昭和の風林史(昭和四九年四月一日掲載分)

意外に頑強だ 上旬安値買い場

小豆相場は職業投機家の大量投げを冷静に受け止めた。幾分の下値は残ろうが存外頑強である。

「花曇り人影もなき女坂 いさを」

ちぎっては投げ、ちぎっては投げる。

投げるまではかなりの決断を要するが、決断を下せば一瀉千里の戦線縮小である。

力は山を抜き 気は世を蓋いしに
時に利あらずして 騅(すい)は逝かず
馳の逝かざるは 奈何すべき
虞(ぐ)よ 虞よ 若(なんじ)を奈何せん
          項籍

―歌うこと幾めぐり、虞美人もこれに和す。項王、涙幾筋か下る。左右のものみな泣き、よく仰ぎ見るものなし―と。

静岡筋と呼ばれる職業投機家栗田氏は29日後場になって東西両市場各機関店から小豆の買い建て玉を手仕舞いにかかった。

先に同筋はゴムの買い建て玉も手仕舞っている。

ちょうちん筋は主(ぬし)のにわかの転換に狼狽することしきりだった。

だが市場全般は意外に冷静に受け止めた。

過去に、幾多の相場師の流転興亡を見てきている相場界は、これで灰汁(あく)がぬけて先行き相場に妙味が増すだろうと、皮肉な受け取り方をするのである。

経験を積むスペキュレーターは不幸にして感情に起伏がない。

ギャンブラーがニヒルな如く、先物市場のスペキュレーターも、ある時は映画のガン・マンのように静かでさえある。

『そうか栗田も投げたか』

小豆相場はドラマである。一人去れば、すぐにまた新しい職業投機家が台頭してくるだろう。

筆者は、栗田氏も相場の栄耀になったと思った。

相場は貪欲である。存在するすべてのものを呑み込んで栄養にしてしまう。

吸い取られた栄養を奪回せんと挑戦するのがスペキュレーターである。

栗田氏の投げによる水面上の波紋の輪は、ゆるくひろがって消えるだろう。

場面は四月新ポ。

取引員各社は、新営業年度を迎えて、前進の旗がふられた。

世相は厳しいけれど前へ進まざるを得ない。

小豆相場も一万五千円台は、本年お天災期に勝負する筋金の入った投機資金が介在してくる。

四月上旬の安値は、意外に判りやすい買い場になるだろうと思った。

●編集部註
 鍋島高明著「相場の世界昔と今と」の中の相場取引古語事典を覗くと、引かされても損切りせず追証を入れて踏ん張る相場師を「引かれ腰が強い」と表現するのだとか。腰折れたここが節目である。

【昭和四九年三月三十日小豆八月限大阪一万五八三〇円・一二〇円安/東京一万五七八〇円・一三〇円安】