昭和の風林史(昭和五八年八月十日掲載分)

2019年09月02日

盆までは逆張りの小豆に

もう旧のお盆である。相場も休養、われわれも休みたい。目先小豆は逆張り週間。

小豆先限を朝ホクレンが三市場各10枚あて売っていた。

大阪地場筋は強気になろうとしている。

相場としては、ここのところ下げておきたい。

と申して深くは下げられない。先二本の二千五百円あたりまでのもの。

三千丁の押しを願う人も多いが、二千丁押しが精一杯だし、天井していないから潰れる相場でもない。

今月20日迄の産地お天気が勝負。

お天とうさんが随分小豆をたべてしまって全道収穫40万俵あたりまで行ったが、それでは気の毒と思ったか、ここのところ温度を上げて吐き出している。

快晴30度ともなれば日に三万俵の収穫増というから、お天とうさんは10万俵ほど吐き出した勘定。

問題は台風5号の進路である。きょうあすあたりになるとそれが判ろう。

ここ数日は逆張りの相場のようだ。

相場が静かで、しかも作柄が少しでも直りそうなら緊急発券の必要なし。

役所は自由化問題の時間切れを待つ格好で相場が今しばらくおとなしくしてくれたら、そのあとは三万五千円云々も解禁になるだろう。だから、なにもあわてて今すぐ高値に挑戦する必要はないのだ。

売り方にとっては、売り玉仕舞いたい気持ち一杯だが、とても望みはない。

日柄でようやくあきらめの悟りを得ようとしている。

われわれは高いところは遠慮なく利食いをすすめている。突っ込んだところをまた買う。

ラジオの北京放送のように人気は押し寄せてきたらまた遠のいていく。

相場はやや疲れたから休養が必要。もう旧のお盆である。建玉軽くしてわれわれも休みたい。高値買い玉ある人も心配無用。できれば安値で難平買うこと。

●編集部註
 古くからのラジオ好きであれば〝ラジオの北京放送のように人気は押し寄せてきたらまた遠のいていく〟という表現は理解出来る。サイマルラジオがスマートフォンから取り込める令和の御代では、ピンと来ないだろう。
 AMラジオの電波は、夜になるとより遠くからの放送を受信出来る。
 民放一局しかない地方では、深夜になると東京、大坂、名古屋、福岡の放送局にダイヤルを合わせて放送を聴く人が少なからずいた。その時、中国や北朝鮮の放送の混線に悩まされたものである。

昭和の風林史(昭和五八年八月九日掲載分)

