昭和の風林史(昭和五七年九月二十二日掲載分)

2018年10月18日

老人呆け症的小豆の市場

老人呆け症というのがあるけれど、小豆市場もだんだんそんなふうになってきた。

神戸生糸取引所は超法規だそうで定款・業務規定、理事会無視の、半ば狂乱状況の20日だった。巷では『ひどい取引所もあったものだ』と、その暴挙にあきれかえった。

三木滝蔵時代の神糸取は貧乏していても毅然として品位と権威を保っていたが、今回の件(前場二節が終わったあと前場一節の値段で大量の抜け解け商い)は、その裏に、なにかがあったわけだが、そのなにかが、なんであろうと取引所がブラックまがいに身を陥しては世も末である。

ところで小豆市場のほうだが、〝新しい血〟が入らぬから精気がない。

もともと今の小豆は五体満足でない四限月。無理のできるわけがない。

まして取引所不信感を持っている玄人中の玄人ばかりが、食わんがために相場している姿である。

こんな時に、相場が上に行ける道理がない。

しかも市場管理面が一段と厳しくなろうとしている。

板垣死せども自由は死せずといったが、板崎去りて規制強化す。えらい置きみやげである。

業界は、どこか狂っている。お祓いして全協連主催・お祭り拝拝(ぱいぱい)が必要かもしれない。

小豆にしても手亡の市場みたいになりつつある。二枚三枚玉の出具合いで百円も値が高下して、段々人は寄りつかない。

そのようにしていてドカ下げ一発で、負け組は市場を去り、残った勝ち組どうしで、また銭のむしりあいゲーム。だから場は淋れるばかり。こんな市場に誰がした―と星の流れに卦でも立ててみなければ。

●編集部註
 認知症であるとか、アルツハイマーといった用語は、まだこの頃人口に膾炙していなかった。
 痴呆症とも呼ばれていなかったような気がする。また、呆けるのは老人だけであると見なされていたような気もする。映画「私の頭の中の消しゴム」が韓国で公開されるのは2004年。若年性の認知症が世に知られるのは、もう少し先の話である。
 この頃の〝呆け〟は、有吉佐和子が1972年に発表した「恍惚の人」から来るイメージが強いと思われる。翌73年には森繁久彌主演で映画化されヒットし、その翌年に出版元の新潮社は神楽坂にこの本の収益で新たにビルを建てたとされる。
 別名「恍惚ビル」と呼ばれたこの新潮社別館に、当節巷で話題の新潮45の編集部があった。
 今回の騒動、どうも長い年月を経て、中で働く社員の一部も恍惚化してしまったのかも知れない。

昭和の風林史(昭和五七年九月二十一日掲載分)

