昭和の風林史(昭和五七年八月十一日掲載分)

2018年09月03日

戻り新値抜けから売り場

売りたい強気で待ちの姿勢。戻り新値でワッとくれば売りたい。盆から先は安い。

妙な相場つきになったものだ。

上に行くなら行ったほうが判りやすくなる。

下げるなら下げたで、また判りやすくなる小豆だった。

商いは隣りの輸大がよく出来て、小豆は気がない。前場二節東穀小豆出来高三限月で22枚である。

閑散病という病気が出ている。これ即ち解け合い疲れである。

日足線の陽線連続を見ていると、上げたがっている姿だ。

11、12限の(大阪)八百円買い!!とくれば商いも弾むだろうが、その時は逃げたい買い玉も多いし、新規売るなら、戻り新値抜いてからと、待機組も多い。

戻り新値抜けからトントン、トーンと打ち上げていく勢いは今の小豆にはない。

これは人気が醒めているからだ。

取引員自己玉は大阪買い長。手数料抜け幅が楽な業者玉は利食いが速い。

日中教科書問題が、〝長崎国旗事件〟のようなことにならないか?

今の中国と、あの当時の中国と政治、外交の姿勢も変化しているし、鈴木内閣も妥協の外交姿勢だけに、途中のアヤは大騒ぎするけれど、それ以上に発展することはなかろう。

では産地の天候は? これとて今の段階は良くもないし、悪くもないような作柄を、一方に片寄らせる様子がない。

まずまず九分作というあたりで、ここは通り過ぎていきそう。

さすれば、今のような相場はお盆が終わるまで続いたあと、それから下げに入るだろうと思う。

●編集部註
 文中で登場する〝長崎国旗事件〟とはどんな事件であったか。
 1958年、長崎のデパートで行われた日中友好協会主催の展覧会の会場に掲げてあった中国国旗を、右翼団体に所属する人物が引きずり降ろして毀損した事件である。
 この時期、日本政府が承認している〝中国〟は中華民国(台湾)であって、1949年に建国された中華人民共和国ではなかった。これが問題を複雑化させる。右翼の男が毀損した国旗は中華人民共和国の国旗であった。
 日本の刑法には「外国国章損壊罪」があるが、未承認国の国旗にこの罪は適用されない。その結果、男には軽犯罪法が適用されたのだが、この処分に対して今度は中華人民共和国側が噛み付いた。
 日本政府に抗議し、当時の貿易関係を停止する。この状態は、実に約2年半も続いたという。
 日本政府が日中共同声明を発表し、中華民国ではなく中華人民共和国を〝中国〟として承認したのは、田中角栄が首相であった頃の1972年である。

昭和の風林史(昭和五七年八月十日掲載分)

