昭和の風林史(昭和五七年三月五日掲載分)

2018年03月26日

ひっそり閑と息ひそめて

藤原清輔は、ながらへばまたこの頃やしのばれむ、憂しと見し世ぞ今は恋しき―と。

『なんとかなりませんか』と張り付いてしまった小豆に悲鳴をあげる。

『五千円は岩盤なんでしょうかね?』と。

強弱語るものなし。ある人は、このような膠着状態で天候相場までいくのじゃないか?と。

それはまた、春の日は伸びたとはいえ、あまりにも気の長い話だ。

大阪の穀取と協会が輸入大豆市場の振興キャンペーン中だが、手数料が抜けない動きでは、どうしたもんだろう。

国際金相場がジリ安の時代である。あの物価高に火をつけたオイルでさえ、値下がりしている。

世界的不況が浸透して大不況の前兆などと、おどかされる。

普通は市場振興策などやろうとする時分になると、不思議に活気がよみがえるものだが、まだ辛抱が足りないのか。それともシカゴが悪いのか。

値千金の春の宵、日経の堤氏と近くの呑み屋で、どうなんだろうねこの小豆―と。彼『上に五、七百円持っていくと下げやすくなる。逆に、下へ五、七百円落とすと、上げやすくなる。そんなふうな相場じゃなかろうか?』と。

ほとんどが商社マンの部課長クラスがカウンターで飲んでいるこの店も、近頃なんでこんなに閑になったのでしょうという。

客種はよい。お酒は加茂鶴の樽。おでんはうまい。お勘定は安い。少し遅くいくと入れなかったのに。

金の相場も崩れるご時勢に小豆の値だけが突っ張る道理はないと思うのが人情。

おでん屋でさえ閑だから、小豆市場も閑になって当たり前かと思うのであるが困ったものである。

●編集部註
 米国市場は1979年10月にボルカーショックがあった。その3カ月後の翌年1月、NY金相場は当時の史上最高値を更新後大きく下げる。同年3月まで下落後に反転上昇した相場は、9月に2番天井をつけて長期下降トレンドに転換。82年6月まで下げ続ける。つまりこの当時は金が〝陰極〟直前の時間帯である。
 この流れにドル/円相場の動きを重ねると面白い。81年1月頃、為替市場は1㌦=200前後で推移していた。82年10月頃、1㌦=277円まで円安になっている。3月は1㌦=240円前後。
 ドル/円相場とNY金との間には3カ月程度のズレがあるが、この年は節目の時間帯であった。

昭和の風林史(昭和五七年三月四日掲載分)

2018年03月23日

潮時くれば勝手に崩れる

相場は人為の及ばざるものなりという事を知っておれば、下がる時がくれば下がる。

ひさかたの光のどけき春の日に小豆の相場のたりのたり。

商いが薄いということは、投機の食欲がないわけで、食欲がないのは体調が悪いか、たべるものに飽きがきたかである。ものをたべないと体力が弱る。セールスも単品取引員も、これでは困る。

上がるか、下がるか相場の居場所が大きく変わると、おカズも変わって食欲が出る。出来高は、食欲のバロメーターである。

上昇トレンドから相場は踏みはずす格好になった。しかし取引員の自己玉の買いが大き過ぎる。
取引員側からいえば今の小豆のポジションは上げ賛成になる。

期近限月も売り方は玉負けである。渡す品物が読めているあいだは、売り方まるでガダルカナル島の制空権を握られた日本軍。

人の話によると、なにによらずモノの売れ行きが極端に悪いそうだ。それは手軽な一杯飲み屋でさえ閑だという。国会が野党の減税要求で審議が止まるのも、国民生活の苦しさのあらわれである。

物の売れない時に小豆だけ売れるはずがない。

そのように思うから相場を売っておこうと考える。

しかし市場理論では、内部要因が下げさせない。

相場というものは、下がる時には自然勝手に下がるものだが、それには時期、潮時がある。

見ていると、どうやらその潮時が来たみたいだ。

売っている人から電話が多い。相場が百円、二百円高いと気になるらしいが、その節の出来高をご覧になれば判ることです。それは実の値でなく虚の値だから、すぐ下がります。春の天井打っています―と。

