昭和の風林史(昭和五八年十月五日掲載分)

2019年10月24日

見える見えんは時の運か

相場は情報では儲からん。相場は相場に聞くだけであるが聞ける、聞けんは時の運。

相場の世界で特に取引員第一線営業現場は、あそこが買った、ここが売ったと節々の手口に、ことのほか神経をくばるし、その手口の身元も相場がまだ立会しているうちにほとんど知れわたってしまう。

そしてこれが当たらずといえど遠からず、正確とはいえないまでも輪郭を?んでいるから、この世界の情報は怖いのである。

昔ある相場師が小豆の買い占めで苦戦している時に苦肉の策で二、三の要点に、ちょっとした情報を絶対極秘だよ―と流したところ30分もしないうちにとんでもない遠いところから尾ひれがついて逆流してきたらしい。

そしてその情報にその相場師が乗ってしまった。

あとから判ったのは、なんの事ない自分が極秘だよと流した材料が業界くまなく行きわたって自分のところに戻ってきた。

相場は一場二場ぐらいは靡いたように見えてもすぐ正体を暴露して、修正してしまう。

ここらあたりが相場は神聖にして犯すべからざるところであろうか。

さて、ことほど相場情報は速いけれど、その情報で相場が判るかといえば早耳の早倒れなどといって決して手口分析などの現場情報で相場は儲からん。

第一線営業現場は、その第一の目的はお客さんが売る気になったり、買う気になったり、商いに弾みがつくことを願う。

もとよりお客さんに儲けてもらおうと思わぬセールスは一人もいない。皆が皆お客さんに儲けてもらいたい。だから一生懸命材料を流し強弱を流す。

引かされ打たれた人にはそれなりのなぐさめになる材料を。

しかし、現実は、あすの相場は誰にも判らない。判らないが見える時と見えん時があるというだけ。

●編集部註
 言葉は生き物である。当節、日常的に使われている言葉の出自が、意外に若い時がある。
 例えば「目が点になる」は、さだまさしが歌詞に用いたの最初とされる。「バツイチ」「ヘコむ」等も意外に最近の言葉だ。
 心を折る、心が折れるという言葉も、知る人ぞ知る〝ミスター女子プロレス〟神取忍のインタビューが発祥とされる。
 何故こんな事を書いたかというと、ここまでの国内商品先物市場の歴史は「お客さんに儲けてもらおう」と務めたセールス達の心が幾数多折られた歴史でもあるからだ。
 相場を知らぬ口だけ達者な売り上げ至上主義の上司、やたらに書類を書かせる主務省等々、ネタは枚挙にいとまがない。

昭和の風林史(昭和五八年十月四日掲載分)

2019年10月23日

小豆・軟弱路線上の小高下

輸大は戻す力は十分残している。小豆は大勢的トレンド下向きで軟弱路線である。

そうはいっても相場の大局的なものは書いておこうと思うが、その前に横道にそれて、前橋乾繭取引所もそうらしいが豊橋乾繭取引所と取引員協会は新聞記者を大切にする。

去年の蚕糸業視察の折りは、あたりが夕焼けに染まる時分、岩本常務のご案内で徳川家康や仏法僧で有名な鳳来寺山まで足をのばした。鳳来寺山は一度はきてみたかったところだ。その夜は湯谷温泉で前日捕えられた猪がお膳にあがって、これがまたおいしかった想い出がある。

