昭和の風林史(昭和五七年十一月二二日掲載分)

2018年12月19日

小豆は上昇する力がない

小豆は安い節を売りにいかず、強く見えたところを売り上がる気なら判りやすい。

小豆相場は生産者団体や農水省当局の価格維持希望に敬意を表して、安いところは売らない。叩かないようにする。

しかし戻ったところを売るのは各人の相場観でこれは自由である。

相場は政策にも左右されるが、実勢には勝てない。実勢即ち需要と供給。

いま仮りに輸入枠を零にしても、台湾からは加糖餡を入れる流れになれば、北海小豆は一部高級菓子用の需要のみで、定期用の道具という流通構造の変化をまねき、生産者団体は墓穴を掘りかねない。

役所も、増反運動という鹿を追う猟師山を見ずの感だが、需要を無視した政策は必らず失敗する。

それと、その時の都合で外貨発券を見送ることになれば中国、台湾の輸出側は、北海道が不作の時でも供給できない―という態度にでるかもしれない。

だから、その辺のことを考えると、豊作の時は豊作らしい相場をまずだして、自然の流れにまかせるべきである。

先限は高値から千五百円下げて、半値戻しの九千円台を売りたい人が待っている。

先のほうの九千円台の盛(も)りのよいところを売っておけば、少なくとも千五百丁下げが取れるような相場つきとみる。

今月納会は品物も少ないが、受けて妙味があるわけでない。

受けて、みすみす損というものを思惑で受けていくほど、ゆとりはないはず。

線は15日、16日足軽く立てた陽線が利いているが17日利食い押し、18日材料買い、19日反省売り。

輸入大豆は円高で長期限月はその分下げがきつかった。

円は一㌦=二四〇円に向かうトレンドに乗っている。

問題の当限だが、大暴落の十字架を背負っている。

●編集部註
 「鹿を追う猟師山を見ず」とは手厳しいが、事実ではある。
 事実、その時その時の状況に応じて、後から見ればその場しのぎの策で対応して、取り返しがつかなくなってしまった。
 中国の話であったか、日本の話であったかは忘れてしまったが、昔の医術の話を思いだす。
 下手な医者は、頭が痛ければ頭痛薬、熱が出れば解熱の薬と、諸症状に応じて投薬する。それでは何の解決にもならない。
 良い医者は諸症状から根本的な病原を探り、それを取り除くように薬を処方するのだとか。
 諸事に通じる話である。

昭和の風林史(昭和五七年十一月十九日掲載分)

2018年12月18日

金屋玉でもろ過紙通せば

小豆相場を、どのように考えたらよいかを、時間かけて考えるところにきたと思う。

小豆相場は〝政策は信ずべし、されど信ずるべからず〟という言葉を、どのように受けとればよいのか。

その段階にきている。

簡単に申せば今は、逆張り型。先限二万九千円を中心に上下五百円圏内のどのあたりで逆張りするのだろうか?

読者から電話が非常に多い。ということは、少なからず筆者の強弱に提灯がついているわけで、これは心しないと必ず提灯倒れになる。

などと書くこと即ち、お前は天狗になっている―ということにもなるから怖い。

人気のほうは気迷いである。11月底が入ったようにも思えるし、九千円台の盛りのよいところは再び売り場になるようにも思えるし、ここは判らん。

このような時は相場から離れることである。

当限納会を見たうえで考えるところかもしれない。

言えることは売ってきた人は本年大豊作(大勝利)だったと思う。師走近くして大きな苦労を買いにいくこともない。玉がないのが一番気楽。だから、相場の決め手を?むまでは人気の流れを見て暮らす。

輸入大豆はどうなのか。当限は腕力相場みたいだ。目には目を歯には歯を。

先のほうは〝金屋〟の買い玉を入れるだけ入れておいて梯子をはずす格好だ。

円高が進めば、やみくもの強気もできない。

〝金屋〟玉には受託忌避の大義名分がある。役所も取引所も業界団体も悪魔のようにあつかう。

しかし、未だ四十社に及ぶ取引員が〝ろ過紙〟を通した玉ならば、厄よけできたという神経。そこのところが判らん。悪魔にタマシイを売っておいて、おもてヅラは金屋玉排除を声高に唱えているリーダーの無神経を疑う。それこそチャンチャラおかしい。

