昭和の風林史(昭和五九年二月四日掲載分)

2020年02月28日

小豆は前から崩れそうだ

凶作尻の節分天井が過去の小豆にあった。前から崩れるのでないか。先三本売り急所。

小豆の週間棒〔先三本〕が今週、陰線を引くと、高値圏(五、六月限の)10本日足が、なだれてくる格好だ。

前週すでに売り線をマークし高値を抜けない重さは相場の流れの変化を知らせるシグナルである。

場合によっては当限から崩れるかもしれない。

当限の31日ストップ高であけた窓は埋める必要があるし、逆ザヤ縮小は、品物があるなしにかかわらず取り組みが抜けガラ化してきた期近から下げて春相場一巻の終わりになるだろう。

踏むものは踏んだ戦線にまだ頑張っている人は“小野田少尉”である。恐らく“只今帰還しました”と報告のうえ労を犒(ねぎら)われる時がこよう。

今の小豆市場は完全に売るのは怖い、強気するしかないという片寄った人気である。相場の怖さは、人気の裏が、ある日突然出ることで、それは日柄や取り組み面からくる相場の自壊作用である。

さて、市場は輸入大豆にも飽きがきたふうである。大衆は、この輸大で節分の豆を見るのも嫌だ―という気分だった。

精糖も閑散。粗糖にも気が乗らん。

ゴムと銀と乾繭が関心銘柄で、中でも銀に対する熱気の盛り上がりが凄い。

銀はコメックス週間足で見る限り大底脱出―という人気である。

手口は大衆買いの商社売り。商社必らずしも勝者ならず、銀を弱気しちゃ駄目だよと言われる。

乾繭は素晴しい線型である。逆ザヤの生糸が買い本命(逆ザヤ売るべからず)とする流れもあり、生糸がシャンとすれば、この乾繭は四千六百円→七百円早い相場かもしれない。

折りから乾繭は市場振興策に同取引員協会が努力している。相場もひと花咲かせたいところ。

●編集部註
 「羹に懲りて膾を吹く」というが、まさにこの時の小豆負け組の心境がこれであったと思われる。隣の芝生は青く見える。ましてその芝生はかつては自分の持物。自分が動けぬ時に相場はよく動く。故に「休むも相場」で胆力を回復する必要がある。
 藤枝梅安先生もひと仕掛けが終わると温泉場に長逗留し、飽きるまでゆに浸かり酒食にふけった。面白いのはこのシリーズ最後の完結長編「梅安影法師」の中で、梅安との勝負に負け、辛くも逃げ延びた敵役にも、作者である池波正太郎は同じ事をさせているのだ。違ったアプローチからの臥薪嘗胆といえるだろう。
 何事も中途半端はいけない。休むなら徹底的に休むべきである。しかし、日々の相場記事を書く者はそういう訳にもいかぬ。

昭和の風林史(昭和五九年二月三日掲載分)

2020年02月27日

乾繭が大化け様相序の口

若い相場の乾繭に人気が移る。小豆は今週週間棒陰線で崩れに入る。銀は売り場。

乾繭が人気化している。先限引き継ぎ四千円(前乾)どころで連続四本陽線を立て、五本目S高強烈陽線。そして三百円台に窓をあけてアッという間に三八〇円高をした。

そのあと窓を埋める押しを入れ、これがまた先月30・31日・1日と三本陽線で2日は戻り新値。

チャートからの判断では(1)底が入った。(2)若い相場。(3)とりあえず(前乾先限)五九〇円の窓を埋めにいく。(4)57年八月天井からの下げトレンド週足51本目で一番底(58年八月)。72本目(本年一月)で駄目底。(5)材料的には減産と輸入削減等政策面による需給改善方向。⑥買い仕手的気配など、流れの変化が感じられる。

