昭和の風林史(昭和五七年一月八日掲載分)

2018年01月17日

来週は弱気が首をひねる

皆々、すべて、オール、上げ賛成の小豆相場である。来週は上伸する段階に入る。

今の小豆相場を売っている人にとっては解(げ)せないと思う。

それは相場というか市場というか、その構造が変化していることを無視して、従来の経験則や、自分に都合よく解釈された罫線観で相場を見るからだ。

また、そうではなくても、相場材料の枝葉にとらわれすぎて流れが見えない。

枝葉とは、六本木筋がどうした、こうした―という現象面からのとらえかたである。

そんなことよりも、なぜ雑豆輸入商社が定期離れしたのか。なぜ輸入小豆の値段が強張っているのか。

あるいは昨年失敗した農水省の畑作振興課が、次期枠を、どのように判断するのか。北海道の小豆作付け動向は、どのように展開されるのか―。

そのようなことを考えなければなるまい。

要するに、役所もIQホルダーも、北海道も、台湾、中国も、そして取引員(自己玉)も、更にいえば雑豆問屋も皆々すべてオール相場に対して上げ賛成なのだ。

弱気は『売り屋のいない相場は、下げだしたら深い』という。

確かにそれはいえるが、なぜ売り屋がいないのかを考えてみる必要がある。

在庫面にしても暴落していくようなものでない。

それは、次元の違うところで調節されているからだ。

閑だ。人気離散だ。取り組み減少だ。二月は集中入荷だ。買い屋が買っても(相場に)勢いがない―と弱気は言うが、ではなぜ暴落しないのか。

今の相場は頭を切りかえてみないことには、判らなくなり、つい弱気して踏まされるのがおちだ。

●編集部註
 ジャンルを問わず、歴史における「〇〇以前」や「〇〇以後」を考えるのは面白い。
黒澤明が時代劇を撮る以前、殺陣で血飛沫が飛ぶ事はなかったとか、同じく時代劇で人が斬られる時に効果音が使われるのは、五社英雄の「三匹の侍」以降であるとか、既に定説化しているものを再認識するのも面白いし、先日紹介したブレードランナーのように、まだ広く世間で定説化していないものを考えるのも面白い。
 1982年の小豆相場は2月頭から翌年1月、もっと言えば同年5月まで、長い長い下降トレンドを描く。この註を執筆する際に、筆者は当時の相場データを見るのだが、出来高と取組高を加えた日足を見ると、下降トレンドの中間付近である82年7月を境に取組高がガタンと著しく低下している。日足も大きなマドが出現。限月の違いと言えばそれまでだが、それならそれでサヤ移動がある。
 何が起こったのだろう。

昭和の風林史(昭和五七年一月七日掲載分)

2018年01月16日

今週の安値は絶好買い場

人気を弱くしておいて来週から相場は高くなると見る。二千五百円以下買いたい。

小豆相場は前二本の力が弱く全般に地合が悪いけれど、この地合いの悪いところを売ると?まるだろう。

なんといっても目下の相場は仕手がらみである。

仕手筋に、なにか異変が発生して、買いポジション離脱ということになれば別だが、仕手筋の内部事情は部外者には判らない。

ただ、相場のだれ具合を見て詮索するだけだ。

詮索は、相場の環境や取り組み内部要因。そして需給面、あるいは台湾小豆の入荷状況。

そして過去の相場を当てはめてみての模索など。

四千円近いところを売った玉は別として、四月限の二千七、八百円。その下は千三、四百円あたりに暴落、一日千秋の思いの売り玉が残っている。

もっとも暮のうちに追証続かずで踏まされた玉も多かった。

軟弱地合いを見て売り玉は、もう少し辛抱すればよかったと後悔しても、それはあとの祭りというもの。

四千円近辺を買った玉に追証がかかった。

投げるべきか、どうしようかと迷っているところ。

しかしこれも投げたら相場は軽くなり、来週からの高い相場を見て後悔する。

この相場は波動論でいえば押し目の最中である。

四月限で三千百五十円を上げた。その半値押しは二千三百七十円。

五、六月限でいうと二千四、五百円どころ。

これ以下は、今のトレンドからいえば新規買いも可だと思うし実際買いたい。

先は長いのだから、あわてることもないが、去年の一月同様第三週から相場は見違えたように上昇するだろう。

●編集部註
 79年12月から82年1月に飛んだので、改めてそれまでの小豆相場を振り返る。

大まかにいうと80年5月から始まった上昇相場は翌81年8月に天井をつけて反落。同年10月に反転上昇した相場は、82年2月で2番天井をつけ、そこから83年まで長い長い下降トレンドを描いていく事になる。

