昭和の風林史(昭和五四年十一月一日掲載分)

2017年11月08日

閑な事ぐらい 別条ないのである

相場が少々閑なぐらいで泣きごとを言っているようでは心もとない。静あれば必らず動あり。

「猿酒や深山紅葉の頬のほてり 袖子」

商品取引所が再開されて十年くらいのあいだは、市場にもよるが、相場が動かず、商いも実に細々の時期があったが、それでも仲買人(現在の取引員)は経営に信念を持っていた。

当時は、大衆店の事を場違い筋と呼び、当業者主導の市場だった。場違い筋の主たる顧客は戦前の三品相場や米相場を張った経験のある人や、証券筋といわれる株式相場のマニアが商品相場に手を出していた。

証券会社が商品仲買の兼営が出来た時代だから、証券会社の店頭に、証券と商品の黒板が並んでいた。

営業といっても、ズブの素人に相場を張らせることはなく、むしろ素人が相場をしたいと言うと、しないほうがよい―と止められたものだ。

当時は、外交員も営業所も出張所も今みたいな難しい規制がなく、実におおらかなものであった。

補償基金協会が発行している「きずな」10月号に、武田商事の武田恒社長が随筆で戦前のことを書かれているが、われわれの知っている時代とは、また別の、もっと自由な時代で、それでいて事故も紛議もなかった。

相場が動かず、閑な市場の、取引員の店頭を見ていると、二十年前、二十五年前の閑散低迷を想い出すが、当時と今では経費のかかりようが違う。

それにしても、わが業界は飛ぶ鳥落すような黄金時代があった。その頃、大儲けしたお金を、なにかの形で取引員会社が保存しておけばよかったと思う。人材を養成するとか、社会に通用する信用を確保するとか、立派な商品会館を建てておくとか。

その頃は、幾らでも人は集まり、お金は儲かると思っていたから、随分思い切って使ったものだ。

しかし今となってみると、せいぜい土地を買っていた分ぐらいだろうか、現在値打ちが出ているのは。

まあこれも、相場の世界で生きている人間だから、太く短くて、ちょっとだけ、いい思いをさせてもらったと、あきらめればよいが、商取業界の今後を背負っていく人たちにとって、先達の残してくれたものは重たい十字架だけというのでは、余りにも気の毒だ。美田は残さずとも、将来に展望を持てる業界にしておくのが、われわれの時代における責任ではないかと思うのである。相場が少々閑なぐらい、たいした事ではない。

●編集部註
 後悔、先に立たず―。

 面白いのは、平成に入っても同じようなコメントがあったという事。途中、何度か儲かった時期があっただろうに…。

 ただ一番必要なのは、リスクをとる事、儲ける事が悪であるような社会の風潮を払拭する作業であったかも知れない。

昭和の風林史(昭和五四年十月三一日掲載分)

2017年11月07日

依然強弱なし 売り場を待つだけ

小豆のお山を低く見るしかない。戻るのを待って売る。輸大相場も円安などで高いところを売る。

「コスモスや一つ餌に寄る鶏と鳩 雪女」

11月の声を聞くと、誰しも、うかうかしておれないぞ―と、年末の段取りを考える。 

事業経営者は資金繰りの事やボーナス資金に頭がいたくなる。

営業成績の上がらない部門の責任者は、成績向上月間のキャンペーンを続けざまに撃ち込む。

日の暮れるのは早くなったが、なんともまだ暖かい。そのせいか、気合いが入らないようだ。一昔前の11月といえば、寒かったように思う。

灯油が大幅高している御時世に、暖かいことは有り難いが、商売、業種によっては、この暖かさに泣かされている。

円相場が続落して、輸入大豆相場を突き上げた。シカゴ高も影響している。中国が農産物価格を大幅に引き上げ、日本に安く売らないという事も材料である。穀取市場は、いささか弱気に片寄っていたから、人気の裏といえばそれまでだが、果してどこまで堅調地合いが続くか疑問。