目下のところ強気でも四千五百円から六百円あたりまでと小さく見ているが、減産→天候不順というパターンも考えておかなければならない。

相場社会では『政策は信ずべし、されど信ずべからず』という。六千円台から二千丁も下げたのは政策は信ずべからずの相場が出たわけで、それが出尽くせば今度は、信ずべしの相場に変化するものである。

ところで小豆のほうだが今週週間棒(先限)が陰線を引くと、三千丁や四千丁崩れる相場に泥足でズカズカ入っていくだろう。

二月も三月も品不足だし需要期控えだから―という強気の支柱もひとたび変化した相場の流れには勝てないという“相場は相場だった”という場面を迎えやはり節分天井だったのかとなりそう。

さてシルバー(銀)のほうだが浮かれて高値?みになりはせんか。NYコメックス銀の線型は底値にとどいていないだけに安心買いしていると冷水をかぶりかねん。国内の70円台は伸びきったところを軽く売り上がるのも方法か。

●編集部註
 少し前に、ある商品先物会社が廃業した。その会社は2000年代にある人物が買収した会社として知られていた。
 その人物は商品先物のコミッションセールスから身を興し、途中絵画の販売等も手掛けつつ、一説では100億円以上稼いだと言われる人物であり、大儲けした、と広く世に知れ渡った取引が乾繭市場であった。ただ、それは今回の記事が出てから約10年後の話だ。
 その時、乾繭相場で相場好きの実業家が100億円を超す巨損を出した事がニュースになった。
 その実業家は本業以外にある商品会社の筆頭株主でもあったが、冒頭の人物は、その商品会社の外務員として勤務。オーナーに向かっていた。

昭和の風林史(昭和五九年二月二日掲載分)

2020年02月26日

銀だ、ゴムだと日脚伸ぶ

相場世界はニヒルになってはいけない。絶望からは、なに事も生まれないのだ。

金銀相場やゴムが高いと投機家の関心がそちらに移る。

銀に対する関心は新ポの出来高を見てもよく判る。

読者から『短波放送で金銀・白銀相場を流してほしい』という要望が非常に強い。東京金取引所にその事で電話をするらしいが『テレホンサービス(今は金だけ)で聞いてほしい。あるいは取引員に聞けば―』と。

関西から、いちいちテレホン聞くのも電話料が嵩むし、取引していない店に値だけ聞くのも気がひける。

金取引員協会長の古川氏に短波放送の件を問うと、経費等のいろいろな絡み(全協連など)があって、まだ事務的な面の詰めが放送会社とのあいだにもできていないが、前向きに検討していきたい―と。

中央(東京)では左程不便を感じないが、地方の投機家は、短波放送の相場放送が唯一の情報源である。これから金や銀の相場に取り組んでいこうという人も地方には意外と多いという事を知るのである。

しかし取引員の数と支店、出張所の数がまだまだ穀物看板数に比較して少ない。投機家にしても新しい投機層が流入するのではなく他商品市場からの環流である。これらは取引所、取引員の今後の努力を待つところである。

さて小豆を書くと、いつまでも小豆じゃあるまいといわれる。確かにそうに違いないが、滅びゆく市場の恍惚というものがある。人絹市場がそうであったし、大手亡豆市場もそうであった。滅びゆくものは美しいのである。

そして、これも相場―という次元で見ていけば、まんざらでもない。

小豆や輸大で大きく打たれた人にとっては、しばらくは相場見るのも嫌であろうが、なに事によらずニヒルになってはいけない。まして相場社会は。

●編集部註
 ニヒルなのは、天地茂か市川雷蔵の眠狂四郎だけで充分である―。と、言っても理解してくれる人がもう少なくなって、いや絶えて久しい。
 昭和は遠くなりにけりを深く味わう日々なり。
 そもそも「ニヒル」とはラテン語で「虚無」の事を指す。〝なに事によらずニヒルになってはいけない〟という言葉の意味を30代から40代前半の人に解説するなら、漫画スラムダンクで安西先生が放った「あきらめたらそこで試合終了ですよ… ?」という台詞が一番的を射ていると思われる。
 経験則上、何事も楽観的な表現よりも悲観的な表現の方が読む側の食いつきが良い。実際、選挙戦でのネガティブキャンペーンは効果的。故に古今東西の悲観的表現は注意しなければいけない。

