大な取り組みが相場の崩れに直面したならば、これは連続のS安であろう。

S安に直面すると手亡は投げ玉がはまらない怖さがある。

手亡が、なぜあのような大きな取り組みにふくれあがったか?といえば、他に理由はなにもない。

証拠金が安いから―だ。

単にそれだけのことで大衆が参加した。

証拠金が安いという事は、すぐに追い証がかかり、すぐに証拠金が飛ぶことである。

いうなら安もの買いの銭失いの見本みたいなものである。

ガタガタとくる。大衆買いはグラグラと動揺する。パラパラと投げてくる。あるいは両建てに走る。両建てにしても先に行っての楽しみがない相場であることが判らない。

いま手亡相場に言えることは見切り千両。新規売り充分間に合う。

S安してからでは遅すぎる相場だが、先限の一万三千円割れから売ってもまだ間に合うだろう。

●編集部註
得てして相場は仕掛けよりも仕切りが難しい。

取引判断は少ない事に越した事はなく、二度仕切り判断が求められる両建ては、相場巧者でない限りすべきではない。

【昭和五十年三月十七日小豆八月限大阪一万七〇一〇円・一九〇円安/東京一万七一二〇円・一七〇円安】

昭和の風林史(昭和五十年三月十七日掲載分)

2017年03月22日

手亡崩れ必至 癌症状悪化する

手亡は暴落含みだ。ピービーンズが癌になっている。今から売っても充分に間に合う。

「春深し杉菜の果は水の中 竜男」

ピービーンズの安い契約が出来るたびに手亡相場はガタガタ下げる。

大きな取り組みの中の僅かな存在といわれるピービーンズだが、

これは手亡相場の癌みたいなもので日が経つのに伴って命取りになる。

12㌦25㌣とか11㌦85㌣という値段は定期格差二千五百円をつけても一万一千円以下のもので、六月入荷、七、八月限つなぎとしても、一俵当たり二千円は儲かるし、これを材料に相場を叩いて投げを誘うことも出来る。

大衆買いによる大きな取り組みが、音をたてて崩れだせば手亡の相場癖でストップ安の追い落としになりかねず、こうなると先限の下値一万三千円割れから利食いによる戻りを新規に売っても値幅は充分に取れる勘定になる。

手亡が崩れると小豆にも響いてくる。

小豆と手亡の状況は違うが、手亡が千円崩れたら小豆三百円。手亡が二千円安なら小豆七百円。

やはり心理的な影響はまぬかれない。

まして一九七五年産からのピービーンズ格差を現行二千五百円から四千円にしようという事になれば、いよいよ七四年産ピービーンズの捨て場に重圧が加わる。

さらに来期ワクでかなりの量が契約される予想もあるため、へたすると来月新ポ生まれる手亡の九月限、そして十月限など逆ザヤに叩かれる可能性が濃い。

こうなると今の取り組みはすべて高値取り組みになり、先限一万一千五百円。いずれ将来全限月一万円台の相場さえ予想される。

すでに先限一代棒は千円棒を叩き込んだ。

そして週間棒を見ると昨年暮れ12月18日の安値一万二千七百七十円(大阪)を割ってくるようなら、そこからのS安三連発分の下値を考えなければならない。

昨年は三月から四月にかけて、これまた三千円弱を崩した。

二度ある事は三度あるという。今年も二月24日の頭一万四千八百円から三千丁弱の崩れなら一万一千円台の相場である。

手は今から売っても間に合うような無気味な崩壊をただよわせた。

●編集部注
この当時と現在の大きな違いを感じる時がある。

有名大学の校門前に行くと判る。今はアジテーション看板がない。

これを書いていた過激派間での内ゲバ事件がこの年の三月に起きている。

【昭和五十年三月十四日小豆八月限大阪一万七二〇〇円・六〇円安/東京一万七二九〇円・三〇円高】

昭和の風林史(昭和五十年三月十四日掲載分)

