昭和の風林史(昭和五七年二月二十二日掲載分)

2018年03月09日

目先買うほどに重くなる

やみくもに買えばよいというものではない。相場に呼吸あり。下げるところは下げるべし。

金取引所の第二次会員に落ちたら、もう駄目だという悲愴感が取引員経営者にあって、業界の空気は異常だ。すでに第一次会員決定し、取引員資格も、まずまず大丈夫だろうというところは一歩、二歩と駒をすすめている。

それにしても足切りは当業者資格の売買実績(量)と回数など、建前としてのふるい落としの口実が実に巧みに使われ、店によってはこれが無念の涙である。

さればと強行突破するにも時間切れ寸前。状況把握に、とんだ死角があったようだ。泣くに泣けないくやしさをぶちまけるのである。

小豆相場のほうは、中国小豆の成約は量的に相場を圧迫するものでないという空気だ。

五千円以下は立ち入り禁止という強気のムード。

五千円割れを大衆筋が少々売り込んだ格好。これが?まったみたいだ。

買い店のボスたち強気氏は『風林が弱気を書けば書くほど、買い方のあと押しするようなもので、弱気を書くのは、強気の味方である』と皮肉られる。

逆も真なりで確かにそれはいえる。市場のパワーは強気の制空権下にある。だから安値を売ると掴まる。

さりとてどうだろう、六千円を抜く時期ではない。

当限は、これは別だ。

次期枠ゆとりある金額で早期発券説は、とりもなおさず自由化の歯止めという政治的含みもあろう。

相場としてはこのあたりで保合いに入り日柄を横に食うと、あとが重くなる。四千八百円処の急所は上にもっていってから落とさないと割りにくいし六千円の傘を突き抜けるには、四千円そこそこまで落とさないと上げられない。

上げる相場というものは必らず下げるべきところで下げている。それは去年の小豆を見てもいえる。今は下げる時だ。

●編集部註
 まだ、筆者が商品会社で営業マンとして働いていたころ、上記のような風潮が実際にあった。
 後々、罫線で振り返って大きな流れを見ると指摘は当たっているのだが、なにせこちらは戦場の最前線に立つ一兵卒。局地戦やゲリラ戦を戦っているので目先の数字しか見えていない。
 短期売買中心の相場師と長期売買中心の投機家は、人間であるという共通項以外、目の前の相場に対する思考と指向が全く違う。別の生物と思った方が良い?。その昔、古参の相場師にこう言われた事を思い出した。そうなると、市場には短期の買い方と売り方、長期の買い方と売り方の4タイプの取引参加者がいる事になる。存外、自分がどのタイプか判っていない人が多い。筆者自身がそうであった。

昭和の風林史(昭和五七年二月十九日掲載分)

2018年03月08日

急所の反撃だが戻り売り

買い方の反撃である程度反発するが、買っただけ悪くなりはしないか。六千円は傘だ。

17日は東京金取引所の第一次会員36社が決定して、まだあと第二次、第三次発表はあるものの名前が落ちていたところは電撃的ショックだった。

金現物売買の実績が最低25㎏あたりに線引きしての足切りだ―といわれ、大金会や名金会のペーパー取引は実績にならない。

第一次メンバーを見て大阪は完全に情報不足の感を強くした。あわてて田中貴金属の現物を買ってきたり、超大物政治家にはたらきかけたり、なんとしても、会員加入の第一関門をパスしないことには社員に対しても経営者の責任を問われる。

その点、東京は、政治の中心だけに、かなり適切な手が打たれてきたようだが、主流派から遠いところは第二次、三次も危ういという情報が流れ、これから最後の追い込みがかかる。

会員決定でこの騒ぎだから取引員決定前後には、かなりの騒ぎが予測され時には国会問題に発展するかもしれない様相を呈した。

さて、小豆相場のほうは急所と見ての買い方巻き返しがきつかった。

値頃的にも五千円割れは引かされて三、五百円という安心感がある。

当限納会は高いという予測が支配しているから敢えて売らない。否、売り玉の手仕舞いのほうが急がれる。

折りから中国小豆の商談が進みだした。量的に外貨枠の関係もあって相場圧迫の材料にはなるまいという空気である。

しかし、再度買い上げて六千円抜けという場面は罫線面には理想の三段上げコースに入るわけだが、行政主導期だけに、あるいは自由化問題未解決だけに、次期枠ゆとりのある通常発巻という材料を呼び出すことにもなる。