昭和の風林史(昭和五九年二月一日掲載分)

2020年02月25日

きつい相場をしているが

小豆はまだ上昇エネルギーを残しているのか、それとも末期のフィナーレなのか。

宿かさぬ火影や雪の家つづき(蕪村)。

小豆は早目に踏んだ人が踏み当たりみたいな息の長さを見せている。

もうだいたい終わったと思うのが人情であろうが人情と相場とは別のような動きで強気したままの人は、品物がない以上、高いのは当然と割り切る。

小豆の取り組みは荒涼としてきた。出来高も、つい細る。

ゆくゆくは、この相場の裏側が出る―と信じて頑張っていた人も、一人降り、二人降りして、市場は雪を深くかぶった村落の、ひっそりした雪景図を思わせる。

臨時枠を出さなければ二月、三月、買い方が攻めれば舞い上がる。

これは市場の常識である。通産省側から臨時枠を出したらどうかという考えもあったようだが、農水省畑作振興課は、その必要なしとしたようで、小豆の裏の舞台には、高度な思惑がからんでいるから、そこのところが難かしい。

去年の七月、八月、北海道の冷害に、順ザヤ相場で三万四千円台を買われた時、畑振あたりが三万五千円以上を付けさせないとホクレン共々値を抑えて、不作相場の火を消しにかかった。

あの時の事も理解できないが、今回の事も解(げ)せない。しかし、これも相場である以上、小豆市場はそのような事、日常茶飯事と割り切れる人だけが残る。

すでに小豆市場を去った人から、まだ小豆に未練を持っているのかと笑われるが、未練ではなく、相場とは一体なにかということを解明したい。

騰勢ほぼ燃焼したと思った相場に、また火がつくのか。それとも最終場面のフィナーレなのか。

幾たびか雪の深さを尋ねけりではなく、幾たびも追証の厳しさ耐えにけりという人もまだ存在する。

●編集部註
 1984年2月は東京と横浜のタクシーの初乗り運賃が430円から4 70円と値上がりした日である。500円台になるのはその6年後。なお令和の現在、東京での初乗り運賃は410円だ。
 しかし、騙されてはいけない。これまで初乗り運賃は1938年以降2㌔が基準になっていた。現在の基準は1㌔ちょっとで計算され、乗り方によっては事実上の値上げになる。セコいといえばそれまでだが、昨今この手のセコい値上げは食料品等で頻繁に見られる。
 これは経済用語でシュリンクフレーションと呼ばれている。正々堂々と値上げ出来ないというのは、今の日本経済が健全ではない証左でもある。
 文句のある人はいるだろうが、この記事が書かれた頃は色々とまだ健全であった。当節、何もかもがセコくて品がない。

昭和の風林史(昭和五九年一月三十一日掲載分)

2020年02月21日

小豆の騰勢ほぼ燃焼した

天井を確認してから売って十分に間に合う。なぜなら天井の次の日は底でないから。

さしもの小豆も山を越したという感じで、特に先二本は力を失いつつある姿に思える。

人気面では需給予想が根底から緩むまで相場基調は押し目買いである―としている。

強気の考えかたは(1)二月~六月限の逆ザヤ幅が詰まるまでは基調不変。(2)臨時枠は出そうにない。(3)春の需要期を控える。(4)市場における勢力は買い方が圧勝している。

