昭和の風林史(昭和五八年十一月三十日掲載分)

2019年12月16日

いそげ幌馬車日が暮れる

閑も相場であるがいそげ幌馬車もう日が暮れる。心焦れど動かぬ時は待つだけだ。

なんでこんなに閑になったのか。知ったかぶりの人は選挙戦のさなかはなにによらず閑になるという。

相場が閑なのは、投機意欲を刺激する要因の濃度が弱まったわけで、要するに浮いた浮いたのお金が飛んでしまった。

過ぎし日露の戦いにという歌があった。二番の出足は酷寒零下三十度―。三番が確りかぶる鉄かぶとだったと思う。

投機資金を失ったのは過ぎし盛夏の大相場で踏まされ、投げさせられたからである。大激戦のあとに相場なし。勇士の骨をうずめたる忠霊塔をあおぎ見る。シカゴ大豆の罫線の頭は雲の上である。赤き血潮に色そめし夕陽あびて空高く千里曠野にそびえたり。粗糖の市場も輸大も小豆もゴムもいま思うと戦死者が多かったのである。

従って目下の商取業界はゼロサムよりもっと厳しいネガチブ・サムである。

小さくなりつつあるパイを取りあう状況だ。

こうなると輸大でいえば30円の抜け幅を要する一般委託者と、一般会員との手数料抜け幅のハンディが判然と相場の上に出る。

同じ市場でもネガチブ・サムの戦線に一般委託者は参加できない。

ならば、しばらく遠のいて眺めることになる。

戦い疲れたのは投機筋だけでなく取引員も多かれ少なかれ弾痕あともいちじるし。まして第一線セールスの消耗たるや凄惨だ。

とは申せ本年最後の月。早々と山形さんの山大商事から来年の暦が送られてきて、この暦は各商品の運勢が特別に掲載され、それが実によく当たってきた。

数年前までは足元御用心と靴下だったが昨今の山大の暦は評判がよい。

それで小豆だが、きわめて薄商いで、マインド(心)がない。これも相場なら待つだけである。

●編集部註
 先般、当欄でお話しした「ロッキード選挙」の話題がここで登場する。
 いわゆる55年体制が崩壊の危機に追い込まれた最初の選挙である。知ったかぶりの片棒を担ぐわけではないが、この時の選挙は出る側も、応援する側も、相場どころではなかったかも知れない。
 この欄を書いていると時折、昭和の記述と令和の今がつながる事がある。 この「ロッキード選挙」で新自由クラブと連立政権を組まざるを得なかった首相は、先日亡くなった中曽根康弘だ。ここ数日、タイムラインに美輪明宏とのやりとり等、種々の毀誉褒貶が流れている。
 これで、大正生まれの総理経験者は、村山富市だけになったのではないだろうか。

昭和の風林史(昭和五八年十一月二十九日掲載分)

2019年12月13日

師走小豆は下げると思う

商いが薄い。玉の出具合の値付き。師走小豆は崩れがあると見ているのだが。

輸入小豆が平均して月々五千㌧入荷すると相場は潰れるもので、56年の板崎相場も結末は安徽小豆によるとどめに見えたが、月平均五千㌧の小豆入荷がダムに水を溜めたように満水状態となり、これが相場の日柄も重なって決壊した。

先月五千四百㌧。今月九千㌧。来月六千㌧。三カ月で二万㌧を越す輸入小豆は消費地在庫の水嵩を上げていくわけで、なおその上に一万㌧の輸入可能な外貨枠を残しているから、年末需要最盛期とは申せ、仮需の手が鈍ると師走崩れに入るだろう。

トレンドのほうは時間調整中で、遊んでいる。

やはり消費地に在庫が溜るのを待っているふうだ。

人々は年末にかけて気持ちのよい利食いで越年したい。なかには、引かされている玉が少しでもほどけて頭の上の大きな石が軽くなることを願う。

それが相場の上にあらわれている。

これが来月も月半ばを過ぎる頃には虚子の句の遠山に日の当りたる枯野かなの風景が判り、秋桜子の涸れ涸れて片寄る川に何釣るる―と、自分の姿を、もう一人の自分が眺めたりする。

