昭和の風林史(昭和五四年十月十九日掲載分)

2017年10月24日

強く見えるが 上値期待出来ない

昔仲買い、いまヘッジャー。投機家はいつまでも犠牲の羊であるならば市場は衰退する。

「山は暮れて野はたそがれの芒かな 蕪村」

相場というものは、高いと買いたくなるものだし、高くなればケイ線の姿も買いになり、自然、強弱観も変化すれば、市場人気は一層寄ってきて商いも弾む事になっている。

だから、柿の実が、まだ青いうちにもぎ取ったりせず、熟すまで待っておればよいのに、ホクレンあたりが、すぐ相場を潰しにかかるから、投機家は、そのような市場から離れる。

ホクレンは、現在の小豆市場では、ガリバー的巨大な売り仕手的存在である事を万人が認めている。

これはホクレンの組織機関の持つ、集荷→委託販売という業務上、当然的形態であるから定期市場をヘッジの場として利用する事に誰びとも異存はない。

しかし、ホクレンといえど定期市場を荒廃させるような事があっては批判が集中する。

そのヘッジ行為にしても、定期市場に見合うような良識ある、かつまた市場を育てるという温情ある態度で接すれば、自ずから相場も育ち市場は活気を取り戻し、ホクレンまた高値で売れる。

たまさか、市場は端境期の品ガスレ傾向と、二万四千円(先限)抵抗の、値頃観、そして売りあき気分などから相場は明るい兆しを見せ、強気見方の意見も聞かれるようになった。

商品の先物市場は、なんといったところで相場が上がってくれなければ商いが弾まない。

穀物を主とする取引員にしても、穀物取引所にしても、年内残りカレンダーの少ない今となって、市場に沈黙されてしまっては心もとないのである。

一時、小豆が駄目なら輸大があるさ―と楽観していた市場だが、輸大取引の構造的実情を知るに及んで一般投機家は市場に不信感を強め、またアメリカの農作物(大豆も含めて)大豊作などから、輸入大豆市場の活況は期待すべくもない。

さすれば、やはり長い歴史を持ち、証取業界を支えてきた小豆という商品そして小豆の相場を、疎かにすることの愚に気がつく。小豆市場は、やはり大切に育成しなければならないのである。

よく商品セールスマンが『お客に儲けてもらわなければ―』という。これは真実の声である。儲かる市場になれば宣伝せずとも人々は集中する。相場のほうは残念ながら大きな上値はなさそうだ。

●編集部註
 「貧すれば鈍する」とはよく言ったもので、十数年前のある老舗商品会社は「お客様が儲ける前に、先ず我々が儲けなければならない」という考えであった。案の定、その数年後にその会社は潰れる。

 この頃は、何だかんだでまだ余裕があった。

昭和の風林史(昭和五四年十月十八日掲載分)

2017年10月23日

相場を育てよ 売るのはそれから

小豆が売られるために重い腰をあげようとしている。ホクレンは相場を育ててみてはどうだろう。

「秋の燈やゆかしき奈良の道具市 蕪村」

一九七三年(昭和48年)はシルバー、シュガー、ソイビーンズの3S商品が投機の主流をなした。

目下、先行した金、銀相場は一応天井型をして高値圏で遅行商品の砂糖などの上伸を待っている。

日本の砂糖取引所はロンドン、ニューヨークの相場暴騰の熱気を移し、また円安に影響されて商いが弾み、草木もなびくように粗糖、精糖に投機筋は移動している。

要するに世界の砂糖の需給が大幅に改善された事が、この相場の芯になっているから値頃観で売っては、ひどい目にあう。六年目のシュガーサイクルに乗ったばかりで、ロンドンの百五十一?の大きな節の値は取る流れになっている。

