昭和の風林史(昭和四九年十一月三十日掲載分)

動兆を孕めり 悼尾に期待寄す

うとうととした相場が相次いでいるが数日来、小豆の下値が切り上がっていることに注目したい。

「冬座敷ときどき阿蘇へ向ふ気車 汀女」

年の暮れともなると、今年はどうだったか?と一年を振り返るものである。

穀物市場で言えば「去年は桑乾の源に戦い、今年は葱(そう)河の道に戦う」そして「三軍散じ尽くし旌旗倒る」という感じである。

一体、今年の相場でどの筋が儲けたのだろうかということになると、誰もが首をかしげる。

激しかった相場のようにも思えるが、今ひとつ掴みどころがなかった。

一月大発会天井。48年秋、石油に火がついての狂乱物価で燃えた小豆相場の投機熱は二月4日立春までの下げで消えてしまった。

その後、異常気象、シカゴ穀物市場の狂騰、生産者米価の大幅引き上げなどを支援材料にして天候相場の展開となったが、七月26日二万円を指呼の間に臨み天井した。

以来、九月28日まで傾斜をつけて崩れ、あと十月23日、十一月20日と三転底を叩いて下値は大丈夫となったが不況金詰まり、いまひとつ投機人気が湧かない。

この間、手亡相場は五月16日から暴騰して七月27日天井。そのあと下げに下げていま五月27日の水準。

大きな、はっきりとした三角型を手亡相場はえがいて、これまたいま大底圏。

去年の小豆は三ツの山をつくった。三月、七月、十一月の山である。今年の小豆の姿は峻険な山ではなく、峰だ。そして一年を通じて最も居心地のよさそうな値段が一万六千円と七千五百円のあいだだった。

このように見てくると、きわめて穏当な相場であったと言える。

では穏当な相場なのに、なぜクロウト筋は散じ尽したのであろう。

クロウト筋は大きな誤算をした。経済情勢の変化(総需要抑制)にもかかわらず雄大な相場の展開を想定した。そして天候に破れた。今年の天候相場は急所という場面なしで通り抜けた。

また、この間、大衆投機家は他商品、特に毛糸相場のほうに移り、穀物市場は、僅かに証拠金の安くなった手亡に介在した程度で小豆からほとんど大衆は離反していた。

さらにクロウト筋の誤算は強力仕手の存在に期待した。しかし親亀こけたら小亀もこける理くつを彼らは忘れていた。

●編集部註
 「昭和枯れすゝき」をBGMに読んでみるといい。

 如何ともしがたい寂寥感が行間ににじみ出る。

 ただ、小豆相場は一発逆転場面があるから怖い。今年の日足を見ると解る。

【昭和四九年十一月二九日小豆四月限大阪一万七〇〇〇円・八〇円安/東京一万七〇七〇円・五〇円安】