昭和の風林史 (昭和四九年七月三十一日掲載分)

苦いおもいで 夏草見るにつけ

天候相場の後半にはいる。天神天井だったと見る人もいようが、小豆は天井していない。

「渡りかけて藻の花のぞく流かな 凡兆」

強烈に叩き込めば、強烈にはね返す。それが弾みのついた相場の習性である。

小豆相場の(先限)一万八千八百円どころは下弦地帯であるから、ここからの深い値段は買い安全圏になる。12月限で言えば一万八千円五百円どころである。

玄人筋は総体に弱気である。

いわゆる彼らは昨年の夏以降の相場で惨敗した。

芭蕉の句の〝むざんやなかぶとの下のきりぎりす〟という格好であった。

夏草やつわものどもが夢の跡―と芭蕉は読んだ。阿波座にも夏草が茂っている。一年は夢の間に過ぎた。

去年の秋の失神相場。まさに声も出なかった。

命からがら越年したがこの春はまったく荒涼としたものだった。

乙部米国の織田庄吉氏は胆石の大手術で入院していて、ようやく出社してみて驚いた。これがあの黄金に満ちていた阿波座であろうか?と。
左様、自分の目を疑うばかりの茫漠たる廃地になっていたのである。

阿波座は、あれから回復したであろうか。

記念すべき取引所の新ビルの建設にかかろうとする時、阿波座は未だ活気が見られない。それは彼らが弱気方針であるからだ。

なぜ彼らが強気になれないかを考えてみた。

去年の失神相場の後遺症があるのだ。心理的打撃が、あまりにも大きかった。大きな忠霊塔が建ってもよいぐらいのものだった。

後遺症状は複雑な現状を生んでいる。そしてああいう相場を取らなければという気持ちが心のすみに居すわってしまった。夜が明けたら安いチンタラ相場はおよそ九千円下げであった。思い出しても背筋に寒気が走るのだ。

今年の阿波座は鯉幟の立つ時分も暗かった。打たれた末に予期せぬ税務署さんが訪問した。ドアのノックに気をつけろ。よくある話さ―と女の歌手が歌っていた。

チンタラ峠に咲く花は、今年もきっと咲くかしら。チンタラ相場に打たれたら、税務署さんもくるかしら。

阿波座に二本目の忠霊塔が建つか、これからが勝負である。

●編集部註
 今後二カ月、富士急ハイランドや長島スパーランド、後ろ向きで走るUSJより苛烈な絶叫マシンが小豆相場に登場する。

 一直線、一気呵成に進むだけのジェットコースターで人は絶叫しない。

 前後上下左右、予期せぬ揺れで人は慄き、叫ぶ。

【昭和四九年七月三十日小豆十二月限大阪一万九〇一〇円・四〇円安/東京一万九〇二〇円・六〇円安】