従って売り込めば捕まるし、押し目買いである―と。

一方、一月限で騰勢を出しきったという見方もできる。(1)ひとまず売り玉の総煎れ場面で(2)出来高急増。(3)目立つ売り大手がドテン買いに転じた。(4)先二本週間棒は天井型。(5)大納言新穀が受け渡し用に出た。(6)行政(畑振)も風当たりがきつくなり、円滑な輸入をうながし、取引所行政(商業課)も異常逆ザヤの背景と市場振興策との絡みについて憂慮している―など微妙になにかが変化しつつあることを感じる。

俳句の季語に日脚伸ぶというのがある。曇りゐてさだかならねど日脚伸ぶ(湘子)。もうすぐ立春である。春の小川は、さらさら流る―の季節も遠くない。

相場に微妙な変化を感じるのも自然の現象であろう。相場で最も大切なのは流れである。

エネルギーを燃焼してしまえば、どのように環境(需給等)が有利であっても騰勢は戻ってこない。

強気は、上昇エネルギーは十分あると信じる。売って頑張っている人は、相場が緩むと、ともあれほっとする。

兵力を温存し、戦機・勝機・投機の場を求めている人は、どの商品と固定せず熟しきったところ、騰勢燃え尽きたところに出動してくる。

先三本の反発場面は売り場になると思った。

●編集部註
 腹が減ってはいくさが出来ぬ―。
 実際、戦力が高い集団でも兵站がしっかりしていないとボロボロになる。旧日本軍がこれだった。インパール作戦という最悪の軍事作戦は、恐らく後世まで語られる。
 人は命あっての物種というが、相場は資金あってのもの。資金管理は一種の兵站である。今回の記述は本家の孫子による風林火山の「林」と「山」の部分が特にフィーチャ ーされている。
 またアノマリーとして1月末から2月上旬は何かと変事が起きやすい。
 日航機が落ちたのも、赤坂のホテルが焼けたのもこのあたりだ。
 特に2月9日という時間帯は物故者も多い。この年の2月9日に当時のソ連書記長アンドロポフが急死した。漫画家の手塚治虫の命日も2月9日である。

昭和の風林史(昭和五九年一月三十日掲載分)

2020年02月20日

小豆の先限は天井打った

満腹になれば“市場の良識論”が、まかり通る段階にくると見てよいのかどうか。

小豆納会受け渡しが高場の大阪に荷が移動したとはいえ、東京一枚、名古屋三枚という事は、上場適格性の面から考えた場合、異常事態であるから近寄らぬようになる。

供用品がないから二月限も市場管理の面で大幅臨増しとなろう。この場合新規は丸代金でもよいだろうが一月の時のように既存玉を『さあ売り玉早々と踏め』といわんばかりの大幅臨増しをやられると二月限売り玉は踏んでくるのは見えている。

従って今の市場では相場観は適用せず、物がないものを売った人は早く離脱したほうがよい―という事になる。

今から言っても始まらぬ事だが『凶作年は古品の供用を三月頃まで延長すべきでなかったか』という声もあるが、そういう事は“全穀連”あたりで早手回しに考える事で、実施しなかったのは、今のような状態になるとは思っていなかったからであろう。

これで臨時枠が出なければ力のついた買い方の思うままの相場展開が、取り組み薄、商い細りの時だけに続くと見るべきか。

一部には『昨年夏の大損を取り戻して、お腹が満腹になれば、市場を大切にしようという良識論が出てきて、無茶なことはしないようになろう』と。確かに市場あっての儲けであるから役所に言われなくとも、取引所の自治機能が表面化する段階でもある。

今回の小豆相場の犠牲者は多い。なぜ敗けたか冷静に分析し克明に記録して他日を期すのがせめてもの慰めであろう。それは“儀式すんでの医者話”ではなく“実践相場理論”として必要な事だと思う。