さて、人気全般の空気としての輸入大豆相場は弱気がふえて売り込むと力のある筋が強引に買えば、まだまだ相場は強気勢力下にあるから勢いのある反発をみせる。

相場が死んでしまってもう駄目だ―という骸(むくろ)になっていないうちは、逆らうと弱った犬でも噛みつくようなもので、調子に乗って叩いたら怒る。

さりとて、まだ上だ、上だと、高値おぼえで、これまた勢いにまかせて買うようだと、一度は煎れ出尽くした相場だから足元ご用心とばかり力なく倒れる。

どのような相場でも天井打ったあと、かなり下げた地点から急反騰するもので、いわゆるこれが二番天井取りの動きになる。

この二番取りの相場を思い切り摑むと、資力あればあるほど値頃観で難平買い下がりして苦労する。

小豆のほうは、取り組みや手口(出来高)が大きくならない以上は大勢下げトレンドから脱出できないと見ておけばよいだろう。

今のところ強気で先限三万二千円あたり。弱気で二万九千五百円あたりの範囲内を考えている。

極端な二万六千円を言う人もいなければ三万四千円を考える人もいない。

ということは細々と軟弱路線上の小高下相場か。

●編集部註
 筆は一本、箸は二本―。 明治以降、ジャーナリズムという存在は、羽織ごろの類と同一視されていた。赤新聞、イエロージャーナリズム、ブラックジャーナリスト…。頭に色がつくと大概悪い。宮武外骨みたいな存在は稀有であった。
 いま、香港ではデモだ、覆面禁止だと大変な事になっているのだが、現地を取材するジャーナリストのSNSを見ると、今回の騒動の取材に来たジ ャーナリスト達に対して、現地の人々は優しいのだとか。現地のリアル情報を国際社会に届けてくれるのが有難いのだという。
 逆に言えば、それだけアンリアルな情報や、意図的な情報操作の動きが世に広まっているのだとも言えるだろう。

昭和の風林史(昭和五八年十月三日掲載分)

2019年10月21日

見出しにならない原稿

長い目で見たら小豆は下げトレンドの中。輸大は天井したあとのゆれ戻し段階。

昨年も十月第二週の月曜、火曜を豊橋乾繭取引所と同取引員協会ご案内の養蚕農家、乾繭検査所、玉糸製糸工場、乾繭倉庫、港湾等の勉強視察に参加させていただいた。

今年もこの月火曜にわたって鶏卵上場に情熱をかける豊橋乾繭取引所と同取引員協会のご案内で五万羽の養鶏所など、百聞は一見に如かず、秋たけなわの遠州路に勉強する。

土曜は関門商品取引所の開所30周年祝賀会で久しぶりの下関。昔は北九州小倉の草深い曽根飛行場から門司港に車を飛ばし、関門海峡を風に吹かれて渡ったすぐが取引所で風情もあった。今はトンネルを抜けたらすぐトンネルで瞼の裏がチカチカする新幹線を降りたら下関もえらいはずれだ。あの新下関駅というのは着いた時も、帰りの時間を待つ間も、なぜかうら悲しさのただよう駅である。

そんなわけで相場も見ていない。相場を見ないということは、その日の罫線も引いていないから旅行や出張が多いと、どうしても原稿は書き置きしなければならず、出張先から電話で原稿ぐらい送れるが、いつも座っている椅子でないと送った原稿が隔靴掻痒で気にいらない。

当たりに当たっている時の記事なら読者も新聞を電話で読み上げてくれと一日千秋であるが、今みたいに曲がっている時は、書く側もよほど気が楽で、でき得れば読まないでほしいという気持ちがどこかにあるから旅行でもして相場のないところに行くことは、半面やれやれという気持ちがある。それではいかんのだがいかんでもそうなるから仕方がない。などと一日分の原稿一本これで書いた。

●編集部註
 糸へんの市場は近代日本の原動力になった、と思っている。その割にはリスペクトが足りない。 安さと効率と利益しか見てない、知識も教養もない丸太棒が、このあたりから増え出した。今は丸太棒ばかりだ。木に物の道理を説いても通じる筈もなく、反知性主義の萌芽はこのあたりから出始めている。
 記事では新下関駅がえらい言われようだが、45都府県を回った身として、この駅周辺の地域はかなり頑張っている方である。
 全てとは言わぬが、新幹線で「何でここに?」と疑問を抱くような駅は大抵、有力政治家が関与している。問題はその先生(或いはその2世)が丸太棒であったか否かで大きく様相は変わる。
 今はどうか知らないが、交易の中心的な役割を担っていた小倉下関のあたりは、その役割を終えた後、丸太棒でない方々の尽力で観光スポットに生まれ変わっている。

昭和の風林史(昭和五八年十月一日掲載分)

2019年10月18日

輸大・下値に抵抗出てくる

輸大は戻りを取りに行くと見て強気が多い。小豆も買い気が出ている。

小豆は買い方待望の産地降霜だが、取り組み減少傾向の中での一部玄人筋と小豆マニアによる薄商いだからダイナミックさがない。

また、もともと零と見ておけばよいといわれる帯広の小豆だから、収穫零の畑に霜があっても零は零という相場世界独特の計算で考える。

罫線としての小豆は底打ち出直りという見方にもなろうが、東北六県内地産小豆も値段が高ければ出てくる。

先限で三万二千円があるだろうという強気の予想。安値から二千丁高は確かに一相場だが果たしてそれだけのエネルギーがこの相場にあるだろうか?

