昭和の風林史(昭和四八年十二月十九日掲載分)

安場は買い場 物の値皆上がる

ものの値皆上がるときに相場が下がれば、すかさず投機筋に買われる。年内小豆は買い場待ちか。

「この辺は蚕の村か桑枯るる 虚子」

百六十万俵を割ると言われた小豆の実収高発表数字は百八十九万三千三百俵と、九月の予想発表百九十三万八千三百俵から、気は心で四万五千俵の減であった。

これであと21日の当限納会を済ませれば、27日の大納会に突っ込んでいく。今さら焦っても―という一種のあきらめというか終電車に遅れた時の、なんとなく片づいたような気になる。

相場は一万六千二、三百円を何回も買いに行って力尽き、さりとて一万五千円を割って、昔なら、さあここから売らねば―という時点で止まって反発したりで一万五千円と六千円で大きなダンゴを作った。

これが今後どのような展開を見せるだろうか。

本来なら崩れてよいところで逆に買いの相場に転換する嫌な動きばかりしてきた小豆、今後も恐らくそのような、ここが売り場という場面が買い場になりそうだ。

スーパーや商店街の小品展の陳列棚から商品が日一日と姿を消していく昨今、食料品の買い急ぎ傾向は、押し詰まればいよいよ拍車をかけよう。

そういう時に、仮に小豆が百八十九万三千俵の収穫で、消費地在庫が六十二万俵あっても、一時的に値崩れしても再び投機筋の買い物が介入しよう。

一万六千円前後は嫌というほど買いつかれた小豆の取り組みである。

これが整理されれば来年の天候や、物流事情の悪さなどを材料にして必ず買われる。

まず年内は一万六千三百円売りの一万四千七百円買いという高水準での逆張りであろう。

高値掴みの玉は買い平均を下げ、次の反発を待つだろうし、高値を売っている人は利食いして、安値を買うだろう。

物の値皆上がる時、相場は片道切符しか役に立たぬ。

筆者は思ったのであるが、一万六千円の小豆が二万円に行く時には、案外短期間であろうと―。

キロ建てにして60㌔一万六千円の小豆は二百六十六円。これが三百三十円になったところで、物価上昇になれてしまった感覚では、そんなものかもしれないと思うだろう。世の中すべてが狂っているのである。

●編集部註
その通り、狂っている。

それ故に〝狂乱物価〟という名前がついた。

この頃、モノを大事にしようというCMが流れていた事を覚えている。

【昭和四八年十二月十八日小豆五月限大阪一万五四九〇円・一九〇円安/東京一万五五五〇円・六〇円安】