2018年08月31日

買ってとれない相場に

いまの相場は解け合い疲れというものがでているみたいだ。高値は買い玉利食いを。

小豆相場を強気する人はあくまでも迷いがない。

しかし、信ずる者は強しというけれども、よほど作柄に異変がない限り先限の三万二千円あたりまでしか強気でも考えていないようだ。

弱気の方も、いますぐ崩れてゆくとは思っていない。

下げるための要因をつくっている段階とみている。

商いは手口をみても細々たるもので力が入らないのがわかる。

よく産地農家の手取りを基準にして、逆算した相場値段を強弱の柱にしたり、種にする見方をふり回す人もいる。

これなどナンセンスだと思う。

相場がコスト採算でわかるのなら苦労せん。

相場は人気であり、日柄である。

その上に理外の理という摩訶不思議がかぶさる。

いまの小豆の人気はご覧の通り限られた人による小すくいで、強気にも、弱気にも決め手になるものがない。

日柄は七月19日安値から反発してまだ浅いといえば浅い。

しかし、だから上にゆけるとはいえない。

若くして一生を終わるという相場だってある。

下げるのはお盆が過ぎてからになるだろう。

目先買われたところは買玉を逃げておいた方がよいと思う。

去年も、一昨年も、その前も八月天井だった。

要するに解け合い疲れというものがでている。

●編集部註
 筆致は、もうパーティー終わったみんな帰ろう、と言わんばかりである。
 パラジウムの時もそうであった。異常な相場が終わったあと、その反動ともいえるちょっとした狂騒があり、その後は静かになる。後夜祭の終わった夕方の校庭のように。
 こちらは、既にその後の相場が、ここでの警告通りの展開になるのは知っているのだが、当時の風林火山は、この時の戦場の〝におい〟から何となく察したのではないかと思っている。
 相場自体はリアリズムな世界だが、そのリアルを生き抜く上で、センチメンタリズムは一つのヒントになるのではないか。
 戦場の〝におい〟については、文禄・慶長の役、関ヶ原で奮戦すした武将、島津義弘を主人公にした池宮彰一郎の長編時代小説「島津奔る」に詳しい。
 この作品、後に盗作騒動が持ち上がり絶版・回収となったが、問題の箇所を除いても、大河ドラマの原作になってもおかしくない傑作であった。

昭和の風林史(昭和五七年八月九日掲載分)

2018年08月30日

おどま盆から先は安いぞ

強気すると苦労を買うことになる。盆が済むまでは今のような相場展開であろうが。

小豆は在庫減も響かない。

それは相場の感受性が鈍っているからで、なぜ感受性が鈍ったかというと、新しい血が入らないからだ。

取り組みは東西合計、あの安値当時から一万枚ほどふえている。

しかしこれは新しい血ではなく、七月下げ相場で勝利の後、休んでいた資金が戻ってきただけだ。

要するに仕手崩れ相場で勝ち残った人たちだけの戦いに過ぎない。

そのように考えてくると大きな相場に発展しない。これが先に行って早霜被害などの天災に打たれれば、また話は別だが、今の時点で高ければ絶好の売り場になる。

では安いか?といえば、まだ当分は下値に抵抗がある。

秋の需要期控えということ。作柄が流動的なこと。高値取り組みでないこと。在庫が減りつつあることなどから、産地天候が崩れてくれば、反撃に転ずる。

この場合、11・12限の大阪なら六百円台、27・29・3日の高値は、飛び付き買いの玉があって、この玉が手数料抜けて利が乗るようなら千円近くまで蔓を伸ばすだろう。

だが、そのあたりは売り急所になろう。

52年の八月相場を研究してみるのがよい。あの時も静岡筋が強気になったが、無残に斬られている。

今の相場は、おどま盆ぎり盆ぎり盆から先ゃおらんど。盆が終わると判りやすい下げ波動に乗る。

あとは裏山、蝉ばかりの相場。だから買い玉ある人は盆までの勝負と決めてかかることである。

決して間違っても強気になるまいぞ。

●編集部註
 〝強気になるまいぞ〟と言っている側から相場が吹き上がる。売り方に動揺が走る。やはり買いなのでは、堪え切れずに買い玉を入れる。そこがすっ天井で崩落。我慢に我慢を重ねて追証で対処、あるいは両建て延命し、挙句の果てに全落ち―。
 古今東西、銘柄を問わず、よくある負けパターンの典型である。
 大概、ピタリ予想は実勢相場とズレる。「もう少し我慢しておけば…」と悔やんだ数は計り知れず。こおした傷を無数に受けて人は学んでいくのだと思う。死にさえしなければ、どこかで勝てる。死なず、深手を負わない負け方の研究こそが肝要だ。
 ビートたけしの言葉を思い出す。皆99%努力すれば天才になれると勘違いしている。如何に努力しても1%の才能がなければ天才にはなれない。我々が出来るのはせいぜい努力くらいしかないから、努力くらいはしなければどうしようもない―。

昭和の風林史(昭和五七年八月六日掲載分)