ところで輸入大豆のほうはどうなるのだろう。

シカゴはもう少し戻すだろう。戻して八㌦30あたりが精一杯のところ。

そのあたりがあるとまた売られる。

穀取は相場の性格は樽の底からお酒が洩るようなサヤすべり型に入っている。相場としては底練りをしたいところ。各市場先限五千百円~百五十円あたりぐらいに戻せば売られる。

そのあたりまで戻してほしいが戻す体力がない。

さりとて、今すぐに先限八百円→七百円もない。

思うに弓を張り旗をあげ百万人行けども日暮れて帰る者なしの相場だった。

●編集部註
 高浜虚子―。正岡子規の弟子にしてホトトギス派の首領。文化勲章受章者。この人がいたから、「俳句=五七五」が現在にも浸透している、と言い切っても良いだろう。同じ子規の弟子である自由律俳句で有名な河東碧梧桐がもっと活躍していたら、よく言えばもっと自由、悪く言えばパンクでアナーキー、もっと悪く言えば明治、大正、昭和と廃れ、平成、令和にはなくなっていたかも…。
 〝遠山に日の当りたる枯野かな〟と、「客観写生」を旨とする虚子だが、それでいて〝去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの〟などといった句も読むから凄みがある。
 「棒」で何だろう?

昭和の風林史(昭和五八年十一月二十八日掲載分)

2019年12月12日

光陰は箭の如く飛び去る

師走この小豆は限月問わず安いと見るが、本年勝利してきた人は店じまいでもよい。

ぼつぼつ来年の手帳やカレンダーを戴いたり忘年会の招待状の日時をスケジュール表に転記したり、新年号の編集会議や年末の金繰りなど考えると心がせわしくなってくる。

心がせわしくなる事は、一種の情緒である。読者から高値?みの輸大があるがどうしよう?と相談。とても買い値に戻しはせぬが、その因果玉を時間かけてほどく方法はある。それは一種の楽しみで、因果玉を持たない人より持っている人のほうがよほど人間性の深味というものを身につけている。いわゆる相場の情緒である。結構じゃないですか―と。冗談じゃない。朝目が覚めても夜寝ても頭の上の大きな石が人生を暗くする。相場の情緒など味わうゆとりなどありません―と叱られた。

小豆当限は、そうなるだろうが、ひょっとするとの、ひょっとのほうがなくて、そうなるようになった納会。

東京、大阪市場は六千円を付けない配慮があったがボスの店に逆らうなかれの名古屋市場は付いた値が相場で、数年前、ボスの店が逆の立場にある時、取引所を通してやいのやいのと買い店の買い玉を強引に降ろした事がある。

取引所は物事を都合よく忘れるけれど、血の小便絞った側は終生忘れない。

あの時は悪くて、なぜ今度はよいのだ―。

取引所は声ある声も聞く必要がある。

結構納会渡し物があった。物がないない言うから用心して集まる。

来月納会は残月一声とけん鳴く21日。そしてあなたまかせの28日。光陰は箭の如く飛び去る。そして相場は師走崩れに入ろう。

●編集部註
 実に難しきは引き際なり―である。
 誰だって損などしたくない。しかし相場様は意地悪なもので、大抵引かされ玉を切るか切るまいか逡巡しているうちに更に損が膨らむ事が多い。
 ダメな子ほど可愛いと言うが、プロではない人ほど相場の世界ではこの言葉が当てはまる。当の本人は思っていないのかも知れないが、端から見れば引かされた玉ほど猫可愛がりしているようにしか見えない皮肉である。
 損切りは意外と簡単なものである、という事に気付き始めたのはいつ頃だろう。泣いて馬謖を斬る心持で損切り注文を出すも、決済が終わった時、身が軽くなった気がした。
 「スッキリしただろ?」
 百戦錬磨の相場師が筆者に声をかけてくれた。
 「勉強して、またやればいいさ」
 それまであれこれ逡巡し、見えない敵と戦っていた時間がとてつもなく無駄なものに思えた。