●編集部註
 まさか現役の相場師に小豆相場で本歌取りされるとは、紀友則も思わなかっただろう。紀友則は、土佐日記の作者、紀貫之のいとこにあたる。
 昨今、競技かるたを舞台にした漫画が評判を呼び、映画化され話題になっているので〝ひさかたの―〟で、ポンと下の句が出て来る人は多いだろう。
 功利主義や合理主義が偏重される世の中になると、古典や教養としての文学の類が白眼視される傾向が。斎藤緑雨も筆は一本箸は二本と自嘲する。現在もその傾向が強い。世界的に反教養主義が席巻しているように見える。 
だが、人はパンのみにて生きるに非ずともいう。何事も、無駄なところにヒントは眠っている。
 経済本を読むくらいなら、絵の一枚でも観て感性を養った方が良い、と古参の相場師に言われた事を思い出す。

昭和の風林史(昭和五七年三月三日掲載分)

2018年03月22日

弥生三月相場の崩れどき

三月は下げなければ相場にならない。下げてみて、やはり悪かった実勢を知るだろう。

相場が激しく動くのは、なにかに期待した時か、その期待が、はずれた時のどちらかである。

小豆各節の商いは細々としたもので、僅かな玉で高下する。

現在は、あまり期待もしないかわり、期待はずれともいえず、硬軟模様眺めだからしようがない。

強気は五千円以下は立ち入り禁止と決めている。

はじめの立ち入り禁止は三千円以下ということだった。いつの間にか四千円になり五千円になった。

これは相場世界で日常茶飯事。去年の高値も当初三万八千円が目標だった。

それが四万円になり、四万二千円になった。

言うは易く、実行は難し。

いま、五千円以下は立ち入り禁止の五千円を割ってきたら、人気はどのようになるだろう。

いよいよ本崩れ始まるとばかり売ってくれば、これは摑まるかもしれない。

逆に、やれやれの利食い先行と、値頃観や仕手期待感で買ってくれば、その時は四千円の踏み板を破るかもしれない。相場なんて、そんなものである。

実勢はどうか?。小豆の実勢は悪い。悪いのに下がらんのは、定期が玉負けしているからだ。逆ザヤがそれを教えている。

このような相場は前(当限)から崩れてきたら、ひとたまりもない。

先三本のサヤ関係を見ていると、サヤすべり現象である。先安暗示だ。

買い方にすれば、坂から転がり落ちようとする相場の歯止めは先を強引に買うしかない。しかし効果はないだろう。とにかく重い。

●編集部註
 個人的に無限月の東京金スポットを中心に取引しているせいか、昔よりもサヤの存在をあまり意識しなくなった気がする。
 基本的に商品先物相場は現物があってこそ成立する。現物は、倉庫にある。倉庫会社は預かっている現物に対して倉荷証券を発行。受け渡し時、受け手にはこの証券がやってくる。倉庫会社が現物を保管している間保管料が発生し、先物価格にはこの金額が反映されるので、本来なら保管期間が長い期先限月の方が高い。これが順ザヤという。これが需給の変化で逆パターンになる事が。これが逆ザヤである。これ以外に、おかめザヤや天狗サヤ等サヤを利用した取引が有効活用され、サヤ取りの専門書が昔は多く出版されていた気がする。
 ただ、これらの戦術はしっかりと商いがあって初めて成立する。薄商いではどうしようもない。

昭和の風林史(昭和五七年三月二日掲載分)

2018年03月20日

依然春の天井圏内にあり

三角旗(ペナント)は上か下に離れる信号。春の需要一巡で相場はひと息入れよう。

小豆相場の新ポの動きは、今月相場の運命を暗示しているみたいだった。

二月10日と23日の罫線高値を結ぶと肩下がりの斜線になる。

二月17日と25日の安値を斜線で結ぶと、ここに綺麗な三角旗ができる。

アメリカの罫線では、どちらか(上か下)に離れるところだからペナントは用心しろと教える。

強気は五千円以下はあり得ないという信念で買っている。

弱気は六千円以上はないと見ている。

二月中の相場はこの千円幅の圏内で推移したが三月は、そうもいくまい。

ものごとにはバランスというものがある。

罫線は、バランスの美を保つ芸術である。

線を上に持っていって二月10日の高値を抜くと、これは七千円に行く可能性甚だ大なりと判断するのが線の美学である。

逆に17日の安値(大阪なら四千八百円)を割ってくると、二月中に取り組んだ買い玉が悲しみになり四千円そこそこまで、バランス安定のために下げると見るのが過去の経験である。

