昭和の風林史(昭和五七年一月十四日掲載分)

押しはあっても崩れない

節分までは押しはあっても基調崩れはない。節分からの下げも押しであるから弱気無用。

今の小豆相場は夏のお天気の事は誰にも判らないが、台湾小豆の輸入は着実に続く。

弱気している人のよりどころは他ならず輸入成約→実需不振→在庫増→相場反落というパターンである。

しかしこの考えは、あまりにも平面的だし、常識的である。

第一、輸入がとぎれたら困る。需給に見合った輸入は、絶対的条件であるから、これを弱気するのがおかしい。要するに考え方の次元のとらえかたである。

今は、安かったら買いたい空気が支配している。

高かったら売ろうという人もあろうが、それは三万五千円抜いてからの話。

先日も山梨商事の霜村社長と話していたのだが、去年、三万七千円で本当は天井していて、八千円台(先限)、九千円台(期近)は、付けなくてよい高値を出した。だから五百万㌦の追加や安徽問題や三千七百五十万㌦が出て、下げなくてもよい安値を出した。三万七千円台で買い方が利食いして天井を付けていたら、下げて三万三千円止まりで、いま頃は、それこそ三万八千円、九千円の相場になっていただろう―と。

過去の凶作のあとの相場は一月か二月に高値を出している。今の相場は大型輸入枠ではあるが、相場次元と違うところで政策による調節が行なわれているから、輸入小豆の洪水もなければ、相場暴落というトレンド破れもない。

もちろん昨年春同様に押し目はある。その押し目は買わなければならない。

今週の見方としては、四千円抜くもよし、抜かずもよし。節分頃までは上に行く相場だ。五千三百円あたりから千五百丁~二千丁押しを入れて、三月節句に向けて春天井を取りに行き、それからだろう時間のかかるチンタラ下げは。まだそれは先の話である。

●編集部註
 1929年の世界大恐慌が起こる前日の相場とはどんなものであったか。体験もしていなければ、生まれてもいないので残念ながらわからない。
 ただ、リーマンショックしかり、その前のパラジウム暴落しかり、共通しているのは普通であったという事。暴落は実にあっさりとやってくる。思えば1999年の金暴騰の時もそうであった。 もう一つ共通している事があるとすれば、議論が沸騰しているという点だろうか。喧々諤々と強弱それぞれの意見が噴出する。
 そういう点から現在の株式相場を見ると、まだ喧々諤々の噴出が足りないような気がする。存外、まだ上がるのではないか。何せ官製相場である。