昭和の風林史(昭和五七年七月二二日掲載分)

2018年08月07日

ほとんどの人は「気」がない

小豆相場は下値探りの段階のようだが、ほとんどの人は無感動。

急に静かになってしまった。強弱なしの人が多い。

黙して語らず。これを寂寞(せきばく)と言う。

残れる限月ただの二本。取り組みは枯れ細る。まさに国破れて山河あり。

相場は、反発もしよう。しかしまた売られる。逆張りでお茶を濁すだろう。

人間というものは、心に、ときめきを持てなくなったら、持ちも下げもならないもので、張りを失ってしまうと、高かろう、安かろう、まったく感動しないから困る。

小豆相場に取り組んできた人達は、売り方にしろ買い方にしろ心の張りを失ってしまった。

これを取り戻すには、11月限が前にまわって六本の限月が全部揃うまで時間がかかるかもしれない。

一度失ってしまった小豆市場の信頼は半年一年で取り戻すことはできないが、気持を落ち込ませていては、業界再建が遠くなるばかりである。

そのように思いなおして、純粋相場強弱一本でいこうと思うのだが、なにせ、二本の限月だけでは、思考が展開せず、これは困りました。

本当言うと、このように気の乗らない時は、相場など見えないもので、まして手出しなどすると必らずいかれる。

松下幸之助さんが20日の朝日新聞に、『じたばたせずに遊んでいるのが一番よい』というようなことを言っていた。さすが達観の境だと思った。

相場の敵は(1)に腹を立てるな。(2)に悲観絶望するな。(3)に、むやみに喜ぶな―である。今回の事件で教訓を得た人は、それが無形の財産である。

●編集部註
 まだこの頃、松下幸之助氏はご存命であった事に驚かされる。1894年生まれなので当時88歳、米寿である。鬼籍に入ったのが1989年4月なので、明治に生まれ、平成元年まで生きておられたという事になる。
 この方のような生ける伝説のような人物を、人は勝手に殺している時がある。有名なところでは、晩年のアルベルト・アインシュタインのエピソードが秀逸である。
 戦時中、物理学者として核爆弾が開発される可能性について、大統領に手紙を送った事で知られる彼は、戦後は各メディアに登場し、核兵器廃絶を訴えていた。
 それを見た小学生だったか中学生だったか、彼宛てのファンレターにはこう書かれていたとか。「ごめんなさい。教科書に載っている人が、まさかまだ生きている人であったとは思ってもいませんでした。私の頭の中で、あなたはローマの哲学者とかの隣にいました」。