遥かなる値段 三軍散じつくす
止まったとも言えるし、止まらないとも言えるが、場面は終戦処理段階。そして総弱気支配。
「鹿垣はあたりのものを淋しくす 若沙」
昔、ヨーヨーという遊びがあった。色を塗った木のコマに糸を巻いて垂らすと、コマの回転で糸が巻き上げられる。上手に反動をつけてやると何回でも続くが、今の小豆のケイ線のように、垂れ下がって糸を巻き上げる力が弱くなると、だんだんのびきって、コマはもうあがらない。
テレビで〝横浜、たそがれ〟という歌をやっていた〝もうあの人は帰らない〟―と。
27日は大曲諏訪祭。九紫仏滅。東京川村で千枚弱。名古屋と大阪の大石で千五百枚。豊栄で千枚。
長かった戦いを終結した。
ヨーヨーの糸がのびきった。そしてもうあの人は帰らない。
12月限で三千円幅の下げ一本道だった。空山人を見ず。ただ人語の響きを聞くのみだった。
昨年は七月13日に天井した。今年は七月26日が頭になっている。遅れる事13日。
昨年は八月14日に大下げ途中の中段底を入れている。本年は八月27日にS安の叩き込み。昨年に遅れる事13日。
筆者は西部劇のラスト・シーンのような板崎氏の姿が目に浮かぶ。さらば二万円。はるかなる値段よ。これを東洋風にいえば、長風万里秋雁を送る時、折れた刀を抜いて水を斬れば水さらに流る。杯を挙げて愁いを消さんと欲すれど愁いさらに深し。
人生世に在りて意にかなわざれば、明朝髪を散じて扁舟を弄せん。
人々の心は黒く沈んでいる。投げ遅れた玉の整理散見。
短かった夏の相場は終わり、ちちろ鳴く。
いつの日か反騰もあろうが市場は終戦処理の場面である。
われわれ相場の世界にある者は、いつも〝悲哀〟というものを知っている。そして善戦むなしく破れた側に敬意を表することを忘れない。
再起を、そしてまたの日を。土を巻いて重ね来たらん日の早かりしを念ず。
だが相場の世界の現実は〝あの人はもう帰らない〟。
三軍散じ尽して旌旗倒れたいま、相場の事を語るは、あまりにも空しい。秋風吹いて尽きず、すべて是れ時の運。
値は止まったとも言えず、止まらんとも言えず。ただ浮雲の如し。
●編集部註
恐らく、ララミー牧場のテーマは流れていない。
むしろセルジオ・レオーネ監督の『ウェスタン』。エンニオ・モリコーネ作曲の叙情的かつ寂寥感漂うサントラが似合う。
【昭和四九年八月二八日小豆一月限大阪一万六九一〇円・二二〇円安/東京一万六七七〇円・一一〇円安】