過去の経験といえば、小豆には小豆の習性がある。

去年は二月24日(そしてもう一度四月30日)に春の天井を打った。

その前の年は三月5日に春の天井。そのもう一ツ前の年(54年)は二月16日。

過去五年間、二月か三月に天井している。

今年も多分似たような波動になるだろう。

これは時間の重圧である。また、春の需要が一巡したあとの相場の呼吸でもある。人為の及ばざる世界にわけ入るのだ。ペナント(三角旗)に注目。

●編集部註
 分け入っても分け入っても青い山―と、山頭火の句のような相場展開には決してならない。保合いは必ずどこかで終わる。
 もっとも心理面は別だ。ど高値で買いを作り、損切りせず、我慢に我慢を重ねたその果てに、ど安値で売りを作って両建てにすると、分け入っても分け入っても相場心理は〝捨てきれない荷物のおもさまへうしろ〟となってしまう事はあるだろう。
 三角保合いは、大きなものをトライアングル、小さなものをペナントと呼ぶ。どっちだって良いじゃないか、という方もいらっしゃるだろう。ただ前者と後者とでは放れた時の影響が違う。この2月から3月頭にかけての保合いは、ペナントであったかも知れない。しかし、そこから春にかけて更に大きなトライアングルを形成してゆく。
 山道は身が軽い方が楽と相場が決まっている。しかし、ペナントからトライングルへの移行期でしばしば「捨てきれない」荷物を抱えてしまうのだ。

昭和の風林史(昭和五七年三月一日掲載分)

2018年03月19日

春なれや春眠暁を覚えず

強気は強気。弱気は弱気。のたりのたりの春の海だが、閑な時ほど油断は禁物である。

落花生業界は乱売・投げ売りだという。

自由化まぬがれずと見ている。

小豆の世界は自由化なんともいえないという。

閑な市場になった。期近限月を盛んに買う手筋が目立つぐらいだ。

週間棒は皮肉な線だ。

線といえば、トレンドも微妙、微妙のところを、つたい歩きしている。

それはまるで誰かが線づくりをしているふうでもある。いま一歩のところで上昇トレンドを踏みはずすかと思うと上に持っていく。

次期枠については通常・大型が言われているが、二千万㌦程度では三万五千円以下の値は依然聖域であるという人気。

売って駄目なら買うしかないが、買っても駄目だから商いが閑になる。

春日遅遅として進まず、うららかな顔で黒板の前に閑な相場を見ていても新規は出ない。

春宵の一刻は価千金であり、春眠は暁を覚えず。

六千円は傘。五千円は抵抗。この千円幅の中にいる時間が長くなれば相場は悪い。

春需要の手当ては終わっている。現物ザラ場の売りものは嵩むが買い手がない。

強くみえるのは玉負けしている定期の期近だけ。しかしこれも、月々五千㌧の輸入が続けば知らず知らず重さがのしかかる。

漱石は猫はねずみを獲るのを忘れて―と書いたが、いまの相場を見ていると、そのようなふうに感じる。持ち下げならず、煮ても焼いてもであり、箸にも棒にもかからずとなる。

しかし、これも相場、あれも相場。流れる水は先を競わず。待てば海路の日和かな。相場金言にもある。待つは仁―と。

●編集部註
 日本国内の作家の著作権は死後50年。従って、夏目漱石の著作権はとうの昔に切れている。
 青空文庫は、著作権が切れた作家のテキストを公開した電子図書館で、漱石の作品はここで読む事が出来、調べてみた。
 猫が出て来るので「吾輩は猫である」かと思ったら「草枕」であった。
 〝春は眠くなる。猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂の居所さえ忘れて正体なくなる〟。
 ここに〝智に働けば角が立つ…〟で始まる有名な冒頭のくだりを加えると、眼前の相場に何を言いたかったかが判るかと。
 著作権が消え、本年1月から著作が自由に使えるようになった人物の中に、漱石とよく対比される森鴎外の長男が入っているというのが面白い。 彼以外に「二十四の瞳」の壷井栄や「樅の木は残った」の山本周五郎も今年著作権が消えた。

昭和の風林史(昭和五七年二月二十七日掲載分)

2018年03月16日

下げる時は一発である!!

