昭和の風林史(昭和四九年二月十二日掲載分)

前進あるのみ  弱気支配結構!!

すでに小豆は底入れしている。市場は戻り売り人気が支配している。それでよいのだと思う。

「西門の浅き春なり天王寺 碧梧桐」

一月四日に頭し二月四日に底をした小豆の相場である。

四十七年には、この逆のような事をした。一月12日底をして、二月12日頭を打った。

その時の上げ幅が一万二千九百円から一万六千九百三十円。約四千円。

今度の下げ幅は約三千三百円。

いずれも早い相場である。

昨年九月に〔豊作〕と〔仕手崩れ〕と〔規制強化〕の三ツの要因で七月に天井した相場が大底を打った。

くわしくいうと九月11日一万五百円である。

その相場が今年の一月大発会まで上げた。

およそ日柄にして三月(つき)またがり60日。七千三百円幅だ。

この相場は〔仕手筋の巻き返し〕と〔大衆のインフレ買い〕に〔アラブ石油〕が上昇のエネルギーになった。

三カ月上昇した相場が一カ月下げた。

七千三百円上げが三千三百円安。半値押しに少し足りないが格好になっている。

人気はどのように変化したかと言うと、総悲観総弱気である。

昨年十一月の相場、一万五千円と一万六千円で大きなダンゴをつくった。

そして一万六千三百円を三度取りに行ったが柳に飛びつく蛙で、そのたびに千二、三百円を叩かれた。

そしてクリスマスも近づくころアラブの石油がいよいよ燃えて一万六千三百円を相場は買い切った。

それッとばかり大ダンゴの新値抜けを買った。六千六百円、七百円、八百円どころだ。

それらの玉はみな利が乗ったのだが当時人々は一万八千四、五百円を夢に見て越年した。

うまいものは宵のうちに食え、利のある玉は大納会に食えだった。

明けて大発会、樽酒なんかの冷酒の勢いもあって、もう一発ぶちかませ御祝儀だ―と皆様お買いになった。

五日が第一土曜で休会、六日が日曜。どうも昨年九月から隔週休二日制になってからの相場のリズムが狂った。五、六日の休日の間に石油緩和で全商品は七日粥もそこそこに大崩落した。

そして節分。立春。ようやく下げ止まった。だが人々は逆張りを言い、あるいは戻り売りを言う。

すでに相場は本年前半の大底が入っていると思うのだが、決め手が掴めない人が多い。

●編集部注
 自由律の始祖、河東碧梧桐の句から始まっている所に筆者の相場観への自信を感じる。即ち〝これでいいのだ!〟と。

【昭和四九年二月九日小豆七月限大阪一万五四一〇円・三一〇円高/東京一万五二九〇円・三三〇円高】