2017年03月21日

手亡が悪役に 崩れれば小豆も

手亡の大取り組みが投げてくるようだと凄惨な市場になる。小豆も影響を受けるだろう。

「春更けて諸鳥啼くや雲の上 普羅」

注目されている事は、大きな手亡の取り組み、これは大衆筋の買いであるが、ピービーンズの圧迫で軟化する相場に、買い方が、どこまで耐えられるかである。

実勢悪で、大衆が総投げしてきた場合、凄惨(せいさん)な崩壊が展開されるかもしれないが、大衆が投げずに、両建て戦法に出てくれば、取り組みはなお大きくなる。

ただ、ここのところ手亡の新穀は消費地に、ほとんど入荷していない。

新穀手亡一万俵。ピービーンズ一万俵という極めて品薄の市場で、強力な買い物が潜行して、納会受けに出れば、手亡の三月限でも、四月限でも、予想外の高値を出す可能性を有するのだ。

もとより新穀手亡の入荷は着々と進むであろうし、六月以降はピービーンズのつなぎものが待機している。

そういうことから、手亡の大きな取り組みが暴落によって整理されるところが、あるかもしれないという事を考えなければならない。

手亡が崩れたら、小豆にも影響してこよう。

作付けの大幅減反とか、天候相場接近とはいうものの、市場要因、市場人気が軟弱では、買い方、楽観は禁物。

東京都知事の美濃部さんは陶淵明の帰去来の辞の一節「帰りなんいざ田園まさに蕪せんとす、なんぞ帰らざる」と出馬とりやめの時にその心境を語った。

手亡相場も安値に帰りなんいざ市場まさに荒れんとす、なんぞ買えようぞ―という風情だ。

帰去来の辞は「既に自ら心を以て形の役と為す、なんぞ惆悵として独り悲しまん、已(い)往の諫められざるを悟り来者の追うべきを知る、まことに途に迷ふこと其れ未だ遠からず―」とこの詩は、まだまだ続く。

すでに手亡八月限は生まれた値から千円棒を入れた。一万三千円割れなしとしない地合いだ。

ピービーンズの換算を簡単にしてみると

一〇〇ポンドは四五・三六kg

一㌦を二八五円として、12㌦70㌣のピービーンズは一〇〇ポンド二八〇㌦。即ち七万九千八百円。運賃二万二千八百円。関税一万二百六十円。調整金と諸掛かり三万三千六十円。トン当たり十四万五千九百二十円。一俵60kg当たり八千七百五十五円。改装費四百五十円。定期格差二千五百円で一万一千七百五円になる。

●編集部注
小豆相場は、三月十日の月曜からジリジリと下げ模様。買い方の胃をキリキリと痛めていく。

【昭和五十年三月十三日小豆八月限大阪一万七二六〇円・九〇円安/東京一万七二六〇円・一八〇円安】

昭和の風林史(昭和五十年三月十二日掲載分)

2017年03月16日

春眠不覚暁で 小幅の逆張りか

みわたせば西も東も霞むなり君はかへらずまた春や来し(九条武子)という感じの小豆、手亡だ。

「掘りすてて沈丁花とも知らざりし 久女」

11日の朝の朝日新聞三面『ひと』の欄に東繊取の西田嘉兵衛理事長のお嬢さんが写真入りで出ていた。オックスフォード大学で文学博士の学位を得たという明るいニュースで、さぞかし西田理事長もお喜びだろうと思う。

ところで相場のほうは、商いがもう少し出来てくれたらと、誰しも思う。

春眠暁を覚えず―という感じの相場だ。

中国の人は今の季節をうまいこと表現した。

「万葉千紅総是春」だとか「桃李争妍」。「春日遅遅」。「登樓万里春」。「野花撩乱月朧明」などと。「春宵一刻直千金」は蘇軾である。

日本でも菜の花や月は東に日は西に(蕪村)。奈良七重七堂伽藍八重桜(芭蕉)。

のんびりしてしまっては相場も間が抜ける。

強そうに見えたところを買っても駄目である。ガタガタときて悪く見えたところを売っても、これまた駄目だ。

言うところの逆張り相場である。

10日に発表された暖候期予報で注目すべきところは「六月後半から七月前半に低温」という個所と「八月は前線が南下し局地的大雨の恐れ」。「初秋の気温は低目で秋雨が多い」―等である。