昭和の風林史(昭和五七年一月六日掲載分)

2018年01月15日

この相場は来週爆発する

◇…今の気迷い場面で買い玉を仕込んでおけば来週からのテンポの速い上昇が楽しめる。

◇…小豆相場は暮の24日の急落や、大発会のストンと落ちる動きを見ていると、中間反騰説派(この相場は中間反騰に過ぎず、いずれは三万円割れに向かう下げがくると考えている人達)は、四千円の抵抗は厚いという自信を強くするのである。

◇…逆に、この相場は大底を打って出直り過程にあるとするWボトム後の新トレンドに乗った相場と見る側にとっては、トレンドは破れていないから、三千円割れは買い場と見る。

◇…本誌新年号(四日付け)新春の小豆相場考(14頁)のグラフを見ていただければ判りやすいが、去年の春の相場も二千円、あるいは三千円近い押しを入れているが、上昇トレンドは破られていなかった。

◇…今の相場もトレンドの角度は昨年と同じで、上げ過ぎれば千円、千五百円の押しが入る。

◇…弱気はこの押しを売り込む。そこには需給観もあるだろうが昨年10月、11月のWボトムを大底と見ていない相場観が底流にある。

◇…強気側は輸入商社の定期離れや、輸入業務の配慮されたビジネス化を注目している。それと、えたいの知れない投機資金の流入である。これは株式市場にも見られた現象である。

◇…相場としては昨年も五日新甫発会後の次の日急落したが12日の月曜から上昇リズムに乗った如く、週明け11日からテンポの速い上げ足に移ると思う。

◇…四千円抜けからの相場は、やはり踏み上げである。罫線でいうと三万五千三百円の窓埋めである。疑心暗鬼の人気の時だけに今の押しは買って大丈夫。

●編集部註
 舞台は、サラリと昭和54年(1979年)から昭和57年(1982年)に移っている。

 金融市場にとって79年から80年にかけては、ボルカーショックや金の急騰など狂乱の時代であった。この狂乱と、後のバブルの狂乱の狭間にある時代、それが1982年であると言える。

 歴史には、よく「〇〇以前」や「〇〇以後」というエポックメーキング的な時代が存在する。

 文化史の観点で1982年は重要。何故なら映画『ブレードランナー』が公開されたからだ。

 ブレードランナー以前に描かれたSF映画の未来は、例えるなら鉄腕アトムのような世界であった。それがこの作品以降はガラリと変わる。

 この作品は都市計画にも影響を与えた。町山智浩著「ブレードランナーの未来世紀」では、渋谷のスクランブル交差点周辺の街並みが、この作品の公開以降、徐々にブレードランナーの世界観によく似た情景になっている点を指摘している。

昭和の風林史(昭和五七年一月五日掲載分)

2018年01月12日

一月相場の基調は緩まん

◇…一月相場は高いとみる。輸入成約などで押したところは買い場になるだろう。

◇…あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

久保田万太郎に『一月や日のよくあたる家ばかり』というのがあります。

読者の皆様がたと商取業界に今年は、日のよくあたる年であって欲しいと願います。

◇…さて、小豆相場の強弱ですが、昨年暮、いろいろな方から言われました。

『風林は風林らしく書いてほしい』と。『曲がってもよい』。そのように多くの人に言われました。

◇…考えてみますと自分自身は『大当たりしなくてもよいから大曲がりだけはせんように』―と、そのような考えがどこかにありました。馬齢を加えて消極的になったのかもしれません。

そういうところを読者は見抜いて、『風林は代筆と違うか?』、『風林は体調をこわしていないか?』とうちの記者に問う人があったのだと思います。

◇…それを聞いて、読者は、なにを求めておられるかがよく判るのです。

新年は、昔の風林に戻って、読者のご期待に添いたいと考えています。

◇…新春の相場については、強弱がわかれたまま越年したから、昨年暮の続きみたいなものである。

◇…弱気は、あくまでも弱い。それはそれで信念があっての弱気である。

◇…筆者は、新しい上昇トレンドに乗っていると思う。だから強気で三万六千円(先限)があるとみる。

◇…輸入成約などで時に千円、千五百円の押しが入っても、基調は上向きだと判断し、とりあえず三万五千円。えびす天井を用心したり節分天井を警戒したり。だが押しは買い場だと思っている。

