昭和の風林史(昭和四八年十二月十八日掲載分)

安値は買い場 大きな逆張りで

下がれば買いたいという弱気。当面逆張り型の小豆だが、安いところはやはり買いしかない。

「慈善鍋なんすれど雪ふりいそぐ 万太郎」

人が寄ると、なにがないなにがない、値段がこうなったという事ばかりで、先行きの見通しはつかず気が沈んでしまうのである。

配達される朝夕刊も紙の質が非情に悪くなった。そして新聞を手にした時、今までの重量感がない。

世の中が、こうも急に変化したことは、戦後生まれの人にとって、初めての経験で、お金にゆとりのある人は買いだめも出来るが、月々の生活を切りつめて車のローンや遠いところの土地の月賦や、テレビ、クーラー等の支払いをかかえていては滅入ってしまうのも当然だろう。

あれもない、これもない―の話から、次はなにがなくなるだろうかと考えるのは当然で、そうなったらどうなるかと考えていくと、なんだか寒けがしてくる。女学生の冗談から信用金庫が取りつけ騒ぎになった現象を聞いたりすると、結局は大暴動が発生するだろうと思う。

暴動の炎があがると大衆の不満が爆発し、各地にそれが連鎖する。とても今の治安当局の手では収集がつかなくなろう。すでに釜ヶ崎の失業者数は増加している。通信、交通、情報、物流等が寸断されれば、今の日本の大都市はまず飢(う)えと混乱の街になるだろう。

平均的家庭に最低十日分の備蓄食糧があるのだろうか。ほとんどそのような準備はしていない。

世相混乱、人心不安定、常にパニック発生の要素を帯びている現在、各人は自衛の態度をととのえておかなければならない。

備えあれば憂いなし。

古い言葉であるが、また通用する世になってきた。

当社は大豆を五俵ばかり買った。社員の備蓄用蛋白源である。小豆も一俵買った。これは毎年、社員のお正月用である。しかし砂糖がないので、あまり有難くないようだが、保存しておけば、こういう世の中だから必ず役にたつはずだ。

大豆を買って、小豆の相場が下がらないわけが実感としてわかった。秋田大豆一万一千八百円。

小豆の相場に強弱をつけている時でない事を知る。

われわれは、相場として相場を考えようとしてきたが、やはり時代は大きく変わっていた事を知る。

●編集部注
 教科書や、歴史書でしかオイルショックや狂乱物価を知らない筆者にとって、この記事自体が一級の資料となっている。

 弊社東京事務所にボロボロの相場の本がある。よく見ると戦前の雑誌『キング』の付録であった。

 時間が経つと、当時の傍流が至極重要になる。

【昭和四八年十二月十七日小豆五月限大阪一万五六八〇円・三二〇円安/東京一万五六一〇円・三五〇円安】