2019年08月30日

高値から二千丁の押しか

買い玉ふるい落としの下げはきついほどよい。二千丁押しを入れたらまた出直る。

産地の高温快晴が続くようだと一日三万俵の計算で小豆が直っていくから10日も続けば40万収穫予想が70万俵予想になるというので買い屋が狼狽して投げた。

産地は20日迄が勝負である。花をどこまでつけるか。根の確かりした小豆は三日も見ぬ間に、びっくりするほどよくなっている(中間地帯)といわれる。

しかし、この先のお天気がどうなるか。台風5号の進路が10日頃には北海道に影響するかどうか判る。

相場が押せば予備枠発券の必要もないし、好天で作が直ればなお更だ。

従って高値から二千円ほど押して、この相場また反騰するのでないか。

台風もあれば早霜もあろうし、在庫は需要期入りを前にして軽いし。

仮りにここで高値から二千五百円下げたところで安値の売り玉は助からない。また追証がほどけた分で売り乗せすれば、これが捕まることは見えている。

三千円中心(先限)で上下千丁圏の動きか、三千五百円中心の上下千丁幅なのか。それもこれも今後の産地天候次第だ。

思うにこの相場は天井していない。ここで大きなゆさぶりを入れておいて買い玉をふるい落とし新規売り込みをつくり、次なる上昇のタイミングを待つ。

その時の材料は台風なのか早冷なのか輸入小豆に絡むものなのか、あるいは輸大からくるものなのか。

竿竹を立てた上で大きな波動の躍りだから手に汗握る場面もあるわけだ。

また人それぞれ迷いもあれば思惑もある。

自分なりのプロセスとストーリーを持っていないと、ふらふらになってしまう。

目先どんなに下げても先二本の二千三百円までだろう。その押しが済めば下げ幅の倍返しの力を相場はつけているはずだ。
●編集部註
 自分なりのプロセスとストーリーを持っていても、ふらふらになる事はあるだろう。それは、自分が曲がった時である。
 先般紹介した風林火山の著書「格言で学ぶ相場の哲学」(ダイヤモンド社)の中でも「頑固、頑迷、落ち目の要因」「傲慢は曲がりの始まり」という格言を紹介している。ただ同時に「辛抱する木(気)に花が咲く」とも書いているのだが…。
 明治維新の三傑の一人である木戸孝允が、その昔桂小五郎という名前を名乗っていた頃、神道無念流の達人であったにもかかわらず、いざとなれば「逃げの小五郎」と呼ばれる程に逃げ足が速かった。これは、相場にも通じる気がする。

昭和の風林史(昭和五八年八月八日掲載分)

2019年08月29日

今週小豆は再び奔騰場面

今週小豆は再び奔騰場面に入るように思う。三千円台は絶好の仕込み場である。

小豆は判らんという人が多い。売り玉辛抱たまらず踏んだらS安とくる。

根が弱気だから安いとまた売り叩くが、その割に底堅い。

天井だ、天井だという。予備枠だ、緊急発券だと騒ぐ。相場が安くてなにが緊急発券だ。

七月末在庫薄を見て、売り方内心は心寒い思いだ。

中国は東北小豆九千㌧まず買ってくれたあとから新穀の商談にはいりましょうと三晶に伝えたとか、三晶が役所に予備枠出してほしいと申し入れたとか色々伝わり、そんなことで五日金曜日はS安した―と。

週末はシカゴの急騰で輸大に歯止めがかかり、中豆ショックの輸大S安も切り返した。

自己玉が大量売りで苦しかっただけにS安叩き込んだところでひと息入れたが、シカゴ高と大衆パワーは太刀打ちできない。

小豆も、これといった買い方不在。むしろホクレンも役所も玄人筋大手も取引員自己玉も相場が騰がると困る立場だから、小豆市場総弱気の図だ。

それでいて三万三千円地相場の堅さ。

産地の快晴・高温で作柄かなり回復という期待感で売り方元気をとり戻したが四、五日の好天で果たしてどれだけ直るものか。

三万三千円台は判りやすい買い場である。八月中旬、下旬の天気はまた崩れるし秋冷早しの予報。

予備枠頼りで弱気が叩けば叩くほど、その反動がきつくなるし消費地10万三千俵の在庫では品ガスレもいいところ。10日発券11万俵の輸入小豆出回りはそっくり秋需に消えてしまうから、この相場潰そうにも潰れない。

ともあれ、みんなで弱気は怖くないという雰囲気だが、相場は人為の及ばざるものである。今週は再び奔騰場面となろう。

●編集部註
 相場とは全く関係ないが、FAANGの一角をなす米国のストリーミング配信会社ネットフリックスが今月8日、世界1 90カ国で配信を開始したドラマが好事家や玄人の間で話題になっている。 
本橋信宏の著書を下敷きにしたこのドラマの序盤は、この記事が書かれている1980年代前半の新宿歌舞伎町が舞台。その全てが大小のセットで詳細に再現されている。
 往々にしてヒントは別の場所に隠されている。そのドラマ「全裸監督」を観ると、本文で〝太刀打ちできない〟とまで書かれる程1980年代の大衆にはパワーがあったという事が、改めてよく理解出来るだろう。

昭和の風林史(昭和五八年八月六日掲載分)

2019年08月28日

三万三、四千円が地相場に

小豆の三万三、四千円は地相場化しつつある。在庫がたまるまでは弱気しても駄目。

小豆は弱気市場である。

相場が高いと困る人が多いから、どうしても下がってほしいと願う気持ちが現実と対抗する。

消費地の現物在庫は軽い。これで秋風吹いて九月の声でモノは売れだす。

今期枠発券(10日)で11万俵の輸入小豆が出まわるが、実需に消えてしまう。このぐらいのものは焼け石に水。

ただ定期相場にとっては人気作用が敏感だから、微妙な影響もあるだろう。

弱気が多いから予備枠発券、緊急発券と、せきたてるが相場が過熱しないのだからその必要性はない。

建玉ポジションでモノを言うのが相場の世界。

だから適当に割り引いて判断しないと間違える。

産地の天気が回復して作が少々持ち直せば、なお更緊急発券は遠のく。

売り方は天井だ天井だというけれど、天井した相場はこんなふうにじっとしていない。第一天井時に見られる(1)サヤの変化、(2)連続の規制措置、(3)大出来高、(4)取り組みの激減、(5)安心買い人気―等がない。

