今週も上伸す 走馬北上欲到天
未だ発芽せざるも、すでに情あり。相場の風情如何に解す。相場上なり。売られた取組みに火がつく。
「石菖や打水弾く脂石 若沙」
六月は三日新ポ。第一、第三土曜日が休日になって、三日新ポなどという中途半端で不吉な感じのする発会がはさまるようになった。
六月三日新ポに消費地市場は今種を蒔いた新穀限月が登場する。これが、どの程度上ザヤを買って生まれるかが、相場思惑する人の関心事である。
われわれにすれば、今種を蒔いた小豆の六カ月先の収穫後の時点の価格を取り引きする事は、先物市場にあっては至極当たり前のことで、あらためて興感も湧かないが、まったく先物市場の構造や機能を知らない人々は、市場機能の説明を聞くに従って、すばらしい取り引きだ―と驚嘆する。
先物市場は、理解されれば、なんと魅力のある取り引きで、なんと高度なシステムであろうか。
現在の姿の商品業界が亡びても、先物売買のシステムは資本主義社会においては存在し、より以上に発達しよう。しかし、そのためには、投機家が常に存在しなければならない。
現在の姿の商品業界は、恐らく遠くない未来、滅亡するであろう。亡びるものは美しいという。亡び去ったものに国家あり、民族あり、芸術あり。それはマンモスから帝国海軍連合艦隊まで、すべて〝美〟だった。
あに一業界のの滅亡など、時の流れの前には数のうちに入らない。
商品業界は、なぜ亡びるか。そして、どのように生まれ変わるか。これは現在心ある人々の最大の関心事であると共に、大きな研究テーマでもある。
業界が、仮に亡びようとも、蒔いた小豆の種は発芽し、成長する。人々は秋の収穫量を予測して、価格の高下に投機するだろう。市場は消えても、相場は残る。
週末の小豆相場は上伸しようとする勢いを抑えられた。
恐らくこの相場は高値を更新するだろう。
それは売られた取り組みが反騰のエネルギーになるからである。
下げ余地はない。たとえ品物が売れずとも、在庫は山をなせると言えど、上がるものは上がる。
軸を転じ絃を溌し三両声未だ曲調をなさざるに先ず情ありという。小豆の風情如何に解す。
●編集部注
ここ数日、預言者の如き筆致になっている。
亡んではいないものの、今の商品業界に昔の隆盛はない。とはいえ、どっこい生きている。
【昭和四九年五月二五日小豆十月限大阪一万七三〇〇円・一〇円安/東京一万七三四〇円・四〇円高】