昭和の風林史(昭和四九年十二月二十日掲載分)

12.22(日刊版12月19日付)

昭和の風林史
昭和四九年十二月二十日掲載分

一年屁の如し 黄粱一炊の夢さ

アホラシヤの鐘が鳴りわたっている。一年をふり返れば、うたた屁みたいであった。

「言いくらしつつ押つまり畳替 其昔」

きょう当限が納会して締めくくる。

本紙も、明日から大納会まで二頁建てにする。新年号は32頁建てになる。

もう相場なんか見たくもない。出来得ればハワイかグアム島にでも行ってしまいたい。考えてみれば神経とペンの先をすり減らしただけである。白頭掻けば更に短しである。

業界の方々は一様に皆さま疲れた。

特に今年の消耗は激しかった。

パーティーの席などで遠くから見ていると、業界人は老いたという印象が強い。

哀怨徘徊愁いて語らずだ。

17日発表の実収高も屁みたいである。

そういえば今年は、なにもかも屁みたいだった。

大発会から屁だった。天候相場も台風の進路も、そして霜一発も皆屁であった。

そして年末の最後屁だ。

新年は、と座り直す気力もない。

新年は新年さ。

なぜか知らぬが、ガータガータと力が抜けていくのである。

イギリスの有名な勲章でエドワード三世が一三四八年にガーター勲章を新設した。

エリザベス女王はビートルズに外貨獲得に貢献したという理由で与えた。ミニスカートの口火を切ったデザイナーのメリークアントにも与えた。このガーター勲章は世界的に定評がある。

筆者は、当業界の人々はこの勲章を二ツずつもらったみたいだと思う。名誉あるガーターガーター勲章をぶら下げて越年する。

原稿というものは、ひとたび興がさめてしまうと、もう書けないもので、読者は、お酒を飲んで書いているのだろうと思われるだろうが、筆者はお酒を飲んで原稿を書くなどという不謹慎なことはしない。

なんとも興ざめしてしまってアホラシヤの鐘が頭の中で鳴り響き、心の中の空洞を暗風が吹き抜けているだけである。

どう転んだところで年内の小豆相場は、どうということはないだろう。

それならウォーカーヒルに御案内しましょうかと西田昭二氏が心の底を見るような目で言う。御冗談を、とんでもない。

ともかくも、大納会まで、もうちょっとである。ゆるんだネジを締め直して気力でいこう。

●編集部注
古人曰く、幽霊と相場は寂しい所に出るという。

あともう少しで大納会という時に大勝負を仕掛けるような事は普通ない。

そおいう時に、罫線上にコツンと音を立てて、底値を知らせる足が現れるからこの世界は皮肉だ。

【昭和四九年十二月十九日小豆五月限一万六三五〇円・一八〇円高/東京一万六二六〇円・二〇〇円高】