昭和の風林史(昭和四九年十一月十三日掲載分)

時間かかるが 買いの一本道だ

底した相場は天井するまで買えばよい。この単純明快な事が、なかなか判らないし出来ない。

「木の葉たく畑の上のおちば哉 暁台」

どこそこの誰が力を入れて買っている―というとりわけの相場でもないのにジリジリと強い。

こういう相場は息が長いものとされている。

取りたてて悪い材料がないのに下がっていく相場は根が深いと、恐れられる。その反対に誰もが、上がるはずのない相場―と見ている相場が、とりたてた好材料も見当たらないのにジリ高を続ける。これも怖い相場なのだ。

相場に絶対はないというが、相場に絶対が二ツある。

天井した相場は、底するまで下げる。

底を打った相場は天井するまで騰げる。

現在の小豆相場は、大底を打ったからこそ、供給過剰といわれようと、金詰まりであろうと、また強力な仕手が介在しなくても騰げて行くのである。

これが相場の真の姿である。

もとより人人は、それなりに理由をつけたがる。

ホクレンのタナ上げも材料であろうし、年末の〝有りガスレ〟予想もそれであろう。また、来年の作付け面積の減収予想。天候のこと。海外の雑豆動向等相場が明るくなれば、明るい材料は幾らでも目に立つ。

それは、いままで弱気という潮が満ちていたため見えなかった海面下の岩礁が潮の引くと共に人々の目にふれだしてくるのと同じだ。

底した相場。それさえ判然と認識出来れば、投機家の行動は〝天井するまで〟買いしかない。

いまは天候相場でもない。仕手介入の相場でもない。狂乱物価の上昇期でもない。

その事をわきまえておれば自から相場の騰げ方もどのようなタイプかが判ろう。

徐々に。そして徐々に。押したり突いたりしながらいつの間にか高い水準に来ているはずだ。

国鉄のストで貨物の輸送は遅れる。農作物の収穫期で輸送物資はこれから増大するし、年末は特に貨物輸送がふくれあがる時だ。

この時、定期市場が、どれほど高騰しても品物は間に合わない。

年末に穀取市場で買い占めが、よく行なわれたのも輸送事情の窮屈を狙っての事が多かった。あせらずの強気方針がよい。

●編集部註
 その昔『女はそれを我慢出来ない』というタイトルの映画があった。

 差し詰め、ここからの買い方は「相場師はそれを我慢出来ない」。流れの読みは正解でも、途中の波に呑まれて敗北する。

【昭和四九年十一月十二日小豆四月限大阪一万七四八〇円・三〇円安/東京一万七四九〇円・八〇円安】