●編集部註
 以前から幾度となく、当欄では「マニアがジャンルを潰す」という話をしてきた。我々は現在、1984年の小豆相場の同行を綴った記事を読む事で、『赤いダイヤ』とその昔呼ばれ、戦後日本の商品市場をけん引していたジャンルが、マニアによって潰れさていくプロセスを追体験させてもらっている。これは歴史に学ぶ貴重な経験である。
 もっと正確に言えば、マニアとマニアに阿った愛のない運営によってジャンルが潰されていく。
 古参がニワカを排除する世界に未来などない。そんな古参を排除してニワカを守らない運営に存在価値などない。その点、新規に排他的な古参を出禁にした矢沢永吉は偉い。
 どのジャンルも浮かれたニワカに古参がイラっとする場面はある。恐らく当時、死屍累々たるニワカの有様を古参はほくそ笑んでいた事だろう。
 しかし、本来ここで古参がやるべき事は、苛つきつつもニワカを商品先物の沼に漬け込んで、新たな古参にする事だった。

昭和の風林史(昭和五九年一月二十七日掲載分)

2020年02月19日

この小豆はまだ緩まない

ないもの高は仕方ないという小豆の納会。二月限も恐らく同じコースになろう。

市場でなにが起ころうと、相場は相場であるからとやかくいうべきでない。勝てば官軍。なにがなんでも勝たねばならぬのが勝負である。相場に道徳なし。市場管理に一貫性がなかろうと、あるいは一部有力者の“私情管理”であろうと、それも相場。とやかく言うことはない―と、業界にもう古い風林ファンの営業マンから手紙をいただいたり、中堅営業マンと雪の降る夜に水炊の鍋を囲みながらの話で、相場はあくまでも強弱一本がよい。政治に関与せずで、制度、システム、規制等にかかわらず純粋相場論、売りか買いか強弱一本で書いてほしい―との要望。

先物市場はどうあるべきか―の議論は、相場で銭をむしり合う投機家には不必要というのが、業界の第一線営業で日夜野戦攻城に激闘している人々の気持ちのようである。

逆ザヤ結構、玉締め結構、要するに相場は儲けにあり。高邁(まい)なる市場機能論など無用。小豆が上場不適格であろうとなかろうと、関係ない。

それが嫌な人はとうの昔に市場を離脱している。

相場に負けた側が、とやかくいうだけで、儲けた側は、なにも言っていない。

確かに言われる通りかもしれない。嫌なら小豆に手を出さなければよいだけである。たとえ土俵がつぶれても、それはそうなる運命であれば、それでよいではないか―と。

この考えかたは筋が通っていて気持ちがよい。八代亜紀が歌っていた。取引所は無能がよい。相場はボスについていくがよい。玉締め買い占めやるがよい―と。政治に関与すべきでないという方針をチョークで線を引いて強弱のみに徹する行きかたに埋没し、三猿主義を貫いたほうが、よいのかもしれないという考えになってきた。

●編集部註
 沖のぉぉカモメぇ~に、深ァァ酒さぁ~せぇてヨ。
 いとし あの娘とヨゥ朝ぁぁ寝ぇぇする。
 ダンチョネぇぇ~
 八代亜紀の舟歌なら炙ったイカに温めの燗酒だが、傷心の風林火山には水炊きであったらしい。
 こういう時に匠な文章センスを見せるのが如何にも風林火山らしい。
 九州は博多辺りならいざ知らず、通常であれば関西にいて雪降る夜につつくのは、おおよそ河豚と相場が決まっている。断じて、水炊きではない。
 現在、築地天竹の最上級てっちりコースは2万円でお釣りがくる金額。しかし時代はバブル景気前の関西。負けたとて払えない筈がない。要は河豚鍋の気分ではないのだ。
 相場に勝っていたなら、恐らく新地あたりの個室で、婀娜な年増と河豚鍋をつついていた筈である。

昭和の風林史(昭和五九年一月二十六日掲載分)