輸大相場は、高いところを売っておけば、サヤすべりで結構クリスマスプレゼントになろう。

それは、輸大市場の構造面からくるものである。

自社玉は、大阪市場は、売り買いが接近しているけれど東京市場は六千枚売りの三千枚買い。

東西市場の輸大相場に対する受け止めかたの違いであろうか。

小豆の自社玉は、これは東西とも売りが圧倒的に多い。

小豆相場は、外貨ワクが決まるのを待っている。

だいたいの枠組みは予測されているが、こういうものは、ピシリと決まってからでないと強弱の方針が立てにくい。

市場は、戻すのを待っている。S安二回の前までは、二万五千円乗せから売ろうという人が多かった。五千円抜け売り―という指値の注文が随分出ていた。
その注文がはまらず、ホクレンさんに先を越して売られてしまった。

そのような事から今度は、二万四千円抜けは売りという、お山を低く見ての指値が出ている。

誰かが言った。スカーッと二万円めい台まで相場が潰れてくれたほうが、11、12の年末相場が面白くなるのに―と。

どうだろうか、そのような激しい動きになるほど取組みが悪いわけでもない。戻るのを待つしかないところかもしれない。

●編集部註
 望んでいる方向に進まないのが相場である。 

 幽霊と相場は寂しいところに出るという。

 幽霊ではないが、この年に映画「エイリアン」の第一作が公開された事を思い出す。この作品の成功が、3年後に公開される「ブレードランナー」の制作につながる。

 どちらも2017年に続編が作られている。

昭和の風林史(昭和五四年十月三十日掲載分)

2017年11月06日

戻るのを待つ 買う事を考えない

小豆相場は、戻るのを待っていて、また売るというパターンである。買う事は考えないほうがよい。

「草もやす白き匂ひや野路の秋 治郎」

この小豆相場は戻すだろうが、戻せばまた売られる―という相場観が定着して、相場の意外性という、投機のロマンはない。

その意味から小豆のビジネスにとっては、価格の安定は、危険負担が少なくてよい。しかし、価格変動による値鞘取りを主にする投機家にとっては、魅力に欠け、市場に介入する積極性を失う。

今年の小豆相場は八月7日に天井を打って、九月21日に一番底。立秋天井、彼岸底の格好になった。

十月25日、ホクレン売りをきっかけに二連続S安で九月の安値を切った限月、市場、切らない限月、市場であったが、八月天井に対して二番底型と見ることが出来る。

日柄的にも、昔から言う〝三つきまたがり60日〟に接近することから、11月、12月にかけての年末相場を期待したいところである。

しかし、今注目されている下期外貨ワクが、どうであれ、輸入される小豆の量というものが、およそ決まっている。

また北海道産の古品小豆の繰り越しと、豊作だった新穀が売り場を待っている。

供給面は、充分にゆとりのある小豆だけに、上値には限界というものがある。

まして、ホクレンという巨大機構の組織が、年々先物市場(穀取市場)の利用の仕方が巧妙になって、一般大衆投機家は、わけもなくひねられてしまう。

市場には、ホクレンだけでなく雑豆輸入商社が、これまた巧みなオペレーションを展開し、投機家の介入する余地がない。

このような市場であればこそ、相場は買うだけが能でない。売りだってあるわけだから投機家も売りポジションに立てばよいのである。
要は、どのあたりの値段を売るかである。ただし、大衆が、その気になって売り込めば、売り過ぎた取組みが狙われる。

取引所取引きは場勘戦争であるから、充分取組みが売られると、わけもなく売り玉の煎れを取られることになっている。

いうなら、これが先物市場の仕組みだ。そのような仕組みの中で、本来的には大衆を顧客とする専業取引員が、大衆の味方となって大衆に加勢する。情報を提供し、アドバイスする。これがなによりも専業取引員の顧客サービスである。市場の好不況は取引員の姿勢次第と言える。