昭和の風林史(昭和五八年十一月二十五日掲載分)

2019年12月11日

当限散るは涙かはた露か

納会一発小豆は舞い上がるだろうという人気だった。散るのは売り玉か、買い玉か。

10・11・12の三カ月で33万俵の小豆が輸入されるから、流通段階も実需末端も一応端境期のカラカラだった品がすれが解消する。

北海道には古品30万俵ほどが思惑をこめて在庫されているし、消費地には10万俵ほどの在庫がある。

北海道の新穀は昭和最悪の凶作で、幻の豆になって人々の目にはふれないが、それでも30万俵や40万俵は豆として存在する。

商売人は年末需要としての手当ては終っている。

先行き値上がりするだろうという思惑買いの仮需も一応山を越している。

となれば、心理的にも小豆の逼迫感は薄らぐし、現実的にも需給緩和のほうに向かうところだ。

投機筋は来年一月限の新穀一本限月に、渡すほどの新穀は、あり得ないと先回りした考えで逆ザヤ売るべからず、スクイズ可能と駒を進める。

確かにそれはそうかもしれないが、そうでないかもしれない。

一月限の大穀自社玉は五一〇枚売り/一一七七枚買い。当限ほどの極端さではないが、やはり上値ありと信じたポジション。

商いの薄い各節だけに誰かがその気で買い煽ると、三百円、五百円は宙に浮いている。

高いと、いかにも強く見える。しかし、大局トレンドは上に向いていない。地合いにつられて高い節を掴むと、その玉で苦労する。

皆さん相場がお上手で安いところは売り玉利食い専一。利食いしておいて戻りを待って、罫線見ながら戻りをゆっくり小刻みにまた売ってくる。

あえてスクイズ可能な危険な限月を触らず先二本なら、なんということもない。年末一発、一か八かたいくつだから少し博打してみようという人は12限を売るのもよいだろう。

●編集部註
 既に今後の相場展開を知っている身としては、「豊作に売りなし、凶作に買いなし」は本当なんだなと思う次第である。
 経験則上、仕掛けるのは買いであれ売りであれ左程難しい事ではない。難しいのは仕切りだ。利食いにしても損切りにしても、もう少し待っていれば、あと少し早ければという場面に何度出くわした事だろう。アマとプロの違いは、存外このあたりなのかも知れない。
 さてこの頃、巷では愛人バンクという商売が話題になっていた。今でいう〝パパ活〟、一昔前の援助交際の類である。
 この年の12月、最初にこの商売を始めた店が警察の摘発を受けた。このあたりの出来事は、日活が「夕ぐれ族」という題名で映画化している。

昭和の風林史(昭和五八年十一月二十四日掲載分)

2019年12月10日

流れて流れて三万円割れへ

売り玉(小豆)を流れに乗せて、あなたまかせの年の暮ということでなんとかなる。

シカゴが『これが相場だ』という下げかた。しかし綺麗なトレンドの中の忠実な動きで無心で見ることができれば、こんな判りやすい相場もない。

小豆もそれが言えるだろう。

トレンドと喧嘩するなと言う。需給も緩んでくる。

当限大逆ザヤに幻惑されているようだ。それと1月限のファンダメンタルに惚れすぎている。

相場心得第一条は『相場に惚れる事なかれ』である。

惚れて見るからアバタもエクボ。言うなら夜目遠目傘の内で11月限もそうだが1月限も買いたくさせる。

大阪当限の片建八三七枚。自己玉は五枚売りの七三七枚買い。

これが曲者である。当限に関してコントラリー・オピニオン(人気指数)は99である。だから恐らくぶっ潰れてこよう。

二番限の12限売りが博打である。気がついたら来月当限納会までに三千丁幅、この三千円処売って取れていたりするかもしれない。ということは11限にしても三千五百円あたりの納会になると見るからだ。