とにかく現物から押し上げているのだから、内部要因面(取り組み手口)で押しても崩れはこない。

このようにしていると三万三、四千円あたりが地相場になる。

そしてこの地相場は安値取り組み限月(8・9・10・11限)があるあいだは下げようがない。

高値取り組み限月といっても今のところ1月限だけで、その1月限が四千円中心上下動の地相場化したら、やはりどこかで五千円カイ、六千円カイと火を噴くしかないのだ。

だから噴いたところは利食いして、今回みたいにまた安いところを買う。

間違っても弱気してはいけない。相場はまだ六合目あたりをウロウロしている段階である。

●編集部註
 相場とは全く関係ないが、来年は東京オリンピックである。
 1983年は翌年に開催されるロサンゼルスオリンピックに向け、色々なキャンペーンが組まれていた。今思うと、このロサンゼルスオリンピックが今現在までつながっている商業オリンピックの流れを作った。
 企業スポンサーをつのり、マスコットキャラクターをアニメ化して前年から放映し、ファンファーレはジョン・ウィリアムス。開会式ではロケットマンが空を飛ぶ。
 アメリカだから出来た所業であって、他の国が真似すると大抵は失敗する。ギリシャやリオがその良い例だ。後悔しても「後の祭り」である。

昭和の風林史(昭和五八年八月五日掲載分)

2019年08月27日

伝家の宝刀抜くまでが花

シカゴの罫線はまるで小豆と同じタイプ。輸大の六千円抜け速く、小豆は五千円へ。

小豆の予備枠緊急発券という物理的精神的上値圧迫感があるから誰もが用心している。

しかし相場がおとなしければその必要はないのだから安ければ買い場をつくる。

お役所が三万五千円以上は緊急発券するかもしれないという市場での憶測は、安値を売ったホクレンや農協筋に対する配慮や政治的含みなどもあるかもしれないが、相場がなにかの物音で暴走した時、これは売り方の踏み上げだから三万五千円噴き抜けてしまうのも仕方ない。

それが瞬間風速三万五千五百円かもしれない。

その時、役所が抜けば玉散る宝刀抜いたとする。

この場合、抜くぞ抜くぞはいいけれど、抜いたらしまいという話。

なぜなら五千五百円あたりから千五百円も押せば、冷静になった人が次々ファンダメンタルを考えて凶作に変わりないのだし、新たな需給バランスを基にして当然買われる。

役所としても相場がその時下げてくれれば顔が立つというわけだ。

五千円に乗せてから千円押すのか千五百円押すかは判らないが、次は押した幅の三倍返しの相場展開で、例えば五千五百円から千五百円押しは三万四千円。

三万四千円に押した幅千五百円の三倍返しだと三万八千五百円。

もちろんこの時のエネルギーは予備枠発動で売り込んだ玉が火だるまになって踏み上げる。また現物面からと、大凶作決定的という認識。そして台湾、中国の値上げなどが絡もう。

以上のストーリーからいえば緊急発券は花火上げて歓迎。相場の世界は知ったらしまいだから、鬼でも蛇(じゃ)でも、とにかく早く出してしまって、さあそれから三万八千円抜けである。

●編集部註
 これも一種のアノマリーなのか。8月は相場の節目となるい高安値をつける事が少なくない。
 この時の小豆相場も8月がピークであった。今現在は日経平均株価が安値を指向。昨年8月は金相場が安値をつけた。
 一寸先は闇―という言葉は、まさに全ての相場に、その相場を手掛ける相場師たちのためにある言葉である。卑近な例として、我々は先月末から今月頭にかけて相場の乱高下で嫌と言う程に味わったのではないか。
 一寸先は闇―と言えばこの時期、劇団天井桟敷が解散している。
 唐十郎の状況劇場と並び称され、世界のアートシーンに大きな影響を与えたこの組織も、主宰の寺山修司の死で砂上の楼閣の如く消えていった。

昭和の風林史(昭和五八年八月四日掲載分)