2018年10月17日

玄人筋は強気の小豆だが

薄商いだ。玉の出具合いで高下する。上昇力のない小豆は、下げ落ちるだけである。

生糸市場のほうは買い大玉と売り大手の抜け解け合いということで一般市場利用者は、密室での取り引きに嫌気している。一体どうなっているのか、さっぱり判らん。

こんな、まやかしのインチキ市場は玉がほどけてしまうと誰も相手にせんだろう。要するに生糸取引所滅亡の前の狂宴である。

小豆は百九万俵(九月一日現在)収穫予想の数字を基準にして強弱判断のところ。

どちらかというと玄人筋が強気である。

帯広のサヤつきが悪い。立ち枯れが出ている―等々。

しかし、相場の地合いからいうと、トレンドを上向きにしたがっているが実に頼りない。

商いの薄いところを煽るつもりで手をふれば、ある程度値は吊れても、実勢がついてこない。

相場は相場に聞け。これしかない。極力相場は相場に聞くようにしたい。

もう霜による怖さもない。絶対安心とまではいかないが、収穫期は年々早くなっている。

東西取り組み合計は漸増して四万枚を越えた。

解け合い当時二万三千枚だった。限月が建つごとに微増してきたが、今月新甫から四千枚ふえている。

大衆売りの自己玉買い。大衆売りの玄人買い。特に西市場は小豆に対する根強い投機層が多い。そして、これが相場上手ときているから店が食われる。

ともあれ週間棒も今週が日柄の分岐点である。はきはきした動きになろう。

●編集部註
 自己玉の必要性については理解出来るのだが、何も知らない素人は「向い玉と何が違うのか」となるだろう。
 そもそも向い玉など素人は知らないだろう、というツッコミを入れる人は漫画を読んだ事がないのだろう。全19巻、1600万部売れた「ナニワ金融道」の中で商品先物取引が悪徳商法のように紹介された影響力は計り知れない。この作品では、商品取引員が故意に顧客と真逆の取引を行っている事が、さも当たり前のように描かれている。
 一度ついたイメージを払しょくするのはなかなか容易ではない。〝まやかし〟の〝インチキ〟という印象がついた市場にお客さんが戻ってくるのはなかなかに難しい。
 思えば、昨今は深い思慮も読解力も洞察力もない人が「叩いても良し」と勝手に判断し、脊髄反射的にネットの世界で容易叩く事の出来る時代である。今なら大炎上案件であったといえよう。
 その時代にSNSが隆盛していたら確実に大炎上していた事件は何か―と、時々考える事がある。

昭和の風林史(昭和五七年九月二十日掲載分)

2018年10月16日

小豆売り夜道に日暮れず

輸大の売り方は薄氷踏む思い。小豆の売りは夜道に日暮れず。売ったままのんびり。

生糸の市場は変なことになった。取引員連合軍対委託者の戦争みたいに見えるが、ものの考え方のセンターが、どこか狂っているに違いない。

硬軟両派のポジショントークも激しい。『金屋は悪(わる)だ。悪は抹殺すべし』。『栗田を応援してきた取引員は大なり小なり矢弾を受けている。なぜそこまで支援しなければならないのか』。『市場機能も取引員経営者としての本分も置き忘れたかのような格闘は商取業界の信用にかかわる』。『これは役所の無能と取引所の無策によって、もたらされた業界の悲劇である。益する事なし』―と。

小豆相場のほうは引けあと発表の予想収穫高に関心が寄っていたが、発表数字がどうあろうと、相場の流れは下を向いている。

調査時点が九月一日現在ということだから、その後の天候順調を計算に入れて考えなければならない。

商いは薄いが取り組みが漸増している。取引員自己玉は買いである。これはお客が売り傾向を示す。小豆の自己玉はこれまでも曲がり屋的色彩が濃い。小豆に関する限り、お客が当たってきた。

二万九千円をドカンと割れば三万五百円の買い玉と、二万九千五百円の買い玉が投げに入るだろう。

夜道に日は暮れずという気持で売っておけばよい。

大豆のほうはアメリカ北部低温周期で21日あたり降霜被害がかなり出るだろうとシカゴが買われた。国内期近限月は嵐の前の静けさ。売り方薄氷踏む思い。

●編集部註
 平成の御代ではこの程新内閣が誕生したが、昭和のこの頃も政権の端境期であった。
 1980年、大平正芳の急死後に首相に就任した鈴木善幸は、翌年内閣改造を図るも、負債が足を引っ張った。
 当時は世界的に不況に見舞われており、日本は5~6兆円の税収不足の恐れが出て来た。
 1982年9月16日、鈴木首相はテレビで「財政非常事態宣言」を行い、徹底した歳出削減と赤字国債の増発で「未曽有の困難」を乗り切る必要がある、とした。
 手っ取り早く言えば緊縮財政で乗り切ろうとしたのだが、これに失敗。この年の11月に退陣する。
 次の首相を巡り派閥間の調整が行われたが、上手くいかず、自民党総裁選が行われ、開票の結果、当時〝政界の風見鶏〟と呼ばれていた中曽根康弘が勝利。第71代内閣総理大臣に就任する。

昭和の風林史(昭和五七年九月十七日掲載分)

