閑散市場だが 大丈夫の買い場
浅春のたりのたり。薄商いの市場だが、大勢強気不変。押したあとの強烈反騰は見えている。
「のどかなる旧正月や奥吉野 まき女」
初春、早春、仲春、晩春と季が移る。きのうは建国記念の日。昔の紀元節で四大節(四方拝、天長節、明治節)のひとつひとつとして祝われた。
雲に聳ゆる高千穂の高嶺おろしに草も木も靡きふしけん大御世を仰ぐ今日こそ楽しけれ。
海原なせる埴安(はにやす)の池の面より猶ひろき恵の波に浴(あ)みし世を仰ぐ今日こそたのしけれ。
四十四、五歳以上の人なら歌う事が出来るし、歌いながら小学校の校庭に咲いていた梅の花や、畝傍の橿原や、神武天皇を書いた絵などが脳膜に映し出される。
さて、小豆相場のほうは一月17日、31日、二月6日と気分良く三回買ったが今ひとつ調子がつかない。
未だ機熟さずの感が強い。しかし、前(期近)二本のような崩れは先二本に限ってあり得ない事だけは確かで、七千円割れの七月限など願ってもない買い場であろう。
人々は、49年産小豆の50万俵タナ上げを、相場地合いがそうさせるのか、あまり深くは考えていないようだが、今後の相場市場を思う時、ひと口に50万俵というけれど、一万二千五百枚もの現物が凍結されるという事は、穀物市場未曾有の巨大な仕手介入である。
一俵平均一万七千円の相場として50万俵は八十五億円の商品である。
タナ上げ機関としても重大な責任があろうし、ここで価格が五%でも下がるとすぐに四、五億円の評価損になる。
先行きの見通し、即ち今年の作付け動向、そして天候、先物市場の構造など、充分に研究した上での50万俵タナ上げである事は疑う余地がない。
市場での先入観になってしまった一万七千五百円以上はホクレンが大量につないでくるという見方は、あまりにも物事を単純に見過ぎていよう。
いまは、前二本の限月の玉整理で高値因果玉が大掃除を余儀なくされ、これが全体に影響しているわけだが、投機市場の風向きが、ちょっと変われば先二本、五、七百円幅の押しなど、瞬間的にはね返してしまう相場である。
手亡相場も目先筋の飛び付き買いの玉が薄商いの市場に投げていて、軟弱に見えるが強気で大丈夫だ。
●編集部註
日足罫線には、買い方の心の拠り所が見える。
それは昭和五十年一月二九~三十日のマド。
上下変動は相場の常。ただ、下げてもこのマドを埋めて後、反騰するという見方が出来る。
【昭和五十年二月十日小豆7月限大阪一万七一七〇円・九〇円安/東京一万七三〇〇円・三〇円安】