昭和の風林史(昭和五八年十一月十七日掲載分)

輸大が下げたがっている

輸大が下げたがっている。ドカ安がきそう。小豆は流れのままに。三万円割れあり。

輸入大豆が、どうにもいけません。

シカゴの線が買いにならない。

シカゴは実質的には九月9日レスリー天井だが同月13日・22日瞬間的高値で大天井して、以来実に忠実な肩下がりトレンドの中の判りやすい相場。

これで今度下げた時は八㌦を、あっけらかんと割っているだろう。日柄的に見てドカ安のくる時分だ。

穀取輸大は一、二、三月限の高値?み玉が、まだ投げきっていない。

辛抱すれば天の助けもあろうかという、あすに望みはないではないが―の心境であろうが、落ちゆく先は先限でいえば、とりあえず四千七百五十円あたり。

取り組み表で東西それぞれ片建一番大きな買いの数字の店をマークして例えば二千五百六十枚なら、これが半分の千百枚あたりまで減ったあたりが、売り玉利食いの場とする方法もある。

小豆のほうは、読者から『セールスが買え、買えやかましく言ってくるのですが、また上ですか?』と。流れは下を向いていて利食い戻しや、買い方の抵抗で強張るところもあるけれど、買えばシコリをつくり、次なる下げの弾みをつくる作業になる。

ひとまず売り玉利食いしたようで、ならば戻ったところを売るのですよと年末控えているから当方のアドバイスも慎重になる。

『要するに風林は提灯がつきすぎるからいかんのだ』と読者から叱られる。曲がった時は全部風林が悪いということになる。

将棋でいう指し過ぎ、碁でいう打ち過ぎ、相場でいう張り過ぎ、原稿でいう書き過ぎ。過ぎたるはおよばざるが如し。

なに事も、ほどほどがよい。お酒にしても燈前に痛飲して夜更けて夢醒め何処なるかを知らず考鶴一声山月高しなどと。

●編集部註
 ロートル故に〝『要するに風林は提灯がつきすぎるからいかんのだ』と読者から叱られる〟という箇所に、何だかほっこりした気分になる。
 主要取引が対面からネットへ。電話回線はISDN、ADSL、光回線と変わり、その光もギガ対応に。フラッシュ取引の登場で今や提灯もへ ったくれもない時代だ。
 違法な取引も巧妙化。どの市場のどの銘柄とは言わぬが、時間足でべらぼうなヒゲの出現を見ると複雑な気持ちになる殺伐とした世界になった。
 当節、セールスの買え攻撃はあるまい。昔は「冬は湯豆腐、夏は冷や奴」で大豆の買い注文を取った猛者もいたが今は笑い話にもならぬ。元来相場用語は花柳界由来のものが多いだけに、野暮な世界になったものである。