2018年10月15日

空気の止まった小豆相場

商いが非常に薄い。売り方も、買い方も息をひそめている。無風の怖さを感じる。

休日明けは、空気が止まったような小豆相場。17日きょうの作況発表を待つところ。

商いは閑散などというものでない。森閑である。このような時に声を出したり、手をふると斬られる。玄人相場の怖さでもある。

相場としては上昇エネルギーはない。

いまの保合圏(九千三百円~八百円)を維持するのが精一杯である。

この保合が下に放れると九千円割れ一瞬だ。

買い建は、そのほとんどが三万円台である。

これらの玉は、まだ早霜一発を期待しているから投げられん。

そうこうするうちに収穫が進んでいく。

あとは需給相場になる。モノが売れるか売れないか。売れて当たり前、売れなければ下げるしかない。

あんまり安ければ政策面のテコ入れもあろうが、〝政策は信ずべし・信ずるべからず〟という。

もともと価格政策などというものは後手、後手になるもので、早手回しに出るべき性質のものでない。

相場が二万七千円ぐらいに落ち込んで世間が騒ぎだしてからである。

勝敗は鞘の中にありという。刀を抜いた時にはもう決着がついている。

それと同じように相場も今みたいに森閑としている時に案外勝負がついている。

七月19日安値の一本足。12限(大阪)の二万八千百六十円。

あの値を取るか、あれ以下に落とすかせんと今年の相場の大底は出来ない。

すなわち秋底である。

そのうち変化があろう。待つは仁という。待つは忍耐でもある。

霜軍営に満ちてまさに秋気清し。数行の過雁月三更という場面である。

孫子兵法支形の地。われ出でず、彼出でず。流れの変化を待つのみ。

●編集部註
 霜滿軍營秋氣清
 數行過雁月三更
 越山併得能州景
 遮莫家郷憶遠征
 この七言絶句には「九月十三夜陣中作」という題名がついている。
 作者は、上杉謙信であると言われている。
 越中・能登に侵攻、平定した謙信は1977年に七尾城を包囲。落城の2日前に詠んだとされる。
 七尾城の戦いの後、上杉軍は撤退中の織田家、柴田勝家軍を追撃。撃破する。
 その年の12月、次の遠征に向けた動員をかける。翌年3月、遠征の準備中に倒れて急死。一説には脳溢血であったという。
 もし彼が生きていればこの遠征で織田信長は倒されていたかも知れない。

昭和の風林史(昭和五七年九月十六日掲載分)

2018年10月14日

小豆は九月中にドカ安が

小豆は薄商いで玉の出具合いの押したり突いたりしていてドカ安になるだろう。

黒い九月といって、なんとなく商取業界は騒然としている。もうこれ以上、商取業界違約月間にならぬようにしてもらいたい。

小豆相場のほうは、九千円割れ→八千円割れという秋底取りの大下げ前夜という無気味なところだ。

トレンドに抵抗して三万円台に買ってはみたが、すぐ下げてボックス型の線型は、二万九千三百円~九百円の中で取り組んだ買い玉のほうに、大きな負担をかけている。

このようにしておいて、二万九千円割れは日柄で一発叩き崩されよう。

なんといっても今の小豆の売りは、判りやすい。

東西取り組み合計は漸増している。軟弱地合いの中での取り組み増加現象は、ドカ安近しを暗示しているのである。

いま、ほとんどの人たちは二万九千円割れなどあると思っていない。

まして二万八千円を割るような相場など考えていない。だから面白いのだ。

落花枝に帰らずというが枯葉の散る如くサラバ三万円。はらはらと、この相場は安くなるはずだ。

ふと思い出したが、大穀事件に火がついたのが一昨年の九月12日。二年前の今時分、黒い九月で騒然だった。

二カ月前の今時分、三穀取の立会停止で大混乱。

光陰は箭(や)の如く過ぎ去る。まさしく今荒城の夜半の月だ。天上影は変らねど栄枯は移る世の姿。

生糸、乾繭市場のほうに気が行っているから、小豆の商いは薄い。少しの玉で上下動している。まあ、こんなことをしていて本格的収穫シーズンに入れば、急げ幌馬車もう日が暮れる。

●編集部註
 1982年9月16日の東京小豆の出来高は12 79枚。総取組高は1万 8661枚である。
 その3カ月前、同年6月16日の東京小豆の出来高は2949枚。総取組高は4万1994枚であったので、確かに薄商いになっている。
 ただ意地悪な言い方になるが、これで薄商いというなら今の商いはどうなんだ、という事になる。 今年、東京小豆で最も総取組が膨らんだのは3月13日の1636枚。おおよそ月イチで300枚程度の出来高を記録する以外は、ほぼ100枚以下の商いである。
 もっと酷い有様なのが東京一般大豆。口に出すのも恥ずかしいレベルの出来高と取組になっている。これでは幾らと取引所が頑張っても無理だ。
 この原因は明らかに今の政府にある。育てようという気持ちがないのだ。

