昭和の風林史(昭和五八年八月二十五日掲載分)

黒い九月が忍び寄る気配

年初来騰げ続けてきた商品に疲労の影が濃い。黒い九月が忍び寄る気配を感じた。

穀取輸大相場は冷静である。シカゴが幾ら高くても、あれはあれ、こちらはこちらの風が吹く。

シカゴだって“S高のS安”をやりかねない。アッと気がついた時は真っ向微塵に斬られていたりする。

穀取輸大は八月4日と16日に天井している。

仮りにこの値を抜いても怖くない。上昇トレンドにひびが入っているからだ。

熱波は熱波。シカゴはシカゴ。こちらはこちら。

内部要因と日柄と中豆。これを前に据えて相場を見なければなるまい。

来月は“黒い九月”になりはしないかと思う。

秋の日のビオロンのためいきの身にしみて、ひたぶるにうら悲し。

一月から上げづめの国際商品に疲れが出ている。

鐘のおとに胸ふたぎ色かへて涙ぐむ過ぎし日のおもひでや。

黒い九月とは、海辺から帰ってきたギャルたちの肌の色ではなく暑い盛りに浮かれて高値を買った相場のげにうらぶれて、ここかしこさだめなく飛び散らぶ落葉かな―のことである。

投機家も疲れた。ベテランセールスも疲労した。

そして相場また疲れた。これが怖いのである。

小豆はなにを考えたらよいのだろうか。

線は先日の安値で一応は止まって戻り過程にあるが、この戻り具合を見て再び売られ、先日の安値(先限)を割るコースに思う。

商いが薄くなりだしたことも上値に対する期待感を喪失させる。

年内需給の事。産地、天候、特に来月の降霜と被害の事。自己玉圧倒的売りの事。買い方に芯がない事。

玉整理未だ完了せぬ事。自由化の問題。台湾・中国小豆の事。おもいめぐらすわけだが戻り待って売るのが、やはりここではご正解でないかと思う。

●編集部註
 反知性主義賑やかなりし当節、「ビオロンのためいき」ときて「海潮音」もしくは「ヴェルレーヌ」というワードがぱっと出る大人は如何ばかりか。
 その昔、米国の文化人類学者ルース・ベネディクトは、その著書『菊と刀』の中で日本を「恥の文化」と定義した。あれから70年以上経過したいま、日本には上から下まで「恥知らず」が増えている。
 これも、彼女の意図とは別の意味で「恥の文化」と言える。そんな文化圏に居るのはまっぴらごめんではあるのだが…。
 それよりも、この時代に〝ギャル〟という言葉が登場するのが新鮮だ。言葉自体は所謂パルコ文化発祥だが、今の使われ方に近いギャルは、恐らく80年代からだと思う。