昭和の風林史(昭和五十年五月二一日掲載分)

競争に耐えず 亡びゆく宿命に

手亡は国際競争力に耐えず亡びゆく豆だ。亡びるものは悲しく美しい。手亡の下値三千丁あり。

「鮒鮓や彦根の城に雲かかる 蕪村」

E女王歓迎の宮中晩餐会で三木総理が居眠りしたとかせんとか週刊誌に書かれるようでは三木さんも長くはないようで、あとは大平有力。そうはさせじで福田が巻き返すから経済企画庁主導型の一大景気回復が六月以降見られるだろうと期待している。

三木さんも、クリーン三木と期待されたが、今になると頼りない。それに近ごろの顔は憔悴しきっている。

総理大臣が、あの顔では駄目だ。陰気なイメージを払拭して福田主導の一大景気刺激策なるか。

なれば商品相場は大反騰に転じよう。そう期待している人が多い。

しかし手亡は駄目だ。手亡は亡びゆく豆である。これは世界の白系豆の趨勢を見ておれば、残念ながら仕方がない。

国際相場。国際価格の波をかぶっているわけだ。

手亡は安過ぎる―という声を聞く。ピーに押されて安い―となげく。

だが、過去の手亡の相場は国際競争の圏外にあっただけで、決して国際価格に見合うものではなかった。

商品の存在は価格に左右される。手亡がピーに押されても、自由主義経済下では仕方がない。

そのため生産が減る。それは運命であり宿命だ。

日本経済が自由化に踏み切った時、国際競争力のない、いろいろな商品が消えて行った。

いま、手亡も国際競争力に耐えられず亡び去ろうとしている。

亡びるものは悲しく美しい。

手亡相場もうら悲しいものを持っている。

だからと同情して買うことは禁物。

取り組み二十万枚。せめても亡びゆく手亡相場のはなむけである。

かつて手亡が、こんなに取り組んだ事はない。

手亡のミステリーの謎は案外そういうところにあるのではないか。

大衆は安値で売った。

千丁戻しで踏んだ。また買ってくるだろう。

そうすると、声も出ないほど叩かれよう。

手亡相場は、壮絶な死に方をするだろう。

徹底的に売るのが、亡びゆく手亡へのはなむけだ。

投機家は手亡と共に亡びてはいけない。手亡の下値三千丁あり。

●編集部注
 三木武夫はバルカン政治家の代表とされる。良くも悪くも「機を見るに敏」な政治家の事だ。

 一方、清濁併せ呑む政治家の代表が田中角栄か。

 人心が離れはじめた当時の三木は、絶妙のタイミングでライバル田中の〝濁〟の部分を責める

【昭和五十年五月二十日小豆十月限大阪一万七二六〇円・四一〇円高/東京一万七二四〇円・三四〇円高】