●編集部註
 どうせ戻りは売られる、と高を括り、実際に相場は戻り、そこから売られ、安値を更新する。ほぅら、ヤッパリと次の戻りも売りかかると今度は突き上がる。すわ、買い転換と買い参入すると今度は大きく下げる。その頃には、資金が底をつく…。

昭和の風林史(昭和五四年十月二九日掲載分)

2017年11月02日

再び戻り売り 輸大も売りっぱなし

われわれは事件の発生を常に心待ちしている。そして事件と相場の関連を考える。それが投機家だ。

「何の木のもとともあらず栗拾ふ 虚子」

現代は、あす、なにがおこるか判らない時代で、朝、起きてみたら韓国の大統領が殺されていた。

韓国という国は、われわれにとっては近くて遠い国である。年配の人には、かつての朝鮮動乱が、瞬間脳裏を走った事であろう。

カンボジアとタイの国境の難民問題に関する新聞のべタ記事を注意深く集めて分析している人も多い。世界のどこかで、なにかが発生すれば、国際商品の相場に連動する。

韓国の大統領殺害事件が今後、日本にどのような影響をもたらすか、関心が集まる。

さて、ストップ高した輸入大豆相場が、週末は安かった。S高で相場が変わったと思い飛びついた人にとっては、なんだ―という印象を強めただろう。

輸大の高いところは売るしかない―と、どれほど強調しても、大衆は(セールスも)高いと買いたい。

高い場面は売って、あと売り玉を忘れておけばサヤすべりで金利以上の利回りになる。

一年12カ月のうち10カ月は売っておけばよい商品である。

この輸大が、来月新ポ、香港商品取引所で、(東京穀取方式)市場が立つ。香港独自の動きではなく、あくまで東穀の相場次第という動きになろう。

精糖相場はNY安を映した。また当限が暴落納会。長期的相場の見通しは商社筋も、おしなべて強気だ。ただ目先的には出来高も、値上り幅も異常だっただけに、押し目が入ってもよい。

週末の時点で、相場基調も線型も、なんら変化なしだった。

小豆相場はS安二発の反動戻し。

二万五千円台は売りという相場から、二万四千円台は売りという、そのような山の低い相場である。

いろいろと電話がかかってくる。相場の話ではない。業界昨今事情だ。許可更新役所の事。香港大豆市場関連。新卒者採用など。そしてあの店、この店。
あげくに、なにか面白い話はないか?と。

いつもこう答える。『天気がよいのが疵(きず)に玉』。お天気がよい事に感謝するのみ。今すぐ業界に光明は見出されない。また期待すべくもない。

精糖、粗糖が動いている。小豆、輸大も動けば出来る。生糸、乾繭、ゴム、毛糸。細細ながらも綿糸も出来る。贅沢言える時じゃない。

●編集部註

1984年に『キリング・フィールド』という映画が公開される。クメールルージュの行動を劇映画化した英国映画である。

歴史の裏側は、時間の経過と共に、芸術作品に昇華されて表出する。

昭和の風林史(昭和五四年十月二七日掲載分)

2017年11月01日

ライフル連隊 小豆はホクレン讃歌

輸大市場は秋陣営の霜の色。荒城の月だ。小豆ホクレン讃歌。砂糖はマーチ・ライフル連隊。

「女湯もひとりの音の山の秋 爽雨」

『新説邪馬台国』の本を出されてからの清水正紀氏の業界における行動言語が、鋭角的になっていくように感じる。

先に通産省の細川室長と激論し、また名古屋での「穀協連」会合における発言といい、そしてペンネームXで書かれている(東京商品新聞10・23商取最前線)関西穀取二常務に対する〝大義を忘却し〟という激しい攻撃などを見ていると、清水氏は、業界の危機に際しなにかをやらなければ―という殺気のようなものを持って斬人斬馬だ。