●編集部註
 この年の10月から翌年1月の11週間で50円も円高になるとどうなるか、実際に生活した事がないのでわからないが、今なら被害は甚大だろう。
 グローバル化も良し悪しで、自国で何とかやりくり出来ていたのが幸いだった面もあると思う。ただ円が高くなると、円建ての金価格は安くなる。
 徳力本店が公開している年ごとの市中小売り年間最高価格を見ると、81年が3895円、82年が4220円、83年が3975円となっている。
 豊田商事が社会問題化するのは85年なのだが、存外この時の相場変動が関係していると思われる。

昭和の風林史(昭和五七年十一月十八日掲載分)

2018年12月17日

強気急増で輸大は頭打ち

小豆は下げてよし、戻してよしという場所にきている。輸大は強気増加して反落。

ここからの小豆相場をどのように考えたらよいか。

この場合、政策面を重点におくのか、純相場波動即ち相場は相場であるという考え方に比重をおくかで、強弱が大きく開く。

前者の場合は農家手取り三万円という目標値段にコンパスの中心をとる。

しかし、これはあくまでそうあってほしいという事で、現実の世界とはかなり離れている。

純相場論からいえば今の取組量(ボリウム)、下げ日柄、下げ幅、そして在庫量と人気。

それらをあてはめると、トレンド上の二万六千八百円があってもおかしくない。

また昨日も書いたように、市場人気は売り安心になると相場というもの流れを変えてしまう。

お正月を控えての年末需要がどれほど伸びるか。

輸入小豆の供給が先細りになって、北海小豆との役者の交代がどんな格好で行なわれるのか。

いまは絶対的に買いだとは断定できぬし、絶対的に売りだともいえぬ場所に相場がきていると思う。

また安かったら買うのか、戻ったら売るのかも見極めがたい。

いえる事は下げてよし、戻してもよしである。

輸入大豆は当限はバクチになっている。船が間に合わなければ大阪五千四百円。物が入れば四千百円というところ。

一般大衆は高見の見物。

為替市場の円高に勢いがついてきた。円強気は㌦二四〇台と予測している。これも下げるだけ下げたから上昇トレンドに乗ってもよいところ。

シカゴ大豆は堅調だが、いまの輸大相場はシカゴと関係ない人気。

全般に大豆は玄人も素人も本気で強気になったから相場の流れが変化して当然。

●編集部註
 「ボリューム」を「ボリウム」と書くところが、何となく〝昔の男〟を思わせる。
 是非の問題ではない。
 〝味〟の問題である。
 風林火山は、内田百閒が大好きだった。
 彼の著述の中では、「ボーイ」は「ボイ」、「バター」は「バタ」、珈琲は「コーヒー」ではなく「カヒ」と表記した。何れも向こうの発音に近い。
 岡山の素封家の出身で、東京帝大でドイツ文学を学び、陸軍士官学校や法政大学でドイツ語を教え、夏目漱石の弟子として漱石の著作の校正を担当。日本を代表する随筆の名手―と経歴だけを書くと輝かしいが、その実、相当な変人で借金魔。更に未曽有の食通にして重度の鉄ヲタでもあった。

昭和の風林史(昭和五七年十一月十七日掲載分)

2018年12月14日

輸大買い方はしゃぎ過ぎ

相場は人気の裏を行くとはよくいった。はしゃぎ過ぎたら相場様は、向きを変える。

輸入大豆当限が中国大豆入荷のはしゃぎ過ぎの裏が出て船積み遅れ、カラ売り玉の煎れ上げ、新規思惑買いなどから棒立ちしたが、全般の商いはなぜか低調だ。

月初めT社筋の大量買い玉が輸大市場に入って大衆筋もこれに提灯をつけた。そのあと円高や中豆入荷を騒いで反落したが当限のカラ売り玉が締めあげられ、相場というもの、はしゃぎ過ぎたらアカンということを教えた。

