昭和の風林史(昭和五七年十一月一日掲載分)

輸大期近高はつぶされる

小豆は強気できない。満を持して売る。輸大先二本にT社筋積極買いだが怖くない。

小豆の11月新甫は二万五千円、六千円という安値があると信ずる人は四月限を売ることができる。

市場の常識では、そんな馬鹿な安値があるものか―である。

あるかないかは済んでからの事。

あると思う者は売り、ないと思う人は買う。

小豆に対して強気が多い。ことに取引員業者筋は高値を摑んだままの強気である。

政策を期待し、農家手取りにこだわり、輸入枠の絞り込みや在庫薄を、よりどころにする。

しかしこの相場、実に頼りないのである。

三月限三万円指呼の間に買ったはいいが、九百丁を一瞬にして斬る。

二月限にしても三万円乗せは気分だけで、あとが寒い。このようなことでは、十月1日二月限安値の二万八千四百九十円(大阪)は九千円台の買い玉の重味と相場の日柄で潰されよう。

それにしても、やっと限月六本揃い、今月から納会もできる。小豆市場に人気が集まることを願う。

輸大市場に連戦連勝のT社筋が先二本に買い玉を入れてきた―と市場で話題になった。T社玉は受けないようにと申し合わせているようだが、このあたりの事が判らない。

輸大当限はM製菓も10月に続いて戦列にある。

相場としては煎れ一巡。強気増加だった。そして日柄十分。11限の線は、暴落線の出現。

長期限月はT社買いに提灯がついている。おかしなもので、以前ならT社に向かった大衆も、砂糖、乾繭、生糸で連勝した戦績を眺め、今度は提灯だ。

これでIOMの呼びだし相場が出現すれば、円相場絡みで一巡買ったあとの暴落は期して待つものあり。特に当限売り続行は、辛抱する木に花が咲く。

●編集部註
 ここで、シカゴ大豆相場の月足をご覧戴たい。当時この相場は大まかに2~3年周期で節目となる安値をつけていた。
 1982年10月はその大きな節目となる安値をつけた時間帯であった。
 80年代のシカゴ大豆は、罫線パターンでは典型的な「天井三日底百日」の形である。上昇トレンドは大きくも日柄は短く、下降トレンドはより長い日柄でジリジリと、夢見る買い方の首を真綿で締め上げて、最終的に窒息死させるような線形だ。
 そしてドル/円相場は、82年10月から翌年1月までの3カ月で51円も円高になっている。