ところで名古屋市場は小豆も輸大も自社玉が買いになっているという。

大阪は、まだ小豆の自社玉は売りが多いが、輸大は売り買い接近している。

東京市場は輸大も小豆も売りが圧倒している。

三市場における微妙な自社玉の変化を、どう見るか。輸大に関しては、これは円安の分だけ値段を上げる。シカゴ市場を見ていると小麦、とうもろこし、大豆、綿花の大豊作で、おりからの高金利時代で、農民は、現金化を急ぎ、高金利の恩恵を受ける側に回わるのである。

大阪輸大相場は先にも書いたが七百五十円の関門を抜いても八百五十円はどうか?というところ。しかし自社玉が下長(買い)になるようでは軽卒に売るのは見合わせるべきだ。

先般上京の折り、自社玉の事について清水正紀氏から『風林は自社玉についての考え方が間違っている』とお叱りを受けたが、清水さんの自社玉についての考え方は理解出来るが、相場強弱についての自社玉の読み方を小生は書いているわけで、それも絶対とは言っていない。自社玉で取引員が苦境に立つ相場もある。要するに確率の問題で、投機家は、自社玉が売りの場合、買うのは不利な結果になりやすいという事。

などと言っているうちに小豆が戻している。

一般的には五千円台は売り上がりという見方。中には六千円近くがあろうというが、売り込みが多ければ五千五百円を付けても変ではない。

付ければ、もとより売りたいものだ。クリスマスプレゼントになるだろうと思う。市場は、嫌なぐらい冷静である。

●編集部註
 ここで登場した3Sの中で、銀だけは後々ハント兄弟による買い占めであった事が判っている。

 買い売りを問わず、本尊の末路は大半が不幸だ。

 あれこれ書くよりも、チャートを見ると解る。

昭和の風林史(昭和五四年十月十七日掲載分)

2017年10月20日

国際化の波か 香港商取逆上陸で

香港商品取引所の日系ブローカーによる、目本逆上陸は、国際化が叫ばれて以来の事件である。

「満天星の垣の紅葉に散る紅葉 芳静」

十一月一日から香港の商品取引所で、東穀とほぼ同じ方法で輸入大豆の相場を建て、商いをはじめる。

香港商品取引所は開所以来、商い不振におちいり(仔細は『商品先物市場』10月号50頁)、その存在が問われていた。

しかし香港在住日系ブローカー(取引員)有志十数社が、同取引所不振の要因である(1)上場商品、(2)売買仕法、(3)その他を手直しすれば、取引所の運営は軌道に乗り、ひいてはアジアにおける総合取引所としての機能も発揮出来ようということで、東京穀取方式で輸入大豆を単一約定値段による競争売買(ザラバ方式でない)で値付けすることの許可を受けた。しかし現物の受渡し場所は東京の指定倉庫という事で、香港での受渡しは行なわない。

この事で現在、さまざまな問題が懸念されている。大手商社系列の各問屋筋は、香港市場が、日本国内の価格形成と流通に、どのような影響をもたらすのか強い関心を示し、中国の交易会に出席したあと香港にまわって実情を調べるところもある。

また、わが商取業界は、香港取引所のブローカー(主に日系仲買人)が、日本で投機家を勧誘した場合、外務員資格、支店、建玉その他、およそ無制限に行動出来るのか。現行商取法及び主務省規制等の権限外のものであれば、日本の商取業界は、革命的混乱におちいるのではないか。このような、多くの問題を内蔵している。しかし、香港商品取引所の輸入大豆上場は、わが業界にとっては青天の霹靂―というものではない。

日系ブローカーは、およそそのほとんどが日本の商品取引員の系列会社であり、取引所制度改善の実務を担当した人は、東繊取前専務理事、現顧問である。

従って、わが商取業界があたかも〝黒船入港〟のような狼狽の仕方はないはずである。また、商取業界識者は、ここ十年来、口を開けば国際化の必要性を説いてきた。

世界経済激動のいま、規制規制で、がんじがらめにしばられているわが商取界に、香港からの強烈なアプローチがあったとしても、これは自然発生的、必然性によるものとして、商取業界の国内態勢を整備し、低次元における秩序の混乱を招かぬよう国際化の波に乗らなければならないだろう。識者のよく言う激動期の一前兆に過ぎない。