まして人気相場から需給相場に性格が変わり、先行き輸入小豆に関する材料で高下する。

相場の激動は人気の片寄りか、行き過ぎたあとの煎れ・投げ場面だけと割りきれば今の小豆、それほど妙味がない。

売り込んだといってもたいしたことなく、買いついたといってもそれほどでない。先のほうの戻りを売っていけばよいだろう。

輸入大豆はシカゴの八㌦50に抵抗があって、このあたりから反発するだろうという期待感と警戒人気が穀取輸大の下値を支える。

騎虎の勢いだった大衆筋の当たり屋さんたちは高値で玉をひろげてこれに臨増しがかかる。

下げてきた相場に臨増しとは不可解なりといえどもルールの仕組みがそうなっているから仕方ない。市場の人気は依然として強い。買いで大当たりしてきた人達はこのまま棒で下げる相場でないという自信がある。

●編集部註
 人情紙風船―。上記の記事を読み、昭和12年に公開された夭折の天才山中貞雄監督の遺作の題名をふと思い出す。
 20年以上切った張ったの商品先物取引の世界にいると真の勝負師の金持ちは喧嘩しないという事を思い知る。お金の余裕は、心の余裕である。
 常に当たり続ける事は不可能である。ただ、心に余裕のある相場巧者は負け方が巧い。色川武大いう所の「8勝7敗」「9勝6敗」の哲学だ。
 逆に金の切れ目が縁の切れ目。一度くすぶると目も当てらない。心はどんどんすさんでくる。くすぶりの恐ろしさは浅田次郎の競馬に関するエッセイ集を読むと分かる。相場と対峙する上で、この二人の文章は非常に参考になった。
 令和の今、SNSは心に余裕のない文章の博覧会だ。劣化した感情に支配された言葉に触れる度に「衣食足りて礼節を知る」という言葉に疑念を抱く。当節物理的に貧しく心に余裕なき人以外に心貧しき余裕のない成金も増えた気がする。

昭和の風林史(昭和五八年九月三十日掲載分)

2019年10月17日

輸大・老境と疲労に勝てぬ

相場とは面白いもので老境に入ると好材料が逆に崩れのキッカケをもたらすから怖い。

来月一日に関門商品取引所が開所30周年のお祝を迎えるわけだが同取引所の輸入大豆市場について九月納会七三〇円安という乱暴さで一体関門市場はどうなっていたのか。

普段は価格面にあまり影響のない市場だけに関門の相場に関心が薄かったが、関門市場の心ある人から市場内部要因等の話を聞くと取引所はもっと確りしないといけないのではないかと思ったりする。

神戸市場なども世間からあまり目がとどかないので、あとから、こんな事があったと知らされて、それも困ったものだなあと思ったりすることがある。

関門には関門の、神戸には神戸の取引所としての使命はあるはずだが、使命もさることながら宿命もあって、市場機能もさることながら取引所存続しての市場機能という生活の前には、ペンは剣より強し、されど銭には弱しみたいなものかなと考え込むのだ。

さて相場の方だが、見渡して、なんの商品といわずくたびれが出ている。

特に長距離マラソンみたいな国際商品の波動は息切れしだした。

輸入大豆にしても丸々一カ月もシカゴ相場が高値でダンゴになっては、次回のUSDA収穫予想が前回数字よりも更に落ちてもその分は材料として相場が先喰いしているから、逆に相場は崩れたりしかねない。

まして前回と同じか、多少でも上向けば落勢に拍車をかけよう。

思い出すのは36年小豆増山相場で産地に霜が降りた材料でS安に崩れた。

相場とはそういうもので老境に入って高値での強力買い材料出現は逆に相場暴落のキッカケになる。

天井した相場は大底とるまで売っておけで、この輸大も小豆も値頃観の買いが多ければ多いほど長い灰色の線である。

●編集部註
 〝ペンは剣より強し、されど銭には弱し―〟。
 明治の終わり頃、これと同じような事を言っていた人物を思い出す。
 斎藤緑雨―。夏目漱石や正岡子規と同じ186 8年(慶応3年)生まれの小説家にして評論家。
樋口一葉の作品を生前から評価した人物として知られ、現在彼女が人口に膾炙する下地を作った。そんな彼も、一葉が亡くなって8年後の1904年(明治37年)、36歳の若さで肺結核で亡くなった。
 シニカルな人物として知られ、当時文筆業だけで食べていくのは困難であった事から「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし」という箴言を遺した。
 思想(筆)よりも、生活上の必要(箸)の方が強いという事である。