●編集部註
 この文章を読んで、相場記者の大先輩と呑んだ時の事を思い出した。

 正確な分析記事を書く事が、読者のお役に立てると思っている私を、先輩はやさしくたしなめた。必ずしも当たる当たらないは重要ではないのだと。

 「理想的な相場記事は、やっぱり風林火山なんだよ。君も営業マンだったんだろ? 朝礼の後を思い出してみなよ。みんな投資日報をネタにあれこれと話をしてたろ?」

 確かにそうだ。曲がっている時の文章も、当たっている時の文章も、平等に話のネタになっていた。 

 ボヤキが話題になるのは、高座での居眠りが話題になる古今亭志ん生と同じく芸の一つである。

 相場は水ものである。 

 ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶ泡沫はかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし―。

 それは、相場の流れに翻弄される人間模様を描くルポタージュである。

昭和の風林史(昭和五四年十二月二十四日掲載分)

2018年01月10日

“狂乱の時代”に遭遇!

「かつていや現代でもわが国の社会構造は、老、壮、青、つまり老年は御意見番、壮年は判断そして青年は実務―という図式が厳然と存在していると思う。しかし、今後は老、壮、青の三者が力を合わさないと時代の流れについていけないのではないか。私は一九六〇年代は均衡と安定の時代、七〇年代は激動の時代、八〇年代は〝狂激〟の時代と了解している」(某商社部長談話)。米・イ経済戦争が象徴するように咋今の国際緊張の高まりは世界的なお祭りムード(クリスマス)を吹き飛ばしつつある。
OPEC総会で原油価格の統一は実現せず、二重、三重価格の色彩を強めただけに米国主要農産物価格にも同様の現象が生じないとも限らない。その時、シカゴ定期がどのように機能するのか、あるいは米国政府が食糧を武器として行使するのか、情勢は極めて流動的と言える。

イラン政府が預金引き上げ(八億~一〇億㌦=推定)をわが国に通告、為替関係者の間では再度、円安との見方が芽生えている。
米国とイランの谷間に位置する日本にとってひとたび操縦を誤ればその影響は甚大だ。「輸入大豆はどちらを向いているのかと聞かれても答えようがない」(某商社)のが現状であり、国際情勢抜きに相場を語れなくなったことだけは確かなようだ。

様変わり人気
小豆 納会模様を好感した根強い買い気が続いている。余りものに値なしが一転見直しにつながったのだから、人気の一八〇度転換も判る。
深刻な石油情勢、インフレ時代とあれば妥当な小豆価格の基準判断が変わっても不思議はない。弱気は「安値のヒネ現物により、新穀が割高視される」としていたが、それが崩れた以上、反動高は当然のところ。
この戻りでホクレンのつなぎが警戒されるが、取り組み面からは俄然、買い方優位に立ってきた。下値切り上げ二万四千円が底値に―。

●編集部註
 この頃、テレビでソビエトによるアフガニスタン侵攻のニュースを見て「有事の金」と連想した人は少なくないと思う。日本にも公設市場があれば、と考えた業界関係者は少なくない。海の向こうでは金相場が連騰中。今の日経平均やNYダウのような上昇に次ぐ上昇を見せていた。
 しかし「先物相場」というフレーズはあまりポジティブなイメージが持たれなかったと記憶している。株式よりも「手を出した」というフレーズと一緒に語られる回数が多かった思う。
 このようなニュースを受け〝市場価格の平準化〟の名の下先物市場を拡充しておけば、日本は多分金融立国になっていた。
 小物は目先の利権と小金にしか興味がなかった。

昭和の風林史(昭和五四年十二月二十二日掲載分)

2018年01月09日

消化し切れぬ大材料!

