昭和の風林史(昭和四九年九月十三日掲載分)

大直りの態勢 鎌入れ不足観も

人々が下ばかり見ているあいだに相場は底入れして小豆の魔性が発揮され大出直りに転じる。

「水澄みて礼文華峡はしかと秋 蛙水子」

小豆の戻り足を見ていると軽い。

9月9日、やはり底入れしている。

投げるものは投げ、灰汁が抜けた感じである。

値段として新穀の一万六千円はいかにも安い。

昨年(48年)産小豆の反当たり生産費は一万七千百四十六円という計算が出ている。

本年は労働費、生産資材の大幅な値上がりで二万五千七百円になると予想される。

農家の反当たり純益一万円とすれば反当り三万五千七百円の売り上げ高が必要になる。

反収二俵として一俵当たり一万七千八百円。これに調整費、山買い費用、運賃等を三千円とすれば、消費相場二万八百円のものだ。

価格は需要と供給によって決まるが、経済的にゆとりの出来ている生産者は、値段が気に入らなければ売り急がない。

まして、来年こそ大冷害大凶作の年という頭があってみれば、生産者自身が大きな投機家になりかねない。

金詰まり、不況、供給圧迫といわれながらも小豆、手亡は繊維相場のように高値から三分の一や半値にならなかったのもそういう背景があるからだ。

まして小豆百四十七万俵予想収穫の数字が、なんとなく①鎌入れ不足②病虫被害③早霜不安という俵(たわら)に入れてみるまでは、なんとも言えない材料がついてまわる。

市場の人気は、まったく弱くなってしまった。在庫圧迫感と輸入小豆と九分作の新穀。数字の上では供給過剰と見ることも出来ようが、インフレ下に換金性自由の投機物件としての小豆という品物を、違った角度から眺めれば一万六千、七千円どころは買い場である。

金融が詰まれば詰まったで投機資金というものは、どこからか流入してくるものだ。オイルダラーや香港ダラーなど存外日本の商品市場に流れ込んでくることもある。

人々が、まだ安い、もっと安いと思っているあいだに相場は底入れして、大出直りに転じよう―。

小豆相場には秘められた魔性があるのだ。

千円戻しから半値戻しが展開されよう。

●編集部註
 限られた文字数で、ここまで多角的な視点で分析し、ロジックを積み上げる所業は神業である。

 これを職人芸という。

 相場は水物。予測の当落を超越した相場記事こそが至高、と以前先人に諭された事を思い出す。

【昭和四九年九月十二日小豆二月限大阪一万七三四〇円・六九〇円高/東京一万七二二〇円・七〇〇円高】