昭和の風林史(昭和五八年九月二九日掲載分)

2019年10月16日

小豆・長い灰色の下げ人生

輸大はシカゴ次第というもののシカゴが天井している。小豆は上げる力がない。

小豆は先限千円棒を立ててはみたが―というところ。

東穀の取り組みが痩せ衰えたままで、商いも細く、これでは市場に活気も出ない。

いまの小豆は、もう少し上値があってほしいところ。というのも、結局はどこかで落ちる。同じ落ちるにしても高いところから落ちたほうがよい。

輸大で利益した人たちが小豆の上げ相場を期待する流れも見えるが、小豆に上げの相場はないから、折角大豆で儲けたお金を小豆でふいにしてしまう。

すでに中間地帯は収穫を終わった。早生種で三・五俵~四俵。コトブキで五俵袋に詰めた―という話。

まあ旭川(中間地帯)で三・五俵の線である。

北見、帯広は来月五日頃からの収穫で、北見あたり二俵まずまず。帯広、十勝は病虫害発生もあっていずれ霜もあり零と見ておけばよいだろう。

なんだかんだで全道72万~75万俵収穫予想。

こうなると北海小豆は上がることはない。

相場はこのあたりの水準で売っても買ってもハキハキしないが、日柄を食うほど先に行って一、二月限の二万九千円割れ。アッと驚く場面があるはず。

輸入大豆のほうは買いで大勝利したお客さんたちが気も大きくなって押し目買い段階。これが捕まると先に行ってパニック下げの導火線になる。

シカゴの足は水を含んだ暗雲垂れて山雨将に来たらん風情。

穀取輸大も熱いところは過ぎた。あとは上昇余韻の中で押し目買わせて、十分買ったと見たら斬って捨てるところだろう。

芭蕉は舌頭に千転せよと教えた。句をつくるなら言葉を千回ぐらい転ばさないと、よい句にならない。今の輸大は天井三日舌頭に千転すべしでなかろうか。

●編集部註
 てやんでぇべらぼうめ。
 そう啖呵の一つも切りたくなる。1983年の時点で〝東穀の取り組みが痩せ衰えたままで、商いも細く、これでは市場に活気も出ない〟というのなら、いまの穀物市場はどうなのか。
 差し詰め苦行に苦行を重ねた挙句、活気はおろか精気さえもなくなって即身仏と化し、人里離れた山奥の廃寺にひっそりと祀られた高僧のようなものではないか。
 是非ご尊顔を拝みたい、と足を運ぶ敬虔な信者もいるだろう。しかし、それはごく少数に過ぎない。
 大統領選に多大な影響を与えるアメリカのメガチャーチのようになれとは言わないが、もう少し檀家を大切にしておけば良かったのではないか。

昭和の風林史(昭和五八年九月二七日掲載分)

2019年10月15日

輸大・煎れ出尽し彼岸天井

シカゴ大豆は天井型で輸大も総煎れ天井型。買われながら反落コースに入ろう。

穀取三連休のあいだにシカゴ大豆入電は上寄りして陰引け。九月13日のあの高値も抜けず、大引け足では九月9日レスリー天井がこれまた抜けん。

円は急騰して為替相場の流れも今までと違う。

これでシカゴ相場が16日安値を割るような動きになると、まずは一巻の終わりになるだろう。

大相場の末期は自殺者が出たり、相場失敗の倒産があったりする。シカゴ相場で売り方C&Dの取引口座クロス説も相場末期を思わせるものだ。

穀取輸大は22日二連発のS高で煎れるものは煎れた。連休明けは煎れ残りの玉の手仕舞いと、値頃観の押し目買いが目立った。

相場の世界は煎れたらしまい、投げたらしまいという。大上げ相場も最後の最後総煎れすれば火炎天をも焦がす騰勢も内部要因面から終焉を迎える。

反対に大下げ相場も買い玉総投げすれば底が入る。

今の場合、強気にとっては押し目買い気が強い。

天候相場(人気相場)は一段落したが次の需給相場に期待をかけるわけだ。

しかし宴(うたげ)は終わったように思う。歓楽尽きて哀愁多しだが、買い方に力がついているだけに夕焼けも、朝焼けのように映ることだろう。

小豆は秋名月に買いの種まけで彼岸底が入ったのだろうか?という。

さあどうだろうか。商いが薄い。売るにも買うにも興が醒めている。先限の千五百円あたりあれば、また売り場になろう。中途半端なところで仕掛けぬほうがよい。

強気は新穀限月の安値から二千丁高あたりを期待しているが、現物の売れ行きが悪いし、先行き輸入小豆時代が待っていて、買い玉にロマンを求め難い。安値売らず、戻して盛りのよいところを待つ。

