昭和の風林史 (昭和四九年七月一日掲載分)

燃えない市場 冷めたる投機家

手亡にしろ小豆にしろ新穀限月の押したところは判りやすい買い場であるが全般は冷静である。

「舟漕ぐや波の下なる刈藻屑 黄枝」

一万九千円台の小豆は、よほどの決意がないと、新規には買いづらい。

相場づらや、地合い、それにケイ線などを見ていると〝買い切ったあとの反落〟が今週あたりありそうに思える。

しかし、この相場、売って五百円、ないし七百円あるかないしであろう。

それは〝危険な売り〟である。

そういう事から買い玉(あればの話)利食い押し目待ちの突っ込み買いという姿勢の人が多い。

総体に小豆にしろ手亡にしろ先限(11限)は押したら買っておけばよいという人気である。十勝地方の天候が悪い事がその支えである。

小豆新穀相場の二万円地相場、手亡新穀の一万八千円―。気長に待てばあり得る値段だと思う。

ところで、これは筆者だけの考えかもしれないが、小豆にしろ、手亡にしろ、その相場に対する取り組み方が、今年の場合、なんとなく誰もが芯を掴みかねた、とまどいというものを持っているように見える。燃えないというか、冷めているのだ。相場水準が高いという事もあるし、小豆は在庫(供給力)が充分にあるし、手亡は大衆化されていない弱点がある。

取り組みは一時に比較すれば厚くなっているが、まだまだ底が浅い。

本来ならS高四発、三千円弱を棒立ちした手亡相場なら、もっと熱気が充満して人気化してもよいはずなのに、相場はギスギスしていて〝味〟がない。

これは市場が枯れているからだと思う。玄人筋は去年の相場で、ほとんどの人が打たれた。

大衆筋も手亡相場は敬遠しているし、小豆は値ごろ的に買いづらい、そして売り怖い常態だ。

まして旧穀限月の10月限までは、高値掴み玉がようやく生き返った水準で、相場はそれ以上のものではない。

なんとなくスカーッとしないのも、要は市場介入の投機資金が相場水準に比較して少なすぎるためである。専業大手取引員は目下のところ毛糸相場に営業の主力を集結している。穀取筋の資金薄が玄人どうしの限られた勝負に終わっているようだ。

●編集部註
相場は、混戦する。

日足ベースでは、俗にダイヤモンドフォーメーションと呼ばれる泥沼の線形を作り出す。

【昭和四九年六月二九日小豆十一月限大阪一万八七八〇円・一二〇円安/東京一万八七六〇円・五〇円安】