昭和の風林史(昭和五九年二月二十日掲載分)

2020年03月13日

輸大は窓埋めて底探り中

輸入大豆は窓を埋めて下値固めである。シカゴがナベ底をつくれば判りやすくなる。

輸入大豆は17日夜放れ高した空間窓を埋める動きで、もしこの窓埋める動きで、もしこの窓埋めずに下五本の日足線を“捨て子”にしてしまう相場だと安値から四百円戻し→六百円戻しの激しい局面になるが、いまは(1)まだ時期的に支援材料がない。(2)取引員自己玉の売りが仕勝っている。(3)シカゴの様子と(4)中国大豆の圧迫。(5)当限納会を待ちたい―というところだけに、底値は手ざわりで判りかけたが、追う相場でなく待つ相場という見方でよいと思う。

シカゴは今月上旬の六㌦90瞬間的割れで、だいたいこれも下げの終末点に入り、しかも人気が極端に弱い。作付け面積についての予想はまだまだこれからのもので、コーンと大豆の価格絡みで農家の考えはふえもし、減りもするだろうが、投機家にしても今年の天候(作柄)に関心の集まる時期に入ることから、安値は拾っていく動きに変化するだろう。

東京銀は、74円10を買い切れば弾みがつく。戻りは商社筋の売りものをかぶるが、上場当初の安値取り組みが、そのまま上に放り上げられ大衆筋の買いは少なくとも二、三回転している。もし72円を割るような場面があれば買い難平をかける待機組が多い。

小豆は17日後場一節大穀当限引けあと30枚の店別付け替えに読者から声を荒くして電話があったが、相場に怒りは禁物。大穀の市場にいちいち腹を立てていたら身がもたんし、付け替えの裏の事情など詮索してもはじまらんのでなかろうか。要するにほとんどの人が無関心の時期である。
また、小豆の相場もトレンド定まらず、逆張り的な動きで魅力がないところ。

●編集部註
 先般、当時のNY金及びNYダウの日足を掲載したが、今回は当時の東京金と東京銀の日足を見てみたい。
 結論から先に書くが、この頃の国内金銀先物市場の価格が直近のピークであった。〝もし72円を割るような場面があれば買い難平をかける待機組が多い〟とあるが、これこそが相場あるある。5月に銀相場は70円をも割り込んでしまった。
 ただ、銀が5月に新安値を更新したのに対し、東京金は4月に新安値を更新。所謂「異市場間強気ダイバージェンス」が発生。ここで買い参入した投資家は存外多かったのではないかと思われる。
 しかし、先週の当欄でNY金のチャートをご覧になった方はお分かりのように、ここはたまゆらの上げに過ぎなかった。お初、徳兵衛、曽根崎心中なら序盤。「此の世のなごり。夜もなごり…」で始まる最後の見せ場は、まだ先の先である。

昭和の風林史(昭和五九年二月十八日掲載分)

2020年03月12日

輸大に再び投機の関心が

輸大の底値が?めたようで値固めにはいっていく段階であろう。シカゴも底値圏。

輸入大豆が大底して安値から日足で綺麗な陽線三本を立てたあと夜放れ高をした。

コントラリーオピニオン(強気指数)のシカゴは二週続いて大豆29と極端な弱人気だった。〔大豆ミール15。オイル21〕。この指数が30を割ったら要警戒とされている。百人のうち71人が弱気だったわけだ。

穀取輸大も13、14、15日が32、30、30という圧倒的な弱気支配だった。

相場はその極限において天井の時は、これ以上強いものがないほど安心買いになり、大底の時は、悲観絶望これ以上の悪さなしという現象を露呈する。

投げるものは投げて、ひとまず玉整理ができたところへ予想を大幅に下回る作付け面積の数字が判明してこれが強烈なインパクトになり、相場の好材料はあとから貨車でくるというコースになった。

週間棒もこれで大底確認。例年の一月底が二月にズレ込んだわけだ。

あと押し目があっても相場は出直ったばかりで若いから、大納会から下げた、およそ八百丁の三分の一、半値、三分の二というポイントを手がかりに再び人気が輸大に集まりそうだ。

