昭和の風林史(昭和四九年十一月六日掲載分)

借金質に置き 先限台割れ買い

四月限小豆の七千円割れは、借金質に置いても買いたいところだ。これは必ず報われる。

「冬支度心に染まぬ人たのみ みづな」

手亡相場も、このあたりの水準以下は、売り過ぎの感じであるが、海外市況が軟化し、それが手亡に影響し、そして手亡が小豆の足を引っ張る格好だ。

連休前に小豆の30万俵タタ上げが決まったが、休日明けの相場は気が抜けていた。

少なくとも小豆相場の三百円ないし五百円の夜放れ高を期待した人も多かったことと思う。

相場用語では、織り込み済みという。

30万俵のタナ上げは、いずれ相場に響いてくるだろう。47年の時も即効性はなく、後になって効力を発揮した。

47年の11月といえば生糸の仕手戦で静岡の栗田氏が劇的な敗退を喫した月である。

光陰は矢の飛ぶが如く、白駒の隙を過ぐるが如し(人の一生は白い駒が走っていくのを壁のすき間からチラッと見るようなもの)である。

あれから二年を経過した。

人々は、いま相場に興ざめしている。

やはり未曾有の不況、金詰まりが、穀物市場にも影響している。

しかし希望を捨てない人もある。

これからは年末の需要期に向かう。現物の売れ行きが一年中で最もよい時だ。

産地からの出荷が、はがばかしくない現在、やはり一時的な〝有りガスレ〟現象はまぬがれない。

小豆相場の低調が、手亡の不冴えから来ていると見る人は、手亡も日柄の面で十一月上旬中に大底を構成すると判断している。

われわれは悪い時が通り過ぎようとしていることを感じる。

なるほど、暗い面を見ようとすれば幾らでもある。いま弱気が言おうとしていることは、農林省発表の収穫予想以後に霜の害もなく秋あげがよかったため、最終収穫はあの数字を上回るだろうということである。また、現物の売れ行きが例年に比較して二割ほど落ちているとか。

しかし、だからといって、この相場を弱気して四月限の一万六千五百円は仮に付けたとしても新ポのサヤを埋めた地点は、昭和50年相場を考えた場合、これは金の延べ棒であり、虎の子である。

四月限の七千円割れは借金質に置いても買いたい値段だし、買っておけば必ず報われよう。

●編集部註
相場張らずに意地張って、買いたい時には金がない。相場あるある。

【昭和四九年十一月五日小豆四月限大阪一万七二九〇円・六〇円高/東京一万七三五〇円・五〇円高】