●編集部註
 相場とは関係ないが、先日「サザンオールスターズ1978―1985」という本を読んだ(スージー鈴木著、新潮新書)。 

 78年に「勝手にシンドバット」でデビューした彼らが人気を確立するのがこの年の3月に発表した「いとしのエリー」。この曲で紅白初出場を飾る。

昭和の風林史(昭和五四年十月十六日掲載分)

2017年10月19日

売って忘れる クリスマス頃には
 
お天気だけは申し分ない。各種相場のほうも、結構動いている。愚痴を言ってもはじまらん。

「紫の淡しと言はず蘭の花 夜半」

仕掛け妙味のない小豆相場を見切って精糖相場に関心が移っている。

精糖は、金・銀相場の刺激を受けて海外相場が助走し、助走の半ば頃から精糖独自の需給改善―というみずからのエネルギーで上昇を始めた。

いかなる商品にも、価格低迷→上昇→急上昇→天井→反落のサイクルがある。豚にも牛にもそれがあって、砂糖の場合は、ほぼ六年がシュガーサイクル。そのサイクルに乗って世界の精糖の価格が、上昇を示している。

国内市場も、久々で取引所取引が活気を見せだした。投機家もセールスマンも、精糖の基礎データを調べたり、ケイ線を引いたり、やはり相場は上昇波動に乗らなければ人気が寄らない事を知らしめた。

一方、小豆の市場であるが、困った相場になっている。

下値には生産者コストがある。上値は、ホクレンあたりが売り場を待っている。

中国での交易会も始まって、そのほうの成り行きも注目されている。

台湾のほうは、ぼつぼつ播種期であろう。こちらは超大型の台風の影響というものも無関心でおられない。

そのような、諸要因すべてをひっくるめて小豆のケイ線は、どのようなシグナルを出しているのかといえば、肩下がりで、先限三千五百円あたり取りにいく姿である。

売っておけばよい。まあ、とりあえず売っておけで、忘れていた売り玉が利益を生んでいる。

エキサイトするような材料出現の、可能性のない時は、売っておけばよい小豆である。

ただこの場合、大暴落があるとか、仕手崩れがあるという、そのような相場内容でないから、売るにしても安いところを売らず、少しでも盛りのよいところを売る。

商いが閑な市場だけに、玉を小口に割って、はめていかなければ、自分の売り玉で売り値を下げてしまうこともある。

ところで輸入大豆相場のほうだが、大阪先限七百五十円は急所である。いわゆる魔の水域。

傾向線としては、八百円あたりが付くかもしれない足取りだが、先限八百円(大阪)どころは、軽く売ってみたいものである。存外、クリスマスの時分には、思わぬプレゼントになっているかもしれない。

●編集部註
 酒場で往年の相場師から聞いた話である。

 ある相場師が砂糖の買いで引かされた時、彼は損切りせずに現物を受けたのだという。保管がしっかりしていれば、砂糖は腐らない。臥薪嘗胆で受けて寝かせ、リベンジを果たしたのだとか。

 酒の席なので単なるヨタ噺の類かも知れないが、ない話ではないと思う。

昭和の風林史(昭和五四年十月十二日掲載分)

2017年10月18日

仕掛け場待ち 投機家目下冬眠中

投機資金は動きの激しそうな市場に移動する。値段は別として、商いのほうは陰の極を思わせる。

「悔ゆることばかりぞ石榴熟れそむる 野雨」

小豆相場は動きがないかというと、そうでもない。動いてはいるのだが、投機筋にとっては仕掛ける魅力がない。

商品の先物相場の投機家は、その商品を、生産したり、消費したりするわけでないから、是非その商品を売らなければならないとか、買わなければならないという事はない。先行き高くなりそうだと思うから、高くなるだろうという予測の可能性で思惑する。

