線型は大直り 迷う者多けれど
大きい相場と見るか八千円もみ合いと見るか。産地天候が肝心の開花期に来て変になりつつある。
「秋たつや川瀬にまじる風の音 蛇笏」
きょう立秋。広島原爆の日が過ぎると関西では間もなく盂蘭盆会。本当の秋の季節を感じるのは、京都大文字の送り火(16日)も過ぎてからである。秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる―と藤原敏行は詠んだ。
法師蝉煮炊というも二人きり。富安風生の句である。今時分になると毎年のことながら、この句が、ありありと目に浮かぶ。それは一種の憧憬なのかもしれない。
ひぐらしにさめてはかなき夢なりし(房子)。
こみずのかかった小豆相場だった。さげてはかなき夢なりしだ。
贔屓目に見ても二万円は遠くなった感じがする。
ただ、一万八千どころが、ひとつの抵抗帯であることは、売り方も認めるところで、むきになって売る場所ではない。
戻して、また下げる。戻すといっても窓を埋めるまでだから六、七千円幅か。
そしてまた下げる。下げるといっても一万八千円を割るあたりか。
大手買い方は、じっと産地の空を睨んでいる。いや、もう少し向こうのオホーツク海上空か、シベリア上空のほうかもしれない。
「あかなんだら、ぶん投げて、ドテン売りや」。
相場師は決断力が大切だ。
「もうしばらく様子を見るところと違うか?」。
短期は損気という。
「なあに、(作柄が)回復したいうても、ほんまに九分作かどうか判らへんで。霜一発きてみいな。勝負は投げたらあかん。執念ちゅうもんや。みててみい、二万円は信念や」。
なにしろ昨年の秋の暴落で身代飛ばしているからクロウト筋は腰が据わらない。
どこかで〝売ってこましたろ〟という考えがある。
産地のほうの天候は再び、ぐずつきだした。
これが開花期の小豆にどのような影響をもたらすかである。
八千円台のもみ合いという〝時間的なゆとり〟があるだろうか。
作柄が崩れれば一気に九千円台奪取の動きに移ることも充分考えられる場面である。
大きい相場と見るならば下げ幅千八百円の倍返し。即ち二万一千六百円。46年10月7日の天井顔合わせを考えるところだ。
●編集部註
一万九千四百円付近にガラスの天井が。透けて見えるが故に夢を見る。
【昭和四九年八月七日小豆一月限大阪一万九〇五〇円・七〇〇円高/東京一万八九八〇円・七〇〇円高】