●編集部註
 〝相場失敗の倒産〟―。
 タイムリーというべきか、この年の6月に全米で封切られたエディ・マーフィー、ダン・エイクロイド主演、ジョン・ランディス監督作品「大逆転」はシカゴの商品先物市場が舞台であり、ラストでは生きるか死ぬかの大勝負が繰り広げられる。
 もっとも、この監督は「ブルース・ブラザース」を撮った人なので、悲惨な相場の失敗もコメディとして描かれている。
 「大番」や「赤いダイヤ」等、昔は相場に関連した小説や映画が日本にもあったが、今はない。
 一方、米国では今もコンスタントに作られている。先月も「ハミングバード・プロジェクト」という高頻度取引にまつわる作品が公開された。

昭和の風林史(昭和五八年九月二六日掲載分)

2019年10月11日

輸大・売り方失神煎れ苛烈

売り方総懺悔。目もくらみ失神する苛烈な輸大相場。総踏み済めば反落コース。

シカゴ大豆張り付きS高を映して輸大も二日続きのS高。

売り玉総煎れの様相。

シカゴはもう一発S高ありと予想されての穀取三連休。

市場では六千円地相場の声に確信みなぎる。

買い方は鍬で味噌掘るように楽して儲かった。

ともあれ利食い。そして押したらまた買うという態勢。シカゴ12~13㌦必至という予測が手口に自信をもたらしている。

22日は穀取三市場揃って延刻。大出来高だった。

弱気売り方は憤死した。風蕭々として易水寒し。壮士ひとたび去ってまた帰らず。

一月安値からだと七割高に手のとどく穀取輸大だ。六月新甫安値からでも四割高のあたり。

三割高に向かえという金泉録もシカゴ狂乱には通用しないみたいだが、三割高から三位の伝(本間宗久)売り玉追証二ツ目で買い玉仕舞いにかかり三回目の追証がかかるあたりで全玉利食いして四ツ転ず(ドテン売りに回る)が実行できる人などほとんどいない。

輸大で三百丁逆にいかれたらこれ大曲り。第一線セールス現場では飯のくいあげになる。それが五百丁、七百丁となったら大曲りのこんこんちきで、なにをかいわんや。

失意のとき泰然たりとはいえ気が萎えて、うしろ姿の肩が落ちている。

まあそれも相場。勝敗は兵家の常である。逆境の時は危きに逢わば須らく棄つべしで離脱するか、死んだふりで流れ変化まで苦い肝をなめ堅い薪の上に臥す〝お辛〟で燃え尽くすのを待つかだ。相場の天井近くは売り方、失神めもくらむ苛烈なものである。

●編集部註
 この文章、最後のくだりは故事成語の「臥薪嘗胆」の由来について書かれている。
 紀元前、いまなら漫画の「キングダム」で出て来る秦の王様が後々に統一王朝となり始皇帝を名乗るはるか昔の春秋時代。薪に臥して嘗めた肝は何の肝であったのだろう。
 冷蔵技術など存在しないから、塩漬けか干したものだろう。
 明治書院という出版社がある。この会社の目玉商品が「新釈漢文大系」。全120巻で1960年に第一巻の「論語」が刊行され、実はまだ完結せず、刊行が続いているのだとか。更に「孫子」は刊行中の1970年代に新たな文献が発見され、再編集を余儀なくされる等、逸話が多い本である。
 調べた所、李白・杜甫などの中国古典文学を発行して、2024年5月に完結するのだとか。
 昔、風林火山の本棚の整理を手伝った時、この全集の一部が何冊かあった事をよく覚えている。

昭和の風林史(昭和五八年九月二二日掲載分)

