昭和の風林史(昭和四九年三月十八日掲載分)

ふーりん東南アジアを飛ぶ クアラルンプール10日発 鏑木発信

★会見交渉は続くが…
理事長は留守でも、せめて副理事長に会ってシンガポールから分離したあとの〝MRELB〟の状況などを聞こうとしていた一行は、副理事長がわれわれをまるで避けるかのようにしてペナンに行った事を知り、不快な感じを受けると共に新しい取引所計画の件が、からまっているのではないかと筆者は思った。

団長・多々良氏、副団長・鈴木専一氏(伊勢道)、東ゴム取の内田良一氏、旅行会社の郡司氏等のわが司令部首脳は交渉を続けているがラチがあきそうにない。

偉い方がいなくても、取引所のどなたかに説明をしてもらうというのであるが…。

ここまで来て門前払いを食っておめおめ引き下がるわけにはいかないという気持ちがある。

交渉は続く。

絶望的な表情で多々良団長が汗をふきながら「皆さん済みません」―と頭を下げた。

いろいろ交渉しましたが、われわれに会う権限を誰ももっていないという事です。ただもうそれを繰り返すだけでどうにもなりません―と。

われわれはいつまでも廊下に立っているわけにもいかないので勝手に室内に入り左手の会議室のような部屋の馬蹄型に並んだ机にそれぞれ座ったが、もちろん水一杯出るわけではない。

★資料も公報もないと
誰かがそれでは最近の資料、パンフレットなどもらえないかという。

団長はまた交渉に行ったが、まったく取りつくしまがないと戻ってきた。

机の上の一冊の定款を示し、あるのはこれだけだ。これは東京にもあるはずだ―と。資料も公報もその他いっさいなにもない―と。

★なんとまあ頑固な…

まさしく気持ちが良いほどの冷淡さである。英国式というか、マレー流というか。責任のかかってくるような事には、いっさいかかわらない。

木枯紋次郎でもこうまでは徹底できないだろう。日本人にはまったく考えられない頑固ぶりだ。

そういえば、バンコックで日本商社在住の方と夕食を共にした時の話でも、現地人の無責任なことを嘆いていた。

★割れたコップが悪い
例えばウェイトレスがコップを落として割っても絶対私が悪いと言わない。コップが割れたのは私の責任ではない。コップが悪いのだ―と。一事が万事だという。

その話を聞いて筆者は、まさに哲学的であり宗教的であると思った。

誰かが、あきらめた顔つきで、それでは取引所内部の写真だけでも撮影させてもらおうと言った。

しかし、それを申し出れば必ず、われわれは撮影の許可を与える権限を持たないとことわられるだろう。

めいめいが目立たぬよう勝手に撮影すればいいだろうという事でゾロゾロと引き上げた。

ゴム事情視察団の一行は再び灼けつくような炎天の中に出た。目がくらみそうに光線がきつい。

考えてみれば〝逢えない〟と東京に電報を打っているのに(われわれはその電報を知らない)押しかけてきた黒っぽい背広の一団に対し、むしろ向こう側は驚きもし、腹を立てているのかもしれない。(続く)