年の瀬控えてリスクは嫌だという人は一月限、二月限売りが今からでも三千丁幅食えるのでないか。

取り組みがふえそうな気配だったが、再び細りそうで、〔取り組み細り〕を分母にして、〔在庫増加〕を分子にすれば判りやすい方程式が組めるし、これに〔薄商いの出来高〕と〔高値の日柄食い〕を掛けてトレンドを見ていけば行きつく先が判明する。

思うに相場は流れである。急な流れ、ゆるやかな流れ、あるいはよどみ。時に逆流もあるが、今の場合は、あきらかに下げの流れである。

従って玉をその流れに乗せておけばなにも考えることはない。休日明けはまた一段安になるだろう。

●編集部註
 惚れて惚れられ、惚れられ惚れて、惚れて惚れられた、ことがない―。
 昔聴いた柳家三亀松の都都逸に、こんなフレーズがあった記憶がある。と言っても、今の人は三亀松と言われてもピンと来ないだろう。ひょっとすると山下達郎の師匠になっていたかもしれない、
戦前戦後に活躍した大物芸人である。どんな人物であったかは、吉川潮の伝記小説「浮かれ三亀松」(新潮社)に書かれている。
 恋は盲目。惚れたが最後。視野狭窄に陥った買い方が一人、また一人と消えていく展開になる。
 『相場に惚れる事なかれ』を身をもって体感した人が次に実感する言葉は、恐らく『罫線に淫するなかれ』であろう。

昭和の風林史(昭和五八年十一月二十二日掲載分)

2019年12月09日

小豆は前から転びそうだ

小豆全限大崩れの前夜のような様子を感じる。一、二限の戻り売りが面白そうだ。

小豆は当限が納会すると歯止めがなくなる。当限が高納会か、安納会かは判らない。

取引員自己玉は極端な買いになっていて、その限りでは下値がないという見方をしているわけだが、大逆ザヤを突っ張ってカラ売り玉の煎れを取ろうという狙いが果たして成功するかどうか見ものである。

確かに大衆筋のカラ売りも多い。と同時に煎れ期待のカラ買いも多い。

当限の売買内訳を見ていると新規売りよりも、新規買いが大量である。

相場は人気の裏を行くから、当限が裏目に出たら、あとに続く限月は、みな転んでしまうだろう。

考えてみると人気とは面白いもので11限がこの夏四千七、八百円高値の時に高すぎる、高すぎると騒いだ人達が今五千七、八百円を安すぎる、まだ上値あり―と強気する。

相場とはこんなもので、その時々で価値観も違えばポジションによって主張も変化する。

全般的に見るとこの小豆は全限売りの相場になっていると思う。

今のところ一月限に渡す品物がない―というストーリーで、この限月が買い方の柱になっているが、ひとたび相場が気崩れに入ると限月問わず、値頃問わず、大きな石も小さな石も巻き込んで土石流となる。

目下の姿は一時的な供給のショート現象を過大に評価して、それを絶対視する傾向であるが、これは長くは続かず、なにかのキッカケで“なんとかショック”というふうな暴落を呼び込むことになる。

大衆筋は先二本の今の水準は、いかにも安く思えるのか、値頃観で買ってくるが、三、四限の二万八千円台がトレンドからも日柄からもあり得る可能性が強い。盛りのよい一、二限も戻り売りが銭になる。