2018年08月29日

一発高は売り場になろう

きょうあたり一発高いかもしれない。高値は利食い専心。飛び付き買い苦労のもと。

二連休を控えて小豆は、きょうあたり買いたくなる強さを見せるかもしれない波動であるが、飛び付き買いは感心せん。

作柄のほうは北見が悪い。二・五俵精一杯という見方。帯広は二・八俵~二・九俵だろう―と。

全道バラつきがひどくて平均すれば二・六俵あたりでないかとみていた。

強気は1月限に渡す品物がないというし、ここにきて12月限本命説もある。

すなわち12月には渡すべき中国小豆は姿を消す―と。

ひょっとしたら、ひょっとだと高値を考えている人は、やはり八月中・下旬の天候崩れの可能性に賭けるわけだ。

取り組みは東西合計二万三千枚まで減ったあと三万三千枚と、およそ一万枚増加している。

人気面は安いと売りたい、高いと買いたい。これは仕方がない。

ところでこの相場どのようにとらえたらよいか。

もちろん天候=作柄=人気次第だが、筆者は強気になれない。

今月の13・14日頃までは気を持たす動きだろうが、そのあとが悪いはずだ。

53年の本忠崩れの相場は二月3日天井したあと高値保合。六月崩れで八月1日底。V字反騰四千五百丁。その相場が八月3日戻り天井して九千丁下げた。

あんなふうな格好になるのではないかと思ったりする。だとすれば八月戻り天井で買うだけ買わしたあと下げ場面。

ただし、今のところは危険な細い道である。天候一発の急変なきにしもあらずだから決めつけられん。

従って高ければ(1)利食い専念。(2)天候崩れによる噴き上げは好売り場と考える。(3)人気雷同の飛び付き買い厳禁。
このように思う。どちらかというと筆者は、もう強気ではない。

●編集部註
 沖で風を読み、潮の満ち引きを眺め、そろそろ漁に出ようかと、やおら起き上がり船に向かう老練な漁師の言葉のようだ。
 相場の世界には、彼岸天井、彼岸底―という言葉があるのだが、不思議な事にお盆天井、お盆底という言葉はない。アノマリーとしては弱いのだろう。ただ、8月の中旬頃は何かと節目をつけやすい印象があるのだが…。
 話は変わるが、この時期西と東と何かがくっきりと分れる印象を覚える。 
西では8月6日や9日に祈りを捧げる人が、東では8月15日に祈りを捧げる人が多い。SNSの隆盛で、当節その傾向が更に高まった気がする。

昭和の風林史(昭和五七年八月五日掲載分)

2018年08月28日

相場が様子を見ています

上げ賛成人気だから腹五分あたりで先まわりの売りが出る。当面下も深くない。

小豆相場は気分の割りに伸びないが、上もそうなら下も気分の割りに深くない。

安い節に商いが比較的できる(手口が大きくなる)ところを売っても駄目だ。

逆に反発して強く見える節で手口が比較的大きくなったところ、例えば多分明日(6日)あたりを買ったりすると、あと嫌な思いをする。

これは、相場が産地の天候の推移と、人の気持(人気)の流れ、そして現物手持ち筋の思惑をナーバスに思惑しているからで、人間様が相場を思惑しているように見えて実は、相場様が人間の気持の手応えをはかっている。

確かにこれからの産地天候次第で先限の三万二千円があるかもしれないし、11・12限の千二百円なしとしない怖さはあるが、左程天気が悪くなければ、月の中頃あたりから平年作~九分作相場の上に、ファンダメンタルズ(需給要因)がのしかかる。

その頃までに芯の確りした強力な買い方が出現すればよいが、静岡筋あたりは、どうも小豆の水が性に相わないようで、あの手が買うと、なんだか嫌だ。

11・12限が27、28、29、3日と頭が揃って罫線が格好良くないのが気になってしょうがない。

あそこで上昇エネルギーが燃焼しては、この相場たいしたことはない。

行くなら押しを入れてすぐ七月12日の線に食い込まなければ、リズムが狂う。

相場はテンポであり、リズムでもある。

要するに現物手持ち筋が、売りたい強気であるから売りたい水準の腹八分と言いたいが、腹半分あたりで先回りの売りが出る。

この事は、もし、ヘッジできる値にとどけば、相場は、もっと上があると思わねばならん。その辺のことを考えれば判る。

●編集部註
 確かにこの相場、もう少し上がある。しかし、そこから買い方は修羅の道に進む事になる。
 わかっちゃいるけど、やめられない―という言葉は植木等主演の映画に端を発した言葉だが、硬軟を問わず、日本人、特に日本の組織論に通底する病巣かも知れない。
 1967年8月に「日本のいちばん長い日」という映画が公開された。これはわかっちゃいるけどやめられない状況を巡るドタバタ劇である。これがヒットして以降、この時期に戦争ものが公開される慣習が続いていた。 この年の8月は、東映が「大日本帝国」という上映時間3時間の大作を公開していた。