この予報に敬意を表して小豆、手亡相場が買われたが、知ったらしまい、あとが続かない。

取り組みの太い手亡はピービーンズ怖いで高値警戒。本命中の本命と見られる小豆は取り組みがない。

しからば、どうすればよいのか。

のたりのたり春の海もいいけれど、相場のたりのたりは困ったことだ。

値一ツ売れぬ日はなしの江戸の春。

小豆当限が小千丁も買われた背景には、春の需要が進んでいることを物語る。

すそものは、すそもので売れ、よいものは、よいものなりに売れてこそ荷動き活発といえる。

定期のほうの人気が春眠をむさぼっているあいだに、末端の現物事情は徐徐に好転している。

丸五商事の伊藤徳三さんは、三月、四月、まだまだ小豆は相場にならないとおっしゃったが、それでは困ってしまう。なんとか激しい動きが欲しいものだ。

●編集部註
相場はいじわるなもので、激しい動きが欲しいと思う時は来ないもの。

仮に来たとしても、それはこちらが思ってもいなかった、逆方向にむけての激しい動きであったりする。

【昭和五十年三月十一日小豆八月限大阪一万七三七〇円・一二〇円安/東京一万七四五〇円・一〇〇円安】

昭和の風林史(昭和五十年三月十一日掲載分)

2017年03月15日

手亡期近危険 新穀入荷微量で

新穀の入荷が、まったく少ない手亡相場の前三本が時によると爆発するかもしれない。

「渡御前の鹿追うてゐる舎人かな 橙青」

丸五商事の講演会で同社の伊藤徳三社長は『三月、四月、小豆相場は、まだまだ走り出す環境ではない。もとより先行きの値段は、高くなっていくだろうが、自分の買っている限月が騰がるのではなく、新ポ、新ポ、サヤで高くなるのだから、相場の居所は変わると申してもそのこのところを良く考えて欲しい。目先的には一万七千五百円あたりから軽く売ってもよいと思う』―。

また手亡については『手亡の将来は悪役のピービーンズ圧迫ということになろう。最終的に一体誰が受けるのか。現在言われていることは、十六万枚という大取組の中の僅かなピービーンズは、それほど気にする必要はないというが、冗談ではない。ピービーンズをどこで打ち切るか?。10月か、それとも12月か。今の格差二千五百円。一万三千八百円からこれを引いて一万一千三百円。誰が一万一千三百円のピービーンズを受けましょう』。

『しかし、手亡の新穀入荷は全消費地で現在一万俵しかない。ピービーンズ一万俵として、今来月は、さあ受けましょうという筋が出現したら、これは大変な事になる。私のところで手持ちしている新の手亡は、今月は渡さない。来月、名古屋に持っていく。名古屋の城を固めるのです。だから大阪と東京はアキ屋になる。手亡の三月限が無事なら四月限、五月限に全神経を配らなければならない。もちろんこれから新穀手亡は徐々に入荷してくるでしょうが、刻々移る数字に注意して欲しい』―と。

伊藤徳三氏は『黒板に書いていない限月(今なら九・十・十一月限のこと)を考えよ』―という。

筆者は『小豆相場で億の金を掴もう』という題であった。伊藤さんは、億の金は、ちょっとや、そっとでは掴めない―と安易な考えをいましめた。

左様。当てづっぽや単なるケイ線張りでは億の金は握れない。厳密な需給の数字、的確な将来の読みが必要である。

数字、数字、数字―。伊藤氏は数字を追えと言った。そして億の金を掴むなら〝伊藤道場〟で修業してくださいと商売のほうも忘れない。

さて、相場のほうはどうなるか。手亡の四、五月限狙い。小豆の先限買いが妙味大。

●編集部註
 相場の動きをどう見るかは千差万別。罫線で見る人もいれば、場帳で数字を追いかける人もいる。

 前者がアナログ的、後者がデジタル的な相場の見方といえよう。

【昭和五十年三月十日小豆八月限大阪一万七千四百九十円・八〇円高/東京一万七千五百五十円・七〇円高】