2019年08月26日

小豆はまだ六合目あたり

ホクレン頼み、お役所頼みで売った人が苦しい小豆。相場は相場に聞くしかないのに。

油断すると小豆の買い玉が取られてしまう。噴いたところ利食いして押したところ買う。

これの繰り返しがまだ効く。

予備枠とか大型枠とか色々いわれて適当に相場を抑えるから一気に値を出しきれない。これがかえって相場を骨太にし、スケールの大きなものにする。

売り方は罫線の安いところ、安いところを売って捕まっている。

買い仕手がいなくても全国の投機家は小は小なりにこの相場のストーリーを持っている。しかも力をつけてきた。

キリンも老ゆれば駑馬(のろい馬)となると中国人は言った。大手売り方玄人筋も七、八千丁騰げを一万丁打たれてくれば気力が萎える。

相場で一番怖いのはこの気力の萎えである。

十勝支庁は「異常低温対策会議」を設置する。

全道一日現在豆類生育状況(道農務部)は深刻なデータである。

三万五千円以上は緊急発券と噂されている。

緊急発券したほうがよいと思う。相場は一時的に押すだろうが、鬼でも蛇でも出てしまえば知ったらしまいで、押した幅の三倍返しという相場になろう。

市場は冷静そのものである。要するに売り方がつくっている騰げ相場であるから、エネルギーを燃焼するまでくすぶるわけだ。

考えてみると今回の小豆で逆境にある人達は、ホクレンにやられた格好だ。ホクレンを信じ過ぎたのである。いまやそのホクレンが定期市場で大変なことになっている。

これと似たようなことが農水省の緊急発券とか大型枠とか五千円以上は云々についてもいえよう。お役所を信じ過ぎて弱気をすると、またまたひどい目に逢う。

古来相場は相場に聞くしかないと教える。

●編集部註
 野暮な話になってしまうが、ここで登場するキリンは動物園にいるキリンではない。瓶ビールのラベルに描かれている方の〝麒麟〟。東京だと日本橋(にほんばしであって、にっぽんばしではない)の欄干に飾られているアレである。
 「キリン老ゆれば駑馬にも劣る」という言葉は、これ以降風林火山が好んで自身の著述によく用いる言葉となっていった。
 実際、ダイヤモンド社から2002年に刊行された「格言で学ぶ相場の哲学」の中にもこの言葉が登場し、「若い時は麒麟児といわれていた人でも、老いると駑馬=のろい馬にも差がつけられる」との注釈が加えられている。

昭和の風林史(昭和五八年八月二日掲載分)

2019年08月23日

輸大の七千円は夢でない

小豆は爆発力十分蓄積した。輸入大豆の千円小走りが見えている。穀取大活況。

小豆の強気・弱気の地図は変わらない。

勢力もいまは均衡している。

売り方は行政相場圏に持ち込もうとする。

緊急発券とか三万五千円以上は予備枠出すとか“役所の意向”なるものが盛んに言われる。

果たして農水省当局がそのような発言をしているのかどうか判らない。

売り方の宣伝に使われているのかもしれず、あるいは、ある程度のニュアンスが拡大解釈されているのかもしれない。

農産物の自由化問題は遠のいたようだ。日米あくまで二国間の問題で、日本の農業政策を配慮する動きになった。

相場のほうは役所の“意向”なるものを尊重して、暴騰狂騰しないから、高くなければ緊急発券の必要もないのだから、これは相場にとってエネルギーの蓄積である。

信念というかストーリーを持っていない人は、この小豆買っていて、なにかぬるいように感じるだろう。しかし売っている側に回れば実に堅い相場だ。

そうこうしていて売り方辛抱できないような材料が出る。

買い方の買いによる上昇でなく売り方の煎れによる展開が必らず出現する。

いまの小豆売り方は、隣の輸大も大量売り建中。

この輸大がシカゴから遠いラッパで奔走更に暴走すれば、場勘の戦争で小豆に援軍を送れない。

小豆を踏むか輸大を煎れるか―進退谷(きわ)まれば、付いた値が相場になる。

北海道では来年にかけて古品小豆二等の四万五千円が常識になっている。

いずれは輸入小豆時代もこようが、くる前に今の古品限月が、壮烈な踏み上げ相場を展開するはず。

輸大の五千円から六千円は速い。七千円相場出現のトレンドに乗った。

●編集部註
 北に進むか南に進むかで揉めに揉め、グズグズしてるうちにどっちもやって戦線が伸びに延び、そのうちに戦況が芳しくなくなって撤退か否かでまた揉めに揉め、そうこうしているうちに負けてしまった旧日本軍のような話である。
 ここでは大豆か小豆かの話だが、同じ銘柄でも両建て問題で同じような話が出来る。
 見切り千両の上は無欲万両。孫子の「風林火山」の世界だ。ダラダラと相場を張っている者にロクな輩はいない。それは、取引とか運用とか投資・投機ではなく、中毒以外の何物でもない。