これは小豆相場にもいえた。

三万一千円だ、三万一千五百円だ―とホクレンの価格政策や農水省の今期輸入枠操作を期待して強気は上ばかり見ていて足もとをすくわれた格好。

その小豆だが、今度は売り方が、はしゃぎ過ぎて安値を叩くと意外な反発がこよう。

見ていると値段は二万八千円割れに抵抗しだした。去年も11月19日に大底を入れている。

人気が急速に弱くなりだしたのが気になる。戻りは安心売りの空気がいけない。

これは輸入大豆についてもいえるだろう。

あれだけ弱かった輸大人気が、ここにきて、それはもう強気ばかりだ。

船積み遅れ、入船遅れ、玉不足、納会10月の二の舞い。渡し物ほとんどない、中豆の品質見直しなど、それはもう強気一色になった。

そうなると相場は皮肉にできているから買うだけ買わせ、煎れるだけ煎れさせ、買ったらしまい。煎れたらしまいとなるわけだ。

得意の時は謙虚たれ。失意の時は泰然たれ。これがなかなかできない。当たっている時は傲慢(ごうまん)。曲がった時は悄然。

小豆は戻しても、出直りには直結しない。輸大は、かなりきつい下げかたをするだろう。舞台は回り持ち。

●編集部註
 この日も風林火山の商品先物ブルースが流れる。
 そういえばこの頃、上田正樹の「悲しい色やね」がヒットしている。発売当初は売れなかったが、有線放送で火が付き、この頃には人口に膾炙している。それは、デビューから10年目であった。
 東京に居て、恵まれている点は幾数多あるが、渋谷や池袋など、都内に幾つも昔の映画を上映している映画館が存在している点は映画好きにはありがたい。旧作を、新作のように観る事が出来る。
 少し前、渡瀬恒彦の追悼特集で、「仁義なき戦い広島死闘篇」の同時上映であった73年の彼の主演作を観に行ったが、ある場面に歌手役で上田正樹が登場する。歌声で「あ、上田正樹だ」と判った。

昭和の風林史(昭和五七年十一月十六日掲載分)

2018年12月13日

小豆相場の下値を考える

◇…小豆は二万六千八百円があるかもしれないが、ないかもしれない。輸大当限は急所。

◇…小豆相場は、このあたりで様子を見ようという動きになりそう。
二万八千円を割っていくトレンドは残っているが、生産者団体、あるいは農水省の価格対策が、相場水準低ければ低いほど敏感に響くから御用心。
◇…今年の小豆の大きなトレンドは(大阪先限)次のようになっている。
二月10日大天井三万六千八十円→一段下げ五千丁。
これが五月6日下げ止め。
第二波動は六月3日の三万三千五百三十円からの五千三百七十円下げ。
これが七月19日下げ止め。
第三波動が八月11日の三万一千八百円からの下げ。
五千丁ひと波動とみるなら二万六千八百円あたり。
◇…だいたい五千丁、五千丁と下げてきている。
そして罫線の横幅(いわゆる日柄)は、筆者のグラフの節足新値三段で左右十二、三㌢が一区切りになってきた。
◇…それからみると、日柄(左右の幅の目盛り)はぼつぼついいところ。
ただ縦(タテ・値幅)が五千丁ひと波動とすれば、あと千六百丁ばかり下げ足りない。
◇…問題は腹八分でなく腹六分、あるいは腹半分でうまいところだけ食うという相場哲学を持つのか、いや根本一杯までという考えなのか、人それぞれ考えは違うから、ここから先は各人の気持ち次第であろう。
◇…今のところ二万六千八百円がないとも言えず、あるとも言えない。
目先的には、ゆさぶるところだろう。
へたに戻せば、あと千五百丁取りの売り新規もスリルある方法。投げらしい投げが出るのはその時か。
◇…輸入大豆は当限の売りが踏まされていた。
しかしこれも、いまや時間の問題。かなり息の長い相場だったが、末期にきているから崩れたら怖い。

●編集部註
 「もう」は「まだ」なり、「まだ」は「もう」なり―という相場格言があるが、市場全体に「もう」という空気が出て来ている事を受けてのこの記述なのかもしれない。実際、小豆相場は「まだ」だった。
 日本の輸入大豆相場も「まだ」であった。ただこれは生産地相場ではなく、消費地相場であったが故の悲劇と見る事が出来る。
 実は、シカゴ大豆相場の底打ちはこの年の10月に完了している。日足を見ると11月には一段上げて上昇基調に入っている。
 しかしこの時、ドル/円相場は強烈な円高になっていた。10月末に1㌦=277であった相場は翌年1月に227円に。これが相場に直撃する。

