昭和の風林史(昭和四九年三月二十二日掲載分)

◇ ふーりん東南アジアを飛ぶ

●帰国して (鏑木発信)

帰国してみると、向こうでせっせと書いて送った原稿が掲載されつつある。もう少し早く到着しているかと思ったが、エア・メールは時間がかかっていた。

掲載されたものを読み返してみると随分杜撰である。

この稿は一応これで区切って、持ち帰った資料とメモとフィルムを整理して、時間を置いてから纒まったものを書こうと思う。

★得たものは大きかった
筆者が今度の旅行で得たものは大きかった。
そして感じた事は香港もバンコックも、クアラでも、ジャカルタ、シンガポールでも各国とも日本企業の進出に強い警戒心を持っている事である。
われわれが天然ゴム・ミッションだったせいかマレーシアでもシンガポールでもジャカルダでも日本の合成ゴム産業の存在に強い関心と警戒を持っている事だった。

★駐在員の苦労は大変
また各地でお会いした現地駐在の商社の方々が三百六十五日休日なしの体力的にも限界状態で勤務し、しかもその努力が日本ではほとんど理解されず、また現地事情がまったく日本内地に理解されておらず、どれだけ無念の気持ちで仕事を続けているか、通りすがりのわれわれのような旅行者にもそのことが判るような気がした。
もうひとつは、どこへ行ってもその日、その日の金の価格とドルの相場の変動を商人であれ、食堂のボーイであれ、タクシーの運転手、売店の売り子でさえ、茶飯事の如く日常の生活に密着している事である。われわれの訪問した各国は、いずれも経済を華人が絶対的に支配し、あらためて東南アジア各国の華人の力を見る思いがした。

★華人を警戒するマ政府
そしてマレーシア政府はゴムの産業に、きわめて力を注ぎ、極力、華人らの投機的思惑が介入することを避けようとしている。
物価については、どこの国でも二割五分ないし三割上昇したという。
われわれはもの事を片面からだけ見て即断する事がいかに危険であるかを知った。

★さわやか!一行22名
いま、この稿を締めくくるに当たって、われわれ22名のチームがいかにすがすがしく、気持ちのよいチームであったかを書きたい。
団長多々良氏、副団長鈴木専一氏、東ゴム理事内田良一氏、アサヒトラベル社長郡司亮一氏のチーム首脳者の献身的で熱心な行動と三福工業三井徳次郎、富国ゴム倉田享、大進ゴム西村実、泰星交易佐藤史生各氏および日本ゼオンの中野、山崎両氏らの各地における現地法人、あるいは駐在商社員の方々との連絡。それらの人々の真面目な態度。
また常にチームに明るい話題を提供し笑いのウズをつくる山栄の川島、竹山。岡地の前田、野村。誠和の小林各氏。
旅なれた経験を控え目にアドバイスする富士の栗本義明氏。
そしていつも元気で、やや冒険的な、なんでも見てやろうの意欲のある西王の木村秀規、協栄の高橋恒男の両氏。良識と堅実の豊の辻川政一、富士高橋伸幸、長老的存在の興和の田代全三郎の各氏。

★一度のトラブルもなく
旅行中、一度のトラブルもなく誰一人病気にもならず、スケジュールが順調に消化され、まったく深いな思いをせずに和気あいあい協力しあって各人それぞれ大きな収穫を得たことは、チームの全員が他人に迷惑をかけてはいけないと心がけていたからであろう。
今思うと、その場面場面が鮮やかに蘇ってくる。そして一人一人が懐しい。

★この体験を仕事の上に
われわれは自身を持ってそれぞれの仕事に復帰した。そして旅で見聞し、体で得た豊富な経験が今後の仕事の上にどれだけプラスになるであろうか充分に期待している。
皆様に筆者は感謝するものである。(この稿終わり)