ファンダメンタリストは理路整然と曲る。という地点にさしかかっているふうである。

相場師は過去を、ふり向かない男であるが社会の仕組み上、窓をあけて突き進んだところは嫌でも埋めにいかなければならない。好運の時、すべからくふり返ってみよ―というのはこの事をいうのだろう。思わぬ伏兵に気が滅入ることかもしれないが、勝海舟は「人間心が萎(な)えたらいかん」と教えている。特に相場社会の人は気の持ちかた一ツで逆境を乗り切ってきた人ばかりだ。

ところで小豆相場は六千円が傘で五千円が下値抵抗なら千円圏内の押したり突いたりだが、これで日柄を食うと下に抜ける。

いまは、定期の期近が玉負けしている。

これは台湾ものは実需に直行するからだ。また、証券をほどいてしまったこともある。従って、前は、買えば素直に上がる。

しかし先のほうは通常発券、大型枠予想などから輸入商社も儲かるうちに成約し、ヘッジしておく。

それと、昨年10月以来、来る月々に五千㌧台の輸入小豆が通関している。

北海小豆の凶作で年間六万㌧の輸入が必要といわれたが、なるほどキチンと月五千㌧。二月も三月も、そして四月もまずこのペースだと、やはり先の限月は重くなる。

更に買い方、時限爆弾は自由化問題。これがスッキリするまで枕を高くして眠れない。

線型は二月10日天井、二月23日戻り天井。そして先月17日の安値を深く切り込んでくるとなだれ現象。

まだあの上値で叩き込んだ強力売り線の週間棒が生きているのである。

商いは薄い。しかし、上昇トレンドに別れを告げようとしている。

●編集部註
 良くも悪くも商品先物取引には取引期限がある。
昨今は無限月取引が出来る銘柄が登場しているのだが、農産品となるとそうはいかない。債券取引が償還期限で価格が変わるように、農産品にも旧穀と新穀とで価格が変わるし、シカゴ市場で最近見られたように倉庫を巡る争奪戦が価格に影響を与える時もある。
 本文で登場する〝証券をほどく〟という言葉は、倉荷証券から恐らく来ている。今も昔も、倉荷証券は株券や国債と同様に充用有価証券として有効であり、貴金属取引は倉荷証券を充用して取引すると、色々と有利に働く印象が筆者にはある。現物保有者は強いのだ。
 残念ながら農産品の倉荷証券を扱った事がないので何とも言えないが、賞味期限がある物だけに、想像を絶する駆け引きが繰り広げられていた事は想像に難くない。

昭和の風林史(昭和五七年二月二十六日掲載分)

2018年03月15日

気づいた時には落しあな

知らず知らず安心強気になってしまったその裏側の落とし穴というものは、案外深いもの。

相場が強いということが人々の印象に定着すると、少し安いと買いたくなるし、かなり安くても買い方の力を頼りにして、いわば値頃観で買う。

三万五千円以下は聖域で、そのような値段は今の需給からいって、あり得ない―という強気の考えかたは、これは信念である。

そして誰もが、知らず知らずのうちに、その気になってしまう。これが言うところの日柄の怖さである。

人の噂も七十五日と昔から言われる。相場の世界は“三月(つき)またがり60日”でひと思惑。

75日といい、60日といい、人間生活のリズムのひと区切りになる日数であろう。

人間は、きょうを中心に過ぎた日の記憶は、きのう、おとつい、さきおとつい―と三日をふり返れるし、あした、あさって、しあさってと、これも三日できょうをいれて都合七日が一応生活の単位。それが一週間になる。

相場にしても来る日、来る日が強くて今度こそ安いと思って売ると?まれば条件反射で安くても売らなくなる。このような人気作用の積み重ねが相場にとって、もっとも油断ならない。

