昭和の風林史(昭和四九年三月十五日掲載分)

ふーりん東南アジアを飛ぶ  クアラルンプール9日発 鏑木発信

★ネクタイまで締めて

マレー半島の最高の避暑地シンゴラからペナンに飛んでペナンヒルのケーブルを約30分で800メートルを登る。

その途中で猿が鳴いているような声を聞く。あれは猿ではなく、長さが8センチメートルもある蝉の声と教えられる。もうここでは蝉が鳴いている。日本の蝉の鳴き方はせわしないけれど、ご当地は住人同様、蝉までのんびりと鳴く。一行の誰かが盛んに録音をとる。

ペナンの夜はシンゴラの夜と同様。(この項帰国後詳報・メモ多数)

早朝ペナン発、クアラに快適なジェット機で約35分で着く。

クアラのホテルにて昼食。二時から取引が始まるという。〝MRELB〟(マレーシアゴム取引所・許可事務局)へ背広にネクタイを締めて録音テープ、カメラ、フラッシュなどをたずさ気温36度の中を二十数名が行く。

ご当地の二時ごろは日中でも最も暑い時分、ネクタイなど締めている人は一人もいない。その中を総体に黒っぽい背広を着た一団が神妙な顔つきでカメラをさげて行くのだからまったく異様なものである。

誰かが言った。日本人の悪い癖だ―と。

彼はペナンやシンガポールに合弁の会社を持つところの一人で、現地の人は「日本人はなぜこんなに暑いところでも背広を着てネクタイをしてくるのだろう。われわれにはまったく理解できない。うちとけようとしてもあれではどうにもならない」といつも言っている―と。

★実際には山賊も出る

取引所のあるビルのドアを入ると散弾銃を持って腰のベルトに散弾を8発詰め、ターバンを巻いたインド人の警備人がいる。

ビルの五階に取引所があるが、このガードマンは取引所のためではなくてこのビルのシンガポール・マレーシア銀行が雇っているものらしい。聞けば、まだ実際には山賊が出るとか。

五階に上がる。〝MRELB〟は広々としたワンフロワーのオフィス、約百坪ほどもあるだろうか。受付の前には藤椅子が四ツ、カーペットの上にある。更紗を巻いたインド系美人と青年がそこで話している。

なんとなく場違いな感じがする。各デスクはパラパラと広い間隔を置いて配置されている。

来訪を伝える。

約三分(かなり長く感じる)。通じないのかと思う。

そのうちなにかトラブルが発生しているように見える。

★ここまで来て猿芝居

理事長は三月上旬、日本に来ていることは知っている。

副理事長には、われわれが来ることをすでに通知している。

さらに狭い入り口で待つ。

一行二十数名の表情は、なんだろうかと疑念の色濃い。結論を先に言えば、われわれは、猿芝居をはるか東京より直線距離五千キロ(香港→バンコック→シンゴラ→ペナン→クアラ)を南下して来てまでやっているのだった。

理事長は〝会えない〟と東京ゴム取にだいぶ前に電報を打っている。今日副理事長はペナンに避暑に向かった―と。

われわれは今朝ペナンから来ている。

あきらかに逢いたくないことを知る。

ペナンとクアラの途中の上空で彼とわれわれは瞬間すれ違っているのだ。
(あと続いて発信)