昭和の風林史(昭和四九年二月二三日掲載分)

相場厳然たり 浅く押し猛然高

利食い先行。きわめて警戒的だ。それだけに浅く押せば、再び猛然と相場は立つ。買い一貫。

「辛子菜の花は過ぎけり宿の裏 沙美」

京橋の脇田米穀は数年前に自前の鉄筋ビルを建設したが、それ以前は、一見碁会所風で、道行く人は大きな硝子戸の中に見る異様な空気を奇異に感じたものである。筆者はその時分、これが硝子でなく障子紙か油紙でも張って〝山サ〟の紋でも書いておけば、あわてものの渡世人あたりが草鞋をぬごうと挨拶に来かねないと思ったが、今や磨きぬかれたビルのオフィス。そうなると将棋も五目並べも御禁制で、一時は土曜になると競馬なんかで人気を集めたが、これもキッパリ打ち切ってステテコに腹巻き姿の商店街の、おっちゃんなんかも近寄れなくなった。

なんとなく昔のほうがよかったみたいに思うのは筆者の時代感覚のズレであろうか。

脇田の阿竹寿夫専務は『千丁押しが入ると見て利食いをすすめた。なぜ千丁押すかといえば、やや熱狂し踏みも出た。また、ここに来て任期が非常に強くなっているからだ。押して三、五百円と誰もが思うようになった。しかも十人か九人まで押し目買い方針になっている。手の悪かった人までが買い気を出している。異常天候についてもテレビなどでとりあげるから相場関係者以外の人まで小豆相場に関心を強めている。私は大勢的には終局二万五千円目標の超強気方針でよいと思うが、場についているもの(毎節相場に接することの出来る人間)としては、二千丁も利の乗った玉は利食いをすすめ、深い押しありと見れば売りをすすめるのは当然だ。弱気ではないが、買いたい弱気とでも言いますか』。

筆者は、そんなに押さないと見る。ここで千円棒が入ると、この相場、やり直しになる。今の環境を見ると、やり直しが聞くほど時間的なゆとりがない。行け行けムードだ。阿竹氏は少し〝上手しすぎる〟のではないか。
巧者、あるいは玄人筋は見える時は徹底して見える。しかし上手しすぎると、青龍刀みたいな鈍器で冴えわたる細身の名刀も折られてしまう。

大相場は、運・鈍・根。まかり通る式。

相場には、なんら反落の兆候もない。仮りに深押しありとしても七百円弱。東京先限で新値抜け三段は黒にならない。

この相場は巨大でありすぎるから正体が掴みきれないのである。

●編集部注 
 鈍も、根も、運次第のところがある。

【昭和四九年二月二二日小豆七月限大阪一万六三七〇円・七〇円安/東京一万六二七〇円・四〇円安】