業界スケジュールとしてはストップ時のバイカイ規制緩和、小豆の売買単位引き上げ、新規20枚制限の緩和等、早急に実現しなければならない問題をかかえている。

清水氏は今年の暮時分に予定されている全協連会長への復帰に照準を合せ、意欲を燃やしているふうにも業界は受け取っている。

全協連会長復帰という問題は清水氏にとって〝二沈三浮〟(二回沈んで三回浮く)いわばケイ線でいうW底の形成で大直り、若い相場となる。

これに対して業界人の多くは『清水氏の復帰は、やむを得ないが、業界はこれでまた二、三年遠まわりをすることになろう』と、きわめてリアルな目で眺めている。言うならば、対主務省との折衝に種々摩擦を生ずる事を懸念するのである。

主務省筋は、折りにふれて〝業界には人がいない、人がいない〟と言う。この事は暗に、もう清水さんの時代ではない―と、ほのめかしているのである。

しかし業界には清水氏しか表面に出ない。ここのところが商取業界の不幸であり、更に言えば清水正紀の不幸である。

さて相場のほうは海外高を映して精糖がストップ高。海外事情から見て、またケイ線的にも、そして取組み内部要因(仕手化)などから、超強気は精糖先限二百四十円を見ている。相場の人気とは恐ろしいもので、まだこの相場、若いということが強気の意を強くしている。

小豆のほうは、ホクレンの存在を強く印象づけた。先限の三千円抵抗ラインを割れば六月27日の二千円どころ。ともあれ強力な買い方不在の市場であるから、人気というものはつかない。輸大市場は土井晩翠作詞「荒城の月」である。

●編集部註
 古代史は麻薬である。 

 誤解を恐れず言うと、平安以降ならどれだけの文献を読んだかで勝敗が決まるところがあるが、古代史は文献も少なく、推理に頼らなければならない面がある。

 よって碩学泰斗も、横丁の歴史好きも、同じフィールドでの勝負になるのだ。

昭和の風林史(昭和五四年十月二六日掲載分)

2017年10月31日

声もなく無残 胴から下斬って捨つ

小豆市場もおますのやで―とばかり動いたと思うや胴から下が斬って捨てられていた。声もなし。

「此里は染めて一面茅の葉かな 青々」

穀取さんを、お忘れか―とばかり、小豆相場が、なだれを打って安かった。

某穀取の某部長が、年末のボーナスの事を心配していた。あんさんは、結構な御身分よ―と言いたい。なが生きする顔である。業者は、この夏も苦しかったのに、穀取さんは、結構出たのじゃないの。

商い閑なら閑で、すくなくとも部課長あたりは、芯締りになって、勉強せんかい。自分のもらうボーナスの事ばかり考えているから、呆けーっと、麻雀、ゴルフにうつつを抜かし、負けてばかりいる。

小豆相場は売り仕手ホクレンが、ちょっと動いて、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)の棒下げ。

(1)下期ヒヤリングに当っての政治的配慮(ワクを抑える)。(2)農家から安く集荷する。(3)実需不振だから一応定期にヘッジしておく―等の目的を持った売りとされている。

ともあれ、いつもいうように、自社玉比率が、東京六千九百枚売りの三千九百枚買い。大阪六千七百枚売りの二千六百枚買いという圧倒的な売り姿勢の時に、そのような相場を買ってもアカン事は市場の常識である。

当欄月曜付けに「売らせず安い」と書いた。売らん間に値崩れするという意味。その前には、売っておけば、クリスマスプレゼント―とも書いといた。

クリスマスのプレゼントが、早手まわしに、とどいたようなものである。

このあとどうする。三千円を割って二千円近辺ということも、相場だから、ないとも言えぬが、安値は売らずだ。商い閑になれば、安い値段にいくほど、手仕舞いが難かしくなる。(買い戻しで値がはねる)。

人々は、ここで下げておけば、年末相場が期待出来る―と希望の燈(ともしび)に火をつけようとするけれど、ガリバー的売り仕手ホクレンが存在することを忘れてはいけない。

小豆が安けりゃ、のおえ―という歌の文句じゃないけれど、売りは自殺行為と書いておいた砂糖が、S安一発後、反騰。

NY砂糖の週間棒や月間棒、それにロンドンのケイ線を見れば判るように、この相場は助走の段階を終ったばかりだ。大阪精糖先限二百四十円目標と言えば、そんな馬鹿な―となろうが、相場は相場に聞くしかない。値頃観御無用なり、小豆は自律反騰あるも買えず。

