昭和の風林史(昭和四九年四月二七日掲載分)

八千円乗せ必至 相場は勢いなり

高くなるときには、高くなるような材料が湧いてくるものだ。時の成り行きは八千円乗せである。

「映りたるつつじに緋鯉あらわれし 虚子」

全国農協中央会が要求した生産者米価が六四・七%アップの(玄米60kg一俵当たり)一万六千七百四円―というニュースで小豆相場は敏感な反応を見せた。

米価のこのような史上空前ともいえる大幅値上げ要求は肥料、農薬、農機具など生産資材の暴騰によるもので、政府当局も要求どおりには応じぬが30%の引き上げは当然との見方をしている。

そのような世相から小豆も四十九年産小豆の二万円という値段は、北海道の小豆生産者の最低希望価格に落ち着くだろう。それが不作、凶作ならば現物三万円の出現も夢物語ではない。

しかし市場は、この急騰を―時期が早いという見方をしている。

瞬間的急騰により踏みも出ているが、いま八千円相場を買える環境ではない―と多分に懐疑的だ。

線型としては高値更新。当然、押した幅(九月限で)五百八十円幅の倍返しは八千百五十円地点への暴走が見越され、二連休明け後の五月新ポ、あるいは五月二日の四連休前にエキサイトする場面を迎えることになりそう。

古来、相場は相場に聞けという。

下がるが如く見せて下げず、反転高値更新の相場を相場に問えば、八千円乗せは時の成り行きなり。

思えば昨年五月の相場は五月十日から天に向かって一本道を六月九日まで疾走した。

早すぎる天候相場ブラスインフレ買い掛ける職業投機家の活躍であった。

現在、人々は売り込みが足りないという。

売り込んでいない取り組みは踏み上げによる上昇エネルギー不足。そのようなことは相場する人の誰でも知っている常識。

だが相場は常識通りにはこばない。

生産者米価の一万六千円という要求額は、天から降ってきたものではない。前から予想されていた数字だ。

それを朝刊見出しが大きかったからと夜放れを演じたのは、相場地合いが上値を指向していたからにほかならない。

売り込み不足でも、高くなる時は高くなる。

当面の目標は一万八千百円どころである。

そのあたりが目先の急所になろう。

●編集部註
 相場が上がるためには、下がらねばならない。売り玉は上げの燃料である。

 これより相場は、上げ相場ロケットの燃料注入期間に入る。上がるに上がらず、欲求不満が溜まる相場基調になっていく。

【昭和四九年四月二六日小豆九月限大阪一万七六〇〇円・四六〇円高/東京一万七五九〇円・五八〇円高】