昭和の風林史(昭和四八年十二月十四日掲載分)

相場の頭重し 投機熱徐々後退

きつい金融の引き締めが小豆にも影響してくるだろう。取り組み内容が非情に重たくなっている。

「神田川よごれて年も果つるかな 恒明」

武田商事の武田恒明社長は紺の風呂敷に三十冊ほど本を包んで、古本屋に売りにいくのだという。よければ欲しいのを、お取なさい。風呂敷の中は全部俳句集で武田社長の部屋は俳句と歳時記と俳句の雑誌でいっぱい。どうですこんなの、よろい橋渡る手前の焼芋屋。武田社長は伊藤忠兵衛氏に俳句のほうでも感化を受けている。

豊の加藤文利さんのところに寄ったら一階が酒屋で、帰りにウィスキーを頂戴した。去年の暮れもウィスキーをもらった。新年の広告をもらい、ウィスキーも頂戴して、悪いような気がした。

東京の各社とも悪い年の暮れではない。興和の山中国男社長のところも、よい年で、来年は創業記念。盛大な祝賀会は行なわないが、昔、手当てしていた五百坪の千葉の土地にプールつきの社員用の寮を新築するそうだ。

芳町の角で風に吹かれて高津豊久氏に呼びとめられた。高津さんは東京第一商品の社長。耳元に口をよせて『いま農林省の検査がはいっているところだ』という。砂糖当限を目立って売っているから検査が入った。『あの玉は全部渡すのですよ』と、いたずらっぽく、まっ黒な顔から白い歯を見せて笑った。

さて、小豆相場はどうなのか。インフレを考えれば安いし、金詰まりデフレを考えれば高い値段だ。

一万六千円以上は産地がようやく売る意思を見せる。末端は全く売れていない。62万俵の在庫の重みが感じられるのも、投機筋が後退したからだ。

17日の実収高発表は20%減ともいうし冗談じゃない一割ぐらいだともいう。

専業取引員は一万六千円どころでグッスリと大衆筋に買われた小豆だ。

白熱の投機熱にブレーキがかかり市場全般が自粛ムードである。大きな存在だった投機家が後退すれば、ちょうちん筋と大衆筋の高値飛びつき買いの玉が、電線に、ひっかかった破れた凧(たこ)のように寒風にさらされよう。

武田社長にいただいた句集を読みながら窓外に目を転ずれば、旧暦十一月十八日の大きく白いお月さんが下り岡山行きの新幹線列車と一緒に走っていた。

●編集部注
 数十年前、商品業界に入って本当によかったと思ったのが、年末年始の休みの多さであった。

 確かに相場はやってはいるが「明日も相場はやっている」の格言通り、板に張り付いている感じではない。昔はこうだった。

 今は、どの市場もこんな年末年始ではない。

【昭和四八年十二月十三日小豆五月限大阪一万五九〇〇円・三二〇円高/東京一万五九〇〇円・三一〇円高】