反投期接近す 相場は音がした
悪いのもここ一両日であろう。最後の投げが出ている。気分ほど下値は深くない。日柄も充分だ。
「いえばただそれだけのこと柳散る 万太郎」
九月28日を安値にして日足線七本であげた値幅を十一本かけて消した小豆相場だった。
十月新ポの強力陽線、この一本の陽線で相場を支えていた格好である。
十月22日の商品市場はバラ粗糖を除いて生糸、乾繭、ゴム、毛糸、綿糸そして小豆、手亡と軒並みに崩れた。
この日、東京、大阪も雨であった。陰々滅々、人の気持ちは沈んだ。株式市場も冴えなかった。
七月26日、上弦の月を沖天に仰いで、小豆相場は天井した。以来、下げること日足線にして70日。十月23日、あれから四度目の上弦の月を眺める。
すでに三つき跨り60日の日柄を過ぎる。
筆者は思うのである。二番底構成―と。
あらゆる売り材料は言い尽くされ、相場はこれを海綿の水を吸うが如く吸収している。なおもこれを売り崩さんとするか。必ずや強力な反騰を招かん。
相場内部要因からくる自律反騰である。
総悲観、総弱気で買い玉の整理さらに進む。
一万五千五百円水準は、ものの値段としても下げ過ぎではなかろうか。
金詰まり、供給過剰、仮需要減退、新穀出回り期、需要停滞―等々は現実の問題かもしれないが、なるが故に、この水準に陥没した。
いまこれを、軟地合いにつられ、なお弱気せんか。必ずや強烈な反撃をうけん。
見れば、ここ一両日市場人気は一段と軟化した。人も我も思うことは同じである。
斯の身飢うれば、斯の児育たず。斯の児棄てざれば斯の身飢う。捨つるが是か、捨てざるが非か。人間の恩愛斯の心迷う。哀愛禁ぜず無情の涙。また児面を弄して苦思多し…
残月 一声 杜鵑啼く
まさしく陰の極の感じであるだけに、投げ一巡追撃売り一巡後は、誰が売ろうと、どなたが叩こうと相場は、びくともしない鉄壁の大底を構成し、そして売り込み玉を反騰のエネルギーとして出直るだろう。
悪いのは、ここ数日であり、そして値段も充分に届いているのだから気分ほど深くは下げないと思う。
●編集部註
風林火山ここにありとも言うべき名調子である。
諸葛亮が認めし出師の表の如く、これは世情の総悲観を横目に高らかに鳴らす買いの進軍ラッパ。と書けば格好が良いが、大概は切羽詰っている。
その昔、自分が読者であった頃、こうした荘厳かつ高邁な文体が紙面に踊る時はニヤリとした。
【昭和四九年十月二三日小豆三月限大阪一万五六八〇円・一一〇円安/東京一万五八六〇円・二〇〇円安】