買い方のパワーで戻しても、これが垂れてくると下げ方が今度こそきつくなるだろう。

●編集部註
 逆説的というか、皮肉というべきか、あの豊田商事があれほど社会問題に発展していなかったら、金上場は実現しなかったか、実現したとしても上場が遅くなっていたように思っているのは筆者だけであろうか。
 それにしても、よくぞ今現在までこの銘柄が取引商品として生き残ったと思っている。これまで官民共に、余程優秀な人達がこの相場の運営に携わっっていたのだと思う。お店が長く続くにはお客様だけの力だけではどうにもならないものがある。
 話は変わるが、食材とお客様に愛と情熱のない人達が、目先の金に目が眩み、打算と小銭稼ぎで始めたような呑み喰い処はすぐわかる。
 物珍しさで開店当初は満員御礼となるが、そのうちに閑古鳥が泣き、いつの間にか閉店している。

昭和の風林史(昭和五七年二月十八日掲載分)

2018年03月07日

悪さは尾を引いて長びく

下げは今週一杯だという見方が多いから、悪さは尾を引いて長びくかもしれない。

一匹狼の歩合セールスを使わせたら天下一品といわれるK氏の口ぐせは『商品セールスは評論家でないのだ。また過去の栄光は、なんの価値もない。あるのはいま、なん枚の(お客さんの)玉を持っているかだ。しかも、幾ら利が乗っているかだけである。君はいま現役か(相場戦線にあるのか)。小豆でいえば五百丁引かされたらこれはもう黒星だ。勝ち星なら次の展開をどう考えているのか―』と。

小豆で千丁引かされて理くつや気やすめいっているようなセールスは客から電話切られて失格だ。それほど厳しいのです―と。

K氏は大正のロマンを持っていると自分ではいう。これまでボロボロのセールスを幾人もピカピカに仕上げてきた影武者でもある。それだけにいうことは筋金が入っていて気持がよい。よれよれのセールスもシャンとする。

彼も浮き沈みは激しく決して報われているとは思えないが、自分の人生は、こんなものだと達観しているところが好きである。

小豆相場は二月10日天井打ちなのか、それとも押し目なのか迷っている人が多い。押し目と見る人は三万六千円以上にまた買われるという期待感がある。

しかし残念ながらこの相場は春の天井している。

去年の二月の下げは短期だったが、あの時と今は水準も違うし、環境も違う。

要するに、買い過ぎと日柄の両方で、上げた分を消す段階に入っている。

碁でいうと打ち過ぎた石が死んでいる。これは捨て石とは違う。

相場が相場を壊すのを自壊作用という。

買い方の存在を怖がっているから売らない。この現象も一種の相場自壊である。下は浅いという人が多いだけに思いもよらぬ下げになるのではなかろうか。

●編集部註
 過去の風林火山を掲載して数年。温故知新というか、今回のような先人の言葉をもう一度、商品先物取引に現在携わっておられる方々にお読み戴けて良かったと思う。
 やれスマートベータだ、AIだと新しいものを貴ぶ風潮は相場に限らずどこにでもあるが、新しいものほど消えるのも早いというのは、長く生きていると身に沁みて感じる。
 今は亡き名匠、横井軍平氏は「枯れた技術の水平思考」という独自の哲学で、ホコリをかぶっているものの、消えずに残っている技術を生かしてヒット商品を生んだ。
 かくありたいものだ。

昭和の風林史(昭和五七年二月十七日掲載分)