小豆は時ならぬストップ高で『わからん』という声。あまり関心がないようで、判る人たちだけが取り組んでいる相場。昔から判らん時には手を出すなという。

銀の強気指数は55→62。金は55→50。プラチナ56→44。銀のみ強気がふえている。

目下のところ最も弱気が多いのは綿花16、小麦18で逆に強気圧倒的はガソリン76、Dマルク73で、その次に銀がきている。

さて、きつい下げをした乾繭も16日の安寄り逆襲陽線で押し目完了。前乾先限四八〇円あたりまでの反発力はついたようだ。

●編集部註
 日常、記事の執筆や翻訳以外に入稿記事を編集すべくキーボードを叩く生活を送っているが故に、どうしても他人の文章を読む機会が多くなる。
 そこでどうしても目に留まるのが、昔の相場人の文章の美しさである。
 執筆者本人の文学的教養の高さというのもある。ただもう一つ重要なのは昔の相場用語自体が花柳界に由来するため、その用語を使う事で文章全体に艶が出るのだ。
 〝花柳〟という言葉自体、中国の遊里に由来する。遊里の周りは柳に囲まれ、その中には〝花〟があり、それは牡丹と相場が決まっていた。立てば芍薬、座れば牡丹―の牡丹である。留学した五山僧達から日本へと伝播したと言われる。そして花は玉に変わる。今も見習芸妓を「半玉」と呼ぶのはその名残。事程左様に玉は大切な存在なのである。

昭和の風林史(昭和五九年二月十七日掲載分)

2020年03月11日

人間の疲労と相場の疲労

さしもの輸大は一応の底値にとどいた感じである。小豆は人気定まらずで気迷い道中。

疲労ということについて考えてみた。

疲労は相場の疲労もあれば、相場市場の疲労もある。

また、人間の疲労もある。

人間のほうは(1)食欲がまったく減退する。(2)体重が急激に減少する。(3)脱力倦怠感が強い。(4)無気力になる。(5)物が二重に見える。
もうこのあたりになると重症だが(6)顔に生気がない。(7)皮ふに張りがない。(8)めまい、吐き気がする。(9)瞼がピクピクする。(10)歩行中に睡眠発作。(11)足がもつれる。(12)なれた作業にミスが多くなる。(13)ねむいのにふとんに入っても眠れない。(14)なにをしても自信がなく常にイライラし、不安である。(15)人に会ったり話をするのがいやになるが、一人だと淋しくてたまらない。

いわゆる慢性疲労の極である。こうなったら入院するしかない。

相場に打たれたり、金繰りに追われたり、事業に生き詰まり、人間関係もうまくいかなくなると悪性疲労が蓄積し、とどのつまり自殺というコースをたどる。

以上のような現象を相場に当てはめると(1)出来高が細る。(2)取り組みが減少する。(3)相場無関心の人がふえる。(4)値動きのリズムが失われる。(5)材料に対する反応が鈍い。(6)トレンド性がない。

要するに価格指標の能力もヘッジ機能も、そして投機魅力も大幅に低下するわけである。

上場商品を見ていて、相場市場が悪性疲労にかかっていると判るものの代表が毛糸であり生糸である。

それを通り越して死に至る病(やまい)が大手亡豆であろう。その昔にスルメがあり、人絹があった。

人間でもそうだが、相場の疲労は寿命(時代適応)もさることながら休養を必要とする。相場の休養は玉整理であり、日柄である。

●編集部註
 当節コロナウィルスの蔓延の折、今回の文章内容のなんとシンクロしている事か。ひと咳しようものならどこかで誰かが殺し屋のような目つきでこちらを睨んでくるご時世である。令和の都心に通う人々は、大抵その大半が疲労している。
 不勉強ながら、スルメの先物取引が存在していた事をこの記述で知った。ネットで調べると、函館市史のデジタル版というものがあり、そこに函館海産物取引所が昭和26年7月に開設されたとある。スルメ自体の現物市場の衰退に伴い昭和47年に解散するまでの20余年、かなり手荒なマネーゲームが繰り広げられたようだ。
 この記事から時は過ぎ、コーヒー等も上場していた事を思い出す。

昭和の風林史(昭和五九年二月十六日掲載分)

2020年03月10日

迷える投機家心理を反映

なにに投機すべきか判らぬ時は銀の鞍(くら)に股がって、ゆらゆら行くしかない。

なにに狙いをつけたらよいか模索している投機家の様子が相場に反映している。

小豆は気迷いで薄商いの玉次第による小浮動。

輸大はシカゴ次第。穀取大衆筋は両建で玉をくくってしまった。

乾繭は三割減産の成り行き眺めと納会渡しものの品質嫌気で前乾先限四〇〇円台売りの二〇〇円割れ買いという逆張り型。

砂糖は人気が離れ、ゴムも流れに決め手がない。

せいぜい金と銀ぐらいでお茶を濁すぐらいである。

折りから税金のシーズンということも気分的に頭を抑える。

さりとて手をこまねいてばかりもおれない。なにがよいか。いかに早く儲けるか。

『どの商品を見ても今は波動が?みにくい。なぜだろう。お金の流れが、迷っているからでなかろうか。景気の見通しも明るさは見えながら決定打がない。米国金利はどうか。ドルはどうか。NY株式はどうかなどと絡めて、個々の商品の需要・供給即ちファンダメンタルズから相場の流れを探ろうとしているところだけに難かしい』。

