昭和の風林史(昭和四九年五月二十日掲載分)

今週強力反発 目から火花飛ばん

今週は目の覚めるような反撃がありそうだ。すでに下げ止まった。玉は静かなうちに仕込め。

「どかと解く夏帯に句を書けとこそ 虚子」

迷っている人がまだ多い。

鱗をおさめ翼をひそめ、思いを風雲に託す―という風情の小豆相場を前に置いて、人々は解しかねるのだ。

今さら言うことはない。

下げたものは上がる。

なぜ下げたか。人は在庫の重味という。

左に非ず。人気強きが故に下げたままである。

人気、景気、天気いずれも気まぐれ。定まるところなし。

人気強すぎたが故に下げた相場なれば、人気弱くなれば上がるのは自然の理。

豆を南山のもとに種(う)うれば草盛にして豆苗稀なり。晨に興きて荒穢をおさめ月を帯びて鋤を荷ひて帰る。道狭くして草木長く夕露我が衣をうるほす。衣のうるほふは惜むに足らず但願をしてたがふなかれ(園田の居に帰る・陶淵明)

閑な市場ではあるが相場は下げ止まって、直る場面である。

古来相場界は閑散に売りなしという言葉がある。

僅かな玉の出様で高下するその一高一低を静かに見守れば、すでに下げ余地なきを知る。

小豆九月限の六千五、七百円は関門急所である。七百円ラインに、13、14、15日といずれも大引けが相寄って16日、下影
垂らしてのロケット陽線は、相場の意思を示すもので明かに上値指向型。

これを売らんか。忽ちにして強烈反騰を食らわん。さし当たり今週は九月限にて一万七千四百円近辺までは労なくして戻そう。

当然、十月限の13日夜放れ安であけた窓は埋める。

ぼつぼつ納会について関心が集まっている。

しかしこれも悲観しすぎた反動が出ようし、悪材料は今度の下げで織り込んでいる。

まして播種遅れなどの材料で天災期限月が強張れば受け手は闇に乗じて出現する。

目下の頭痛は極度の金詰まりである。

華のような仮需が湧かない。それが相場の泣きどころであるが、これも徐々に緩和される兆しが見える。

しばらくは霞みのかかったような場面もあろうが、行くべき道は決定的である。

なんら迷うことはない。

今週、あるいは目の覚めるような反騰も、あるやもしれず、玉は静かなうちに仕込んでおきたい。

●編集部註
 それでも迷う人がいるから、相場は上がるのだ。

【昭和四九年五月一七日小豆十月限大阪一万六九五〇円・八〇円安/東京一万六九〇〇円・一〇円安】