昭和の風林史(昭和五七年十一月十五日掲載分)

2018年12月12日

輸大当限暴落時間の問題

輸大当限・大阪、名古屋は月曜後場か火曜16日から逆落としの大暴落に転ずるだろう。

輸入大豆当限の手品の種も、うしろから見ておると、ここまでは上出来だったといえる。

しかしこれだって小豆の気崩れの怪同様に、その正体が解明できれば、なんだ、そんなことだったのかとなるわけだ。

恐らく輸入大豆当限の突っ張り高は今週月曜か火曜までだろう。

中国大豆の船が少々遅れても繋いで十分の値段にあるから、納会まで日数を見ながら渡しの準備作業のピッチをあげる。

大阪当限にはIOMの渡し物が、かなりありそうだといわれる。

来月に入れば物はジャブジャブだ。実需は、ここしばらく、最低ギリギリの当用買いで凌(しの)げばよいのだから、あとは定期のカラ売り玉の煎れだけ。

大連は猛吹雪などとみてきたようにいうが、なんのなんのその時、風力3・快晴・気温14度だった。相場の世界はこのようなデマが飛びやすい。

玄人は〝船舶日報〟をチェックし、現地とのテレックス交信で、中豆入船は、心配する状況でないという。

とにかくまだ先月納会受けた現物に金・倉の時計の針が動いている。

物はないのではない。十分にあるのだ。

まして九月、十月と続いたあと今月も玉締めスクイズをしようものなら、穀取市場に対する風当たりは一層厳しくなる。

いうなれば今の大豆当限は世の中の自然に逆らっているわけで、このようなことは、一時的現象で長続きするわけがない。

無理したあとのトガメの大きさは七月六本木小豆、十月栗田生糸で見てきた。

輸大当限も同じことがいえると思う。

小豆相場は、相場は相場であることを見せてくれた。相場は人為の及ばざるものである。

●編集部註
 小豆市場に依然として嘆きのブルースが流れているなか、世間はこの日、高らかなファンファーレが一部で流れていた。
 1982年11月15日は大宮~新潟間で上越新幹線が開業している。上野駅まで伸びるのは1985年。まだこの時は国鉄であってJRではない。
 東京駅に乗り入れる事が出来たのは1987年4月に国鉄がJRになって4年と2カ月後の1991年6月である。
 それから25年後、この路線を使って現美新幹線という観光列車が走って好評を博すとは、当時夢にも思わなかっただろう。

昭和の風林史(昭和五七年十一月十三日掲載分)