そのように思うのである。

一ツの流れはNY株式から貴金属に―という動きは感じられる。

そこで国内銀相場だが、74円10、75円50の先日の高値を買い切る勢いが判然としだすと大商いになろう。

すくなくとも80円台の相場は二月四日からの押し目の倍返し地点としてマークされるだろう。

輸大のほうはどうか。シカゴは九㌦→八㌦→七㌦と大台三ツ替わりの下げ。

一枚が五千?だから一㌦で五千㌦。二㌦70下げはピンで一万三千五百㌦は三百十万円替えという計算。

高値から三割下げ近い下げと日柄の半年にならんとする来月は変化地点だ。

●編集部註
 果たしてその後〝NY株式から貴金属に―という動きは感じられ〟たのか。当時の週足を並列で見てみたい
 確かに、84年3月頭までNY金は上昇基調。これに対してNYダウは、1月の崩落の後遺症を背負いつつ、春頃まで保合いが続き、夏に入ると一段安。そこで「コツン」と底打ちの音がした。
 その間、NY金は25㌦強のレンジ相場となり、NYダウの「コツン」の音と共に下降トレンドを再開。金相場に「コツン」の音を聞くのは85年2月末である。この時、NYダウは夏の安値から20 0近く上昇していた。
 更にその後も米国株式相場は上がり、87年の夏まで上昇は続いた。

昭和の風林史(昭和五九年二月十五日掲載分)

2020年03月09日

ピンで五〇万の崩れかな

大穀輸大当限はピンで50万円の下げだった。相場にロマンと悲劇ありの図である。

シカゴ大豆が七㌦を割って穀取相場はパニックだった。

買い玉のほとんどは両建で緊急避難の格好であるが、両建の売りを利食いして、高値の買い玉はそのままである。

売りをはずすと、また安いから再度売りを建てる。

一体どのあたりまで下げるのかと、頭をかかえるが、値頃観通用せずの修羅八荒生き地獄だ。

東穀のIOM別建市場が開設されるまでに商社が儲けるだけ儲けておこうとしているのだ―ともいう。

あるいはIOM別建市場で付く値段は三千八、九百円あたりになろうから比較観で売り余地ありともいう。

シカゴが弱気目標の水準にとどいた。そして関心は今年度の作付け面積の予想に集まる。

大穀二月限の高値が五七四〇円(9月22日)。うかうかしていたらピンで50万円の値ザヤである。

高値を買って、しびれたままの玉はあっても、高値を売って未だ利食いせぬという人がいたら、これはもう相場の達人の境を通り越して相場の仙人である。

小豆は下げてみたけれど堅い。

相場の疲れは判るのであるが北京商談の推移(銘柄、価格、数量、積期等)を見なければ動けず、次期枠に絡んだ役所の作業も関心の的である。

期近逆ザヤで春の需要期を迎えることも、やはり相場に近寄り難いものをただよわせ、あわてる事もあるまい、相場は年中あるのだから―と傍観者が多い。

思うのであるが、余程相場好きな人か、かなり儲けてきた人でない限り、どの商品といわず今は難かしいところである。

銀も一気に九円幅を上げたが半値押しの71円あたりから三分の二押しの69円50がないとはいえない線型に入っている。はしゃぎ過ぎの反省場面だろうか。

●編集部註
 先ずは今回、下に掲載している83年の師走から84年の春頃にかけてのシカゴ大豆期近の日足をご覧戴きたい。
 引け値7㌦(700㌣)割れの場面は、83年の前半でこの2営業日のみ。ここから反騰した相場は14週間後の5月21日、9㌦まであと一文手前の所(899㌣)まで上昇。つまり、今回の記述時期は〝緊急避難〟の両建て売りが地獄絵図となる瞬間であったと言える。
 シカゴの動きからピンで50万の売り相場―と同じような光景を、我々は最近目の当たりにした。2月5日の東京金先限の安値は5450円。25日の高値は5913円。ピンで46万3千円の買い相場である。ただ、これはあくまで机上の空論。現実はそんなに甘くない。