先行き安くなるだろうという予測が立てば、売るわけだが、なにがなんでも売ったり、買ったりしなければならないわけでない。

従って、先行きの価格変動が不透明な場合は、売りもせず、買いもせず関心を持たない。

今の小豆相場は、大きな上値が出る可能性がない。また同時に、大暴落していく可能性もない。

だから、投機の対象にはならない。

一応二万三千五百円と二万四千五百円の、あいだにおける小高下だろうという予測は、売買手数料の事を考えなければ、千丁幅あるじゃないか―となる。

強弱ならよいが、証拠金を積んで建玉するとなれば二の足を踏む。

まして、高金利の時代に現金証拠金を動かぬ相場に張り付けておくわけがない。
これが逆に、投機妙味が大きい市場なら、高金利でも借金してでも思惑が集中する。

相場の動きが小幅なら、建玉枚数を大きくすればよいわけだが、人気のない市場は一場六限月の出来高三、四十枚という情けなさでは、いよいよ手を出す人が減るわけで、男は度胸、女は愛嬌というけれど相場は、なんの相場でも人気がなければ値打ちがない。

●編集部註
 海の向こうではNY金が未曽有の大暴騰を続けている。誰もがここで天井をつけたと思っていた。

 しかし、この年の8月にカーター大統領の指名でFRB議長に就任したポール・ボルカーが打ち出した金融引き締め策、所謂ボルカー・ショックの影響が市場に影響を与えだす。10月、NY株式市場は短期間で10%下落。FF金利はこの年の平均が11・2%。これが2年後には20%になる。産業稼働率は低下し、失業率は上昇した。

 これに対し、NY金価格は2カ月で鯉の滝登り相場になる。日本ではブラックマーケットが横行。お役所も手が打てない。 

 そんなモヤモヤとした世情の中、「西部警察」が始まったのがこの週末であった。初回は装甲車が銀座や霞が関を走り回っていたが、回を重ねるごとに爆破シーンがエスカレートしていった。

昭和の風林史(昭和五四年十月十一日掲載分)

2017年10月17日

無気力無感動 市場構造に問題が

投機家は阿呆でないからヘッジャーの餌食にならないよう用心する。所詮は安い小豆でしかない。

「実をもちて鉢の万年青の威勢よく 久女」

自民党の凋落について党首脳者が「天気にやられた」と言う。この言葉を聞いた時阿呆ぬかせ―と思った。天候相場じゃあるまいに。

自民党の思いあがりと精神構造の堕落に〝鉄拳〟が下ったのである。民衆は決して愚民ではない。

商取業界のほうは、国際商品が海外市況の高騰と円安の影響で砂糖、ゴム市場が比較的活発だ。

しかし、以前のように、大衆人気というものを、どの市場からも肌に感じるものがない。

本来なら、こういう世情だから商品相場の変動に、もっと関心が集まってしかるべきなのに、いまひとつ盛り上がりがない。

これは、取引員の営業活動に、微妙な変化をもたらした、新規20枚までの建玉規制が、やはり影響している。取引所当局者のチェックが、これまた厳しい。営業第一線の本当の苦労を知らない取引所職員の、あいつは馬鹿か―と思わせるような融通の利かない権威主義は、商取業界を衰弱させるばかりである。

業界が活況の時と沈滞の極にある時と、そこは自ずから取引所の運営、施策に妙を発揮させるが有能というものである。

『取引所の馬鹿どもが…』と、つい言葉の節々、なにかいう場合の枕言葉になるのも無理はない。

もちろん勉強している職員も多いが、概して取引員に評判のよくない常務や部課長は、頭の構造が頑迷で、権威主義で、しかも勉強をしていない。この種の職員の多い取引所には、まったく大弱りするのである。

いまひとつ相場に人気が寄らないのは、ヘッジャー主導型の市場になったことである。

投機家は、ヘッジャーのための犠牲者ではない。そして取引員の自社玉ポジションにも人気離散の大きな原因がある。

手数料率を低くするために売買単位を手直ししても、それは根本的な問題を解決しない以上、姑息な手段で賢明なる大衆は、すぐに見抜いてしまうだろう。目下大手取引員は営業マンの雇傭問題で試錬期にある。それはブラック・ゴールド市場のばっこにかかわる問題でもある。その事について業界上部団体はもっと真剣に対処しなければならない。