●編集部註
 相場と全く関係ない話だが、この年の10月26日は金曜日だった。この日の夜8時に放送されたのが3年B組金八先生である。この時主役を務めた長髪のフォーク歌手が、38年後に水戸黄門をやるとは誰が想像しただろう。

昭和の風林史(昭和五四年十月二五日掲載分)

2017年10月30日

国際投機時代へ 知識と理解度必要

国際投機筋の動きを理解せずに商品相場を考える事が出来ない時代になった。

「山暮れて紅葉の紅を奪ひけり 蕪村」

精糖市場が人気化しているから、砂糖の問い合せが編集局に殺到している。当社には松尾豊さんという、もと大阪砂糖卸協同組合の書記長をしていた砂糟の専門家がいる。

小生も砂糖のメカニズムについて教えを受ける。

砂糖相場については、当社で発行している『商品先物市場』九月号の〝国際砂糖相場回復の条件〟が参考になろう。三井物産の砂糖部部長代理の池田昌之氏が書かれたものだ。

また六月号の〝砂糖買い付けから決済まで〟も参考資料になるし、毎号、最低限必要の砂糖に関する基礎データや知識は固定頁に満載してある。

今回の砂糖相場の狂騰は、世界の砂糖需給の改善もさる事ながら、やはり国際投機資金の流れが見逃せない。
手前味噌になるが『商品先物市場』に連載の〝世界の投機家〟は、国際投機資金が、どのように動いているかを詳しく書いてある。七月号の〝円投機の実際と理論〟などは、為替投機がどんなふうに仕組まれているかが、きわめて具体的に書かれていた。

また、ニューヨークやシカゴの投機筋の活動パターンについては七月号の〝NY綿花市場における投機筋の行動に対する考察〟が、綿花に限らず、投機筋の動きを知るうえにおいて参考になった。

九月号の〝銀・需給と価格動向〟。十一月号の〝金価格暴騰の背景〟は、三井物産の非鉄金属第三部・野間和彦部長代理が執筆されたものだが、香港でも、台北でもこの記事は高い評価を受けた。国際投機家の活動ぶりと、金、銀の世界の需給観、そして相場の動きが専門家の目で、とらえられている。

このように、砂糖相場が激動しているからといって砂糖だけを見るのではなく、そのバックの投機筋の動きを掴まなければ、ゴムの相場でも大豆でも、大きな流れが判らない。

はからずも当社で発行している『商品先物市場』の利用の仕方、読み方についての解説になったが、この雑誌の編集は、そういう海外市場における投機というものをタテ軸に、個々の商品の需給、基礎データを横軸にして、思考水準の程度の高いビジネスマン、投機筋、当業関係者向けに発行し、昨今きわめて高い評価を受けるようになった。

●編集部註
 平成の御代に、あえてこの時代の文章を掲載しているのは、時代の節目で相場はどう動いたか、リアルタイムで、人々はどういう考えを持って動いていたかを改めて知ってほしい、という思いから来ている。

 ボルカーショックやハント兄弟の買い占め等、この時代の金融市場は大きく揺れ動いていた。

昭和の風林史(昭和五四年十月二四日掲載分)