●編集部註
 東京市場の日足を見ると、1983年11月の小豆相場は差し詰め「鵯越の逆落とし」の如く急転直下の線形になっている。 筆者が相場の世界に入って最初に教わった文言は「価格はコンセンサスではない」というものであった。当たり前と言ってしまえばそれまでだが、往々にして、実際に相場と対峙すると視野狭窄に陥る事が少なくない。このような急落場面で極端な買いになっている自己玉はさぞかし厳しかろう。 委託玉と異なり、自己玉は縦横無尽好き勝手に取引する事が出来ない。今回の記述にもあった「大衆筋のカラ売り」がほぐれるのを待つくらいか。 ここで「大衆は全て間違っている」が出て来る。

昭和の風林史(昭和五八年十一月二十一日掲載分)

2019年12月06日

やはり崩れたがっている

相場に絶対がないことを小豆当限が教えてくれるであろう。一限、二限も下が深い。

相場は人気の裏を行く。小豆当限のように十人が十人とも絶対上に行くと確信を持ちだしたら人気指数でいう『90%の強気は逆に相場崩れの前兆』と思えばよい。

一俵の現物がなくても下がる時がくれば下がるのが相場である。

オランダのチューリップ球根相場にしても、ある日突然暴落に転じ、全国的投機熱に浮かれていたオランダは経済が破綻。これが立て直しに百年を要した。

小豆の現物がほしくて当限を買っている人はほとんどいない。

ほしいのは値鞘である。できるだけ高い値段で誰よりも早く、利食いして逃げたいだけだ。

昔から相場は値頃見るより、日柄見よと言う。

六月安値から、いまの11限一代の足取りを見れば、いかに凶作とは申せ何もかも織り込んだ時点である。

先の方の限月は、期近の歯止めがあっても急な坂を転落して行く姿だ。

玄人筋は期近買いの先売り、大衆筋は期近売りの先買いというポジションであるが、大勢トレンドからいえば限月問わず小豆は全部売りの時代である。

高い物は売れないことをシカゴ大豆相場が手近に教えてくれた。われわれは、数年前にカズノコの馬鹿高い相場がどのような運命をたどったかを見てきた。

世間一般物価は落ち着いている時に、凶作小豆であろうと、入船遅れであろうと高いのは一過性のものである。いずれは三万円以下の水準に落ち着く。

●編集部註
 バブル相場の話になると、何かと引き合いに出されるのがチューリップの球根だが、日本にも同様のバブルが存在していた事を知る人は意外に少ない。
 明治時代、それも西南戦争(1877年)の頃の万年青(おもと)バブルがそれにあたる。当時は、現在の価格にして1億円で取引される鉢も存在したと言われている。
 植物故に、バブル崩壊後も根強い愛好家が存在。以前、外務員時代に日参した顧客がそうだった。
 広大な屋敷の一角に、例えるなら中堅サラリーマンがベットタウンにローンを組んで購入した一戸建て住宅くらいの大きさの大きなビニールハウスが作られている。
 2階建てのビニールハウスには、あたり一面、大小の万年青の鉢が並べられている。様々な種類を交配させるのだという。
 画像検索すると判るが、花も実もなく、大きく細長い葉っぱがあるだけ。正直言って面白みに欠ける植物と筆者は感じた。
 神は細部に宿るという。存外、その辺りがマニア心をくすぐるのだろう。

昭和の風林史(昭和五八年十一月十八日掲載分)

