オレゴン街道 共に強気弱気が
強気も弱気もオレゴン街道を行く。一マイルごとに墓標を建て、そしてまた穴を掘りながら行く。
「はたと合ふ眼の悩みある白日傘 蛇笏」
革命の理論によれば、革命とは道理ではなく、必要・不必要が決定する。そしてその正・否を決めるのは力の哲学である。勝てばそれが正義である。
勝者こそ正義。
そういう事を考えていて、相場にもそれが言えるのではないかと思った。
価格革命などとよく言われる。小豆相場の価格が革命する。即ちそれは、必要だからである。誰が必要かといえば生産者であり、また、小豆相場を買い思惑している人たちが―だ。
そこに力の哲学が生まれる。この場合、先物取引市場では〝場勘戦争〟という格好になる。
〝場勘戦争〟―なんとリアルな語韻であろうか。
ピーター・アンドリュースという人がアメリカの商品取引について書いた文章の中に『かつて巨富と機会とを求めるアメリカの夢をひらく上で、大きな貢献をなしたオレゴン街道と同じように、商品取引の道も険しく、そして厳しい。それは、ほとんど一マイルを行くごとに、ひとつひとつ犠牲者の墓を発見出来るほどである。しかしながら一度は試みる価値のある道がここにある。成功への道を求める人々にとっては』―とある。
東京穀取の前の道路を通称〝甘酒横丁〟という。昔、この筋に甘酒屋が軒を並べた。
小豆相場が赤いダイヤと人気を集めた昭和三十年代、わが業界人は甘酒横丁の道路には、千円札のたばがアスファルトの代わりに張りつめてあるようなものだと言ったものだ。
大阪北浜でも、それに似たような言われた。土佐堀川をのぼってくる鯉は、北浜近くにくると鱗が全部純金になってしまう―などと。
アメリカ人の言いまわしは一マイルごとに犠牲者の墓が認められるというが、その点、日本人は楽天的である。
さて、目下の小豆相場のほうだが、悲観的立場を保って対処すべきか、楽観的な立場で陽気にいくか。
強気は〝下が深いという事は、まず上が高くなければならない〟とまず上値を大きく見る。弱気は〝上値が高ければ、下げは深い〟と判断する。楽観的強気も悲観的弱気も、結局は同じオレゴン街道を行くのである。
●編集部注
この文章で「オレゴン街道」に込められているのは西部劇の世界だ。
時代は変わる。様々な映画で漢達の屍を築いてきたこの路は現在、全米で最も住みたい街、ポートランドに繋がっている。
【昭和四九年六月二六日小豆十一月限大阪一万九一五〇円・四八〇円高/東京一万九一二〇円・四九〇円高】