昭和の風林史(昭和五八年八月一日掲載分)

2019年08月22日

小豆も輸大も破竹の勢い

小豆も輸入大豆も八月の声を聞くと相乗して弾(はじ)ける。売り方総懺悔の月。

公明党の先生が小豆の二万七、八千円あたりを売って呻吟しているという噂が随分前から流れていた。

この先生の筋なのかどうかは知らないが、農水省当局に圧力がかかっている話を耳にする。

ポジションと政治力と行政と相場―。すべては力関係である。

帯広あたりではぼつぼつ駄目な畑を起こしにかかるそうだ。共済金問題に目途がつけば、かなりの畑が掘り返される。

そしてそのあとに燕麦を牛の飼料用に蒔くそうだ。

産地のお天気は、しばらく雨の日が多くなりそう。札幌管区気象台29日発表の道央(石狩、空地、後志)週間予報によると八月上旬も暑さ望み薄である。

平年作の年ならすでに小豆は開花している。

15日から22日遅れの作況では秋冷が早いと予報される今年の場合、台風、霜害はまぬがれず、三分作以下とみなければならない。

売り方は凶作織り込み済みの相場というが、ポジションの違いによる見解の相違というべきか。

さて七月15日→22日の上昇(大阪12限)二千三百円の半値押し地点で七月を終わった。月棒先限は上影下影大きな短陽線は激しく動機づく線。

新ポ登場1月限は寄ってたかって売られる予想。

その売られた1月限を買うのが人の行く裏に道あり花の山。

相場波動としては遅くとも今月三、四日あたりから活力のある足取りになるだろう。

輸入大豆はほれぼれする週間棒。この週間棒に一升壜を供えたい。先三本六千円抜けから七千円に挑戦するトレンドに乗った。

●編集部註
「呻吟」という単語が分からないので調べた所「しんぎん」と読むのだという。「苦しんでうめくこと」を指すのだとか。こうして何らかの文章を紡ぎだす作業に従事する人間は至る所で呻吟の連続なのだが、ここで登場する先生は恐らく、追証で呻吟されているのだろう。
業界に長くいると、別の業界で有名な方が呻吟されている話をよく聞く。
中央競馬で有名な騎手やグループサウンズ出身の有名人などが呻吟された話をこれまで聴いている。 
公明党という名前は出ないが、先日読んだ月村了衛の小説「悪の五輪」には公明党のような団体が登場する。
1964年の東京五輪の記録映画の監督は市川崑なのだが、本当は黒澤明が撮る筈だった。
この小説は、黒澤が降りて市川に決まるまでの間に繰り広げられる暗闘を描いたフィクションなのだが、時折実話が組み込まれている。

昭和の風林史(昭和五八年七月三十日掲載分)

2019年08月21日

十勝平野に未だ花咲かず

満を持すべし。八月上旬、沖天を焦がさんばかりの踏み上げありの小豆相場だ。

大衆の人気は輸入大豆に走った。

シカゴの相場金言に〔大きな商いの商品を狙え〕というのがある。

確かに薄商いの商品では値動きも小刻みで、損しても取り戻すのに難儀するが今の大豆のように大きな手口、大きな値動きだと、煎れ投げドテン、なんでもできるし、まずは相場が若いことと、シカゴは八月に燃えるという楽しみがある。

