地にひそむ龍 雨雲を待つ姿だ
小豆は地にひそむ龍である。必ず雲を得て天駈けゆかん。そのエネルギーは充分に出来ている。
「早春の門こしぬれ朝のあめ 貞」
当限に回る小豆二月限は昨年九月に生まれた限月である。昨年の九月は二日新ポであった。
]この限月が、どういう動きをしたかといえば生まれが一万六千九百九十円。
次の日の七千四百四十円が一代の高値になった。
そして一番安い値段が暮れの17日につけた一万五千二十円である。
動いた高安はたったの二千四百二十円幅でしかない。
一代の日足線を眺めればまことに静かな相場である。
この間、手亡はどういう動きをしただろう。
手亡二月限は一万七千七十円で生まれた。小豆とほぼ同じ水準の生まれだ。
そして次の日に小豆同様一代の高値を付けている。
一万七千四百五十円。この値段は、この日の小豆の値段と十円しか違わない。
ところが、下げも下げたり。暮れの手亡は一万一千五百八十円という安値をつけた。下げ幅五千八百七十円。
山高ければ谷深しというが、同じ高さの小豆と手亡の山でありながら、小豆の谷は浅く、手亡の谷は深かった。
この違いを、どのように考えるかだ。
この事が、これからの小豆と手亡の動きを教えてくれはせんかと思う。
作柄が違う。収穫高の違い。人気化、過熱度の違い。取り組み。供用品などと、いろいろあるだろう。もとより豆そのもの用途の違いもある。
小豆の一万五千円。手亡の一万二千円。いまの値段が今は妥当な水準だとすれば、この三千円幅の開きはどこから、なにによって起因しているのであろうか。
生まれ落ちた時は同じ値段でも、二人の運命は五カ月の間に、かくも隔たってしまった。
筆者は、ここのところに小豆の謎があると見る。
もし仮りに、ピービーンズの供用とか圧迫が手亡になかったとすれば、これはどのような運命を辿っただろうか。
見ていると、やはり小豆より手亡のほうに人気がある。証拠金の違いによるとも言われる。
しかし、オーソドックスで、しかもダイナミックな相場が小豆だと思う。小豆は地にひそむ龍である。必ず雲を呼ぶだろう。
●編集部注
先日ラジオを聴いていたら、偶然ドラマが始まった。「赤ヘル1975」。直木賞作家、重松清の同名小説のドラマ化である。
昭和五十年は球界初のメジャーリーグ出身外国人がカープの監督に就任。彼はチームカラーを今の赤に変えた男。開幕から僅か15試合で辞任した。
古葉竹識がその後の監督職を引き継ぎ、チームをリーグ初優勝へと導く。
【昭和五十年一月三十日小豆六月限大阪一万七二八〇円・二六〇円高/東京一万七三二〇円・二五〇円高】