昭和の風林史(昭和四九年一月十一日掲載分)

先高期待だが いま決め手なし

安ければ玉を仕込みたいという顔つきの市場である。上昇のためのエネルギー蓄積中の小豆。

「相撲取の金剛力や鏡割 鬼上」

心なしか車も少ない。東京駅は節電のため薄暗い。ホテルもひっそりしていて、温度も低い。ビルによって時間制で暖房を切っているところもある。わびしい限りである。

山文産業は、お昼休みは暖房を止めるのだそうで、なんとなく小山社長のやりそうな事だと思った。

戦争中、国防服というのがあった。背広から、いちはやく国防服に着がえた人がいた。

暖房を止め、電灯を消し、この寒いのに、感心な事だと思う人もいるだろうが、筆者は、社員が風邪を引いたり、気分的に滅入って、士気に影響する事を心配する。

時世に迎合するのも世渡りの方法だが、ふるえあがるほど寒い時に、一時間の暖房を止めて、それがどれほど役に立つだろうか。社員は冷えきった会社を逃げて近所の喫茶店に暖を取りに行かなければならない。

経営者によくあることで、いうなら〝おっちょこちょい〟。いや、山文の小山さんの事を言っているのではない。

経費節減を言いながら自分は大型の外車でガソリンの垂れ流し、夜は銀座で一杯五、七千円の水割りブランデーを飲んでいて、ほれ電気を消せ、それ室内の温度を低くせよでは、ちゃんちゃらおかしいと、誰でも思うのである。

さて、相場のほうは模様眺めで、安ければ玉を仕込みたい人が多い。

総体に、新年明けての商品界は、よさそうで、よくない。悪そうで、悪くない。中途半端な気持ちである。だから相場のほうも決め手がない。

小豆の場合、十二日の商談会の成り行き眺めというところ。

聞けば静岡筋は小豆を強気氏、桑名筋は生糸のほうに回っているそうで、阿波座の勇者たちは昨年の秋の相場で傷つき倒れ、巧者筋間でもいろいろとお家の事情がある。

従って商いにも、これという決定的な芯の通ったものが見られない。

こういう時は、呆(ぼん)やりとコタツにはいって時の流れるのを待つのがよい。

もちろん安ければ小豆の長期限月を買い下がる事である。この相場大きくは下げきれない。いや、燃えてくれば早いはずだ。

●編集部注
 戦争で死ぬか生きるかの手痛い経験した人は、社会全体がムードに流され動く風潮に敏感である。

 目下、昭和九一年。現役世代の九分九厘が「戦争を知らない子供たち」になった。幸か不幸か、上記の如くツッコミを入れる大人が周囲にいない。

【昭和四九年一月十日小豆六月限大阪一万七二〇〇円・一九〇円安/東京一万七一三〇円・一九〇円安】