昭和の風林史 (昭和四九年六月十一日掲載分)

S安もあろう 百年の王城崩壊

この相場は崩れに入っているのである。押しではないから底を見定めるまでは売り一貫である。

「葛切の井のすずしさを掬ふごとし 林火」

先限が一万七千円を割ったあたりで、値ごろ観の買い物が入るだろう。

しかし、その事によって相場が反発しても、一体それが、どうなるというわけのものでもない。

実需不振と燃えない人気。このことを考えてみたい。空気が異常乾燥していたら、相場などというもの、どんどん燃えひろがっていく。

現在の市場の空気は湿度95%ぐらいである。

十月限までの五本と、十一月限とは、相場の性格が違うことぐらい皆さん承知している。

だが、仮りに天候異変で作柄にキズがついて相場沸騰高としても、S高二、三発即ち二千円幅を突っ走ればそれまでのことに終わるのではないか。

天候に賭けて強気している人の買い玉は逃げ腰である。でなければ開き直った居座わり型だ。

今年の場合(今の時点で)売りが怖くないと思うのは仮需要がひろがり人気が燃えて、三千円幅、五千円幅を、どこまで高くなるか判らないという熱風に包まれ暴走していく可能性がない―ということである。

在庫が豊富。去年もそうだったが、昨年は過剰流動性資金と、ムードがあった。

現在は、その二ツとも消えている。

従って、正真正銘小豆の値段が黒板に記入されていると見るべきだ。需要と供給に見合った価格。

日柄法、あるいは新値法などの見方からすれば下げ幅の半値ぐらいの戻りが入る地点に来ている相場であるが、戻った地点は、もう一度売り直しを考えたい。

結局どこまで下げるかといえば先限の一万六千五百円である。

期近限月が荷圧迫で、これが全般を重くしている。

去年は先限、先限と先限買いで、引っ張り上げ、踏みを取っては、さらに陽動という作戦が効果を挙げた。

今年はその逆だ。期近限月からサヤがすべる。金融困難による換金売り、そして因果玉の投げ。

悪い悪いと国からの便り。

産地気温が低くても、下げる時は下げるのが相場で、高もちあい百年の疾患いまここにあらたまって一度に出るという場面。

戻っても売りだ。

●編集部注
それでも、相場にマドは開く。東京市場は十日もマドが開いた。

その罫線の隙間から、取引参加者達の動揺が出たり、入ったり、買われたり、売られたり、泣いたり、笑ったりする。

【昭和四九年六月十日小豆十一月限大阪一万七〇〇〇円・三一〇円安/東京一万六九九〇円・二三〇円安】