さて小豆相場は、安いようで安くないが安い―という虚無市場である。ヘッジャーのために犠牲になる必要はない。

●編集部註
 歴史にIFは禁物だが、日本の商品取引所はこの時、CMEを凌駕する事も不可能ではなかった。

 古くは星新一の父しかり、鈴木商店しかり、近年ではホリエモンしかり、新機軸を打ち出す人間や組織に、この国は冷たい。

昭和の風林史(昭和五四年十月九日掲載分)

2017年10月16日

みな売場待ち 人気がありません

どうせ上にはいけない小豆。なにかの拍子で買われれば売る。まるで社会党みたいに人気がない。

「木犀の香にあけたての障子かな 虚子」

選挙は水もの、フタをあけてみなければ判らない。自民党有利と前評判上々だったのに、開票結果は、なんとも苦しい。

新聞が作意的に自民党安定多数―と、囃したてたのではないかと思うのだ。

カラ出張問題にしても朝日新聞あたりのあつかいは、大蔵省まで槍玉にあげて、これは、選挙を多分に意識した感じである。

国民は、そんなに自民党が安定多数なら―というバランス感覚で、共産党に票を投ずる。共産党は嫌いだという人は民社、公明あたりに投票する。

社会党は、昔はもっと背骨がシャンと伸びていたのに、誰でも思う事は同じで頼りにならない。掴みどころがない。一体お前は、どっちを向いて御座るのか。

自民党候補者は、今度の選挙で随分お金をばらまいたようだが、ばらまいた割りに効果が薄いことは、これはうれしい傾向である。いくらばらまいても票にならないことが判ってくれば、政治が少しは綺麗になろう。

さて、相場のほうは安いようで安くないが安い。

まるで社会党みたいな相場である。オモロウないのである。相場に個性がないから人気につながらない。

その点、あんな精糖みたいな―という精糖相場が徐徐に人気を集めだした。

円安、海外市況高という時の運が、この砂糖相場にほほえみかけて、持ちも下げもならなかった砂糖取引所の職員さんも愁眉を開かんとしている。

先に、閑で閑で閑古鳥の巣みたいなゴム取引所が、やはり愚鈍にして仁者は待つのみ―と達観していたところ、海外市況高や大口投機筋の売買よろしきを得て、出来高増大。ゴム取に非ずして取引所に非ずとまではまだいかないが、ともあれゴム取引所も愁眉を開いた。

まあ、このように、栄枯盛衰は世のならい。天井したものは底を打ちに行き、大底打ったものは天井を取りにいく。

小豆相場も、いまのところは、売られるための段階。高ければヘッジ売りである。

安ければ、値頃の抵抗。ドカドカ安の暴落は、今の水準では、あり得ないが、買って手数料抜けが、これまたしんどい。

結局、なにかの拍子で高いところを売るしかない。どうせ上にはいけない相場である。

●編集部註
 この記事を担当していて四十余年前の出来事と現在の事象がリンクしていると感じる場面にあう。

 平成の御代では、国難に立ち向かうために選挙を行うのだとか、では、その国難は何故生まれたのかを考える必要がある。四十余年前の如きサプライズにならぬ事を祈る。

昭和の風林史(昭和五四年十月八日掲載分)

2017年10月13日

虚無なる市場 安いような安さ

それ以上のものでない。芯がない。垂れると、軟弱地合になり商いも細い。虚無なる小豆相場。

「暗がりをともなひ上る居待月 夜半」

総選挙の開票速報に釘付けされる。

自民党圧倒的有利という、新聞の世論調査が、そんなに自民党有利なら野党に入れてみようかと票が流れたのではないかと思わせた。

政権の安定は国民の望むところであるが、安定政権に自信を得て、選挙公約を反故(ほご)にされては困る。しかし日本人は案外怒りを知らない国民であるから、落ち着くところに落ち着くのであろう。