OPEC総会では強硬派と穏健派が鋭く対立、原油の統一価絡調整は失敗に終った。
日本の場合、長期契約価格(FOB)の加重平均は一バーレル当たり約二五・六㌦となるが、産油国強硬派の、”低生産、高価格〟戦略により、当然、スポット原油の比重が高まるだけに、石油業界では「憂慮せざるを得ない野放し状況」と深刻に受け止めている。

日本はより輸出に傾斜しなければやっていけず、来年は欧米との経済摩擦を強めることになる。同時に世界的な悪性インフレ―景気後退も間違いないところである。

輸入大豆の今年最後の納会は東京―堅調、大阪―軟弱、名古屋―暴騰の”ところ相場”となった。だが二番限以降は自然にまかすよりない不透明な石油情勢により、今こそ落ち着いている為替相場も、どうなるやら判らず、投機家もヘッピリ腰、大材料も消化難というところである。

ただ明らかな点は、今回のOPEC総会の結末により、八〇年の世界の政治・経済のうねりはより一層激しいものになろう。それが貴金属あるいは穀物など国際商品にどうハネ返ってくるか―。需給面のみから推し測れない様々なファクターを抱え込み、不気味な落ち着きの中で七九年も終ろうとしている。即ち強気、弱気のどちらも来年は二度とないチャンスに恵まれる可能性があるといえよう。

各地暴騰納会
小豆 12月限はヒネ渡し圧迫ということで、ひところ1月限三千円以上もの値開きが生じたが、その馬鹿にされ続けてきた12月限がうっ噴を晴らすかのように各地市場で暴騰納会を演じた。
実需筋にすると〝使い馴れた53年産〟ということでありヒネ見直しは新穀一本の受け渡しとなる1月限以降に少なからず好影響をもたらしそう。ホクレンは高いところはつないでくる。この厚い壁を破るのは容易でないが、”小豆そのものの価値”を忘れている様子である。売るほどに下値を固める経過になりそうだ。

●編集部註
 テクニカル、特にチャートパターンの観点では、後にチャートの教科書に出してもいい程、美しい線形を見る事が出来た。
 東京小豆は11月20日の安値を頭に同月6日の安値を左肩、翌月13日の安値を右肩に逆三尊を形成。同月20日からの反転でプルバックと見せかけて、大発会の翌営業日にギャップダウンして大きく下げる。ただそこからの反転上昇が大きかった。
 結果的にこの時の安値は上記の11月安値と79年9月の安値との間で更に大きな逆三尊の関係なっていたという事が判る。
 そのネックラインを相場は上抜けるのが80年の2月頭。その月の中盤にプルバック完了で再反騰。3月にピークをつける。

昭和の風林史(昭和五四年十二月二十一日掲載分)

2018年01月05日

〝神経質〟な大豆市場

金相場が暴騰、ニューヨーク、ロンドン市場で五〇〇㌦に肉薄する凄まじい勢いである。

シカゴ穀物は引き続きOPEC総会眺めで神経質な動きである。

市場ではソ連の大豆二〇〇万㌧、大豆油八万㌧買い付けのルーマが流れているが、数量としてはいささか大き過ぎ、商社など関係者は疑問視している。ただ、イランの人質解放による米・イランの対立緩和との予想も強まっており、気迷いから大きくは動きづらい様子だ。

国内定期の方も目立った動きもなく小浮動を続けている。トラダックス、三井、三菱がアトランティク積み(一~三月)で三杯(約七万㌧)買い付ける意向―と伝えられるが、もともとレイククローズの成約量も少なく、たとえ成約されても市場に大したインパクトを与えない―との見方が支配的である。

あとは実に不透朋な中国大豆がいつ成約を見るのか、そして為替の動き次第―とあって投機家も積極的に手を出しづらく、模様眺めを決め込んでいる。

受腰がしっかりしているので急落納会も考えづらいが、OPEC総会での原油価格決定が円相場にどう響くかに関心が集まっている。

情勢は混沌としているが、ここは人気、地合いにつられて安値売り込みは戒めたい。

小幅往来か
小豆 小豆相場は一部強気筋が期先中心に買っているものの、高いところはすかさずホクレン、農協筋がつないでくる。また、一月必着のザラ場約定も進んでおり、値ごろ頼みの買い方にはいささか苦しい情勢のようである。

〝新穀の受け手難〟を見越してか、取り組み内部要因に大きな変化もない、先限で二万四千円ラインを突破したが、感激のない新値であった。年明けの結着までに、日にちもあり、ここ当分は二、三百円幅のもみ合いと見ておきたい。

●編集部註
 世の中、便利になって暮らしやすくなるにつれ、何かと生き難い世の中になって参りました―。筆者の心に刺さったこの言葉が、一体誰によって、何処で発せられたのかが思い出せないでいる。