昭和の風林史(昭和五七年九月十四日掲載分)

2018年10月11日

小豆の下値は意外に深い

小豆は七月19日の下値をとりに行くだろう。要するに秋底をつくるための下げだ。

小豆の高値掴みの人は、12日の日曜の台風18号進路を夜遅くまでテレビに張りついて、よしこれなら産地直撃、週明けS高かも―と期待したことであろう。

確かに北海道二番限月はS高付けたが、被害もなかったようで消費地相場は、よく知っている。

高値?みの玉が逃げられるほど、相場に戻す力はなかった。

今回の台風18号が日曜でなく、あれが相場の立っている日だったら、もう少し買ったかもしれない。

ということは、買い方にツキがない。

相場の世界でなにが一番悲しいかといって、このツキが離れるほど悲惨なものはない。

この七月に潰れた桑名筋にしても去年は10年ぶりに戻ってきたツキだった。

これを大切にしなかったがため今年に入って延々と苦戦して遂には店二軒を飛ばし業界に多大な迷惑をかけてしまった。

いま生糸市場で似たようなことを栗田氏がやっている。彼からもツキが離れている。

四斗樽一杯の才能よりも盃一杯の幸運が勝るのが人生であり相場である。

ツキが離れた時は無理をせず、腕をこまねいて放つなかれ。日暮れて道遠しだが、忍の一字しかない。

二万九千円は割れないとみる人の多い小豆だが、割るときゃ一発雨ん中。

三万円は傘。二万九千円を割るために戻したようなものかもしれない。

大幅増反、豊作相場を出しきっていないこと。

三万円台の因果玉が整理されていないこと。

景気がよくないこと。

そんなことで、収穫が進めば、大根どきの大根相場。

買い玉の大掃除で二万八千円を割っているかもしれないと思う。七月19日の安値は必らずとりに行く。

●編集部註
 鍋島高明氏がこれまで何冊にもわたって書き綴られておられる歴代の相場師たちの評伝を見ると、つくづく引き際の難しさを感じる。勝ち逃げという表現はするべきではないかも知れないが、最後の最後で一敗地に塗れるケースが少なくない。
 勝利者は、大概相場から離れて別の分野に移っているケースが多い。鍋島氏の著作を読むと「え、この人相場張ってたのか」という人物が登場する。
 繰り返す諸行無常―。
 相場とは関係ないが、この日グレース・ケリーが自動車事故で死んだ。
 ヒッチコック作品のヒロインとして頻繁に出演した彼女は、1956年に引退。モナコ公国の公妃になっていた。

昭和の風林史(昭和五七年九月十三日掲載分)

2018年10月10日

今週は輸大期近上昇週間

この輸大前二本は押した幅のまず倍返しがみえている。小豆は、つるべ落としだ。

風林が生糸を書くようでは世も末だ。などといわれた。ほんまや。そう思う。とどのあげくは商取業界違約月間。生糸の角田が危ないという話は前々からあった。取引員経営者として相場の張り過ぎである。七月に京丹、川村のオーナーが小豆の張り過ぎで逆境一発場勘払えず業界に迷惑をかけた。

みんなで違約は怖くないという風潮は、商取業界の信用を落とすばかりだ。

取引所も取引所だ。三木滝蔵氏健在ならば、こんな馬鹿なことにはならなかっただろうと思う。

役所も、あの伊藤課長というのは、なにをしているのだろう。確りしてもらわなければ困る。彼に小豆問題の時、電話したら、えらい腹立ててもの言いよったが、市場利用者は、呆くら行政にもっと腹立てている。

さて、小豆だが、ホクレンの百三万九千俵収穫予想は、ちょっとおかしい。

第一、相場様が、ウッソダーといっている。

三井物産から送ってくれた十勝の小豆の写真を見ると、まるでバナナの房である。こんなの見たこともない。百四十万俵は多すぎるという人もあるが冗談ではない百五十万いくかもしれないよと。