証券界も商品界も自民党大勝利は好材料である。

80年代が不安のつのる不快な10年になるとしても、せめて政権が安定してくれなければ経済の成長に影響する。

きょうは坪野さんの神戸穀取が開所記念日の祝賀会を行なう。よその取引所は五年五年の区切りのよいところでパーティーを開くが、坪野さんのところは毎年ささやかな小宴を催し、会員各位に感謝の意を表し、ついでに新聞記者一人一人に声をかける。

時節柄、たべるものも飲むものも、たいしたものではないと思うが、やはり坪野理事長の御人徳で、じいさまの顔を見に皆集まる。

さて世界の金相場が仲秋の名月を待たず、満ちたものが欠けだした。

奇貨居(お)く可し(史記)で高値に飛びついた人は亢竜(こうりゅう)の悔。満つれば久しからず(易経)。投機の世界、相場の世界だ。

小豆相場のほうも、定石通り、売られるために戻した相場が、先限五千円。指呼のところで息が切れた。

賽の河原で小児の亡者が一ツ積んでは父のため、二ツ積んでは母のため、両親供養の塔を造ろうと石を拾って積むわけだが、鬼が出てきてすぐこわす。

三途の河原の石積みは地蔵菩薩が出て来て救ってくれるが、小豆相場の賽の河原に菩薩はいない。

だから、売られるために高い―。こんな味気ないことはない。

安ければ安いで、下げらしい安さなら張りあいもあろう。下げらしい安さも期待出来ない。

風むきによって小学校の運動会の行進曲や歓声が、聞こえてきたり途切れたり。

子供のいない親は、ああきょうは運動会か―と。

玉を持っていない人は、小豆が高いか安いか、どうでもよい。

あいまいモコとして、すすきの穂が十月の風にゆれている。

相場は、下げらしい安さではないが安いだろう。

●編集部註
 この時の衆院選。自民党は248議席しか獲得出来ず過半数を割り込む。

 これに対して、党内で内部抗争が勃発。後に「四十日抗争」と呼ばれる。

 結局、第二次大平内閣が発足するが、政局の不安定さは拭えず、衆参同日選挙で勝負に出るが、途中で首相急死というハプニングに見舞われる。

昭和の風林史(昭和五四年十月五日掲載分)

2017年10月12日

選挙済むまで 堅調相場が続くか

小豆相場はエキサイトするところはない。踏んだり投げたりすることもない。ソロバン片手である。

「長雨の降るだけ降るや赤のまま 汀女」

小豆相場が強張っているのも総選挙が済むまでであろうという観測に、かなりの信憑(しんぴょう)性があるみたいだ。

本来ホクレンは生産者の立場で、集荷した商品を少しでも高く売らなければならない道義的な責任がある。

にもかかわらずホクレンは定期市場で、売り仕手のような存在になった。

いみじくも「ホクレン管理相場」。「ホクレン主導相場」と名づけられた。

ホクレンは、相場を潰すのが目的なのか―という批判が生産者から出ても当然である。

ホクレンは余りにも相場師になりすぎて、ホクレン本来の役割や機能から逸脱していないか。

そういう批判が、せめて選挙中だけでも、相場に水をかけるようなことは、ひかえて欲しい―という要望になっても、これはなんら不思議でない。

期近限月はホクレンの買い戻しなどで21日の安値から二千丁戻し。

先限は二万五千円の壁を意識する水準。

市場の関心事は次期外貨ワクに集中して臆測が乱れ飛ぶ。こういうものは、決まってみなければ判らないもので、決まれば、知ったらしまい。織り込み済みとなる。

それより北海道の小豆の生産者の希望手取り金額である。素俵二万二千円は妥当なところであろう。

消費地千円から千五百円上として、二万三千円から三千五百円。このあたりが計算上では相場の底と判断できるわけである。

下値は二万三千円。では上値は―となると、精一杯の強気で二万六千円。普通二万五千円以上は売りと見ている。

市場に強力な投機家が存在して、上値を買っていくという時代ではない。

投機家は市場の構造を知り尽している。

そして現在、小豆相場に取り組んでいるような人は、小豆に関してはプロ中のプロばかりであるから、相場の意外性というものがほとんどない。

ましてこれからは需給相場である。外貨ワクを根底にして中国小豆(交易会)、台湾小豆(作付け動向)、北海道小豆の出荷状況などキメの細かいソロバン片手の相場の動きになる。