よく、ファンダメンタリストは理路整然と(相場に)曲がる―といわれる。

これなど典型的な人気作用の裏側の落とし穴にはまった現象である。

相場が強ばっているあいだは現物市場も仮需要で、実需の現象を無視するが、相場がひとたび緩んでくると、現実が表面に出る。

昔から値は荷を呼ぶという。期近三万六千円という高い値段が、当たり前のような気になって、なお上だ、上だと上ばかり見ている状況は心もとなかった。

需給に勝る材料なしだが、相場のすべては日柄なり―を心すべきであろう。

●編集部註
 勝つ時もあれば、負ける時もある。
 相場に勝ち続ける事は決して出来ない。しかし不思議な事に、負けに負け続けてしまう経験は結構あるのは何故だろう。
 チャーチストが、そろそろ三角保合いの線形を意識し始める時間帯に入って来た。まだ、小石崩れの線形は登場していない。この手のテクニカル要因はファンダメンタルからは出て来ない。あくまで現場の空気である。
 相場の日柄も大事だが、取引の日柄も大事である。取引を始めて終わるまでの時間は人それぞれ。短期取引が向いている人が長期取引に臨むと失敗する確率が高く、逆もまた真なりで、存外このあたりに連敗の原因がある。

昭和の風林史(昭和五七年二月二十五日掲載分)

2018年03月14日

先のほうの限月は重たい

自由化問題と次期枠問題。そして輸入成約数量など次元の高い材料が錯綜している。

鈴木総理発言とは裏腹に、農水省は農産物の市場開放に応じる―という流動的な姿勢を示したことから手亡相場は崩れたが、雑豆自由化の場合でも米国に関係ない小豆はIQ制度を残すかもしれずこの辺が、行政ではなく政治の領域だけに目下のところ予測は難かしい。

小豆当限納会は渡し物薄で買い方は楽な幕引きだったが、次期枠通常発券が予想され、しかも二千万㌦ないしそれ以上の金額が計上されるのではないかと予想されだした。

農水省畑振では三千七百五十万㌦の大型枠発券で需給は緩むと予想していたようだが、昨今の需給タイト観→四、五月品枯れ予想→相場四万円説などから実需筋の突き上げもあって、期末在庫25万俵前後を一応の目標にしたヒアリングになりそう。

そのようなことから二千万㌦~それ以上という金額が市場に流れる。

もう一ツは定期の供用格差問題。これは農水省商業課の分野になるが、北海小豆増反推進のためには、どうしても定期供用格差の手直しが必要である。

この場合、早い話、天津の一万円~一万三千円格差という考え方も議論され、二万円時代に決めた現在の供用格差が実情に適しているとはいえず、早急に洗い直さなければならない。

農水省畑振としては、三月末までに北海道生産者は今年度農業計画の八割~九割を決めることから小豆増反のためには早急な施策を示さなければならない。

さて、相場のほうは買う気で買えば先限六千円抜けは一発であるし、売り方、気が持てんという水準は六千三、四百円どころ。

それだけに、千円上の六千七百円なしとしないが、状況が状況だけに、そのような展開になれば反動安は期して待つものがある。

●編集部註
 ジリジリと三角保合いの線形が出来上がりつつある。こうしてファンダメンタルズで積み重ねられたロジックを横目に、罫線を見るというのは非常に面白い。
 後々にこの相場は「三角保合い下放れ」と「小石崩れ」の線形がまとめてやって来るテクニカルのお手本のような線形が出現する。〝二度ある事は三度ある〟〝三度目の正直〟の発想が存外テクニカル分析の要諦かも知れない。
 その真骨頂がサイクル分析だと筆者は思う。
 サイクルは相場だけに限定されるものではない。歴史もまたサイクルだ。紀元前6世紀頃の哲学者が「万物は流転する」と喝破した。その頃から人は何も変わっていない。

昭和の風林史(昭和五七年二月二十四日掲載分)

2018年03月13日

納会つれ高の先限は売り

前二本は需給タイト気味で締まっても先の限月は、そうもいくまい。次期枠多い模様。

東京金取引所の第二回、第三回の会員資格審査で、第一回の時は審査基準が厳し過ぎたから、今度は申請があって基準にそうところは、どんどん認め、24日の理事会にかける。なお、第四回は三月三日を予定しているが、第二次までに決まった会員の中から、いよいよ取引員をピックアップ(26日取引員申請受け付け)し、これがセレクトされて役所に上がる。

