昭和の風林史(昭和五八年三月十一日掲載分)

気分冴えない時もあるさ

それにしてもよくできる輸大の出来高をゴムが上抜いた商いには恐れいる。

ゴムの取引所は東京と神戸。八万五千枚の取り組みで九日・四万七千枚の出来高。

六ツの穀取の輸入大豆は四万二千枚の出来高だった。

計算ではゴムの買いがピン(一枚)で40万円の利益だが、安いところを買った人ほど早々と利食いしてドテン売りに回り、日夜失神しそうな苦しみ。

『利食いドテンは愚の骨頂』という言葉がある。

まさにそれを絵に描いたようなゴム相場だ。

それではというので『損切りドテンは福の神』とばかり煎れたあと買いついた。

果たして九週間連続陽線を立てたこの相場、損切りドテン買いが福の神になるかどうかのところ。

輸入大豆は百円幅上げるのに骨が折れる。

逆に下げる時は一発。輸大とは売るものなりと覚えけり―となるのも当然か。

もともと輸大は強気三分・弱気七分の利といわれる相場だ。まして中豆圧迫のご時世では、なおさらで、賽の河原の石積み。鬼がきて潰す。

しかし安いところを買っておけば、知らず知らず利が乗っている。まして大底打って上げ基調の中にあるのだから、気長くいくしかないようだ。

小豆は北海道の暖候期予報が6~7月一、二回の低温周期。盛夏期短く秋早い。八月不順、低温多雨―と買い方百万の援軍。

天候相場に勝負をかけようという買い物が入って、雨雲がたれて今にも降りだしそうな相場が、降りそうで降らない。

しかし、人気が離れている時だけに、高ければ買い屋の利食いで値が抑えられる。

えびす底の彼岸天井型のようにも思え、日柄の面でも春の天井づくりに入るところに見える。まあ昨年一年買い屋が苦労したことを思えば、まだ楽だ。

●編集部註
 この当時のゴム相場がどんなものであったかは82年12月末あたりからの東京ゴム相場の期先つなぎ足の日足をご覧になるとよい。「まだ」は「もう」なり、「もう」は「まだ」なりの典型例と言える。
 利を伸ばし、損切りは早くすべし―、と頭ではわかっている。しかし、すぐに利食い、損は切れずに夢を見てひたすら耐えてしまうのが現実だ。
 最後の最後は、運とタイミングと勇気に左右されるのが相場なのかも知れないと思う今日この頃。修練の果てに運は貯める事が出来るという人も。 相場修業は人間修行というが、相場をやればやる程人としての磨きが足りぬと気付く今日この頃。