それなら次期枠零でもよいが、そうもいくまい。

市場は、七色パッチの神戸のKさんもそうだが、三万五百円ないし八百円まで戻すだろうと大層強い。

しかしKさんの強弱は、五秒過ぎたらどう変化するから判らんから、その場限りとしておいたほうがよい。

それはそれとして輸入大豆の強いのは、これいかに。期近大阪当面五千円目標がいわれる。今週は輸大週間になろう。

●編集部註
 やはり、悪口は知性と教養があった方が良い。
 〝呆くら〟とは素晴らしい表現である。平成の御代にこの言葉をネット検索してもすぐに出てこないところがまた良い。ネットで出てこなくてもたった3文字で罵詈雑言感が出ている。なかなかこうはいかない。
 凡人だとこういう時には〝ぼんくら〟を使いたがる。漢字だと「盆暗」。賭博用語で盆の上での勝負で目利きが暗い者(即ち下手くそ)の事を指すのが語源。ただ、これだと少々生々しすぎる。
 盆の上で勝負する度胸さえなく、呆けているくせにエラそう―。そんな感じが〝呆くら〟の3文字に凝縮されている。
 〝呆くら〟行政は今も昔も変わっていない。腹は立ちっぱなしである。

昭和の風林史(昭和五七年九月十一日掲載分)

2018年10月09日

小豆戻り待ちに戻りなし

来週は小豆崩れ、輸大期近高のリズムが戻ってくるだろう。そのような足どり。

小豆相場の強く見せるあたりは、高値掴みで引かされている(逆境にある)買い玉の最後の逃げ場になると思う。

といって、三万五百円どころや三万一千円台の買い玉に救いのボートがくるわけでない。

高値の買い玉持って頑張っている人にとって、相場が強張ると、今少し、もうちょっと―と欲が出る。

相場用語で「戻り待ちに戻りなし」という。

だから大勢、大局を見きわめたら「見切り千両」がよい。この見切りが、なかなかできないところが相場の奥の深さであろう。

だいたい豊作相場を出したとみるのが今の強気である。筆者は、こんなことで豊作相場とはいえないと思う。

次期枠の絞り込みとか、ホクレンのテコ入れとか政策面に期待する向きもあるが、この政策というものは、たえずあと追いになる。相場は先見性の先取りだから、二万七千円ぐらいに落ち込んでから政策が相場に響いてこよう。

トレンドは非常に鮮明な肩下がりの中にある。

それでいて東西取り組みが漸増している。これを逆ウォッチのケイ線でいうと、ドカ下げ接近となる。

ともかく売っておいて怖くないという相場だ。それにもかかわらず買いたい人が多い。

高値おぼえというのか、値頃観なのか判らないが、安易な気持ちで買っていると真空斬りというか、脳天からお臍まで、真空唐竹割りで声出す間もあるまい。

輸入大豆のほうは、来週からが本格上昇である。8日のS安で東京先限は八月15日安値を五十円下回ったが大阪先限八百八十円は八月14日安値顔合せが頑強。

期近二本は時限爆弾で新ポの高値を抜いてから追っても間に合うという相場つきである。

●編集部註
 買い方で、しかも罫線読みの思考法になると、ここでの記述をハイそうですかと納得はしないだろう。もっとも相場のような不確定要素満載の事象に納得もへったくれもないのだが…。
 9月の相場を、7月からの安値切り上がりの保合い場面と見たら、ここは押し目となる。ただ、保合い故、この相場は放れてみなければ判らない。
 奇しくもこの日、東宝が創立50周年記念作品の「幻の湖」が公開された。
 七人の侍等、黒澤明の大半の作品の脚本を手掛けた橋本忍が製作、原作、脚本、監督を務めたこの作品、ぶっ飛んだ内容に後にカルト映画になるが、公開時、東京では公開2週間で打ち切りとなる歴史的大失敗作となった。

昭和の風林史(昭和五七年九月十日掲載分)

