昭和の風林史(昭和四九年十二月二七日掲載分)

感慨の大納会 御愛読に深謝す

ただ流れていくという感じの小豆相場だ。本日大納会。なにを言わん今さら。静寂のみ。

「行年や土手にかくれて淀の町 秋鬼」

証券市場の大納会が28日で、商品市場は一日早い27日。

きょう全商品は感慨をこめて大納会する。

本紙は、きょう付けで年内の発行を終わる。

忽忙の一年瞬くうちに流る―という感じがする。

新年号(32頁)の発送、配達も終わった。編集局は嵐のあとのような虚無感がただよっている。

年賀状も書かなければならない。山のように積まれた資料や新聞のスクラップ等の整理もしたいし、背の高さぐらいにもなろうか、あれこれと買って読み散らかした本の乱雑な積み上げも本棚に整頓しておきたい。

しなければならない雑用が幾らでもある。しかしなにもしたくない。

この原稿を書けば、もう終わりだ―と思うと、全身から力が抜けていく。

原稿を書くことは、普段それほど思わないが、熱などがあって体力の弱っている時など、一本書き終わるとガックリする。随分エネルギーを消耗するものだと思うのである。

考えてみると今年もいろいろと人の心を傷つける原稿を書き飛ばしてきた。

刃(やいば)の傷は癒えるとも、心の傷は癒えやせぬ。

恨に思っている人も多かろうと考えたりするのは寄る年なみであろう。

相場のほうは深閑としている。

去年と今年の相場で、沢山の人がこの業界から散っていった。財産をふっ飛ばし、大切な店をふっ飛ばし、老兵は消えていった。

毀誉褒貶の激しい業界である。流転興亡の世界である。

去っていった人たちに杜牧の〝烏江(うこう)亭に題す〟詩を贈りたい。

勝敗は平家も事期せず。羞を包み恥を忍ぶは是れ男児。江東の子弟才俊多し。土を巻いて重ね来たる未だ知るべからず―。

業界に生き残った人たちは深甚の敬意と祝意とを表す。

そして本紙の御愛読を頓首再拝感謝する。人生幾ばくぞ、たとえば朝露の如し。去日は、はなはだ多し、慨してまさにもって慷すべし。憂思忘れ難し何を以って憂いを解かん。

酒を勧む。君に勧む金くっし、満酌辞するを須いず。花発いで風雨多し人生別離たる(于武陵)。

●編集部注
 現在、証券も商品も大納会にある独特な空気が薄らいでいると感じる。休場期間が短いからか。

 平成二八年の本紙は今号まで。この一年お世話になりました。来年も宜しくお願いします。

【昭和四九年十二月二六日小豆五月限大阪一万六四八〇円・二〇円高/東京一万六四七〇円・四〇円高】