2018年03月06日

春暖の候なだれ警戒警報

買い方が徐々にシビレてくるだろう。将棋でいえば指し過ぎのとがめのようなもの。

敢えて売るという人は少ない。むしろ押し目を買いたい人の多い小豆相場で強気の余韻がまだ市場を支配している。

買い方が買い煽ればいうことをきく―と思っている。一時的には、そうかもしれないが、流れは徐々に変わっている。

先限(大阪)の四千六百円=四百円あたりが、押し目の限度とする見方が常識になっていた。
今の下げを押し目と読んでいる人にとっては、そのあたり確かに急所だ。

しかし、春相場の天井とみるなら生糸が去年二月5日、今年二月8日。乾繭は去年二月10日、今年二月3日。小豆は去年二月24日、今年二月10日―となる。

去年二月24日は三万二千六百円台の低い水準だったが、三万円割れの二千九百丁を下げ三月9日底。

強気は、せいぜい千五百丁~二千丁の押しだろうとたかをくくっている。
しかし、この相場は買い方の自壊作用で、場合によると三千丁崩しにつながる。

上げ幅の半値の四千四百円ラインを割ると、筆者のトレンドは三千八百円を取りにいくことになる。

台湾が日本の消費物資五百九十品目全面輸入禁止―は対日貿易赤字に対する強硬措置で、日本の対応次第では更に厳しい第二段の輸入禁止もあり得る―と。

小豆の自由化は、とんでもないところに伏兵がいた。

輸入禁止された業界は、政治の力を使うだろう。

小豆ぐらい台湾からどんどん買ったらどうか―と。

外貨を使わず逆に定期を買うような三品を外割ホルダーから除外すべきだという声が高まっている。

●編集部註
 後々チャートで振り返ると、この時点で当時の主力商品であった小豆相場は、長期相場サイクルの2番天井をつけていた。
現在の主力商品である金の上場はこの年だが、あと一カ月先の話である。
 株式市場も日経平均株価が8000円の壁に挟まれて下降を開始した。この壁が破られるのは翌83年の春まで待たなければならない。
 世情は未曽有のホテル火災と心を患った機長が逆噴射して東京湾に突っ込んだニュースで持ち切りになっている。
 全体的に重く、暗く、閉塞感が漂っている。
 明るい話はないのかなと色々な年表をひろげてみると、この月にタイガースが復活していた。野球ではなく、GSのタイガースである。
 そういえば、ザ・ベストテンで彼らが歌っていた事を思い出した。

昭和の風林史(昭和五七年二月十六日掲載分)

2018年03月05日

春の相場の天井打ち現象

強気が多い―という現象は相場はこれから安いことを示すもので春の天井確認である。

小豆は押し目と見ている人が多い。

自由化の問題はさて置くとして、次期枠通常発券なら、相場の方向は下だ。

ヨーロッパ、アメリカだけでなく台湾も日本に対して市場開放を、きつく要求している。これは小豆の自由化に直接響こう。

現物問屋筋や商社小豆担当者は、一種異様な雰囲気の中にあるという。

また、ザラバの売りがふえだしているのも、なにかの兆候をとらえて無気味な現象である。

農水省商業課のとらえかたは、去年の10月の三万円大台割れ寸前の安徽小豆パニック時の、ちょうど逆現象(三万六千円乗せ)と見ているようだ。実需筋からの畑振に対する突き上げがきつい事。大型発券にもかかわらず品物が薄いのは、三晶が定期(大阪、名古屋市場で)買って、外貨を使っていない(輸入に消極的)ためだ―。また仕手筋の買い占め(玉の偏在)が、値を吊り上げている―。

北海小豆は五万五千円もして、生産者にとっては不足のない値を付けた。
次は実需筋に行政の目を向けてくれ―と日毎に圧力がきつくなっている。

上げた分の半値下げ地点が大阪先限で四千四百円。取り組みが減少しているのが買い方の泣きどころ。

市場では今週末の休日に買い方連合がゴルフコンペ。来週からの相場作戦が焦点になろう―と。

罫線筋は納会前後に急反騰して、二番天井を取りにいくという見方もある。

いまは買い方も気迷いである。強引に上げれば自由化騒ぎを大きくするだけ。行政面でも必らず圧力がかかる。いまは上げる段階ではない。これは戦術ではなく戦略である。

テクニカルでは、春特有の二段上げ短命相場と見て戻り売り段階。週間足は天井打ちを示していた。

●編集部註
 ファンダメンタル分析は、ロジックの積み重ねであると筆者は考えている。必ずしも、重ねたロジック通りに相場が進行するとは限らない。当たれば大きいが、外れると総崩れになる。所謂「理路整然と曲がる」とはこの事を指している。
 テクニカル分析は、データしか見ない。ここで指摘されている〝一種異様な雰囲気〟は全てデータの中に織り込まれている。
 実際に相場と対峙して感じるのは、ファンダメンタル分析よりもテクニカル分析の方がノイズが少ないという点である。
 定石を外したり、ありえない選択をする時は、大概ノイズに惑わされていた事が後々に判る。
 相場勝利の最大の鍵はノイズ除去だといえる。

昭和の風林史(昭和五七年二月十五日掲載分)