従って、小豆相場にエキサイトする場面を期待する人は失望する。

建玉を踏んだり投げたりする必要のない相場だ。

●編集部註
 実際、当時の小豆相場は2万4000円を挟み前後1000円の相場。一見クールな筆致だが、内実悔しかったと見る。

 海の向こうは東西冷戦の歪みで金融市場全般が動いている。これはビジネスチャンスでもあった。

 しかし、価格の安定を図るのは為政者や役人の務めでもある。

 どちらも正しい。しかし両者とも、相手が間違っていると思っている。

昭和の風林史(昭和五四年十月四日掲載分)

2017年10月11日

どこで売るか あわてずに待機中

人気の弱い割りに強い小豆だが、所詮は、どこで売るか―の相場。待機して売り場を探すところ。

「秋の暮わがしはぶきもさびにけり 露伴」

英国の国際戦略研究所のクリストAバートラム所長が、一九八〇年代は〝不快な10年になろう〟と世界情勢を分析している。

ソ連は資源とイデオロギー問題に直面し、周辺国への戦略を一段と強化しよう。
国際秩序の喪失が中東、アジア、アフリカなどの第三世界の地域紛争を引き起すだろう。(日経ビジネス9・24)。

イラン問題研究家のジェームズAビル教授は、80年代は中東諸国に政治的安定や社会的平和は期待出来ない。中東諸国は今後さらに革命の騒ぎにさらされる―と。(同)。

金価格はパリで一オンス四百五十㌦を付けた。五百㌦もあろうといわれる。

国際商品は、無気味に鳴動している。

シドニーウール。シンガポールゴム。ロンドン砂糖。シカゴ穀物。それらの動きは日本の商品取引所の上場商品に、もっと敏感に連動してもよいのであるが、国内相場を見ていると隔靴掻痒の感である。

これは、要するに日本の商品取引所の地盤沈下からくるものである。

本来言えば、80年代こそ商品取引所の時代であるはずだ。戦争、革命、資源パワー。オイル。インフレ。通貨不安。人口増。天候不順―。そのどれをとっても先物取引の機能をフルに活用して、危険をヘッジするしかない。

ところが先物業界はきわめて無気力、怠惰に陥っている。

伝え聞くところによれば通産省の細川室長は、商取業界は(いまのような状態では)五年と持つまい―というふうな、絶望的見方をしているようである。

これは過日、東繊取での清水正紀氏と細川室長とのきわめて感情的な、しかもエキサイトした、やりとりなどとは関係なく、細川氏がかなり以前から持っていた業界に対する見方である。

清水氏にすれば、室長はなんにも判っちゃいない―と思っているだろうし、細川氏にすれば、清水さんはなんにも判っていないと絶望しているはずだ。

ここらあたりに商取業界の不幸がある。業界と主務省の考え方が、まったく異次元で、しかも方向がすれ違い、お互いに、なにも理解していない。

本来、活気を呈してもよい先物市場の、現在の姿を見るにつけ、複雑な思いに沈潜するのである。

小豆相場のほうは売り場待ちの段階と見る。

●編集部註
 不快な10年は、頭に〝強国にとって〟という言葉をつけるとしっくりくる。

 米国はパフレヴィー朝が倒れ、在イラン大使館が襲撃、占拠される。

 ソ連はアフガンに侵攻。泥沼の戦いに突入する。

 これらは現在『アルゴ』や『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』等の映画で知る事が出来る。