 江戸の御代、堂島米相場の商いは、狼煙等のリレーで大阪から東京に伝えられたという。

 日本のインターネット元年が80年代後半。普及し始めた90年代は、まだ画像一枚送るのに四苦八苦していた期間の方が長かった。

 今の情報ツールに慣れ親しんだ人間がこの当時の相場と対峙したら、多分勝てないだろう。

 ただ情報が多すぎるが故に、この当時の人たちが今の相場と対峙して、果たして勝てるだろうか。

 情に掉させば流される。所詮人の世は生き難い。

昭和の風林史(昭和五四年十二月二十日掲載分)

2017年12月27日

歳末難儀道 雑感 御愛読を鳴謝鳴謝

見ざる。言わざる。聞かざる。そして書かざる。相場道奥の細道行かしむる。御愛読鳴謝。

「さびしさは枯野のみちをゆかしむる 白雨」

きょうで当欄は消える。長いあいだの御愛読を鳴謝。

風林ファンが悲しむ―と言われた。記者冥利に尽きるお言葉である。

紙面は、年末年始の関係で、月曜付けから2頁建となる。これは毎年のことである。

それにしても、くる日、くる日、五千百十何回かを書いてきて、もう、風林火山の時代でもあるまい。

いつまでも小豆相場じゃあるまい―と、自から突き放して自分を見た場合、心が離れてしまう事は、恐ろしいものだと思った。

手亡の相場を見なくなってもう半年以上になろうか。全限日足線二種を毎日引いていたのを半年前に打ち切った。現在、小豆全限二種の日足を毎日記入しているが、これも先限引き継ぎ一本で済むだろう。

ゴム、砂糖、輸大の線もあれこれ引いているが、線というものは引きだしたらきりがない。それは執着がつのるからである。

しかし、心が離れた時、それが、どのように執着していたものでも、なんの興(きょう)も覚えない。

仏教では自我を捨てるとどうなるか。気持ちが楽になることは確かであろう。

相場界では無心ということをよく言う。無心になれば相場がよく見える―と。それは本当であろう。

来る日、来る日、相場の強弱を書きながら、相場と材料にふりまわされていては、無心になれと言われても、これは出来るものでない。

そのような、相場道という立場からも考えてみた。

強弱を書かない記者があってもよいじゃないか―と。

来年は、おさるさんの年。見ざる。聞かざる。言わざる。書かざる―。

●編集部註
 先日も述べたが、元々「風林火山」はエッセイでも何でもなく小豆の分析記事欄である。

 この註釈の欄を担当するにあたり、過去の風林火山を読み返してみて、最晩年の侘び寂びのあるエッセイとは似ても似つかぬロジカルさに、正直困惑した記憶がある。

 ただ、この少し前から「小豆相場に関連がある」という観点から別の銘柄の記述、政治、経済の表記が目立ち始めた。平成の御代でもそう感じるのだから、当時は読み手はいうに及ばず、作り手側からもいろいろと言われていたのではないか。

 ならば、小豆欄から去ればいい。という感じであろう。勝手な妄想だが、差し詰め落語の「大工調べ」で尻をまくって啖呵を切る直前の棟梁政五郎の趣が文中に漂う。

 折しも中東では再び大事件が勃発する前夜。小豆欄から外れても書く事はどんどん出て来る。

昭和の風林史(昭和五四年十二月十九日掲載分)

2017年12月26日

歳末難儀道 雑感 小豆記者失職でない

老兵は消え去るという気はない。小豆記者失職というものでもない。男子三日見ざれば忽然である。

「遠山に日の当りたる枯野かな 虚子」

相場はどうなんです?と言えば、為替次第―となる。

為替はどうです?。石油次第―。

世の中も変わったが、相場の世界も大変化した。

そういう時代に相場新聞も対処し、順応していかなければ、必要価値がなくなる。まして興亡激しい商取業界である。

創刊以来『風林火山』の当欄は、花形商品であった小豆相場と共にあった。

しかし、今の小豆相場には、もうロマンがない。もちろん相場は動くであろう。動くけれど、人々の心に感動を呼ばない。

手亡の相場でも、動いている。動いているが、果してどれほどの投機家が、この手亡相場に関心を持っているだろうか。

やはり、これからは国際商品である。

輸入大豆、砂糖、ゴムが一九八〇年の花形商品である。紙面も、それに対応していかなければならない。
この事は、去年の暮に計画して、本年春から実行しようと思ったが出来ず、夏頃にはと思い、それも出来ず、とうとう暮になってしまった。だから、四面からこの欄を消すのに一年かかったことになる。