2017年10月27日

売りは自殺だ 狂暴国際投機市場

砂糖を売ってみたいが―という地方の読者から電話がかかりだした。売っちゃいけない。自殺行為だ。

「里古りて柿の木持たぬ家もなし 芭蕉」

精糖相場の、にわか勉強が盛んである。

穀物市場のほうは、砂糖取引所に人気を奪われ無風状態。

商社筋ではニューヨーク砂糖(現物)21・75㌣(ポンド当り)、あるいは36㌣、それを抜けば45㌣が、ないとは言えない―と、投機の嵐にとまどったふうだ。

一九七四年11月、NY砂糖(現物)相場は史上最高の65・50㌣を付けた。いまから思うと、まるでエッフェル塔のような罫線で、上昇もきつかったが、反動安も凄かった。

今回も、またあのような狂騰を演じるのだろうかという不安がある。

あの時は、日本の砂糖取引所が精糖の売買を停止してしまった。

出来高不振で坤吟していた砂糖取引所にとっては、余り急激な上昇だと、増証や規制をかけなければならない。出来得れば、穏健な上昇が続き、商いもにぎわって、取引所の収入が増大していく事を願う。要するに息の長い相場を期待するのだが、これだけは国際相場だけに、まったく海外次第である。

メーカー筋は出し値を引き上げているが、現物の売れ行きが、いまひとつである。完全な海外市場における投機相場だけに、実勢から遊離する。

さりとて、値頃感などで売れば、ストップ、ストップで、どこまで行くかわからない。

われわれは過去に国際投機筋が介入した相場の怖さを見てきた。

為替相場におけるとどまる所を知らなかった円高相場。そしてロンドン自由金相場の三百五十㌦から四百五十㌦近くまで一気に熱狂してしまった相場。

これらは、いかなる政府も関与出来ない、地球上を這いまわる巨大な、ユーロダラー(無国籍資金)が獲物を見つけては襲いかかるから、行くところまでいかなければ、おさまらないのである。

地方の読者から、砂糖を売ってもよいか―という問い合せが多くなった。

とんでもない。売っちゃいけませんよ―と言うのだ。

海外からきている狂乱相場だから、どこまでいくか判らない。しかもストップ連続でやられたら、手仕舞いも出来ない。

売っちゃいけない、売っちゃあぶない。値頃観などまったく通用しないのが国際商品の投機市場である。

小豆や輸大は、あっけにとられて砂糖相場を眺めている格好だ。

●編集部註
 ここでの記述通り、この時の砂糖は〝売っちゃいけない、売っちゃあぶない〟相場であった。
 ここで大阪粗糖の月足を見てみよう。79年2月に5万円付近で推移していた相場は、10月に吹き上がって倍になり、7カ月後の80年5月に23万7800円まで上昇。
 下げ相場はそこからであった。

昭和の風林史(昭和五四年十月二三日掲載分)

2017年10月26日

強弱ない市場 輸大も手が出ない

商取界に流入している投機資金は限られていて穀物から精糖市場にそれらが移動してしまった。

「しがらみに少し浪たつ野菊かな 悌二郎」

今年の台湾小豆の作付面積は前年比一割ないし一割五分の減反予想である。

去年が一万七千㌶だから、一万五千㌶前後ということになる。

減反分は日本向け輸出の枝豆(冷凍)の契約栽培が増加している。

日本の小豆相場が低迷しているため、農協筋が、小豆の作付けを増やさないように指導した効果が上がったようだ。

成育は目下順調である。今年は閏(うるう)年の関係で農作業は全般に遅れてもよい年とされているが幾つか接近した台風も全部それて、これは神の恵みだと感謝されている。

台湾小豆の在庫は千㌧ないし二千㌧が投機筋の手にあると見られる。

昨年の生産高三万一千~二千㌧として日本向けに一万四千㌧。韓国に四千㌧。アメリカ、東南アジア向けスポット千㌧~二千㌧。台湾内消費と種子用で六千㌧~八千㌧。加糖アン向け三千㌧~四千㌧―というのが大?みの出荷動向である。

台湾の国際空港は今年二月から台北と新竹の中間にある桃園に移った。桃園空港は成田空港の一・三倍、建設費は成田の六分の一という事で、台北から高速道路でほぼ一時間(台北から高雄まで四時間)。従来の松山飛行場はローカル空港として使用している。