2018年02月28日

大暴落線が出現している

火の粉をかぶっても買い屋は一目散、早や逃げが勝ち。大暴落線が不気味に出現。

週末(土曜)の小豆寄り付きが、すべてを物語っていた。

この相場死にました。

相場は相場に聞け―というのは、ここのところをいうのである。

自由化問題のくすぶりは余りにも異常である。

国政レベルの対米判断と自民党内部抗争が絡まり抜き打ち的に実施される可能性も十分あり得る―とみる段階で、十中八、九自由化間違いなしと四、五日前から断言する人もある。

行政レベルとしては、次期枠通常発券で対応するしかない。

北海小豆は六万円近い値が付いているのだから生産者に不足はないはずだ。

小豆の線型は天井打ち、暴落線が出ている。

自由化により価格体系が土台から崩れるかもしれない時に、今までの考えは通用しない。

大の虫を生かすため小の虫を殺す論法は日本の政治家のお家芸である。その時小豆は五千丁幅真空逆さ落としで値が付くまい。

買い方は利食いした余裕資金がある。流れの変化に気がつかず、これで下値を買い支えようというような戦術に出ると、買うだけ買わしたあと、お腹に響くような下げが、ズボッと入るだろう。

国破れて山河ありという。城春にして草木深し。

週末の引け味、これが非常に悪い。

なにかがある。それは無気味というしかない。政党筋の売りか?。政商筋の売りか。見えぬものを見、聞こえぬものを聞くのが相場師ならば、一本の線、針の畳に落ちた音に慄然とす。

相場が相場を壊しだしたのだ。それは日柄の食い過ぎである。買い方が墓穴を掘る。一目散、早逃げが勝ちのところ。

まず二千丁下げの四千円割れまでは早いだろう。考えるのはそれからだ。

●編集部註
 窓、マド、GAP…。呼び名は色々あるけれど、マドは相場の華である。
 古今東西、相場の世界には様々なチャートが存在するが、マドは共通。重要なサインとなる。
 「この相場死にました」とまで言い切った原因は、当時の東京小豆の日足を見ると判る。2月9~10日にかけて3万6000円を上回っていた相場が翌週にマドを空けて下降。この時点で僅か40円だが真空地帯が出来、離れ小島が出現。海外ではアイランドリバーサルトップと呼ばれる線形だ。
 この場合、反騰しても高値が更新されない限りマドが埋められると反落する運命が待っている。
 チャーチストの売り方は恐らく、このチャートパターンが出た時に「しめた」と思った筈。
 古来、売りは「断行熟慮」であると言われている。

昭和の風林史(昭和五七年二月十三日掲載分)