2018年10月05日

小豆も生糸もつるべ落し

小豆売り、生糸売りどっちが速いかである。秋の日は、つるべ落としで下げにけり。

小豆相場は二万九千円割れの抵抗ラインを九千三百円あたりに敷いて防戦している格好である。

これは、ある特定の筋だとか、誰それが意識してやっているのではなく、いわゆる万人のみる目の値頃観である。

商いのほうは薄いから三百円幅、四百円幅は、まるで宙に浮いていて、安い時もそのぐらいはストンとくるし、また、戻す時も三、四百円は行ってしまう。

このようにして時間の経過を待っているわけだ。

相場の流れとしては大勢も大局も売りの中にある。確かに理屈をこねれば二万九千円以下は具合いの悪い値段かもしれないが、相場というのは一に人気、二に場勘戦争である。

理屈はそうであっても、相場は聞く耳もたない時がある。

二万九千円割れ→八千円割れという場面は、そのような人気の片寄りによって可能である。

要するに三万円台の買い玉の場勘攻めからくる投げによるものだ。

電話で問い合せの多いのは三万一千円台の買い玉で、そのような玉は助かりっこない。当面強くみせるところは、売っていかなければ、いつ真空斬りにあうか判らない。

輸入大豆は期近二本の需給が買い方に味方している。早やければ明日、遅くとも週明けから強い基調を表示するだろう。

生糸は買い大手と機関店のバイカイ付け替えが目立った。

買い方は時に利非ず。

横神地場筋の売りが利食い専念だった。

生糸は抜け解け合いがよくあるので皆さん用心する。

だから、ともかく利食い先行だ。しかし、なに一ツ解消したわけでない。

四千五百円→四千三百円目標の彼岸底人気である。線型も話にならない。

●編集部註
 〝横神地場筋〟と聞いて初めはピンと来なかった。
 その後で横浜と神戸という事に気付く。
 横浜が幕末に開港した当初、生糸は横浜港の主力商品であった。
 三渓園を造営した原家の末裔、原善三郎。横浜松坂屋の前進を経営していた元木惣兵衛に並び、生糸商の吉田幸兵衛などが今の横浜を発展させた。
 大正時代、生糸の取り扱いにおいて、横浜に並ぶ規模であったのが神戸であった。
 港町神戸のシンボルの一つとして今も残っているのが1927年に建設された旧神戸市立生糸検査所である。
 横浜にも、神戸にも昔は商品取引所があった。
 今はもうない。

昭和の風林史(昭和五七年九月九日掲載分)

2018年10月04日

やっぱり小豆は大勢売り

生糸売りが速そうだ。小豆は、やはり大勢売りの相場。輸大の期近は押し目とみる。

小豆は道東部移輸出協会が全道百四十万俵収穫予想を出して豊作人気が滲透している。

単純な計算として反収四俵、農家手取り二万五千円なら10万円ある―という見方をして、消費地二万七千円相場を考える。

それも一理あるわけだが、農水省もホクレンも相場のだだ下りは困る。

だからホクレンあたり、安いところの定期を買って歯止めをかけよう。

また、相場というものは、仕手崩れでもない限り一本道の下げはない。

いまのところ、三万一千円台の買い玉の整理が強要されている格好だ。

一巡投げるものが投げ終われば相場のアヤとして戻すだろうが、所詮、大勢下げ道中の戻りに過ぎない。

いま反省すべきは、大局下げの中のアヤ戻りを行きがけの駄賃として取ろうとしたことでコミズがかかった。

相場とは、大きな流れに乗って、他のことを考えるべきでなかった。

そう考えると、目先的に、どれほど戻すかではなく、二万九千円を割り込んできたら、三万円どころの買い玉の投げが山崩れのようになり、彼岸前後で、豊作相場、即ち秋底をつくるかもしれない。

輸入大豆はシカゴ安と隣の小豆安の人気につられて売りが売りを呼ぶというショック的下げだった。

東京輸大先限の百八十円は先月15日の安値顔合わせで両足つきの二点底型。

期近限月は七百円ないし九百円も一本棒で上がっただけに、この押し目は竹のフシである。

需給が緩和されたわけでない。要するに、ふるい落としみたいなものと思う。

生糸の線型は八月6日完全天井で、これは悪い。

神戸10・11限の四千九百円あたり、抵抗なく取りにいく崩れに入った。

●編集部註
 今から10年近く前、須田泰成という作家が「兵庫のおじさん」というアニメを作った。一部は今も動画サイトで見る事が出来る。「兵庫のおじさん」「政見放送」の二語で検索して、その動画を見てみると良い。日本の先物取引がどういう笑いのネタとして弄られているかがわかる。これは想像だが、その弄りの素地はこの頃の相場変動にあると見る。
 そしてこれも想像だが、あそこで弄り返せるネタがあれば、もう少し日本の商品市場は隆盛を誇っていたかも知れない。
 古くは二条河原の落書に代表されるように、笑いは時として核心を突く鋭利な刃物と化す。