2018年12月11日

小豆の次は輸大の当限だ

小豆は来週から音立てて崩れるだろう。輸大当限もアッと驚く大下げがくるはず。

弱気でもこの辺からの小豆は売れないようだ。

しかし来週15日過ぎから新しい下げの波動に乗るだろう。

実勢悪が、ついて離れない。また、買い方投機筋にパワーがない。

今の小豆は誰もが手の内のカードが読めたということである。

ホクレンの一元集荷にしても、行政による輸入枠発券の先送り、あるいは枠の絞り込みにしても、それならそれで竹小豆もあるし、加糖アン輸入に切りかえてもよいのだ。

世の中不景気。実需は当用買い。投機家また政策相場にソッポ向く。

三晶の買いにしてもカードが読めれば三晶必らずしも絶対でない。大曲がりする時もある。三晶買いに刺激されて提灯がついたところは、すかさず売られる。

要するに小豆市場参加者は白けているし、醒めている。笛吹けど、太鼓たたけど踊らない。

まして取引員自己玉は買い思惑。という事は、上値があれば売りたい。売られるということ。

誰も彼もが高値あれば売りたい。それでいて、実際には売っていない。

先二本にしても三万三千五百円あれば売ろうと待っていて売り場を逃した。

そのような相場だから、二万九千円の抵抗なんか、たいしたことはなく、二万八千円だって割るのは簡単だと思う。

世の中が変わっているのを忘れて過去三年の高値おぼえの相場観が払拭(ふっしょく)できないところにギャップが生ずる。

いずれにしろ来週、お月さんを眺めていたら判るが、相場は崩れに移る。

輸入大豆にしても、それは同じだ。高いのは当限だけ。この当限が音立てて崩れてくるのである。

当限高につれ高の12月限売りが大きいだろう。

●編集部註
 行間からブルースが流れている。ボヤキの相場ブルースである。
 ここは相場から離れて明るい話題でも。
 1982年は香港映画「少林寺」が公開された年である。日本でもこの年の11月に公開。ブルース・リー、ジャッキー・チェンに続く第三のスター、リー・リンチェイのデビュー作にして出世作。当時の血の気の多い悪ガキ達のハートを鷲掴みにしていた記憶がある。
 大スターになったリー・リンチェイはその後ハリウッドに渡り、ジェット・リーと名を変え、国際的なアクション俳優になる。

昭和の風林史(昭和五七年十一月十二日掲載分)

2018年12月10日

小豆は総投げ場面がくる

輸大は来週から崩れる。小豆のトレンドは理想的下げ道中にあり、これも来週きつい。

生糸、乾繭相場は仕手戦の後遺症がでている。売りで結構取ってきた人でも、利食いしたあとが大きかった―という。

輸入大豆も、いずれ似たようなことになるだろう。中国大豆の第二船が遅れているのを材料にしていたが、入るものは入る。

また為替市場の円高は、かなりの勢いをつけ、円の大底入れを思わす。

大阪輸大当限の線型は日足四段上げ。

いつまでも逆ザヤ突っ張っておるわけにもいかん。

小豆相場はドサッときた。三晶が火のついたような買い手口。まるで熱くなっているみたいだ。

相場というもの、どなたが買おうと、下がる時は下がるものである。

取引員自己玉も店別にみていくと、買い店が多い。これは店が相場を張って稼ごうという姿勢。

このような時は、えてして大曲がりするものだ。

今年は小豆の玄人御難の年でもある。大安回り三年下げに向かうという六甲伝・三月甲である。

判りやすい先三本のここから千円安の二万八千円割れは、九千五百円以上の買い玉が投げてきて、いわば気崩れの、なだれ現象というコースであろう。

前三本になると、これは三万円台の因果玉大掃除がなければ灰汁(あく)が抜けない。

小豆も生糸と一緒で七月仕手戦の後遺症が残っているのだ。

それともう一ツ。それは政策を期待しすぎること。政策は、あとからゆっくり響いてくるもので、その頃に買い玉は投げ終わっているはず。

人気は、まだまだ強気の未練が断ち切れない。

このような時は利食い戻し程度で、すぐ転落する。

とにかくトレンドが大下げコースに入っているのだから強気は駄目だ。

●編集部註
 小豆と言えば三晶実業。三晶実業と言えば小豆―。 その昔、東京都中央区日本橋蛎殻町に東京穀物商品取引所があった頃、いや、もっと前からそういうイメージが。小豆相場が斜陽化しても、その存在は大きかった。
 東京駅の近く、丸善本店の並び、日本橋高島屋のはす向かいに三晶実業のビルが建っており、今も威風堂々とした佇まい。
地下は画廊で、バスキアやウォーホールが売られていた記憶がある。
 ネットで調べると創業は昭和二六年。現在ユーチー・ディン氏が代表取締役社長とある。

昭和の風林史(昭和五七年十一月十一日掲載分)

2018年12月07日

いずれ小豆が気崩れする

輸大当限は順ザヤまで下げるだろう。来週からの下げがきつくなる。小豆も駄目だ。

輸入大豆の大阪当限に中国大豆二百五十枚は、ゆっくり渡るだろうと観測されていた。

円相場が底入れ観で急反騰して、円が高くなった分だけ輸大は下がる。

T社筋の先月末から新ポにかけて大量買い建てが大衆人気を刺激して、かなりの提灯がついたが、今となっては天井?みの因果玉をつくったことになる。

問題はT社玉を今後絶対に受け入れないのか。それとも依然として裏口から入れるのか。すべては取引員の自覚の問題であろう。主務省としては強権発動してでも問題玉の受託を排除する方針。