2018年02月27日

上げた分だけ消すだろう

小豆相場は天井した。買い方が相場を崩すコースに入った。当分は上げた分を消す。

農水省の役人が、また小豆相場の価格に対して発言したらしい。価格に介入するな―といっているのに困った役人だ。

相場は役人がつべこべ言わなくても下がるところに来ていた。

二段上げの天井なのか、三段上げをしない春の相場の天井なのか、それは判らないが、ともかく天井を打った小豆相場だ。

取り組みが急減していることは、エネルギーを燃焼したと判断する。

だから、高値で買い玉をひろげた分が、因果玉となって、投げを強要されるまで下げよう。

いわゆる真空斬りである。

これは相場が相場を壊しはじめた姿である。買い方が相場を崩すわけだ。

煎れを出し尽くしたという事。五千円抜けからの相場は買い方の煽りもあったが九日の夜放れ高は完全な踏み上げだった。

煎れ出尽くしの相場は一種の骸(むくろ)である。

さて、どのあたりまで下げるか。トレンドからみると四千二百円あたりが急所になる。

三千三百円を上げた。その半値押しである。

去年の十一月安値から五千三百円ほどを上げた。だからその半値押しと見るなら三千四百円地点。

四千円抜けからの二千丁高は、さながら春天井を打ちに先を急いだ格好だ。

春は需給相場であるが多分に腕力が仕勝った仕手要素の濃い展開になった。

それだけに実需不振を見て見ぬ、危険性を持った仮需であった。その反動は日柄の食い過ぎで表面化した。

そしてこの下げで押し目買い人気になってくれれば下値は更に深くなる。

●編集部註
 官製相場に逆らうな―。
 よく言われる格言だが、お上が市場に口を出すと、大概ロクな事がない。
 江戸時代の米相場で、八代将軍徳川吉宗は米価に悩まされ続けたという。市場介入を目論むも、それが後々ブーメランのようになって返ってくる。
 高橋是清は市場原理を理解していた稀有な存在として、金融恐慌の鎮静化に貢献したが、理解しない人に殺された。
 平成の御代ではお上が株式市場で株式を買いに買っている。また築地にある中央卸売市場を豊洲に移転させて跡地を不動産市場や建設市場に乗せようとしている。
 繰り返すが、お上が市場に口を出すと、大概ロクな事がない。後々ブーメランのようになって返ってくる。
 恐らく、近い将来その咎めを受ける事になろう。そして真っ先に被害を受けるのは無辜の民である。

昭和の風林史(昭和五七年二月十二日掲載分)

2018年02月26日

まだまだはもうもうなり

実勢も一種の仮需である。消費は現実に停滞している。どこかで目が醒める時がくる。

小豆相場は引き継ぎ線で三千円上げて、千円押して、そこからまた三千円上げた。

だからこれで二段上げ完了で、千円ないし千五百円押して三段上げに持ち込むだろうという見方がある。

ともあれ先限六千円は応分の値である。

取引員自己玉の買いは四日をピークにして急減している。煎れる人は煎れた。

九日夕方は、売って頑張っている読者から、多数の電話があった。

気がもう持てないギリギリの精神状態であることが判る。このような時は転換が近い。これは過去の経験だから―と。ここまで辛抱したのなら、もうひとふんばり。胸突き八丁一番苦しいところだが、相場が相場を壊しはじめる―と。

なにも弱気に転換せんでもよいのにわざわざ曲がりに行ったみたいだった。

新年号にも春相場の大局六千五百円をマークし、雑誌(商品先物市場)も、コモディティオピニオン誌にも罫線トレンドまで記入して、六千五百円に印をつけて強気のはずが、毎日書く原稿ともなると、ここから一番おいしいところの急所で転換したのだから、なんともいえない。相場の難しさであり、未熟さであり、馬鹿馬鹿しさである。

曲がった以上は曲がりかたがある。新聞は曲がっている人たちが真剣に読む。それは気やすめであり、その日一日のワラ一本であるかもしれない。そのためにも、あやふやに曲がってはいけない。曲がる以上は徹底して曲がることである。

その苦痛から逃れようとしてはいけないと思う。

もうはまだかもしれないが、まだは断じてもうである。

●編集部註
 ビギナーズラックというが、これは、必ずしも初心者が幸運に恵まれている、という事を意味するものではない。
 恐らく、運はあるにはあるのだろう。それは恐らく、怖さを知らない故に素直に相場と対峙する事が運を呼び込むという解釈が出来る。
 相場は、知れば知るほど行動する事を躊躇する。知ってしまったが故に、ノイズに悩ませてしまう。
 テクニカル的に王道ともいえる買いシグナルが出ていても、これと矛盾するファンダメンタル要因というノイズに悩まされて、結局は動けなかったという経験をした事はないだろうか。
 筆者はある。
 ファンダメンタルズなんぞ何の役にも立たない、と言い切ってテクニカル一本で乗り切っていく事は可能だ。恐らく、その逆もまた真なりといえる。そういう相場師が筆者の周りには沢山いる。ただ、最終的にはトライ&エラ ーの繰り返しなのである。

昭和の風林史(昭和五七年二月十日掲載分)