昭和の風林史(昭和五七年八月四日掲載分)

2018年08月27日

むしろ高値は利食い専念

カンカンの強気で高場を?むと苦労するだろう。人が思うほど値は伸びないとみる。

一日現在十勝地区小豆生育は並み~やや良。上川地区南部でやや不良三日遅れ、北部不良四日遅れ。

ホクレンが強い。帯広筋も積極買いだった。

玄人という玄人は皆強い。一月限に一体何を渡せるのだ?という考え。

玄人筋や現物筋を強気にさせる根拠は揃っている。それはそれでよいと思う。しかし理論と相場はまた違うものである。

一般投機家と玄人会員や業者筋の違いは手数料の抜け幅の差である。

今の小豆は玄人中の玄人ばかりのゲームであるから、手数料の抜け幅によるハンディは大きい。

もう一ツ考えておきたいのは〝新しい血〟が入らない。小豆市場の今の投機資金は同じ質のものばかりである。

という事はゼロサムゲームで売買毎に手数料分だけが減少する。

新しい資金が流入しない限り、取り組みは、ある限度までふくらむと、もう大きくならない。

目下市場では〝金屋〟の売り玉が狙われている格好だが、この筋は解け合いで利益を得たし、安値を叩いたが、上のほうの玉も多いから、まず平均三百円ぐらいの引かされかたで高値待ち、売り場待ちのようだ。簡単に踏みは取れん。

このようにみてくると、誰も彼もが安心買いしたあたりは気一杯で、11、12限の千円乗せは、利食いこそすれ飛びつき買いは感心できない。

目下のところ弱材料がない。

あるとすれば弱材料のないことが弱材料である。

●編集部註
 炭鉱のカナリア的な文章である。実際の炭鉱のカナリアは危機直前に炭鉱夫の前で亡くなって危険を知らせてくれるが、これが文章になるとそうもいかない。
 ましてや、過去に逆方向の相場展開を主張し続けた挙句、担当紙面をお詫びの言葉以外真っ白にして新聞を発行した人物の警句である。更にこういった警句が現実のものになるのは実際よりも少しズレ込む傾向がある。「またぁ、風林火山がなんか言ってらぁ」程度に読者が受け止めていたきらいは充分にある。
 幽霊と相場はさみしいところに出る―。
 多数派が冷笑気味にこのカナリヤ文を受け止めれば受け止める程、予測は現実のものになり、耳目を集めれば集めるる程、非現実になるのは皮肉としか言いようがない。

昭和の風林史(昭和五七年八月三日掲載分)