いずれこの輸大は六千円台の踊り場に出て七千円に挑戦しそうだ。

小豆のほうは孫子兵法でいう支刑の地である。

我れ出でて利あらず、彼(敵)出でて利あらずを支という。支形は敵、我れを利するといえど出ずる勿れ。

また「近くして静かなるはその険をたのめばなり。遠くして戦を挑む者は人の進むを欲すればなり」。

小豆売り方も安値を叩くようなことをしない。

買い方も煽るようなことをしない。

戦いには潮時というものがある。戦機、待機、勝機。機は気でもある。人気、熱気、病気、元気、嫌気、惰気、欲気―。

戦機未だ熟さず。

今のところ八月第一週になにかキッカケが訪れそうに思う。この時、拍車をかけ馬体に鞭を入れんか。激水の疾き石を漂よわすに至るものは勢いなり。善く戦う者、これを勢いに求めて人に責(もと)めず。

この相場の最後は売り方がつくる。沖天を焦がさんばかりの煎れ上げである。予備枠もよし。巨大次期枠早期発券もよし。弾(たま)もタンクも銃剣も―というところだ。

そうなって始めて作柄(凶作)と相場が分離する。帯広平野に花咲かずで愕然としたときが相場の満開と思えばよい。

買い玉満を持すべし。小競りあいに一喜一憂することなかれ。

●編集部註
 筆致、文体の凄み―。さながら、泗川の戦い直前、淡々粛々と配下に戦略を提示。担うべき役割を指示する島津義弘の如き冷静さである。相場師の戦略解説は、戦国武将のそれと似ているのかも。
 諸般の事情で絶版にな ってしまったが、アマゾンではまだ安価で入手出来るので、池宮彰一郎の小説「島津奔る」を是非読んで戴きたい。映画「300」には負けるが、5 万対5千の闘いで5千がエゲツない勝ち方をする。
 戦いには匂いがある―と 「島津奔る」にある。
 物語のクライマックスは関ケ原の闘い。ここで島津軍は世紀の大撤退戦を行う。隆慶一郎の「一夢庵風流記」もそうだが、兎角負け戦描写が面白い作品にハズレはない。

昭和の風林史(昭和五八年七月二九日掲載分)

2019年08月20日

暴走前夜の無気味な小豆

相場のリズムもパターンも全然変わらない。小豆はこうして大相場の展開。

28日付毎日新聞“ワールド25時”で中国各地の異常気象・洪水被害が紹介されていた。

それによると六月下旬から七月中旬にかけてかなり広範囲の地域で豪雨による洪水被害が出ているようだ。

古来、中国では水を治めることは国を政めるといわれる。農作物の被害は10億人民死活の問題である。

小豆は納会をみて様相が急変している。

オヤオヤこれはいけないとばかり現物に買い気が殺到していた。

月末にかけて一呼吸いれるかと思ったが、もう押し目は十分すぎる程入れましたと相場の表情。

弱気でも三万六千円近辺まで舞い上がるのは仕方がないと覚悟しているようだ。

それさえ凌げば、予備枠をひっぱり出せるという計算がある。

しかし五千円抜けからの火柱高は資金的に耐えられても、精神的に参ってしまうだろう。

昭和最悪の凶作というのに三万三千円を叩くという考え方が判らなかったが、これからその答が出てくるだろう。

いまのところ全道収穫40万俵。そのうち二等検12万俵。作柄三分作とみればよいだろう。八月に入って花のつかない畑をみて愕然とした時はもう遅い。

問題は、どのあたりから作柄と相場が分離しだすかである。

三万六千円→八千円の圏内で市場騒然としてからでなかろうか。

踏み終わるまでどうにもならないのが相場である。

それにしても買い仕手のいない珍しい相場だから寿命が長い。

売り方は相場が見えないのではない。見ようとしないだけだ。多分に心の曇りである。

高値は利食いして押したらまた買う相場。

●編集部註
 先日、痛烈に自身のラジオ番組でNHKを批判していた久米宏が、NHKの朝の番組に出演した事が軽く話題になった。何故NHKが駄目なのかを、NHKの生番組で理路整然と語る姿は、ぶっ潰すと息巻くものの、内実は金目当て以外の何物でもない下品な参議院議員の姿とは決定的に違う。
 思えば久米宏のNHK弄りはこの頃横山やすしとやっていた「久米宏のTVスクランブル」が嚆矢であった。後々ここでの実験が「ニュースステーション」に繋がる。
 この番組で、人民服を来て年季の入った自転車で通勤する北京の市井の人々がよく採り上げられていた印象が筆者にはあるが、この頃の中国像を今も引き摺る御仁が意外に少なくないという事に慄然とする時がある。