昭和の風林史(昭和四九年一月二一日掲載分)

冴えず悪い姿 だが売ると逆襲

線型としてはスッポ抜けの暴落型であるが、これを売ると逆襲高でやられる。悪目買い場か。

「凍鶴のふたたび閉じし瞼かな 静雲」

年が明けてからの小豆相場は、大発会に勢いらしい勢いを見せただけで、もうひとつ精気がない。

繊維などの他商品も、昨年のような冴えが見られず商品業界は全般に『よいのか悪いのか判らない』状態から『今月は商売にならない』―という沈滞した環境のなかにあって、取引員経営者も、だんだん渋い顔になってきた。

商いが薄いから閑なのか、閑だから商いが細るのか、商いが薄いから相場も動けず、相場が動かないから商いも細り、各社セールスは干(ひ)上がりつつある。

一月という月は、ただでさえ営業日数の少ない月である。そして第三土曜日が休会だから気合がはいらないことおびただしい。

小豆相場は期近限月が大発会値より千二百円幅を下げた。先限は千円棒を入れるか、入れないかのところ。

昔風に考えるのならば、頭重い。肩下がり。崩壊寸前暴落含み―という線型だ。

一雨きそうな―と空を眺めるところである。

だが、それで売ったのではまた強烈逆襲高でアゴを刺されよう。

昔の相場定石は通用しなくなっているからだ。

本来なら一月18日金曜日の下放れての寄り付いたこの相場なら、思い切って新規売りしてよいところである。斜線帯の趨勢線から、この日の寄り付きで下放れした。いうなら成り行き線である。

しかし、だが―と、思案するのである。去年の後半の相場が嫌というほど、それをやって手痛い目にあっている。

だから誰も警戒して売らない。だとすれば、よけい相場は悪く、すっぽ抜けてしまうのではないかとも思ったりする。

こういう時は、即ち悪い地合いの時は悪いように相場について売ってみるのが本当かもしれない。売ってみて、相場が硬化すれば瓜を手仕舞って再び強気すればよい。

だがね、そんなことをしていたらチャブつくばかりだ。

大勢方針を決めたら安いなら安いで買い下がっていく。異常天候、太陽の黒点極小期に賭けて、悪目買い一環が方法か。

●編集部註
不思議なもので忙中程相場の鋭い読みや、神の一手の如き取引が生まれる事が多い。逆に閑時程悪手を打ちやすい。

コンピュータ取引が尊ばれる理由がなんとなくわかる。下手に考えず、取引が日常化すると相場は儲かるのだという。

【昭和四九年一月十八日小豆六月限大阪一万六六二〇円・七〇〇円安/東京一万六六〇〇円・七〇〇円安】