2019年10月10日

小豆・安値利食い戻り売れ

小豆安値利食い。戻り待ってまた売る。未だ底にとどかず。輸大は天井圏の狂乱。

彼岸に入り21日は仲秋の満月。相場は内外とも大荒れであった。

日本は向こう三日間の連休。

シカゴ大豆は予想外の在庫減と今度は早霜や一部に降雪寒波襲来でS高必至ということで穀取輸大は、それを見越してS高に買った。

さて22日きょう、輸大はもう一発打ち上げるだろうか。

シカゴ次第とはいえ先回りして買った分がある。

取引員自己玉の先二本は売り急増した。ということは大衆筋が当たりに当たって騎虎の勢いで買った。そしてそれに利が乗る。

ここまできたら行くところまで行かねばならない。

大出来高。取り組みが大きく入れ替り、高値取り組みである。用心すべきところ。いつ梯子をはずされるか判らない。

もうはまだなりというから、もうとは思っていても、まだ上値ありという態勢で処するところか。

それにしても典型的な天井圏での狂乱と思う。

だがシカゴは10㌦→11㌦が絶対あるという人気だ。敢て逆らわず売り玉は難平かけず死んだふりして流れの変わるのを待つのが方法。

天井しない相場はないのである。

小豆のほうは産地が一番よく御存知である。

流れとしては先限二万八千円水準に向かうが、仲秋名月玉整理強要した。

そして秋の彼岸でもある。戻りを待って、また売ればよい。安場を叩きにいくと嫌な思いをする。

11限の二千円台とか、12限の千八百円以上。1限の千円台。霜などの材料で反発したところは、これは絶好の売り場になる。

しかし相場は戻り待ちに戻りなしということもあるし、この期に及んでというところからS安もあるだけに油断できない。いえることは未だ底に達せず。

●編集部註
 押し目買いに押し目なく、戻り待ちに戻りなし。彼岸天井、彼岸底―といったアノマリーから、自分が買えば下がり、自分が売れば上がる―といったマーフィーの法則の類にまで通底しているように、相場に関する行動は得てして裏目に出る事が多い。
 存外、裏目になってしまう理由は単純で、多数派の心理行動になっているためである。99人買いと見た相場を売る1人が一番儲かるといわれる。
 日柄と値幅が身の丈に合っていない―という要因も恐らくあるかと思う。短期タイプに長期運用は荷が重い。長期タイプに短期運用は心が痛い。
 中原駿の「短期売買100の法則」を読むと、つくづく身の丈に合ったスタンスの大切さが解る。

昭和の風林史(昭和五八年九月二十日掲載分)

2019年10月09日

小豆・秋の日のつるべ落し

小豆は先限二万八千円台を取るまで売りのままだ。輸大は天井してまだ日が浅い。

小豆の当限は(大阪)安値八月20日から三千八百余円を新値九手で戻したが、一月限は新値三手で千百余円を戻すのが精一杯だった。

強気は小豆の先三本が、もっと買われてよいと思っているが、相場波動では前二本が気一杯戻して、戻した分を今消すところ。

そうなると、お役を済ますのを待っていた先三本が、もういいだろうと下げに入るし11限も肩下がりで決して八月20日の安値で止まった下げとはいえない。

産地は九月に入って作柄回復顕著。全道80万俵収穫の予想。

恐らく産地定期から新しい崩れに入るだろう。

いま七百枚の黒い大納言を宝のように持っている人達は、持てば持つほど損が大きくなり、結局は半値以下で投げることになりかねない。

数年前に大手亡の大ヒネが三分の一になって養老院行きとなったことがある。

安徽小豆騒ぎのその前の年だったか、六万円(現物市場)を付けた小豆が古品になって二万三千円まで叩かれた。

それと同じで黒い大納言は半値七掛けぐらいまではいずれ値を消す。

東北六県青森小豆が11月には出てくるし、北海道も馬鈴薯の収穫終わって小豆の刈り入れに入る。

ともあれ前から崩れる小豆はタチが悪い。先二本の二万八千円目標。

輸入大豆の週間棒はシカゴも穀取も大天井線。

ファンダメンタルズがどうであろうと天井した相場は戻しては下げ、戻しては下げる。

穀取輸大は一月10日(東京)三五一〇円が大底だった。週足36本で三段上げ完了。

買い玉は高値で玉がふえているから戻しては売られ、戻しては売られる長い旅。

●編集部註
 先日、商品業界の生き字引、鍋島高明氏が来社され、8月にパンローリングから上梓された「相場の神々」を献本頂いた。同社から昨年発行された「相場名人」の続編に近い。「相場名人」は商品先物市場で活躍した相場師達を中心にピックアップしたが、今回の本は商品先物に限定せず、古くは福沢桃介(福沢諭吉の婿養子)など伝説の相場師達が登場する。
 それだけではなく、この本は過去の鍋島氏の著作の答え合わせの側面も有している。「マムシの本忠」の追悼記事はその際たるものであろう。
 過去の勢いはないものの、80年代の穀物相場はまだかろうじて命脈が保たれていた。この時活躍していた相場師も、この本に登場している。