という事は、小豆の先行きや業界を見定めたかったのである。

筆者は、この欄から消えても老兵は消え去る―というような気はない。小豆記者失職などとも思わない。

新年から三面で、随時、書いていく。それは行動する記者である。書く事が、余りにも多いし、また、書かなければならない大きな問題が山積している。

更に、当社で発行している『商品先物市場』(月刊)も四年目入り、ようやく安定してきた。雑誌のほうに力を今まで以上に投入しようと思っている。

●編集部註
 投資日報という新聞は、ジョン・F・ケネディが米大統領選に勝利した昭和35年(1960年)の11月に始まった。梶山季之の「赤いダイヤ」が新聞連載から書籍化されたのがキューバ危機のあった1962年なので、それよりも古い業界紙だ。

 当然、その当時の相場の中心は小豆相場。バックナンバーを読み返すと、小豆の相場記事が「風林火山」となっている。文中に漢籍が登場する相場の分析記事は前代未聞。ただし1953年のスタ ーリン暴落の直前「桐一葉落ちて天下の秋を知る」と一句用いた人はいた。

 1967年、大阪で井上義啓という人が「週刊ファイト」というプロレス紙を発行する。彼の言葉の紡ぎ方は独特で、後に「活字プロレス」と評される事になるが、風林火山のそれは「活字小豆相場」であった。更にここから小豆の文字が消え「活字相場」が始まる。

昭和の風林史(昭和五四年十二月十八日掲載分)

2017年12月25日

歳末難儀道 雑感 紙面の一部を変更

いつまでも『風林火山』じゃあるまいと、この一年思い続けてきた。時代が紙面の変化を求める。

「がむしやらの弁慶草も枯にけり 一茶」

小豆の実収高が発表されたが、今までにこんな無関心な発表はなかった。

この一事を見ても、いかに小豆相場が、人気の圏外に置かれているかが判る。

発表数字は、九月一日現在に比較して二千俵増の百八万俵。(前年比十四万六千俵減)。

相場のほうは、―だからどう、という事がなかった。

手亡は十六万八千三百俵。

たったの十六万八千三百俵である。減収で定期は買われたが、取組みと言い、出来高と言い、ほんの一部の人達だけの商いだ。

収穫量から言えば、取引所の上場商品として、心細い限りである。

時代が変わっている事を痛感する。

いつまでも、小豆相揚じゃあるまい―という事かもしれない。

小豆相場は、一年12カ月のうち、天災期の一、二カ月だけ投機家の関心を集める、シーズン銘柄になってしまった。

上値は、ホクレンが売ってくる。だから買ってもしようがない。

なが年、小豆相場に取り組んでき者にとっては、索莫としたものを感じる。

しかし、それが時代の流れであれば、対応していかなければならない。

本紙、紙面を徐々に組みかえる事にした。

「いつまでも、小豆相場じゃ、あるまい」―と同じように「いつまでも風林火山じゃあるまい」だと思う。

創刊以来、親しんでいただいた『風林火山』のこの欄は四面から徐々に姿を消す事にした。

勿論、小豆の欄は四面につくる。ただ、今までのような『風林火山[』でないだけである。

●編集部註
 小栗上野介という人物がいる。 

 江戸時代末期の幕府側の要人で、「勝海舟の好敵手」として幕末もの小説や時代劇に登場したり、「徳川埋蔵金」を秘匿した人物として噂されている。 

日本近代史の中ではかなり重要な存在なのだが、フィクションの世界では脇役か悪役にされやすい。

 しかし大島昌宏が彼を主人公にした小説「罪なくして斬らる」を199 8年に発表。この作品は後に「またも辞めたか亭主殿」という題名でNHKがドラマ化。文武両道に長け仕事も出来、ビジョンもある反面、短気な江戸っ子で、事あるごとに最後はべらんめえと尻をまくってしまう人物を岸谷五朗が好演していた。

 何故こんな事をつらつらと書いたのかというと、小栗上野介のような江戸っ子でもなければ、晩年に罪なくして斬首されたわけでもないのに、どことなく風林火山と似ているのだ。
 
 とりわけ、尻のまくり具合が非常に。