昭和の風林史(昭和五九年二月十四日掲載分)

2020年03月06日

新規の出ないさむさかな

俳句の季語に「冬ざれ」というのがある。昨今の商取業界のようなものと思えばよい。

二月は衣料品などバーゲンのシーズンで五割引、六割引きになる。

だから二月は“お買い物シーズン”というそうだ。

寒さが厳しかったから人出がすくない。商店街やスーパーは、値引きをしても人がきてくれなければ話にならない。

輸入大豆相場も半値にはならないがバーゲンセールだった。

追証を積んで頑張っていた買い方は、あらかたふるい落とされて前週末の東西出来高合計五万枚を越えた。

市場の人気のほうは、シカゴ六㌦80あたりを見ているようだ。

去年の夏の熱波騒ぎの九㌦台で人々は10㌦必至、否11㌦だ、13㌦もあると、上ばかり見ていて足元をすくわれ動転した。

今、人々は下ばかり見ている。確かに相場は止まったようで止まらない―なだれ現象だが投げも投げたり、玉整理も終わりにきている。

市場が落ち着けば玉整理の終わった相場は底固めに入るのが順番である。

小豆は建玉ある人は別だが飽きがきているふうで関心の圏外にある。

明けても暮れてもワンパターンだから判りやすいといえば判りやすいが、新鮮味がなければ人は寄らない。

商取業界全般の投機資金が冬の川のように枯れてしまった。

新しい投機資金が流入するような魅力ある商品が今のところ見当たらない。

そして昨年勝利してきた大衆筋は、ほとんど戦場に影をとどめない

商品相場は消耗戦である。栄枯盛衰の激しい社会だから、生き残った者だけが戦いを続け、その戦いが面白そうになってくれば、また新しい投機資金が流れ込んでくる。

目下のところ春とはいえど冬ざれで、これはどうにも耐えるしかない。

●編集部註
 昔は、テレビを見ると可愛い小熊のぬいぐるみがぴょこぴょこ動き、BGMでは子供の声で「おっかいもの、おっかいもの…」という歌が繰り返されるCMが流れていた。今はどうなのだろう。
 そう言えば、この頃のテレビCMで「いかにも一般大衆が喜びそうな」というフレーズが流行語になっている。思えば、この頃の〝一般大衆〟は今と比べて、CMを見て商品に飛びつく余裕のあるお金を持っていたような気がする。
 いや、確実に金を持っていない。2020年にバブル前の1980年に書かれた田中康夫の小説「なんとなく、クリスタル」を読むとよく分かる。
 春はあけぼのだが、今の日本は差し詰め「沈黙の春」であろう。金をつぎ込んでCMを打っても金がなければ買えるものも買えない。

昭和の風林史(昭和五九年二月十三日掲載分)