このことを取引員は真剣に考えなければならない。役所の姿勢は、いままでとは、まったく違うのだ。

小豆相場は薄商いでお茶を濁している。

肝心の産地から値崩れするのだから始末に悪い。要するに大根時の大根である。

二万九千円をスカーッと割って、投げるものは投げる―という場面がないと相場の灰汁(あく)は抜けない。

最近の強弱を聞いていると、どうも理屈が多過ぎる。沢山収穫できたものは安く売る。これが自然の流れである。景気が悪い時には物が売れない。

相場に値頃観禁物という言葉がある。

三晶がどうしようと、ホクレンが一元集荷しようと、今期枠の発券を先送りしようと、それと相場は別だ。

相場なあくまでも相場で、下がるところまで下がらねば、大底が入らん。

相場はなんでも知っている。太平洋戦争初期の東新(あずましん)は、軍部が勝った、勝った、大勝利を騒いでいるのにジリジリ相場は下げていた。昭和40年、国家権限で日本共同証券を設立して下がる株価を買い支えたが、底打つまでは買うほどに値崩れした。

●編集部註
 最後の下りは、とても36年前に書かれた感じがしない。古今東西、相場に関する事象は、どこかで何かの役に立つ。故にこの連載があるのだが…。
 異論はあるかと思うが、長期的に歴史を俯瞰で見入ると、お上の株の買い支えとハント兄弟の銀の買い占めはあまり大差ない。しかも後者は相場者。引く時は引く。むしろ、引くに引けない事が多いお上の盆暗旦那博打の方が性質が悪い。インパール体質というべきか。
 盆暗旦那博打とは何かを知りたければ「熔ける」という本を読んでみると良い。上級の教科書で喜劇で悲劇でホラーである。

昭和の風林史(昭和五七年十一月十日掲載分)

2018年12月06日

小豆も輸大もチンタラ安

小豆は利食い戻し程度で、また下げる。この相場は投げきるまで、ひつこく安い。

小豆はチンタラ、チンタラ値が溶ける。

実勢に悪さに勝てない。

罫線の悪さは、まるで罫線初歩のお手本に出てくる売り線の見本みたいである。

先三本は三万円の壁が厚かった。

誰もが強気になったあとだけに、相場としては話にならない嫌な場面を迎えるだろう。

四月限の頭からかぶせてきた陰線四本。これは四月限の前途を暗示している。即ち二万八千円(ミスプリントでなく二万八千円である)これを割るというシグナルだ。

こんな相場見たことない―と強気はいう。

雑豆業界の体力が衰弱していること。商取業界全般が弱体化していること。相場師が、よれよれになっていること。不況三年、景気が悪く気力がない。

大衆(お客さん)が、こんなに売っているのに、なぜ下がるのだろうか?と首をかしげるが、二枚、三枚の大衆筋、決して素人でない。彼らは小豆と共に20年、30年という小豆の主(ぬし)みたいな人達である。

二万六千円があっても不思議でないと思っている。半値になった相場を何回も見てきているからだ。

世の中が変わっていることに気がつかないと、三万一千円だ、やれ二千円だと、寝言みたいなことをいう。

輸入大豆の東京当限は綺麗な順ザヤになった。

大阪輸大当限野中の一本杉に風当たりが強くなる。

この大阪当限の罫線の悪さといえば、まったく話にならない。

線はなんでも知っていたという歌がある。大阪当限の四千百円割れ、先のほうの限月の三千九百円台が十分に予測できる。

小豆、輸大の売り玉は、あわてて利食いしなくてもよい。一日一善。

●編集部註
 ある一定の世代なら、最後の「一日一善」は時代の共通言語である。
 山本直純が作りし曲に乗せ、子供たちが『戸締り用心、火の用心』と歌い、当時の人気力士であった高見山や山本直純が纏を振りながら子供たちと練り歩く日本船舶振興会のCMが当時は毎日流れていた。しかも、月曜日から日曜日まで毎日歌詞が違う。そして、全てのバージョンの最後に好々爺が登場し『一日一善』と叫んでこのCMは終わる。
 この好々爺こそ笹川良一。表向きは日本船舶振興会(現在の日本財団)の創立者、世間では「右翼の大物」「政界の黒幕」とされるが、伝説的な大相場師としても知られる。