2018年08月24日

サヤ買い切れば伸びない

全般に強人気だが強気の中にも売りたい強気がまぎれ込んでいる。逆張りだろう。

今の小豆相場は、買いたい弱気と、売りたい強気にわかれる。

買いたい弱気とは三万円割れの11・12限はあってほしい。しかしその値段は買ってみたい。

売りたい強気は、1限の千五百円前後があってほしいが、あれば売りたい。

総体に市場人気は強気支持である。

しかし、相場の体質は逆張り型に入った。

二万九千八百円の三万八百円という千円幅の圏内で様子を見るところ。

現物筋は当然のことながら上げ賛成である。

繋いでいたものは、解け合いで値ザヤをもらったが、手持ち現物は九月の声を聞くまで売れない。

従って、11、12限の高いところ(三万一千円あたりから)は売りヘッジをかけたい。

しかしそれも産地の作柄次第で考えは変化する。

だから、ここ一週間、十日ほどは、片寄った一本道の相場はないように思う。

となると、閑散痛という病気がでてくる。

相場の一ツの方法に、逆ザヤならあくまでも買っていくが、順ザヤは、徹底して売っていく方法がある。

これだと、今の小豆の先限は売り対象になるわけだ。

さて、気一杯先限がサヤを買ったあとで、市場人気が一段と強くなるようなら要警戒である。

11、12限が足軽くついていくならよいが、27日、29日の頭を抜いたあたりで鈍ければ、これが高値?み玉になりかねん。

現物当業者筋が手揃いで上げ賛成ということは、上がったところを売りたいという魂胆なのだから、手放しで強気するわけにいかないと思う。

●編集部註
 幽霊と相場はさみしいところに出る―。
 上げ賛成は判るが、この時の小豆市場は一敗地に塗れた売り方の玄人筋の恩讐が充満している。本文中の〝徹底して売っていく方法が〟という部分にその片鱗が伺えるのは筆者だけであろうか。
 ヤレヤレの売りという存在も見逃せない。
 東京市場の日足を見ると、3万1000~20 00円の値位置は、7月頭に乾坤一擲で買い勝負をかけて、図らずも地獄八景亡者戯に巻き込まれし人々の玉がある部分と重なる。
 相場参加者の全員が欲望者ではない。それに7月中盤からの反騰でまだ押しらしい押しも出現していない。とりあえず、この場から退散して一旦場の様子を見ようと考えるのは孫氏の兵法だ。

昭和の風林史(昭和五七年八月二日掲載分)

2018年08月23日

閑散病という病気がでる  

安い所を叩いても取れない小豆だ。

小豆相場は三分の一押しだと九千八百三十円。

人気が強くなり過ぎたため、様子を見たいと相場さまが言う。

場面は閑散。もう少し人気を弾ませて、千五百円あたりに持ち込めば、商いもできただろうに、玄人相場だけに慎重だ。

産地天候が回復して、これなら平年作は大丈夫ということならば三万円中心の上七百円、下七百円。

この圏内での需給相場になるかもしれない。

それにしても閑散病という病気になると、少々厄介である。

甲子園の野球や、旧のお盆に入れば例年相場の方も夏休みである。

先般の仕手崩れの下げを取った人は早々と夏休み態勢である。

反対にあの崩れをまともにかぶった人は終戦処理が続いていて、一年、二年は戦線復帰できない。

相場が閑になると、やはり現物の圧迫が値段の上にでる。

重たいという感じだ。

限月が三本になったけれど、六本揃うまでは健康体とは言えない。

天候が崩れてドラマチックな展開になれば話は変わるが平年作予想ということで落ち着いたら事情は違ってこよう。

七月19日安値からの二千五百円高は暴落の単なる反動に過ぎなかったということになるから、そうなればそれまた考え方を変えなければならない。

やはり、それは八月十五日頃までの作柄と、その作柄をどのように相場が受けとめてゆくかの流れを見ることになろう。

目先は地合につられて売ってもとれない。

●編集部註
 相場は閑散。先日も触れたが、この日台風10号は愛知県に上陸。死者・行方不明者合わせて95名の被害者を出す。
 甲子園はこの週末から始まる。平成30年は10 0回記念大会らしいが、この年の決勝戦は2年連続17回目の出場となる広島商業と、3年ぶり3回目の出場を決めた名将蔦監督が率いる池田高校がぶつかった。
 古豪、広商は「コツコツと点を取って守り切る」というこれまでの甲子園での戦い方で臨んだのに対し、74年に初出場した際にメンバーが11人しかいなかった事で「さわやかイレブン」と称され、有名になった池田は、金属バットの特性を生かして緻密なプレーはせずにとにかく打ちまくる、通称「やまびこ打線」で対峙。終わってみれば12―2の大差で初優勝を決める。
 池田は翌年の春のセンバツでも優勝。夏の大会に連続出場するも、準決勝で桑田と清原がいたPL学園と対戦。0―7の完封負けを喫した。

昭和の風林史(昭和五七年七月三一日掲載分)