2020年03月05日

輸大は修羅八荒生き地獄

輸大は陰極圏に入ったのでないか。修羅八荒の生き地獄。小豆は超閑散場面。

NY株安貴金属安、シカゴ大豆安―。

国内円安、銀安、輸大安。

大阪輸大当限は四千円を割った。

思えば昨年九月22日に、五、七四〇円高値を買った二月限である。

一代足で千七百七十円幅を下げた。

これが一段下げ26本八五〇円。二段下げ22本六五〇円。三段下げ31本一一二〇円という下げかた。

三段下げの厳しさは総投げ陰の極に入っている。

商社の早渡し攻勢と中豆成約説など野も山も冬景色。刀折れ矢尽きた買い方は敗走また敗走だが、往々にしてこのような時に相場は底を打つものである。

しかも毎年大豆の相場は十二月~一、二月のあたりで大底が入っている。

安ければ製油メーカーがドント・ポッチイ。商社にしても値を崩して商売がうまくいくものでもない。

小豆は東穀の商いを見ていると実に寂れてしまった。今週は国会で小豆のIQ制度について公明党から質問が出るという話。

すでに高かろう、安かろう無関心という取引員店頭の様子は、小豆のセリを通す電話が激減していることでも判る。

大衆筋は輸大の崩れで投機資金を失ってしまい、玉整理が終わると閑な上に閑な場面を迎えそうだ。

そして来月は税金のシーズンということで気が重い。

銀はNY安をダイレクトに反映する。安ければ安いで難平買い下がればよいという今の銀の投機家である。

現場の営業も、お客さんもギリギリの証拠金でなく一枚八万円ぐらい入れて銀の相場に取り組むべきだという認識を持ちだした。

●編集部註
 「八百万(やおよろず)」「八紘一宇」「南無八幡大菩薩」など、古来から日本では漢数字の「八」を多用する事が少なくない。
 また「八方丸く収まる」という使い方がある事から分かるように「八」を「隅々まで」という意味合いで使う事がある。
 今回の「八荒」はまさにこれであり「国の八方の果て」を指す。つまり、「修羅八荒の生き地獄」とは「国の隅々まで修羅の世界」の生き地獄になっているという事。まるで令和二年の現在の様だ。
 ただ「修羅八荒」という言葉は造語。元々は昭和11年に公開されたチャンバラ活劇の題名だ。昭和27年に御大、市川歌右衛門主演で東映が再映画化しているが、小豆の記事にこの題名を持ってくるあたり、シネマディクト(映画狂)の風林火山の面目躍如といえる。
 当時、冷戦の中で伏魔殿であったソ連の書記長が死んで、不穏な空気が流れていた記憶がある。

昭和の風林史(昭和五九年二月九日掲載分)

2020年03月04日

営業も寒さで活動が鈍る

寒さ厳しいため営業第一線の活動が鈍り、新規商い停滞して、市場も凍てつきそう。

なにがよいか?と投機家は考える。面白そうな商品を物色する。証拠金の額や相場の夢を追うとなればやはりシルバーだ。しかし東金取の看板を持たないところが多いから、銀の面白さ判っていても、どうにもならない。

銀は長期方針で安ければ難平買い下がり、あとは現物受ければよい。品質の心配も倉敷科も関係ない。また銀に古品も新品もないのだから判りやすい。

今までのどの商品ともまったく異次元の商品だけに、大衆が銀に馴染めば大型市場になるだろう。

看板のないところは輸大でいくしかないが、東穀のIOM別建市場の出現が、どのような変化を他市場にもたらすか、これは時間をかけて見ていかなければならない。

小豆なんか書くなと言われてみたり、小豆に力を入れろと言われたり、読者の心境も複雑なようだ。

小豆で損した人は小豆をみるのも嫌だし、輸大でやられた人は大豆のことを忘れようとする。粗糖にしてもそれはいえる。

営業第一線のセールスマンは、この寒さで活動が鈍っている。雀も烏も毛をふくらませて飛ぼうとしないのだから仕方ない。

輸大の先物四千五百円割れあれば買い下がり。満目荒涼総弱気の市場である。材料という材料すべて買い方に背を向けている。

確かに今買ってすぐに儲かる相場でもなさそうだが、なにかの拍子でドーン安ければ、ギリギリの線の買い玉が投げてくるだろう、そのあたりから長期戦略の買いを組み立ててみる。これをいま流行のドント・ポッチイとでもいうのであろうか。

乾繭は前橋先限四八〇円を買い切ると五九〇円を取りに拍車がかかる姿。線も相場も若さが強味で材料はあとから貨車でくる。

●編集部註
 ここで登場する「ドント・ポッチイ」は、当時流れていた金鳥の使い捨てカイロのテレビCМに由来している。
 80~82年にかけて漫才ブームというものがあって、多くのお笑い芸人がCMに起用されるようになっていた。「ドント・ポッチイ」もその一つ。
 縄文時代と思しき集落で、風吹き荒び凍てつく寒空の中、縄文人と思しき装束を身に纏いし芸人達が「ちゃっぷい、ちゃっぷい」「ドント・ポッチイ」という台詞をただ延々繰り返すだけのCMは評判を呼び、この当時の流行語にもなった。
 金鳥はテレビ、ラジオを問わず、先鋭的且つ人口に膾炙するCMを作る事でよく知られている。

昭和の風林史(昭和五九年二月七日掲載分)

2020年03月03日

疲労の色濃くなった小豆

小豆は相場に疲れが出ている。輸大は下げ止まる地点。乾繭は相場に若さがある。

相場で難かしいのは、ファンダメンタルにウエイトが置かれているゾーンとテクニカルな面に比重が占められる境界線とが判然としないところである。相場はテクニカルだけでは儲からないし、ファンダメンタルだけでも?めないところがあって、その両方を加味し、只今の相場は、どちらにウエイトを置けばよいかを判断するしかないようだ。

それともう一ツ。われわれは今まで、どの商品といわずシーズンに影響を受ける商品のみであった。小豆、大豆、生糸、乾繭、繊維、砂糖、ゴムすべて、季節に関係しての需給であり高低であった。