2019年12月05日

小豆も崩れたがっていた

半身に構えた強気が多い小豆だが、相場は崩れたがっている。S安もある。

シカゴがあっけらかんと八㌦を割ってトレンドに忠実な相場展開だ。

線で大引値が八㌦割れは実に日足68本の重力を、もう持ちこたえ駄目ですという姿勢。

穀取輸大は強弱地図が塗り変わるところ。辛抱する木が冬枯れで花は春まで咲かない。早く投げた者が投げ当たり。投げ当たりとは投げたあとの下値が深い時にいう。

小豆は当限が崩れたがっていた。

今の小豆当限、十人が十人とも渡し物がない。カラ売りが多い。だから高納会煎れが取れる―と強気ばかりだが、どうだろう、そうは問屋が卸さない。

まあ証拠金の高い当限は触らぬ神にたたりなしで、崩れたがっていることを知っておけば、あとの限月の相場の張り方の役に立つ。

新穀一本の一月限に渡し物があるだろうかという。一限買いが本命という人気。そして今の小豆の常識になっている。

しかしこれとて、さあどうだろう。どなた様が強気でも、渡し物がなかろうと、崩れる時は崩れるのが相場である。

小豆のトレンドは大下げのコースに入っていて言えば、そんな馬鹿なと一笑されようが大局トレンドは三万円割れ→二万八千五百円が先限で予測できる。

強気にすれば逆ザヤに売りなし。前に回せば出世する。カラ売りオール煎れ死にさ―とファンダメンタル頼りの姿勢だが、力で買っても一時的で、相場の疲れと大局トレンド下向きの前には、どうにもならんという時がくる。

線でいうと三、四月限の千円割れから三万二百円どころまでの下げは今宵虎徹は血に飢えたといわんばかりにS安の匂いがほしい下げかたになるかもしれない。相場は相場に聞くべし人に聞くべからず。

●編集部註
 それにしてもこのオヤジ、ノリノリである―。
 ひと昔前のネットスラングである。「オヤジ」「ノリノリ」の部分がその都度変えられ、色々な所でこのフレーズが出現した。仮に今回のような記事がネット成長期の中頃あたりに出回っていたら、恐らくこのフレーズがニフティサーブやミクシイ、2ちゃんねるあたりで飛び交っていただろう。
 1983年にインターネットは存在したが、日本では黎明期も黎明期。2001年宇宙の旅なら、猿が骨を掴んで暴れるシーンの辺り。まだ宇宙シーンにも行っていない。電話回線で慶応大、東工大、東大間でつながったのが日本のインターネットの始まりとされる。1 984年の事だとか。
 それにしても今回の記事のような攻防は端から見て楽しそうである。日本の穀物先物市場が瀕死の白鳥となっている現在、現物を受けるとか渡すとかといった行動が相場展開の転換点や変節点になる事はまずないだろう。
 時折、取引所から早受渡しの結果がFAXで送られてくるが、驚くほど少ない枚数がポツリと書かれて終いである。ネット全盛の昨今、この程度の事をわざわざFAXで送らなくても良いのではないかと訝しむレベルだ。

昭和の風林史(昭和五八年十一月十七日掲載分)

2019年12月04日

輸大が下げたがっている

輸大が下げたがっている。ドカ安がきそう。小豆は流れのままに。三万円割れあり。

輸入大豆が、どうにもいけません。

シカゴの線が買いにならない。

シカゴは実質的には九月9日レスリー天井だが同月13日・22日瞬間的高値で大天井して、以来実に忠実な肩下がりトレンドの中の判りやすい相場。

これで今度下げた時は八㌦を、あっけらかんと割っているだろう。日柄的に見てドカ安のくる時分だ。

穀取輸大は一、二、三月限の高値?み玉が、まだ投げきっていない。

辛抱すれば天の助けもあろうかという、あすに望みはないではないが―の心境であろうが、落ちゆく先は先限でいえば、とりあえず四千七百五十円あたり。

取り組み表で東西それぞれ片建一番大きな買いの数字の店をマークして例えば二千五百六十枚なら、これが半分の千百枚あたりまで減ったあたりが、売り玉利食いの場とする方法もある。

小豆のほうは、読者から『セールスが買え、買えやかましく言ってくるのですが、また上ですか?』と。流れは下を向いていて利食い戻しや、買い方の抵抗で強張るところもあるけれど、買えばシコリをつくり、次なる下げの弾みをつくる作業になる。

