昭和の風林史(昭和五四年十月八日掲載分)

虚無なる市場 安いような安さ

それ以上のものでない。芯がない。垂れると、軟弱地合になり商いも細い。虚無なる小豆相場。

「暗がりをともなひ上る居待月 夜半」

総選挙の開票速報に釘付けされる。

自民党圧倒的有利という、新聞の世論調査が、そんなに自民党有利なら野党に入れてみようかと票が流れたのではないかと思わせた。

政権の安定は国民の望むところであるが、安定政権に自信を得て、選挙公約を反故(ほご)にされては困る。しかし日本人は案外怒りを知らない国民であるから、落ち着くところに落ち着くのであろう。

証券界も商品界も自民党大勝利は好材料である。

80年代が不安のつのる不快な10年になるとしても、せめて政権が安定してくれなければ経済の成長に影響する。

きょうは坪野さんの神戸穀取が開所記念日の祝賀会を行なう。よその取引所は五年五年の区切りのよいところでパーティーを開くが、坪野さんのところは毎年ささやかな小宴を催し、会員各位に感謝の意を表し、ついでに新聞記者一人一人に声をかける。

時節柄、たべるものも飲むものも、たいしたものではないと思うが、やはり坪野理事長の御人徳で、じいさまの顔を見に皆集まる。

さて世界の金相場が仲秋の名月を待たず、満ちたものが欠けだした。

奇貨居(お)く可し(史記)で高値に飛びついた人は亢竜(こうりゅう)の悔。満つれば久しからず(易経)。投機の世界、相場の世界だ。

小豆相場のほうも、定石通り、売られるために戻した相場が、先限五千円。指呼のところで息が切れた。

賽の河原で小児の亡者が一ツ積んでは父のため、二ツ積んでは母のため、両親供養の塔を造ろうと石を拾って積むわけだが、鬼が出てきてすぐこわす。

三途の河原の石積みは地蔵菩薩が出て来て救ってくれるが、小豆相場の賽の河原に菩薩はいない。

だから、売られるために高い―。こんな味気ないことはない。

安ければ安いで、下げらしい安さなら張りあいもあろう。下げらしい安さも期待出来ない。

風むきによって小学校の運動会の行進曲や歓声が、聞こえてきたり途切れたり。

子供のいない親は、ああきょうは運動会か―と。

玉を持っていない人は、小豆が高いか安いか、どうでもよい。

あいまいモコとして、すすきの穂が十月の風にゆれている。

相場は、下げらしい安さではないが安いだろう。

●編集部註
 この時の衆院選。自民党は248議席しか獲得出来ず過半数を割り込む。

 これに対して、党内で内部抗争が勃発。後に「四十日抗争」と呼ばれる。

 結局、第二次大平内閣が発足するが、政局の不安定さは拭えず、衆参同日選挙で勝負に出るが、途中で首相急死というハプニングに見舞われる。