ところが、石油が絡み、為替が絡み、相場を複雑にしてきた。

そして今、金やシルバーという、まったく季節に影響のない商品を相手にする時代を迎えている。

これら商品のファンダメンタルにしろテクニカルにしろ地球規模で考えなければならない。

戦後商取業界は、取引員もセールスの投機家も小豆で育ち、毛糸、綿糸、生糸、乾繭で器(うつわ)を大きくし、ゴム、砂糖で国際感覚を学んだ。そしてこれからは輸入大豆、ゴム、粗糖、金・銀という地球規模の、しかも全天候24時間型の気くばりに、金利、為替の絡みまで考える、いわば四次元空間の世界に思いをめぐらせポジションをとることになった。

考えてみれば非常に面白い時代である。要するに視野の問題と感覚。そして情報の質が問われるときである。

さて、小豆―という世界に戻り、あるいは乾繭という世界に埋没してみると、これはこれまでまた、なんともいえぬ味がある。

小豆は今週下げに向かい、乾繭は上げに向かい、輸大は下げ止まった。

●編集部註
 人生すなわちパンタ・レイ―。事の大小を問わず、万物は流転する。
 相場も例外ではない。日本国内の穀物相場はいま瀕死の白鳥だが、長期相場サイクルは銘柄によっては存外死んでいない。もっとも、商い全体が薄いので、好機とて手を出すつもりはない。
 取引手法も、分析手段も流転する。光回線、それも超高速の回線が世界中を駆け巡り、高速取引が幅を利かせ、取引用の高速回線を引く行程が一本の映画作品になる時代を誰が予想しただろうか。
 分析手法もパソコンが手放せなくなった。
 北辰物産が非常に優れたチャートソフト自社で持っている。先日、何らかの事情で日経平均関連のチャート配信を終了。弊社でもフル活用していただけに困惑している。
 北辰のソフトは業界の宝である。何とかならないものか…。

昭和の風林史(昭和五九年二月六日掲載分)

2020年03月02日

小豆は下げのシグナルが

小豆(先三本)は下げ時代に入った。押し目買いで買うほど下が深くなるだろう。

虎視眈々と狙っているのは小豆の売りである。

口には出さないが、下げのコースに入ったら(1)早い、(2)大幅(3)判りやすい。故に勝負をかけてくる人が多い

銀もゴムも、乾繭も、輸大も、それなりに妙味は尽きないが、やはり小豆相場を知っている人は、手ぐすね引いている。

確かに『もう、小豆の時代でない』とは言うが天井を見つければ、そこは相場する人。これを見逃す手はない―となる。

証拠金大幅アップの期近限月は関知せず。二番限もまだ供給不安が残って買い方の制空権化にある。

従って五、六、七の先三本限月の売り。

この三本はセミプロクラスが強気になった取り組みで、小豆は(1)自由化遠のいた。(2)臨時枠出ない。(3)次期枠早期発券も、枠拡大もないようだ。(4)中国産天津の売り物少ない。(5)春の需要期に入る。(6)二月も渡し物が読める―等々、まだまだこの相場の上は大きいと見るようになった。

しかし、(1)取り組みが細った。(2)煎れ出尽くしてエネルギー燃焼。(3)総強気で高値買いつき。(4)買い方大手の芯が戦線から後退しつつある。(5)北海道から現物移動。(6)逆ザヤ相場(当限引き継ぎ足)の日柄経過。(7)春節明けの北京商談の様子を見る―等、相場環境の変化も感じられる。

さて週間棒は先三本が陰線を引いた。

その前の週から高値もだえしていたものが、これではっきり下げのシグナルが出たと考えるのは当然か。

商いも取り組みも細いし薄いから陽動すれば反発しようが、流れとしては下げ時代に入ったところ。

●編集部註
 「買いは三手待て」というが売りも同様である。得てして専門家は予測が早くなる傾向がある。
 実際、この読みは間違っていなかった。しかし小豆相場の下落が始まるのは4カ月後の6月。それまでに相場はもう一段上がり、売り方は二度死ぬ。
 セ・ラヴィと言ってしまえばそれまでだが、死んでしまった方としてはたまったものではない。ルサンチマンは相場自体に向かう。かくして投機の現場から一人、二人と減り始め、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」となる。
 もうこの時分、中国産小豆の動向を横目に見なければ国内相場の変動要因を探る事が出来なくな っている。日本の農業や食料自給を考えるなら、ここで農水省が動くべきであった。目先の数字に喰いついたツケを、今の我々は払っている。