2020年02月18日

売り方は終戦処理の段階

需給が緩む兆候が出るまでは買い方勢力の制空権下に置かれたままの小豆相場。

勝敗は最後の五分間にありという。この五分という時間が辛抱の限界であり流れを変える分岐点になる。

小豆でいえば23日が売り方にとっての断末魔であった。

この一月23日、私ごとながら誕生日で田山KKの会長山本博康先生から麦酒60本のお祝いを今年も戴いた。

市場は満目荒涼売り方声なく雪白し。

踏んだ人は、しばらく戦線を離脱して兵馬倥偬(こうそお)の疲労を癒し、終戦処理をする。

連勝の買い方も一息入れて次なる戦いの構想を組み立てるわけだが、(1)当先の逆ザヤが三千円ほどにちぢまるまで流れは不変。(2)先限の三万三千円あたりが目途。(3)日柄で二月末から三月上旬あたり。(4)以上の現象が出るまでは基調は上昇相場。下げは押し目と見るべきで(5)臨時枠が三月時分までに出なければ更に違った性格の相場となるだろう。(6)不思議な事に帯広地方は雪が少ない。この夏もなにか異常がありそう。

昨年は一月底→四月天井→五月底→八月天井のパターンだった。今年は12月底→三月天井になるのでなかろうか―と。

目先は下げ場面に入るところのようだ。

これを押し目と見るのがファンダメンタリストであり、テクニカル派でもある。

ということは敗残の売り方以外はオール強気というバランスになった。

敢えて強弱でもないが、輸入がスムーズに進展しなければ確かに下げは押し目という相場が続こう。

臨時枠が組まれるのかどうか。納会に大納言新穀が渡ってくるかどうか。取り組みが増大するかどうか。

そして新しい買い仕手的存在が出現するかどうか。

相場は「もうはまだなり」だし「まだはもうなり」で相場に聞いてみる以外にない。

●編集部註
 今回の文章で登場する山本博康氏は、先物業界の中核団体である全国商品取引員協会連合会(全協連)の初代会長。日本の商品先物取引史の生き字引である鍋島高明氏の著書「侠気の相場師 マムシの本忠」(パン・ローリング)によると「関西のドン」であるという。明治29年生まれで商品取引員の中で最初に叙勲された人物として知られる。
 山本氏が社長を務めた商品会社、田山はもう存在していない。1991年に小林洋行と合併する。
 個人的な記憶として、小林洋行と言えば「野球」のイメージがある。昔、プロ野球マスターズリーグというのがあって、江夏が監督、村田兆治が投手として在籍した東京ドリームスのスポンサーがこの小林洋行であった。

昭和の風林史(昭和五九年一月二十五日掲載分)

2020年02月17日

変化しつつある先物業界

銀の相場を勉強している人が急増している。しかし看板のない店が多いのが難点だ。

これからは銀の相場の時代だ―という。

東京金取引所に上場される銀は証拠金も手頃だし、相場の動きも金に連動する。そしてこれは国内だけの相場でないところが、一般受けするようだ。

国際商品としての輸入大豆は大きな取り組みと出来高で人気商品の第一位にあるが、中国大豆とのからみなどの難点がある。

また輸入商社のポジションが時としてオーバー・ヘッジになり、天災期を別にして、輸大とは売るものなりとおぼえたり。

大衆は順ザヤ相場のサヤすべりに泣かされる。

なにによらず相場は難かしいものであるが、市場内部要因や仕手的な動きに左右されやすい市場は、避けて通るという傾向になりつつあるようだ。

小豆にしても、年一回天災期のお祭りだけに参加すればよいという風潮のようだ。

たび重なる過去の仕手相場で人気を失い、いままたIQ商品の特性が、市場の限界を知らしめた。

このようにして商品先物市場は、理解が深まるに伴い、投機家は市場を選び、商品を自らの意志で選別する。

制度政策が価格形成に及ぼす影響の多い商品はやはり限界というものを感じさせる。

東京金取引所の新しい制度である金のストップ・ロスは、リスク限定の意味からも多くの人に期待されているが、目下のところこれを受け入れる側の取引員がリスクヘッジの手段を手さぐり中で、ほとんどのところが様子を見る。できるだけストップ・ロスの注文を受けない。