2018年08月22日

芯が疲れる場面に入った

叩かれると斬り返す。斬り返したと思うと叩かれる。神経性の芯疲れ場面である。

小豆の取り組み面は漸増傾向。自己玉も買い傾向。

新ポ1月限がどの程度のサヤを買って生まれるかで八月上旬相場が占われる。

場面は一にも二にも産地天候次第というところだ。三、四日遅れの開花が作柄にどう響いてくるか。

強気は三万円大台割れを初割れ買うべしの姿勢。

確かに消費地在庫は増加するが、秋風吹かば現物が動きだす。

需給即ちファンダメンタルズを重視するか、テクニカルズを重んずるかで、自らポジションも今後の相場オペレーションも違ったものになる。

27,28,29,30日の相場波調は、なんというのだろうか。

強気が急にふえたから相場は、だだをこねだしたのか。あるいは、ふるい落としをかけて身軽になろうとしているのか。

そこのところの解釈が難かしい。

相場というもの皮肉なもので、強気がふえると横を向く。

ましてお天気がらみでは思惑錯綜、煎れ投げドテンに難平意地張り、時に七色のパッチ(両建)などと、もつれたら大変。

どうなんだろうね、東京の解け合い値段が取れないのは。

この相場、せいぜい高くて三万一千五百円というのが弱気の一貫した信念。

あと高ければ難平売り上がっていくという。

強気にすれば九千円台は買い一貫。

となると今の相場は玄人中の玄人ばかりが兎の毛で衝いた隙をも見逃さばこそ、情報網を駆使して神経ばかりがとがってくるから、余程均衡破れの材料出現せぬ以上は、押したり突いたり。叩かれたと見れば斬り返し、斬り返したと思えば身を転じ、しばらくは神経性の相場展開である。

●編集部註
 のぼり坂とくだり坂に加えて〝まさか!〟が相場の世界にはあるというのは有名な話。まさかは漢字で魔坂とも書ける。好事魔多し。小豆相場はここより夏バテとなる。 素人は買いを好み、玄人は売りを好む。玄人筋は余程にこの時の溶け合いの恩讐が積もり積もっていたのではないか。そう考えると、ここからの下降局面が何となく理解出来てしまう。
 これはファンダメンタルでもなく、テクニカルでもなく、ごくごく内輪な内部要因である。分析記事には書く事のできない相場心理の問題といえるのではないか。
 外は大雨、小豆相場は夏バテで、この時の買い方は陰隠滅滅としていたのではないか。何となく、今の国内外の金相場に似ている気がする。

昭和の風林史(昭和五七年七月三十日掲載分)

2018年08月21日

無人の荒野を行くが如く

乗り遅れた人は仕方ないが弱気になるのだけはよろしくない。三万二千円がある。

八月は相場が荒れるといわれる二日新ポ。

人気のほうは迷いの霧がまだ晴れない。

産地の低温障害が表面化して、人々が騒ぎだした頃には相場水準は、もうあと軽く千円上である。

人気がやっと強くなりかけた出鼻を叩かれて、申し分ない押し目を入れた。

その押しは、抜く手も見せずの斬り返し。

これが大相場初期特有のパターンである。

普通、今のように若い相場の、しかも初押しは三倍返しとみてよい。

だいたいそのあたり、せいぜい戻して三万一千五百円と考えている人達の利食いが出ようし、板崎崩れのテープカットの水準だ。

その辺で再度押すもよし、押さぬもよし。大勢に別条ないわけだ。

そのようにして三万二千円は取りにいく。ともあれ勢いがつくから待て、しばし乗り遅れた人はホームの階段駈け抜けても列車は無情に出たあとだ。

三市場取り組みは漸増傾向。商いも六限月当時より多い。

それは相場が理に叶っているからで、押すべきところは、礼儀正しく押している。

これが過ぎた五月、六月、私の人生暗かったあの頃は、六本木操作で相場に礼儀もなにもあったものでないから限月六本あったところで商いできない。

世間様は真にお見通しだから怖い。

解け合い後、腹立てて利食い金も証拠金も持って帰ったお客さんが戻ってきた。もともと相場が好きなんだから相場さえ自然にかえれば人気は集まる。

そして本番はこれからだというのだから、心にときめきをおぼえるはずだ。

四の五の小才の利いた強弱はいらない。一本どっこ、運は天にありでよい。それが必勝の信念になる。

●編集部註
 ノーベル文学賞受賞者は、スウェーデン・アカデミーで記念講演をするのが慣例となっている。 初の日本人受賞者である川端康成が行った講演の題名は「美しい日本の私」。二人目の日本人受賞者である大江健三郎はそのタイトルをもじって「あいまいな日本の私」という題名で講演を行った。 事程左様に日本は何かとあいまいである。そのあいまいさが8月に顕著に表れるような気がする。 今日は広島に原爆が落ちた日。70年以上経っても、敗戦なのか、終戦なのか。あいまいなままにまた8月がやってきた。