昭和の風林史(昭和四九年三月五日掲載分)

ストック原稿(上) 見出しのない記事

ストック原稿なんて読む側もつまらないが書く側も難儀なものだ。小生明日はハジャイである。

「退院の人にまぶしく水温む 三樹人」

書き溜めした原稿の記事など読めるかいと、おっしゃいますな。

相場の大局観なら一、二日は腐らない。また、こういう時のために新聞記者は古いメモを大切に保存していて、その時は事情があって書けないことも、日時が過ぎれば記事になる。

いつだったか、東穀の酒豪番付けを古いメモから見つけて抜き書きしたら、東穀の森川直司氏は首をかしげて、某氏の酒乱はすでに直っているはずだが―との事。彼は変な顔をしていたよ、と言われ、甚だ悪い事をしたと思った。

まあ、そういう軽い失敗はあっても、大勢的には別条がない。

もう、すでに小生は日本にいないのだから、なにを書いても身の危険はない。

こういう時こそ日ごろメモ帳に蓄積したゴシップ、スキャンダル等、博物館の虫干しのように展示するのも方法だと思う。

その点、大阪穀取の松井専務は理解がある。彼は書く材料が無いので、とっさに思い出した事を書いたのであろう。悪気はないはずだ―と非常に寛大である。

こういう時に、ひょいと頭の中に浮かばれて万年筆の先が勝手に動いて書かれた人は不運であると思う。しばらくぶりで大穀の松井さんとお酒を飲んで、飲んでいるうちに途中から急に酔いがまわってきた。

お酒が、まわってくるのは、当初から徐々に酔いが浅瀬のところから深い方へ段取りよく行く場合と、いつまでも遠浅を歩いているように深くならず、突然断崖から落ちるように酔ってしまう時があって、この時は松井さんがお寺の和尚さんに見えてきて、そうだ中井幸太郎理事長はお金持ちだから松井和尚にどこか田舎の破れ寺の一ツも買って相場で損した人達の亡霊を弔ってもらうのも妙案だと思ったら、話が幻の大阪穀取ビルのほうに騒然と移っていって、大穀のビルは建つのか、建たないのか論議が始まり、かなり皆さん深い酔いの海を泳ぎだしたため松井和尚の件は大阪穀取のビルのように宙に浮いた。

メモ帳の次の頁には「興和商事山中国男氏の素珍」とある。「広商事西村社長七年前の浮気」などともある。だんだん面白くなってきたが行数がもうない。

●編集部注
肩の力の抜けた文章から書いた人物が見える。

どの業界でも酒を巡るネタは鉄板。大ネタ、小ネタ、上品、下品、枚挙に暇がないが、どのネタをチョイスするかで書き手の〝品〟が良く判る。

【昭和四九年三月四日小豆八月限大阪一万七〇六〇円・二九〇円高/東京一万六九九〇円・三一〇円高】