台北から北の玄関・基隆市まで日本統治時代は汽車で小一時間を要したが高速道路が開通して20分で行けるようになった。

現在の台湾は景気がよい。ちょうど日本の15年前のような状態ということだ。タクシーも三年前までは中古のボロボロの車が走っていたが、今では東京、大阪と大差はない。

ところで相場のほうは精糖に投機筋の関心が集中して穀取さんは閑古鳥が鳴いている。小豆の地合は確りしているみたいだが、ホクレンの管理相場―という印象を強くしただけに、たとえ地合が強くても投機心理は無反応である。

あとは下期雑豆輸入の発券→通関の時期が、いつ頃になるか(その前にヒヤリング→発表という段階がある)によって、相場の値頃観も違ってくるが、一般投機筋にとって、そのような予測分析は難解でもあり、自然相場に対しても無関心さを強める。

一方、輸入大豆も戻り一杯をした足取りに入った。誰もが売ってみたい値にはとどかない。

●編集部註
 当時の日本近隣のアジア諸国は、今とは違うベクトルで不穏であった。
 韓国では朴正熙が10月26日に暗殺されたし、台湾は〝外省人〟と〝内省人〟との亀裂が生々しかったし、中国は公式に文革の終結が宣言されてまだ3年しか経っていなかった。

昭和の風林史(昭和五四年十月二二日掲載分)

2017年10月25日

売らせず安い 閑な時は忍の一字

小豆の五千円台があれば売ってやろう。輸大の七百円(大阪)以上を売ろうと待つ人多かりし。

「山雨に暮れゆく庭の楓かな 流木」

香港の商品取引所から招待状をいただいた。同取引所が十一月一日、東京穀取方式で輸入大豆の相場を建て売買を開始する。そのレセプションの招待状で、これは各穀取理事長、全商連、全協連、取引所、協会役員の主だった人に送られたが一体なん人出席するだろう。

香港商品取引所での輸入大豆の商いは、初めは日系ブローカーの御祝儀もあって出来ようが、東京穀取の相場がいまのように、投機筋の魅力にほど遠い状態では、香港市場独自の相場変動に期待が持てない限り、市場は機能しないかもしれない。

要するに東京穀取の相場がどう動くかを、香港で思惑するようなものだから、東穀相場が動かなければ香港も駄目になる。

一時、日本の取引員が心配した、香港商品取引所のブローカー(仲買人)が日本に支店を出し日本で無制限に投機を勧誘すればこれは大変な事になる。だが現行商品取引所法では取引員が心配したようなことにはならないそうである。

それにしても、シカゴ大豆や小麦の相場を証拠金さえ積めば東京で仕掛けることが出来るそうだ。日本の取引所の上場商品が投機の妙味に欠けるようなら、商品相場が好きな人なら、注文を受けてくれるところが確りして信用のある店であれば日本円やドルの売買、ゴールド、シュガーなど外国の取引所相場に投機の場を求めてもおかしくない。

取引所の国際化だとか、産業、流通業界とのつながりとか、ともかく業界の新聞雑誌の新年号の理事長挨拶文は、お題目ばかり、来る年、来る年変わりばえがしなかったけれど、いまや自然発生的なゴールド市場が日本全国に定着し、取引所行政のお目付け役の通産省をしても、それがブラックであろうとなかろうと手がつけられない。

そういう激動期の商取業界に、香港商品取引所が、日本の商品市場と、なんらかの関連を持つようになったことは、新年の理事長挨拶文が書きやすくなったのか書きにくくなったのか知らないが、ほとんどの人は読まないものだけにどうでもよいが困ってしまうのは、下書きをつくる事務局であろうと同情する。

などと言っているのも相場の強弱書きようがないからで、困った市場、困った相場をほっておいて香港にでも行ってみようか。

●編集部註
 火盗改役長谷川平蔵は、在任時に銭相場の儲けで人足寄場の資金を捻出。これ以降、老中松平定信から疎まれるようになる。
 事程左様に為政者と相場との相性は今も昔も悪い。
 市場を下に見ているというか、舐めている。最初は好調でも、後々倍以上のツケを払う羽目になる。