昭和の風林史(昭和四九年二月十五日掲載分)

02.22(日刊版02月17日付)

駿足三千里!! 巧は拙に若かず

押すだろうとか、上値目標は―などと考えないで大相場出現の信念で罷り通るのが王者の戦いだ。

「白梅や寺に嫁来る噂など さかえ」

押すのではないか?と心配している。

押したっていいじゃないか。

しかし、押してくると、それが押し目と判っていても、いい気はしない。

押し目は買わなければならない相場。いや、押し目を買っておけばわかりやすい相場であるが、買わずに売ったりするものだ。

一万六千円。ひとつの節(ふし)、関門だという見方。あるいはそうなのかもしれない。

関門ならどうなのか。ひとまず利乗り玉を利食って押し目待ち、押し目買い。―冗談ではない。利食いしたら〝押し目待ちに押し目なし〟だ。相場なんて絵に書いたようにいかない。

押し目ありという警戒人気が強ければ強いほど押しても浅い押しで終わる。

春まだ浅き戦線の湖上にかおる梅の花、せめて一輪母上に便りに秘めて送ろうじゃないか―という歌があった。中国大陸での戦線が膠着していた時分の唄である。

春まだ浅きとか、押しても浅い押し―などという言葉は、淡白で、さっぱりしていてよろしい。

大発会高値に対して半値押し地点が一万六千八十円どころ。相場の勢いからいえば、三分の二戻し地点、即ち一万六千六百八十円。春の相場は動けば早いものである。

電光影裏春風を斬る。

それから先の事は、そのあたりに来てから考える。

恐らく相場が高くなれば、もっと高くなる材料が出現するものである。

いまのところ、途方もない上値を考えている人は少ないが、昨年活躍した仕手筋が後退していて、この相場である。

一度相場の麻薬に中毒した人は、必ず再び相場の刺激を求める。それは、人を一度食った虎が、必ずまた人を食いに来るようなものかもしれない。まして手負いの虎となれば見境がない。

虎うそぶいて風冽しく、竜興りて雲を致す―。

本年の小豆相場は、ともかくスケールが大きいと思う。穀物市場を敬遠していた大手専業取引員(たとえば富士商品の如く)が活発な手口を披露している。

異常天候と食糧不足とインフレ。

ひとたび熱風呼ばんが、小豆相場の二万円は淡々としたビジネス行為である。

●編集部注 
 富士商品とは、いまのフジフューチャーズの事。 現役の会社が登場すると、なんだかうれしい。

【昭和四九年二月十四日小豆七月限大阪一万五八九〇円・一五〇円高/東京一万五七七〇円・一一〇円高】