2018年02月23日

相場が相場を壊す地点が

玉負けの売り方は相場自身の疲れを待つしかない。相場が相場を壊す地点があるはず。

節分が過ぎて九紫火星戌の年になり、月は五黄土星の寅。

ホテルの火事や航空機事故など、おだやかだった一月とは、うってかわって惨事が続く。

小豆相場のほうも一月下旬から、にわかに荒々しくなった。

相場の基調は緩まない。こういう足取りが売って引かされている人にとっては一番こたえる。

値頃が値頃だし、時期が時期だけに踏みにくい。

気がついたら千円、千五百円幅がやられている。

大阪先限六千百円は三分の二戻し地点。

夏は人気相場で、春は実勢相場。在庫がたまらないから、期近限月は軽い。しかも安値の売り込み玉が煎れているから、買い方は実に楽な戦いである。

誰もが、押し目を入れてよいところと見る。

押しても浅いという考えが支配している。

相場基調に、なんの変化もないという強味。

しかしどこかでこの相場も天井する。現物の売れ行きは非常に悪い。それなのに高いということは理想買いである。

もう一ツは、売り方の玉負けだ。買い方の市場での力が売り方に勝っているのだから、持っていかれても仕方ない。

これは理屈ではないですよという。乾繭相場だって、見てごらん。政府の意向ですね。

小豆も作付け面積の増反運動の一環でしょう。

曲がっている側は不利なポジションから離脱するか、男は黙って忍の一字のどちらかしかない。

気やすめ、神だのみ、毎日が地獄の苦しみである。

●編集部註
 小豆相場に限らず、商品先物取引の悲しみは取引に期限がある事である。
 今でこそ限月のない金や白金が日本でも上場されているが、農産品はそうはいかない、砂糖のように劣化しにくい銘柄は別にして、旧穀と新穀など限月間の価格差やそれに関連するサヤの変動に注意しなければならない。 元来、穀物相場は綺麗な周期性がチャートに現れる事が少なくない。この周期性に則って実際に取引参入するも、取引限月やサヤの変動で時間切れとなり、泣く泣く玉を処分してしまった経験をした相場師は、存外少なくないと思われる。
 そんな相場師の悲しみなど知るよしもなく、チャートは綺麗なシグナルを描く。この日の高値がしばらく続いた小豆の上げ相場の終わりの始まりであるという事を知っている人は、この時誰も知らない。翌年夏前にいったん急騰するものの、その上げは長くは続かず、1985年12月まで下落が続く。この時の最安値は東京市場で9970円。下落率44.9%である。

昭和の風林史(昭和五七年二月九日掲載分)

2018年02月22日

ゆさぶりがきつくなろう

波の荒い海域に入った。上昇角度が鋭角になったから、先限六千円抜けは売り急所。

小豆相場は期近限月から弾けている。在庫がふえないから売り方も二千丁替え引かされては踏まざるを得ない。

先限のほうは六千円乗せの三分の二戻し地点が売るなら急所である。

取引員自己玉の買いは七千八百枚をオーバーして記録である。ということは、大衆の値頃観による売りものが、あとを断たない証拠でもある。

近年の小豆相場は五百円引かされたら負けである。二千丁、三千丁引かされても頑張るという人は、稀にはいる。去年の七月、八月のあのきつい相場の火の中をくぐり抜けてきた人もいるが、増証と追証と、そして新規売り乗せの資金は、守りは(生き残るには)三倍の兵力ではなく攻めの四倍、五倍の資力を要す。

相場根性のある向きは、春相場の天井は毎年ある。天候と作柄が絡む夏の相場とは違うから辛抱第一と頑張っている。

また、これは一種の仕手相場で腕力だ。力でねじ伏せているが、一方では日柄を食い過ぎている。

出来高も3日、5日と煎れが出たし、上昇角度が相場終盤の鋭角帯に入った。

強気としては五千円台を買う以上七千円、八千円が目標であろうが、七千円、八千円台は昨年夏でさえ取引所や役所が大騒ぎした。あの時は建玉制限までいいだしたのに今回は黙っているということもなかろう。もし自己玉が買いだから、なにもいわないということなら、この世は闇だ。

それはそれとして、ぼつぼつ波の荒い海域に入るのでなかろうか。

筆者は曲がり屋だからなにをいっても始まらないが、もうすぐ流れが変わろう。

 ●編集部註
 ホテルニュージャパンの火災が鎮火してからまだ24時間も経過していない昭和五七年二月九日午前九時前、福岡から飛んで来た大型旅客機が羽田空港沖の東京湾に墜落。機首がポッキリと折れた。

乗員・乗客合わせて24名が死亡。149名が負傷。生存者で無傷なのは1名だけという惨事に、前日の火災で働き詰めであった東京消防庁は「泣き面に蜂」であったと思う。

 この事故は、心を患った機長が起こしたという点が話題に。着陸寸前でエンジンを逆噴射させ、滑走路手前で機体を急降下させた機長の異常行動に気付いた副操縦士が、羽交い絞めにして機長ごと操縦桿を引き、機体を水平にする事に成功していなければ、犠牲者はもっと増えていたとされる。

 「心身症」と「逆噴射」は当時の流行語になり、2つは同義語の如く扱われた事があった。

 2日連続で惨事が続き、当時の世情はしばらく不穏な空気に包まれていた記憶が筆者にはある。