ひとまず売り玉利食いしたようで、ならば戻ったところを売るのですよと年末控えているから当方のアドバイスも慎重になる。

『要するに風林は提灯がつきすぎるからいかんのだ』と読者から叱られる。曲がった時は全部風林が悪いということになる。

将棋でいう指し過ぎ、碁でいう打ち過ぎ、相場でいう張り過ぎ、原稿でいう書き過ぎ。過ぎたるはおよばざるが如し。

なに事も、ほどほどがよい。お酒にしても燈前に痛飲して夜更けて夢醒め何処なるかを知らず考鶴一声山月高しなどと。

●編集部註
 ロートル故に〝『要するに風林は提灯がつきすぎるからいかんのだ』と読者から叱られる〟という箇所に、何だかほっこりした気分になる。
 主要取引が対面からネットへ。電話回線はISDN、ADSL、光回線と変わり、その光もギガ対応に。フラッシュ取引の登場で今や提灯もへ ったくれもない時代だ。
 違法な取引も巧妙化。どの市場のどの銘柄とは言わぬが、時間足でべらぼうなヒゲの出現を見ると複雑な気持ちになる殺伐とした世界になった。
 当節、セールスの買え攻撃はあるまい。昔は「冬は湯豆腐、夏は冷や奴」で大豆の買い注文を取った猛者もいたが今は笑い話にもならぬ。元来相場用語は花柳界由来のものが多いだけに、野暮な世界になったものである。

昭和の風林史(昭和五八年十一月十六日掲載分)

2019年12月03日

秋風落莫満目粛全の運命

強気は、「もう、もう」言っている。もうはまだなり、これからなり。下は深いです。

小豆の下げに驚いている人が多いが、こんな判りきっている下げになぜ驚くのか理解できないが、やはりポジションによる見解の相違であろう。

流れとしては、かなり深い下値を取りに行こうとしている。

端境期相場、入船遅れ相場、凶作蒸し返し、そして煎れ相場、それらが終わったのであるから次は需給緩和、高値買いつきの玉整理、逆ザヤ解消、水準訂正という動きがくる。

問題は値頃観だ。三万一千円割れは安いと見るのは高値おぼえである。

誰一人いまのところ二万八千円とか二万五千円という相場を考えていない。

しかし、月末→師走にかけて、三万円割れ→二万八千円という、この期におよんでS安とは…という惨状に唖然とするだろう。

とりあえず二月限で先日の頭から五千丁下げ、ピンで40万円は節分まで待たず、クリスマスまでもいかず取れると思っている。その時の目途は二月限の二万八千五百円あたり。

当面は利食い戻しも入るが、流れというものを?んでいる限り利食い戻しは売りの好所になる。

相場というものは産地の相場を見ても判るように天井したら現物価格も凶作もあったものでない。

天井したものは大底打つまで戻しては下げ、戻しては崩れる。

このような時は強弱は不要だ。売り玉を流れに乗せておけばよい。

取引員自己玉は、なんとひどいことか。買いになったとたんの崩れである。

今年に入って小豆の自己玉だけは東京音頭でまったく手が合わない。

選挙が済めば自由化に近い状態になる。来年の春は二万三千円があってもおかしくない相場展開になっているだろうが当面は三万円割れが目標。

●編集部註
 今回の文章に〝選挙が済めば〟とあるが、これは12月18日の衆議院選挙の事を指している。
 この2カ月前、ロッキード事件で逮捕された田中角栄が一審で懲役4年、追徴金5臆円の実刑判決を受けた。この判決を受けて政局を打開するために与党は衆議院を解散。この選挙が実施されたとされている。
 結果は定数511に対して自民党が獲得した議席は211。過半数に届かず実質的な敗北であったが、新自由クラブとの連立政権で乗り切り、12月27日に第2次中曽根内閣が成立する。
 一方、この選挙で田中角栄は新潟3区から立候補。22万票の圧倒的支持を受けて当選する。