売りは陰気だ だから強気言う
営業は売りを言っても成績が上がらないから、無い材料をあるが如く見せて買いをすすめるのだ。
「道かはす人の背籠や茸にほふ 秋桜子」
去年の今時分、桑名の板崎氏が小豆を強気して盛んに買っていたが、穀物市場はそれほど重視していなかった。従って提灯(ちょうちん)もつかなかった。
出回り期だし豊作だし、今から買ってもモノになるまい―と。むしろ反対に売ったぐらいだ。
所かわれば品変わるというが、一年後の今はどうだろう。『そうか板さん買ってるか』と目の色が変わるのである。
去年のスローガンは世界的な異常天候と穀物不足、それに世界的なインフレによる換物運動であった。
そして閣議の席で論議になった豆腐一丁60円の大豆暴騰と商社の買い占め。他商品の暴騰。過剰流動性資金の問題が続くのである。
板崎氏の買いは、ピタリと時流に乗った。いうなら相場界の英雄である。行くところ敵なし、まさしく千里を行って労せざる無人の街道を爆走した。
いま、その英雄が、また小豆を強気していると聞けば、投機家ならずとも、彼の背広のお尻のあたりをしっかり掴んで、ついていこうとする。
聞けば彼は売りを知らない相場師という。今の財を築いたのはすべて買いの相場であった。従って買う事は知っても売る事を知らない―と言われる。
大衆にしてみれば売りの得意な相場師よりも、買い好きの相場師のほうが、どれほど近しく思うだろうか。
買いは陽気で明るい。売りは暗くて陰気だ。
板崎ファン、板崎信者は穀物界に多い。
昭和四十六年の大相場が崩れ落ちたあと増山氏の機関店であった山大商事の杉山重光社長は終戦処理をして、つくづくと洩らした。『増山さんに、こんなに提灯がついているとは思わなかった』と。
ちょうちんがついたと思ったら、すかさずふるい落としたのは伊藤忠雄氏であった。ある時は人気に油をそそいで計画的にちょうちんをつけさせ、さっと身をひるがえす。人は〝毒饅頭方式〟などと言ったが、板崎氏はこれをやらないところに幅広い人気がある。しかし修羅場の相場の世界で人気というものを考えた場合、なんともはなかいものではなかろうか。
●編集部注
東京市場の当時の日足罫線を見ると、売り方の心情と言い分がよく解る。
上げに上げても八月と九月の端境期のマドを埋めたら下がると見ている。
実際、十月後半はこのマドでの攻防が続く。
【昭和四八年十月十八日小豆三月限大阪一万三九四〇円・五二〇円高/東京一万三九三〇円・五三〇円高】