だから、会員資格を得られなかったところは、当然、取引員の資格を得る権利を持たない。

かなりの数の会員が狭き門に最後の追い込みをかける。その熾(し)烈さは言語を絶するという。

小豆相場のほうは、『農産物の自由化これ以上は困難』鈴木総理発言で買い方は愁眉をひらいた。政治家の発言は掴みどころがないから難かしい。

〔―だから政策は信ずべし、されど信ずるべからず〕という金言が生まれる。

小豆当限は高納会という。物があって物がない、これは買い方の制空権下にあるからだ。

中国小豆の成約進行、そして次期枠の早期発券機運。買い方は、もう千丁ほど居所を上に持っていきたい。しかし六千円あたりは赤ランプが点滅する。

政策は信ずべし、されど信ずるべからず。畑振の癇癪玉を破裂させてもいけない。そこが難かしい。

商いのほうは白らけたふうで薄い。手口の薄い節で買い方が煽って抜ける。

売っている人は、これが強い相場に見える。実と見せて虚。虚と見せて実は孫子の兵法だが、実勢は果たして強いのか。

判らん判らんもう判らん―は金の取引員の顔ぶれが決まった時に落ちたところが発する言葉だが、小豆相場の弱気がいま、その言葉を口にしだした。

●編集部註
 虚と見せて実―。
 江戸川乱歩の名言の中に「現世(うつし世)は夢、夜の夢こそ真(まこと)」というものがある。
 小豆のような生産地市場が開店休業状態になって、為替の影響をまともに受ける消費者市場中心の取引になった今の日本の商品先物市場は、草木も眠る丑三つ時こそが真の値動きになっている。
 先日、為替会社のオンラインセミナーの講師としてカメラの前に座ったが、会場入りは夜21時。毎月、雇用統計の日はメディアも含め各所で識者がコメンテーターとして登場する。これも同じ頃にスタジオ入りする。
 昔と違って取引時間が格段に長くなった。為替取引では24時間を3分割した8時間足が分析チャートとして存外有効になっている。

昭和の風林史(昭和五七年二月二十三日掲載分)

2018年03月12日

前の高値近辺は重要警戒

三段上げに入ったと見る側と、戻り天井取りにいくと見る側とで強弱は二分される。

小豆は押し目完了で七千円目標という強い人気に、売っている側は怪我の少ないうちに逃げておこうという気になる。

しかし一方では二月10日の高値近辺は売り場だという信念の弱気もいる。

相場強弱は自由で義理だてする必要はない。自分がこうだと思ったら方針を押し通す。いやそうじゃない、この相場、やはり強いと思えば、ポジションをその場で変えればよい。

そして、迷わば休め、判らない時は離脱せよと昔から教えているのだから、判らん時は身を退けばよい。

確かに相場は上昇トレンドの中にある。見方によれば三段上げ開始の姿で七千円、八千円があるかもしれない大局線だ。

反面、六千円どころは先般役所から警告のブザーが鳴らされている。

これは次期枠問題に絡んでこようし、行政指導による輸入の積極化も考えられる事である。

またIQ制度の廃止問題にしても、つきまとう。

買い方は、相場はどうにでも出来ると思っているかもしれないが、そんなものではない。
人、天に勝って天定まり、天定まることにより人を制す。これは、とりもなおさず日柄である。

去年の11月19日二番底入れから五千円余、八月大天井に対して三分の二戻し、日柄は三月(つき)またがり六十余日。

相場定石からいえば、春の相場の天井圏と見るところでなかろうか。

いまの相場を買うということは少なくとも七千円相場を想定してのことである。強弱は、もとより自由であるが、火中の栗を拾うようにも思える。

●編集部註
 先日も述べたが、マドは罫線に咲いた相場の華である。
 本邦では酒田五法における「三空」等がマドの活用法として有名だが、ジョン・J・マーフィーの書いた『先物市場のテクニカル分析』読むと、マド(GAP)はコモン・ギャップ、ランナウェイ・ギャップ、ブレイクアウェイ・ギャップ、イグゾーション・ギャップ等々複数に分類されている。
 82年2月10日、年初来高値を記録した相場はその前後でマドが出来ており、これはアイランド・リバーサル・トップと呼ばれるマドの応用形。上記の文章が紙面を飾る頃に、相場はこの離れ小島のマドを埋める。
 概してマドはサポート&レジスタンスとなりやすく、埋まるとヤレヤレの反転が生じやすい。
 実際、この時も相場はマドを埋めた後に反落。ただ、そこから約半月かけて三角保合いを形成。放れ待ちの展開になる。