昭和の風林史(昭和四九年十月十八日掲載分)

叩く事出来ず パニックを呼ぶ

穀物市場は強弱とは違った面からの不安に包まれようとしている。パニック襲来の不安だ。

「松茸の香りも人によりてこそ 虚子」

弱含みで膠着してしまった小豆相場を持て余す格好であるが、もし音をたてて崩れだすとしたら東京市場での筆頭買い方である石原あたりが投げにはいるときではなかろうか。

売り方としても、相場をここで五、七百円ぶっ叩けば、買い店が崩れ、他の買い店もなだれ現象に巻き込まれて、その時は東穀市場のパニックになる事ぐらい承知している。

穀物単品で特に買い方店は辛抱の棒を必死で支えている格好だ。

東穀メンバーで名門の三好が経営者の交代と新資本の参加が巷間伝わって久しいが、やはり関西の多田商事同様、相場に打たれた結果と思われる。

他にまだ二、三このような心の滅入る話を聞く時に相場の世界は厳しいのだ―と、倒れかかった家のつっかい棒をはずしたりするような事があれば、血も涙もない業界の仁義知らずだ、ああまでせんでもいいのに―と必ず言われ、後々まで恨みを買うことになろう。

鼡小僧次郎吉にも盗みのルールがあったという。貧しきを襲わず、放火せず、女を犯さず。ダークサイドのルールだ。賄賂にも守るべきルールがある。西成には西成の、釜ヶ崎には釜ヶ崎の最低のルールがある。

これを破る者の末路はあわれだ。

相場の世界にもそれは厳格として存在する。

どんな事があってもやってはいけない掟がある。

だから、今の小豆が動けないのだ。

このまま放置すれば崩れる時がくれば崩れるだろう。

しかし今、誰かがロープに手をかけ、これを引っ張れば、相場はモロに崩れるだろうが、単に相場だけの問題にとどまらないかもしれない。
その事を恐れている。

すでに小豆相場は強弱の世界から離れた問題まで内臓しているのである。だからあえて目に立つことをしまいと誰も動かない。

やりにくいところまで来てしまっているのだ。

買い方は、辛抱の棒を精根の限りで支えるであろうが、それにも限界がくれば自沈するよりない。相場の過去に幾多の自殺者を出していることを考え合わせ昨今の小豆市場の不気味さに慄然とする。

●編集部註
これはダメ押し数手前の文章。鋭敏な嗅覚だ。

どの世界にも、それなりの倫理観が存在する。

それを説く事で警戒すべき空気を伝えている。

【昭和四九年十月十七日小豆三月限大阪一万六四〇〇円・一〇円安/東京一万六六〇〇円・九〇円高】