制度はあっても飾りとして床の間に置いておくことになりそうだ。

理想と現実の違いというものを今後どのようにして近づけるかである。

●編集部註
 本当に〝これからは銀の相場の時代だ〟であったのだろうか―。
 1984年1月31日、東京金は出来高266枚、総取組高は1万293枚。東京銀は出来高3,407枚、総取組高は4万7,462枚。因みに同日のNY金は出来高4万686枚、総取組高12万3,349枚、NY銀は出来高3万5,348枚、総取組高6万1,741枚であった。
 2020年1月31日、NY金の出来高は36万1,502枚、総取組高は67万8,817枚。NY銀は出来高7万747枚、総取組高は22万9,312枚。これに対し、東京金は出来高3万1,015枚、総取組高は8万738枚。東京銀は出来高43枚、総取組高は1,131枚である。
 一言でいうと「どうしてこうなった」なのだが、胴元に愛がなく、顧客本位でなかった、と答えるのが正解かも知れない。

昭和の風林史(昭和五九年一月二十四日掲載分)

2020年02月14日

完敗を宣し不明を深謝す

騅の逝かざるは奈何すべきか、虞よ虞よなんじ奈何せん。完敗を宣し不明を深謝す。

小豆市場は売り方敗走に次ぐ敗走。
(1)自由化が遠のいた感じ。
(2)三月までに臨時枠の発券がなければ三、四月限が舞い上がる。
(3)サヤ修正で、五、六月限の三万三千円あたりもあるだろう。
―という見方が支配して煎れが煎れを呼んだ。

売りは買い方の利食いのみ。利食いするごとに買い方勢力に力がつく。

売り方は踏んで踏んで敗走また敗走で、戦意も戦力も尽きたところ。

外貨枠を使いきるにしても中国は売ってこないし、台湾が思惑が絡んで大幅値上げしてくる。

仮りに今ある外貨で買ってきても、これが全部新穀ではないから定期に渡るものはない。

月々七万俵の消費として一月~四月で28万俵が消えるから二月、三月、四月は今以上に相場はヒリヒリするはずだ―と。

問題は臨時枠が出るか、出ないかである。

北海物などを加えたデスクの上でのペーパー・プランでは臨時枠を出すほど逼迫していないという役所の考えかただと言われる。

しかし現実は相場の上に現れている。農水省畑振の政策ミスであるが、お役人はミスをミスと認めることは致命傷になるからそういう事はしない。

となると、臨時枠は出ないだろう―と、投機人気がまた燃える。

考えてみれば逆ザヤ売るべからずであった。死んだ児の齢を数えても始まらないが、(1)自由化を思惑しすぎた裏目が出た。(2)北海道の凶作を軽視した。(3)雑豆輸入商社の計画輸入が定着し成功した。

完敗である。敗北を宣言し、不明を深謝する。

項籍(こうせき)垓下(がいか)の歌は力山を抜き気は世を蓋いしに時に利非ずして騅は逝かず―と。

●編集部註
 風林火山こと鏑木繁は、自著「格言で学ぶ相場の哲学」(ダイヤモンド社)の中に「棄て方で人間が分かる」という言葉を入れている。更にこの言葉を解説するにあたって、〝棄てる〟と〝捨てる〟を使い分けている。
 今回の文章は玉を〝捨て〟て、これまでの見通しを〝棄て〟た。なかなかに出来るものではない。相場師として、人間としてかくありたいものだ。
 人は偉くなればなる程負けを認めず、往生際が悪くなる。令和の御代で我々は、その手の業突く張りを沢山目にしている。
 風林火山は「…相場力をつけ、相場術を磨けば、いつでも預けてあるお金を取り戻せる。この考え方は頭でわかっていても、実行しにくい」とこの項目を締めくくっていた。