昭和の風林史 (昭和四九年八月七日掲載分)

反騰余地充分 大なる相場なり

小豆の一万八千円は地相場である。売れば売るほど内部要因は上昇型になる。未だ天井せず。

「朝雲のたかき静けさ原爆忌 ひろし」

円安株安商品安―。二千円がらみを棒下げした小豆相場は売り方の利食いで止まった。七月末の消費地在庫四十六万俵。産地の供給量を三十万俵異常と見るか、四十万俵以上と見るかで今後の強弱が対立する。

収穫予想も全道作付け面積六万四千九百ヘクタール、全道平均七分五厘作から八分作の見通しは収穫百三十万俵ないし百五十万俵弱。

総在庫量と収穫予想の数字を合計し、輸入予想の数字を上積みすれば、これが総供給量。

そこから導き出される答えは供給過剰以外にない。

しかし小豆は先物市場の上場商品として、単なる需給一辺倒による価格構成をなさない。

即ち仮需要と仮供給の人気が大きく作用する。

また生産者コストの上昇、米価との比較等、価格の構成は複雑な要素が絡み合う。

まして新穀収穫までの照った曇った、降った冷えたの自然現象がつきまとう。

古品相場一万六千円は、あらゆる要因を考えて鉄壁の底値水準。

新穀一万八千円は、もとより売り余地のない地相場と言えるのだ。

ふり返ってみれば新穀限月一万八千八百円当時、売り方は下値千円を目標に弱気した。

それがおよそ千円高の相場になって狼狽した。

ある者は踏み、ある者はナンピン売り上がり、そしてある者は呻吟した。

折からの天候回復で相場は二万円指呼の間に攻めたが反転急落して今、当初弱気筋の目標値段であった〝売った場所〟からの千円下の水準。

その間、時計の針は回って日時も作柄も人気も推移したわけだが、仮に平年作収穫としても一万八千円相場を、なお叩ききる事が出来ようか。

目下のところ勝敗は天にある。それ以外に言いようはないが、未だ相場は天井打たず、大なる野望を秘めているかの如き様相を知る。

相場に秘められたる殺気というものだ。

相場はサイクルだ。陽から陰に、陰から再び陽に転じる。人々は昨年今時分から九月仲秋名月までの九千円暴落相場を考えているが、そうはなるまい。

●編集部註
 相場に絶対はない―。ここのところ、この言葉を何度も繰り返している。

 未来人でもない限り、相場波動にサーファーの如く乗り切る事は出来ぬ。

 相場師はロデオ乗りに近い。絶対のない不確定な相場変動の中で生き残るには、危機察知能力と脱出する勇気が必要であるといえる。

【昭和四九年四月六日小豆一月限大阪一万八三五〇円・一三〇円高/東京一万八二八〇円・一六〇円高】